溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を

蝶野ともえ

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2話「雨と涙の粒」

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   2話「雨と涙の粒」




 泣いていてもわからないはずだ。
 自分の顔は雨で濡れている。どんなに泣いても目の前の男にはバレていないはずだった。

 けれど、その男は心配そうに花霞の顔を覗き込んでいる。
 男のビニール傘に雨粒が落ちてパタパタと音がなる。花霞がこれ以上濡れないように傘をさしてくれているのに花霞はやっと気づいた。男の肩が濡れている。自分の顔はこれ以上濡れていない。そんな中泣いていたのだ、男は花霞が涙を溢した事に気づいたかもしれない。


 「ぁ…………あの………。」

 
 男の言葉に返事が出来ないまま、花霞は視線を反らしながら手で顔についた涙や雨水を拭こうとした。けれど、手も濡れているため上手拭くことが出来ない。

 すると、男が持っていたバックから黒のハンカチを取り出し、花霞に渡した。

 
 「どうしました?何かあったんですよね?」
 「あ、ありがとうございます。」


 花霞は彼が差し出してくれたハンカチをありがたく受け取り、顔に当てた。すると、ほんのり温かさを感じて、また涙が瞳に溜まっていくのがわかり、花霞は慌てて目にハンカチを当てた。


 「こんなに濡れては風邪をひいてしまいますよ?家はどこですか?送ります。」
 「その…………帰る家がなくなってしまって。」
 「え…………。どういう事ですか?」


 花霞の言葉を聞いて、男は驚いた様子で目を大きくさせた。
 優しく問いかけてくる男に花霞は何故か自分の事を話そうと思った。知らない人にこんな不幸な話をしても迷惑な事だと理解している。けれど、彼ならば聞いてくれる。少し、この人に甘えてもいいだろうか。そんな事を思ってしまう雰囲気を、男は持っていた。不思議な人だ。



 「……同棲していた彼氏に別れて欲しいと言われて、家を出されてしまって。貯金も全て使われてしまってたみたいで、どうすればいいかわからなくて……。」
 「それは、酷い話ですね………。じゃあ、そのスーツケースは。」
 「私の全ての持ち物。全財産ですね……。このスーツケースだけ、彼氏に渡されました。」
 「……そんな事があったんですね。じゃあ、実家に帰るとかですか?」
 「いえ……私の両親は他界してますので。」


 絶句した様子の男を見て、花霞も苦い顔するしか出来なかった。
  確かにお金にはルーズなところもあったし、怒ると怖いところも見られた。けれど、さすがに花霞のお金を全て取ってしまうとは思いもしなかった。
 自分のお金だとしっかり意思表示して、マンションから逃げてくるべきではなかったのかもしれない。
 けれど、花霞は怖かった。彼の表情が見たこともない冷たい目で見つめるのを黙っては見ていられなかったのだ。


 ギュッと強く目を瞑る。
 目の前に居るのは玲ではないのに、思い出しただけで身が震えたのだ。


 「では、俺の家に来ませんか?」
 「え………。」


 男の突然の誘いに、今度は花霞が驚き、目を開けた。男を見ると、その表情には冗談はなく真面目な顔だった。
 花霞は、この男の考えている事がわからなかった。

 いい人の振りをして、何かを取ろうとしているのか。しかし、花霞は金目の物はほとんど持っていない。それとも、襲おうとしているのかとも思ったが、こんなみすぼらしい女を誰が襲おうとするだろうか。
 そんな事を考えながらも、初めて会った人の家へ行く勇気を花霞は持ち合わせてはいなかった。元々、少し気弱な性格だ。自分でもそれはわかっている。花霞は恐る恐る男を見て、やっとの事で返事をした。


 「お気持ちは嬉しいんですが……初めて会った方の自宅に行くのはちょっと………。」
 「じゃあ、どうするんですか?」
 「ゆ、友人のところへ行こうと思います。あの、心配してくださりありがとうございました。」


 花霞は深々とお辞儀をして、立ち上がってその場から離れようとした。
 目の前の男は優しい。その雰囲気に惑わされて、自分の話までしてしまった花霞は少し後悔しながら、早く彼から離れなければいけないと思った。
 3年一緒に過ごした彼に、酷いことをされたばかりだと言うのに、また人を簡単に信用しようとしてしまった。
 寂しさと孤独に負けて、甘えてしまいそうになってしまった。

 自分の弱さが悔しくなり、花霞は勢いよく立ち上がった。


 すると、ぐらりと視界が歪んだ。
 あぁ、立ちくらみかな、と思ったけれどいつものそれとは違っていた。視界がブレたのと同時に吐き気と視界が暗くなったのだ。


 私、倒れちゃう………。


 そう思ったのと同時、花霞の体はそのまま倒れそうになった。体に力を入れる事が出来ず、ただ倒れるのを冷静に待つ自分がいるのを花霞は感じていた。
 痛みに備えて、花霞は目を瞑った。
 けれど、いくら待っても衝撃を感じることはなかったのだ。そのかわり感じたのは、温かい感触だった。


 「大丈夫ですかっ!?どうしました?」
 「あ…………。」


 眩暈を感じながらも、ゆっくりと目を開けるとそこには、焦った様子の男の顔があった。
 男の顔と真っ暗な雲が見える。激しい雨が顔に降り注がれている。

 花霞はしゃべるのも億劫だったけれど、これ以上男に迷惑を掛けられない思いと、早くこの場から立ち去りたい気持ちとが重なり、必死の思いで体に力を入れようとした。けれど、自分の体ではないかのように、全く体が動かせなくなっていた。寒気を感じるようにもなってしまった。


 「すみません………でも、少しふらついてしまっただけなので。」
 「無理しないでください。」


 この男の人はどうしてこんなに優しいのだろうか。
 やはり何か裏があるのかもしれない。そんな事を考えながらも、花霞は体がダルくなり、考えることさえも面倒になってしまった。
 このまま温もりを感じながら寝てしまえば、その時だけは楽になるかもしれない。

 この人がもし悪い人で、何かされるとしても、もうどうでもよくなってしまっていた。

 遠のいていく意識の中で、花霞は「玲………。」と、先程まで恋人だった彼の名前を呟いていた。





 降りしきる雨の中、男が「玲………ね。」と、その名前を頭に刻むように小さく言葉を発したのを、花霞は知ることもなかった。



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