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31話「別れのラブレター」
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バタバタと廊下を走り、花霞は部屋の鍵を開けて入った。
すると、何かがいつもと違う気がした。違和感を感じながらも、花霞は何が違うのかわからなかった。
「椋さん………?」
けれど、先程まで、この部屋に彼が帰ってきていたのではないか。花霞はそう思ったのだ。
息をハーハーッと吐きながら、花霞は部屋が少し涼しいことに気づいた。やはり、先程までこの部屋には椋が居たのだ。
よろよろと歩きながら、花霞は躊躇うことなく椋の書斎に足を踏み入れた。
「…………椋さん………。」
その部屋は、明るかった。
カーテンは明けられ、部屋には日の光りが入り込んでいた。
けれど、花霞が見つめる先。そこには机とテーブル、そして本棚しかなかった。
壁に貼ってあった地図も、机に置いてあったパソコンも、紙も新聞の切り抜きもなくなっていた。
引き出しには、花霞との写真は残っていたけれど、数枚少なくなっていたし、藤堂遥斗と一緒に写っていた写真はなくなっていたのだ。
「無くなってる………椋さんが調べてたもの全部……。これじゃあ、まるで………。」
花霞はヘナヘナと床に座り込んだ。汗がポタポタと床や服に落ちた。
もう少し早くここに戻ってくれば彼に会えたかもしれない。止められたかもしれない。
椋に会いたい。
花霞は悔しさのあまりに、床を強く手で叩いた。自分は彼を守れないのか。
椋を何も知らないまま、彼が遠くに行ってしまうのか。
花霞は、どうしていいのかわからずに、顔を上げた。すると、目の前には、引き出しがあった。一番下の大きな引き出し。そこには、銃が入っていたはずだった。
花霞は震える手で、その引き出しに触れた。
まだ拳銃があるのだろうか。あったとしても、なかったとしても、花霞は怖さを感じてしまうのだ。拳銃を見るのは怖い。けれど、椋が拳銃を持っていったというのも、何故か?と考えると怖くて仕方がないのだ。
けれど、花霞は引き出しを見る決心をした。
どちらにしても、受け入れなければいけないのだ。
ゆっくりと引いていく、とそこには前にあった紙袋はなかった。拳銃は椋が持っていってしまったのだろう。
フーッと息を吐いて、引き出しを閉めようとした時だった。
引き出しの奥に、何かあるのに気づいた。
それを見た瞬間、花霞はドクンッと胸が大きく鳴った。
そこにあったのは、「花霞ちゃんへ」と書いてある封筒だったのだ。
花霞は、急いでそれを手にし、彼の字を見つめた。何度も見てきた椋の綺麗な字だった。シンプルな白の封筒。
花霞は、小刻みに震える手でその封筒を開けた。
そこには数枚の紙に、びっしりと彼からのメッセージが書かれていた。
花霞は1度ゆっくりと深呼吸をしてから、椋からの手紙を読み始めた。
花霞は、その手紙を読みながら彼の声が聞こえてくるようだった。目の前で優しく微笑んでくれているのではないか。そんな錯覚を覚えるほど、彼の手紙の言葉は大好きな椋のままだった。
『大好きな花霞ちゃんへ
これを読んでいるって事は、また書斎に入ったんだね。また、約束を守らないなんて、花霞ちゃんにはお仕置きしなきゃいけないね。
………もしかしたら、この手紙を見つけた時には俺はいないかもしれない。花霞ちゃんを泣かせてしまうのはすごく悲しいけれど、知っていて欲しいんだ。俺がずっとずっと花霞ちゃんが好きだった事を。
花霞ちゃんに会ったのは、今の花屋じゃなくて、前の花屋さんで働いていた時だった。警察で潜入捜査をしていて、茶髪にサングラスって姿でよくその花屋の前を歩いてた。誰から見ても声を掛けにくい男なのに、君はいつも「おはようございます。」って、挨拶してくれたよね。もちろん、俺の他にもいろんな人に挨拶しているのも知ってた。それでも、君の笑顔と言葉に毎日癒されてた。そして、花を見つめて愛おしそうに微笑む笑顔にも。そんな表情で俺の事を見てほしいなって………今、思えば一目惚れだったのかもしれない。それから、しばらくして、君がいなくなってしまって寂しかったんだ。
