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30話「近づく真実」
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花霞の日々は変わらない。
朝起きて、職場に行き、そして帰宅する。
けれど、ここ約5ヶ月の甘い時間が一瞬にしてなくなった事に戸惑っていた。
椋は自宅に帰ってくる事はなく、2日経った。まだ2日のはずなのに、花霞にはとても長く感じられた。
起きても「おはよう」とキスをしてくれる人はいない。おいしい朝食もない。帰ってきて部屋は暗いままで、彼が「ただいま。」と帰ってきて、温かさを分けてくれる事もなかった。
彼が居た証拠は部屋のいたる所に残っている。花霞の左手にある結婚指輪もそうだった。今、椋の左の薬指には同じ指輪があるのだろうか。
もしなかったら?
そんな事を考えるだけでも苦しくなっていた。
花霞が椋に話したかった事は、半分も伝わっていなかった。彼の書斎で見た事で、花霞は彼が何をしているのか、何となくだがわかったような気がしていた。
止めようと思ったけれど、きっと彼は止まらないだろう。そうも思った。
けれど………その前に別れを告げられてしまったのだ。
それが花霞にとって何よりも辛かった。
「決まっていた事って………どうして?」
確かに、彼は期間限定の半年の結婚を契約しようとした。けれど、離婚してもいいという約束だったはずだ。それなのに、彼は約束よりも早く離れる事を望んだ。
それが何故なのか。
花霞はわからなかった。
食欲はなかったけれど、小さなパンをコーヒーで流し込みながら、朝食をとる。
呆然としながらテレビを見つめていた。
リビングのテーブルにはあの日のまま、空欄のままの紙が置いてある。
それを見ると悲しくなると思いながらも、それを片付ける事は花霞には出来なかった。
「あ、これ………ラベンダー畑だ。」
テレビに写し出されたのは、週末のレジャー情報だった。ラベンダー畑のラベンダーが見頃なのだろう。
デートをする予定だった時に、行く場所の1つの案になっていた。
「ハス園のデート………行きたかったな。」
次の2人の休みの日に行こうと約束していた事を思い出し、ため息をついてしまう。彼が家から出ていってしまったのだ。デートなど出来るはずもなかった。
1ヶ月で出ていくように言ったのは、彼の優しさか同情なのかはわからない。
けれど、花霞はその前に彼と話をするつもりだった。もう1度、椋と話しをしたかった。自分の事、そして椋が何故何かを追いかけて、花霞と結婚したのか。それを知らなければいけないと思っていた。
それまでは、離婚届に名前を書くことも、彼から離れる事もしたくないと思っていた。
自分が約束を破った事も悪かったと思っている。謝罪もしたいと思ってる。
だからこそ、会いたいのだ。
「はぁー………そろそろ、出勤しないと。」
花霞はため息を洩らしながら、立ち上がり家を出る準備をした。
最近は夏らしい日々が続いていた。
今日も真夏日になるようだったので、花霞は日傘を持って部屋を出た。
最近は彼から貰った赤い宝石がついた指輪を右手につけていた。勿体なくてつけれなかったけれど、彼が持っているはずの赤の宝石の指輪と、繋いでくれているような気がしていたのだ。仕事中はつけられないので、彼と同じようにネックレスにして身に付けていた。
「少しは元気になった?早く椋さんと仲直りするといいわね。」
「うん………ありがとう。」
元気がない花霞を心配してくれていた栞。本当に相談したいところだったけれど、彼女に詳しい所まで教えることが出来ないでいた。彼の部屋から拳銃が出てきた事や、書斎に入るのを禁止されており、そこで見たものなどはまだわからないことだらけなので、彼女に伝えられなかったのだ。
そのため、喧嘩をしたと言い訳をしてしまった。栞には心の中で何度も謝り、いつか説明をしなければと思っていた。
「無理はしないでね。」
「うん。」
「あ!そうだ………花霞に話しておかなきゃいけない事があったんだ。」
「ん?何かあった?」
花霞は作業をしていた手を止めて、栞を見ると少し悲しそうな顔をしていた。いつも笑顔の彼女がそんな表情をするのはなかなかないことだ。
花霞は、心配になり彼女の顔を見つめ、話しの続きを待った。
「実はね、いつも電話をくれるおじいさんから電話が来たの。そして、もう電話をすることも出来なくなるから今後の分のお金を一括で振り込んだって。だから、このお金がなくなるまで、お花をお願いしますって。」
「え…………。」
「………おじいさん、入院してるって言ってたし。大丈夫かなぁ?」
栞の話しを聞いて、花霞は顔が真っ青になった。電話が出来なくなる。お金も振り込めなくなる。………それが意味している事はなんなのか。
花霞は、栞に駆け寄り彼女を問い詰めた。
「栞、その電話来たのっていつ?」
「え?今日の朝一だけど………。」
「朝一…………。」
花霞はそれを聞いて、ぎゅっと手を握りしめた。花霞は、涙が止まらなくなった。
「ちょ、ちょっと花霞?どうしたの?」
突然泣き始めてしまった花霞は、すぐに涙を手の甲で拭いて、栞を真剣な眼差しで見つめた。
「栞………私、どうしてやらなきゃいけないことがあるの。………お願い。」
「え………。」
「きっと、今、行かないと後悔する。栞には全てわかったら話す、だから………。」
栞は驚きながらも、花霞の真剣な気持ちと、必死な様子が伝わったのだろう。昔からの友達だ。花霞がこんなにも何かを求めているのを見て、栞は少しだけ嬉しくなり、フッと微笑んだ。
「わかった。後の事は任せて。明日も休みだったでしょ?花霞がしたいこと、してきて。」
「栞………。」
「でーも!最近、休みがちなんだから、終わったらしっかり働いてもらうからね。」
「うん!栞、ありがとう!」
花霞は、栞に頭を下げると急いでエプロンを取り、着替えて花屋を後にした。
まだ太陽が高いところで、ギラギラと熱を注いでいる時間帯。花霞はそんな中を必死に走った。日傘などさしている時間も勿体なく、汗をたらしながら、必死に走った。
花霞が目指しているのは、自宅だった。
栞の話しを聞いて、花霞はすぐに確信したのだ。椋が何かをしようとしている、と。
「お願いです………遥斗さん。椋さんを守ってください。」
花霞は、椋の書斎で見た写真の人物の顔を思い出した。そして、新聞の切り抜きで見つけた、「藤堂遥斗」の名前を。
花霞が電話で注文を受けて、交差点で花を手向けていた場所。その場所での事故の記事が、椋の書斎にあったのだ。
そこで亡くなったのが、「藤堂遥斗」という男性で、書斎にあった写真で椋と共に警察の制服に身をつつみ微笑んでいた人だった。
そして、花を注文していたのもきっと椋だと、花霞は確信していた。
本当におじいさんなのかもしれない。
椋だという、証拠などなかった。
けれど、花霞はきっと彼だと信じていた。
だからこそ、花の注文が出来なくなるという事が意味する事が恐ろしくて仕方がなかった。
それは、遠くに行ってしまう。
もしくは…………。
それを考えて、花霞はまた瞳から涙がこぼれそうになるのを必死に堪えた。
街の中を、人とぶつかりよろけそうになりながらも、彼が居た部屋を目指した。
「お願い………椋………。いなくならないでよ………。」
息絶え絶えに出た言葉は、雑音に混ざり消えていく。
花霞は椋の笑顔を思い浮かべながら、走り続けたのだった。
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