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16話「血の味」
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璃真が死んだと決定されてから、空澄は目まぐるしい日々を送っていた。
死亡届けや葬儀の準備、会社を退社したり、璃真の会社にも出向く事もあった。
そして、警察署にも行かなければいけなかった。本来ならば、白骨遺体のDNA鑑定が行われた後に魔女になった事の登録をしなければならなかった。だが、前回は空澄が不安定な状態で、とても詳しい話しなど出来るような精神状態ではなかった。そのため小檜山はその話しは後日行おうと提案したと、希海から聞いていた。
そんな忙しい日々の中でも、フッとした瞬間に璃真がいない事を感じ、悲しくなったり、泣いてしまう事もあった。空澄は自分でも不安定になっているのを感じていたが、それを止められることなど出来るはずもなかった。
そんなどうしようもない空澄を支えてくれたのが希海だった。泣いている時はさりげなく隣に座ってくれたり、手を繋いでくれたりした。泣き腫らした後は「お腹空いたか?」と普段通りに接してくれる。
そんな彼の温かさに何回も救われたのだった。
そんな日が続いたある日。この日は警察署に行き、時間があれば自分の会社にも行こうと思っていた。
「俺も行かなくて本当に大丈夫か?」
「だって、希海はお店の買い出しに出掛けないといけないんでしょ?わざわざお客さんが来てくださって、売り切れなんて申し訳ないわ」
「………そうだけど……」
「大丈夫よ。ほら、希海におまじないかけてもらった宇宙ガラス、しっかり持っていくから」
空澄の胸には、璃真から誕生日プレゼントで貰った宇宙ガラスのネックレスがキラキラと輝いていた。高価なものだし、彼からの最後のプレゼントだと思うと大切にしまっておきたかった気持ちもある。だが、それではせっかく彼がくれた綺麗なプレゼントが勿体ないとも同時に思ったのだ。形あるものはいつか壊れてしまう。それまで、大切に使った方が璃真も喜んでくれると思ったのだ。
そして、そのネックレスをして出掛けようとした所、希海も用事があり一緒に出掛けられないとわかったのだ。心配性の希海は、その宇宙ガラスを見て、「じゃあこのガラスに、空澄を守るまじないをしておく」と言ったのだ。
ガラスはまじないを保存できる物質なのだそうだ。
希海がプレゼントしてくれた物に、まじないをしてもらう。彼もきっと喜んでくれるだろうと思った。
「じゃあ、行ってくるね」
「あぁ。気をつけろよ。何かあった、連絡しろ」
「わかった。希海も気を付けてね」
そう言って、空澄は希海に小さく手を振って家を出た。
会社に行く予定があるので、少ししっかりとした服装に身を包んでいる。髪をまとめて、派手すぎないメイクで清潔感出していくと、どこからみても普通のOLに変身する。もう何年もこんな風に働いてきたのだ。何だかついつい気合いが入ってしまう。
そして、こんな服装をして出掛けるのもこれが最後。そう思うと少し寂しくもあった。
ヒールをカツカツッと響かせて、空澄はまっすぐ前を見て歩き始めた。
始めに向かったのは警察署。
魔女対策部に向かうと、デスクで仕事をしていた小檜山が空澄を見つけると、カツカツと歩いてきた。いつもは髪を纏めていたが、今日は下ろしており、いつもとは違った中性的な雰囲気があった。
「こんにちは。魔女登録をご希望ですか」
「はい。前回、準備していただいていたのに、すみませんでした」
「いえ、かまいません。それでは、いつもの部屋で行いましょう」
そう言って、小檜山は前回話をした応接室へと案内してくれた。
あまりいい思い出がないこの場所だったけれど、文句を言えるはずもない。
空澄は、前と同じソファに座り、その前に小檜山も座った。
「それでは、こちらが魔女登録の規約になります。簡単なルールです。魔女の力を使って罪になるような犯罪行為はしないこと。そして、何かの災害や事件があった場合は、警察などよ指示に従い人命救助や手助けをお願いする場合があるという事が書かれています。」
小檜山が話した通り、難しい言葉でそのような事が書かれているのがわかった。犯罪行為をしないのは当たり前の事だったし、災害や事件などがあった時の手助けは、力があるものに頼られるのは当たり前だと思っていた。
それに、この魔女登録は両親も希海も行っているのだ。迷う必要などなかった。
「大丈夫です。こちらに書かれている事は全て守ります」
「わかりました。それでは、こちらに本名でのサイン、そして血印………血判をお願い致します」
「血印………」
自分の血で拇印をする事は聞いたことはあったけれど、それを実際にやることになるとは思ってもいなかった。
戸惑う空澄にペンと、針が差し出された。
まずは紙に自分のサインを残し、その後恐る恐る針を持つ。
「親指に針を指して血を出してください。そして、こちらと控えの紙、2枚に押してください」
「……………わかりました」
針で刺すだけで怖がっていてはダメだ、と空澄は意を決して針で親指を指した。鋭い痛みを感じたあと小さく空いた傷からプクッと血が溢れてきた。
「そのまま、ここに印を」
「あ、はい!」
小檜山は差し出した紙に、血が落ちないよう気を付けながら、指定された場所に指で血印をした。血液が止まらないうち、もう1枚も押し終わる。すると、小檜山がガーゼと絆創膏をくれた。
「ありがとうございます」
「これで魔女登録は終わりになります。後日、こちらから認定証を発送しますので、そちらを受け取り次第魔女として活動してもらってかまいません」
「わかりました。ありがとうございます」
挨拶を終えた後、空澄が書類を小檜山に渡すと、彼はその書類を鋭い視線で見つめ始めた。
真っ白な紙に、赤い血の印が付いた紙。
それを小檜山はジッと見入っており、空澄は何か不備でもあっただろうか、と心配になって彼の言葉を待った。
「………申し訳ございません。書類は確かにお預かり致しました。魔女としてのご活躍をご期待しております。」
「あ、ありがとうございますっ!」
小檜山の初めての笑顔に、空澄は驚きながらも、お祝いされているのだとわかり、素直にお礼を返した。
けれど、その笑顔は空澄が思っているような理由ではなかったと、空澄は知ることはなかった。
☆★☆
花里の純血の魔女が帰った後。
小檜山は一人、応接室に残った。
目の前にあるのは、彼女の魔女登録の書類だった。その1枚を手に取る。控えの書類だと言って、こちらにも血印を押してもらったが、それは嘘だった。
「純血の魔女………その魔力はどんなにすごいのだろう」
小檜山はそう恍惚とした表情でその書類の赤い染みを見つめながら呟いた。
そして、その血印を顔に近づけ、サラリとした銀髪を耳にかけながら、血をペロリと舐めた。
その瞬間に、小檜山の体に魔力が巡るのを感じ、彼は目を大きくさせて驚き、そして口元を緩ませた。
「これはすごい………覚醒したばかりの魔女の血でこれほどとは!!やはり、純血の力は素晴らしい」
体が満たされる感覚。そして、どんな魔法でも今まで以上の力で出せる自信を小檜山は感じていた。魔力も満タン以上に体に収まっているように感じるぐらいだった。
「くくくくっ………やはり、彼女は魔女になるべき女だったのだ。そして、ゆくゆくは………」
そう言って、空澄の魔女登録の紙を眺めて、小檜山はニヤリと微笑んだ。
彼女の血でも涙でも唾液でも……そして、甘い蜜でもかまわない。
早く口にしたいものだと、細い首をゴクンと鳴らして、その日を待ちわび始めたのだった。
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