溺愛旦那様と甘くて危険な新婚生活を

蝶野ともえ

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3話「温かい家」

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   3話「温かい家」




 頭が痛い。
 寒気もする。
 全身の震えが止まらない。

 花霞は、眠りながらも苦しんでいた。
 自分は、雨が降りしきる地面に倒れているのではないかと思った。それぐらい、体は冷えきっていた。夜の空から落ちる雨粒を、ずっと浴びているのかもしれない。
 
 玲から家を追い出され、雨に打たれながら歩いていた。そして、誰かに会って少し話したような気がした。けれど、眩暈に襲われて倒れてしまったのだ。
 誰にも助けられず、そのまま倒れているのかもしれない。
 

 そんな自分が堪らなく虚しくなった。
 




 花霞は、怠さを感じながらもゆっくりと目を開けた。
 すると、そこは雨雲がひしめく夜空は見られず、雨粒も降り注いでは来なかった。
 しかし、知らない天井が見えた。それに、いつも寝ていたベッドとは違い、とても大きくふわふわとした豪華なベットだった。キングサイズほどではないが、1人で寝るには大きすぎるものだった。


 重い体に力を込めて、体を起こした。
 シンプルな部屋には花霞が寝ているベット。壁際には、淡く優しい光りを放つ間接照明がある。ベットを降りようとすると、サイドテーブルが目に入った。その上には、小さいガラスの皿があり、その中には水がはられてあった。そして、その上にはタンポポの花が浮かんでいた。
 すこし萎れてしまったけれど、一生懸命に咲こうとする黄色の可愛く可憐な花。
 
 それを見た瞬間、花霞が自分が何処にいるのか、わかった。
 あの時、一人ではなかった。
 心配して話しを掛けてくれた人がいた。「綺麗な花ですね。」と、傘を差し出して、これ以上濡れないようにしてくれた。そして、見ず知らずの不幸話を聞いてくれた。
 ふらつく足取りで、花霞はゆっくりとその部屋の扉を開けた。廊下を出ると、光りが差し込む部屋が見えた。恐る恐るそちらに向かうと、リビングとキッチンが見えた。その部屋もとてもシンプルで黒と白を貴重とした家具が置かれており、男の人らしい部屋だった。
 
 そして、雨の日に声を掛けてくれた彼がそこに居た。リビングの黒いソファに座りながらノートパソコンを見つめていた。仕事をしているのだろうか、集中して画面を見つめていた。

 花霞はゆっくりとリビングに進み、男に声を掛けた。


 「あ、あの………。」

 
 小さな声しか出なかったけれど、男はすぐに気づいて顔を上げた。


 「あぁ、起きましたか。体調は大丈夫ですか?」
 「はい………。結局、倒れてしまったみたいで。ご迷惑をお掛けしました。助かりました。」
 「あれから熱も出して寝込んでいたんですよ。大丈夫でしたか?」
 


 男はソファから立ち上がり、花霞の方へ近づいてきた。そして、花霞の顔をまじまじと見てから「少し顔色がよくなりましたね。でも、少し青白いかな。」と言った。


 「丸々1日寝てましたよ。」
 「え……そんなに………本当にご迷惑お掛けしました。」
 「仕事も休みだったんで大丈夫ですよ。あ、お腹空いてますよね。一応お粥作ってあるんで。あと、風邪薬であれば薬も買っておきました。」
 「え………。」


 男はそういうと、キッチンに入るとテキパキと準備して、トレイに温めたお粥と梅干し、温かいお茶と水を乗せて、リビングのテーブルに移動させた。


 「はい。どうぞ。」
 「あ、あの………。」
 「ん?どうしましたか?」
 「…………どうして、見ず知らずの人にそんなに優しいのですか?私、迷惑しかかけてないのに。」


 花霞は自分の思っていた気持ちを男にぶつけた。きょとんした表情を見せた後、男は少し困ったように微笑んだ。


 「俺が声を掛けて、話した人が倒れてしまった。しかも、その人には帰る場所がないとわかっている。……そしたら、助けるのは普通じゃないですか?」
 「でも………。」
 「何かされると思ってましたか………?」
 「………その………はい。優しさには理由があるのかな、と。」
 「なるほど。」


 花霞の言葉を聞いて、納得したような様子で頷いた。

 
 「じゃあ、納得できる理由があります。」
 「え?」
 「俺、警察官なんです。だから、困ってる人を見たら助けなきゃいけないなって思って。まぁ、職業病みたいなものですね。」
 「………警察官。」
 「これでも、エリートなんですよ。」