そんな時、後輩だった遥斗が事件で死んだ。前に話したよね。子どもの頃に俺に説教した年下の男が居たって。警察が1番かっこいいって教えてくれた男が遥斗なんだ。俺は遥斗を殺した奴を追っているんだ。………俺の書斎に忍び込んだ花霞ちゃんは知ってると思うけど。
俺が遥斗が死んだところに花を手向ければ、俺の正体もバレる危険があった。だから、近くの花屋にお願いしたんだ。そして、遠くからその花屋が来るのを見ていたよ。そしたら、花霞ちゃんが来たから驚いたんだよ。そして、綺麗に掃除までして、花を手向けて、君は祈りまで捧げてくれた。そんな姿を見て、ますます君が好きになったんだ。ありがとう、遥斗の冥福を祈ってくれて。』
ポロポロと涙が溢れてくる。そこまで読んで、花霞は涙をぬぐった。
彼がそんな昔から自分を見ていてくれたというのは初めて知った事だった。
驚きながらも、嬉しいと思ってしまう。
今でも、椋が好きで仕方がないのだ。
嗚咽が出てきそうになるのを我慢し、呼吸を整えながら、花霞は続きを読み始めた。
『あとは、君に会うためにいろいろ調べたよ。そして、君の家に向かう途中に、あの日出会った。そして、結婚を申し込んだ。君と結婚してみたかった。俺が死んでしまう前に。遥斗を殺した相手を見つけはしたけれど、なかなか厄介な相手で殺すためには、自分も死ぬ危険があるんだ。殺した瞬間、そいつの部下に殺されるだろう。そう思っていた。
だから、死ぬ前に花霞ちゃんの彼氏に結婚相手になりたかった。
こんな事言った、君には怒られるだろうけどね。本当に自分勝手でごめん。
でも、君と過ごした日々は、今まで生きてきた時間の中で1番キラキラしていて、幸せな瞬間ばかりだった。
花霞ちゃんを見ているだけで、嬉しくて笑顔になれたし、君を守りたい、幸せにしたいって思ったんだ。それは本当だ。だから、花霞ちゃんに好きだと言われた時は、幸せすぎてもう死んでもいいかなって思った。
けど、この幸せをずっと続けていきたいとも思った。花霞ちゃんと一緒に居たい。おじちゃんおばあちゃんになっても手を繋いで笑って過ごしたいって思ってた。
けれど、遥斗を殺した奴を殺すと誓った事も忘れてはいけないって思ってるんだ。遥斗は、俺に夢と強さを教えてくれた大切な人だから。
だから、ごめん。1人にしてごめんね。
最後に君に言った言葉は全て嘘だ。離婚なんてしたくない。離れたくなかった。
俺がもし帰ってこれたなら、また君を愛してもいいかな?
もし俺が死んだらマンションも、車も、何もかも君の物になるようにしている。もちろん、財産全てだ。だから、ここに住んでいて欲しいな。そしたら、何だか守ってあげられる気がするから。あ、結婚指輪と君の指輪だけは僕のものだからね。
幸せな5ヶ月だった。ありがとう、花霞ちゃん。いつまでも愛してる。
鑑 椋』
ポタッと涙が手紙に落ちた。
涙が次から次へと溢れてくる。
「椋さんのバカ………本当に勝手だよ。なんで………なんで、何も教えてくれなかったの。」
花霞はその手紙を抱き締めて、声を出して泣いた。
椋の気持ちが、彼の辛さをやっと知ることが出来た。それなのに彼はここにいない。
「…………椋さんの所に行かないと。」
自分に何が出来るのかわからない。
何の力にもならないかもしれない。
けれど、椋はまだ生きている。
それだけは、信じていたい。
花霞は大切に手紙をしまいバックに入れた。
そして、花霞は引き出しから結婚式の写真を1枚取って、家を出た。
「まだ、お別れの言葉なんて聞きたくない。私は、椋さんに会いたいよ………。」
花霞は、彼に届くように高い青空に向かって言葉を紡いだ。
椋がどこにいるのかなどわからない。
けれど、きっと今も自分を想ってくれているはずだ、と花霞は信じて走り出した。
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