 それを聞いて、花霞は妙に納得した。住んでいる部屋はとても広く立派だった。彼は自分より年上のようだけれど、そのまで離れているわけでもない。それなのに、すごいところに住んでいるなと思っていたのだ。
 そして、助けてくれた理由としても、納得できるものだ。休みの日だとしても、倒れている人を放っておく事ができなかったのだろう。

 少しホッとしたのを男は感じ取ったのか、「わかってくれましたか?」と、言って、お粥を食べるようにすすめてくれた。

 花霞は、何かお礼をしなければいけないな、と思いながら、ありがたくそのお粥をいただく事にした。そのお粥は出汁がしっかりついており、優しい味がした。



 「美味しい、です。」
 「それはよかった。」


 花霞の向かい側に座った男は、嬉しそうに笑った。その表情は、自然でとても楽しそうな笑顔だった。



 「あ、着ていた服は、とりあえず洗濯しておきました。もう少しで乾くと思いますよ。」
 「………洋服…………っっ!!」


 男に言われるまで気づかなかったが、花霞が今着ているものは、花霞のものではなかった。
 男物のグレーのセーターだった。オーバーサイズのものなのか、大きな作りになっており、花霞が着るとワンピースのようになっていた。
 
 花霞が自分で着替えた記憶など、もちろんあるはずがない。と、なると着替えさせたのは必然的に1人しかいないのだ。
 目の前の彼だ。

 それを知ると、花霞は恥ずかしさと動揺で一気に顔が赤くなった。先程まで、普通に会話出来ていたのが嘘のように、目の前の彼を見ることが出来なかった。
 それもそのはず。
 会ったばかりの男に、寝ている間に服を脱がされ、着替えをさせたのだ。
 恥ずかしくて、涙が出そうなほどだった。


 そんな様子を見て、さすがの彼も何故真っ赤になったのかわかったようだった。


 「すみません………申し訳ないとは思ったんですけど。雨で濡れたままベットに寝せるわけにもいきませんし、風邪をひいてしまうと思ったので。………あ、なるべく見ないようにしたので。それに、さすがに、その………下着は脱がせられなかったので、そのままにしてます。」


 申し訳なさそうな声で、弁解してくれる彼。
 彼は悪気があって着替えさせてくれた訳ではない。それを花霞も理解していたけれど、恥ずかしいものは、恥ずかしかった。


 けれど、ここで怒るのは違うとはわかっていた。

 羞恥心で目に涙が溜まってきたのを、堪えながら、花霞はゆっくりと男の方を見た。



 「いえ………ありがとうございます。恥ずかしい、ですけど………仕方がない事なので……。」


 と、お礼を伝えた。
 すると、何故か男も「ありがとうございます。」と言ったのだった。

 やはり、彼は不思議な人だった。
 出会ったばかりの時もそうだったが、彼と話すと安心してしまうのだ。恥ずかしかったはずなのに、彼ならば大丈夫、と思ってしまうのだ。
 それが、彼の柔和な雰囲気からなのか、それても優しさなのかわからない。
 けれど、彼の職業が警察というのは、ピッタリだなと花霞は思った。


 「ご飯とか、洗濯とか……看病とか。本当にありがとうございました。このお礼はいつか必ずします。今は持ち合わせがないので、また後日にでも………。お洋服が乾いたら、出ていくので………。」
 「………この家に一緒に暮らしませんか?」
 「………ぇ……?」


 お粥をいただいた後は、この人の家からすぐにでも出ようと思った。
 お金がなかったら、理由を説明してお金を借りたり、職場の人に相談すればいい事。
 いつまでも、見ず知らずの警察官にお世話になるわけにもいかないのだ。
 もういい大人だ。一人で生きていかなければいかない。
 そう思っていたが、目の前の彼は思いもよらない事を話し始めたのだ。
 あまりの言葉に、しずくは言葉を失った。

 昨晩会っただけの人に、同棲を誘われたのだ。絶句していると、男は更に言葉を紡ぎ始めた。

 「な、なんでそんな事を………。」
 「優しさには理由がある、と言いましたけど、確かに警察官だと言う理由の他にあるんです。」
 「……………理由、ですか?」


 その男は、にっこりとした雰囲気と変わって、真面目な雰囲気でこちらを見た。
 そして、まっすぐな視線で、花霞の瞳を見据えた。


 「僕と結婚してみませんか?」



 真面目な言葉でそういう男の言葉を、花霞は口をあんぐりと開けて、見つめるしかなかった。

 花霞の初めてのプロポーズされた相手は、名前も知らない男だった。



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