△は秘密色、○は恋色。~2人の幼馴染みを愛し、愛されてます~

蝶野ともえ

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21話「動き出す歯車」

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   21話「動き出す歯車」



   ▲▲▲



 「それでは初回打ち合わせを始めます!それでは、順番に自己紹介と意気込みのほどを順番にお願いします」


 『夏は冬に会いたくなる』の映画収録が始まる。その打ち合わせがいよいよ本日に行われるのだ。少ししか出番がないものの、剣杜はサプライズ出演として決まっていたので、出席になっていた。


 「それでは、原作者の澁澤先生からご挨拶をお願い致します」


 知り合いのスタッフや出演者もいたので、対しては緊張はしていなかったが、この言葉で一気に背筋が伸びた。「はい」という低い声が耳に入るが、ドクンドクンッという自分の鼓動が激しくなり、聞き取り難い。笑顔を浮かべるようにしながら、ゆっくりと視線を上げる。
 と、そこには中央の席に立つ中年の男性が笑顔でマイクを握っていた。中肉中背のスーツを着た男で、どこにでもいるサラリーマンのように見える。髪を短く揃え、スーツやシャツには皺がない、清潔感を感じられるような男だ。見た目は普通だが、ニコニコと笑みを浮かべながらスタッフを見つめる彼に好感をもつ人間がほとんどだろう。皆が緊張した表情から少し安堵したものに変わっていく。


 「原作者の澁澤です。先生などと呼ばずに、ぜひ名前で呼んでください。この作品は自分の中で1番のヒット作でもあり、1番苦労して作りあげた物語です。小説とは違った楽しみ方が出来る映画で、自分の作品を見れることを今から楽しみにしています。私の物語を知らない人でも気軽に楽しんでそして日々の暮らしをじっくりと見つめ直すきっかけになってくれればと思います。それには皆さまに力が必要です。ぜひ、お力を貸してください。よろしくお願いします」


 小さく頭を下げると同時に、スタッフから大きな拍手をもらい、少し頬を赤くする。
 それを見て、女性スタッフが目が和む。
 剣杜は「うまいな」と思った。低姿勢で笑顔。傲慢な態度など見せずに、一緒に頑張ろうと促す。悪人になど見えるはずもない。

 (だけど、俺は騙されない)

 剣杜の表情はにこやかに、他のスタッフと同じように拍手をするが、裏ではそう強く思いで彼を睨みつけた。




 「それではシークレットキャストとして参加される、モデルの椛さん、宜しくお願いします」


 メインキャストの最後に紹介されたのは剣杜だった。剣杜は満面の笑みを浮かべて立ち上がった。澁澤と同じように全員に視線を向けた後に、最後に澁澤にニコリと微笑みかける。


 「初めましての方が多いと思います。モデルの椛です。今まで役者経験がないのでドラマなどは全てお断りしていたのですが、大好きな澁澤さんの作品へのオファーと聞き、頑張って挑戦しようと思い受ける事を決めました。演技は本当に素人かもしれませんが、精一杯頑張ります。あ、あと澁澤さん、あとで本にサインしてもらってもいいですか?」
 「もちろん、いいですよ」
 「わぁ!ありがとうございます。家宝にします」


 モデル用の満面の笑みを受けて大げさに喜ぶ剣杜に、周囲から笑いが漏れる。澁澤も満更ではにようで、誇らしげな表情になった。


 「出演するシーンは短いものなのですが、勉強のために他の仕事がないときは、現場にお邪魔させていただき、見学し勉強させていただきます。どうぞ、よろしくお願いしまう」


 背筋を伸ばして、頭を深く下げる。
 温かい拍手を貰い、剣杜は安心した表情を浮かべて椅子に座った。


 ここまでは全て演技だ。何が楽しくて虹雫を傷つけた相手に微笑みかけなければいけない。
 嘘でも苦しくなるし、怒りが収まることはない。周りにバレないように必死に口角を上げて笑みを作る。これだけでも、十分に演技力があるのではないか、と思ってしまう。


 その後、打ち合わせは終わり、後日に行われる撮影日時の説明後に解散となった。
 剣杜は、他のスタッフの挨拶より先に澁澤の元へと急いだ。
 もちろん手には「夏は冬に会いたくなる」の本を持っている。


 「澁澤さん、お疲れ様です」
 「あぁ、椛さん。お疲れ様です。これから、宜しくお願いします」
 「はい。それで、先程お願いしたサインお願いしてもいいですか?」
 「椛くん、本当にファンなんだね」


 澁澤の近くにいたスタッフがそう言うと、持っていたペンをかしてくれた。
 澁澤は「今度椛さんとサインも欲しいな。何か本をかってこようかな」と言いながら、表紙にサインをしてくれた。


 「わぁ、感動です!ありがとうございます。初演技ですが、みなさんの足を引っ張らないように頑張りますね。澁澤さんもぜひご指導お願いします」
 「私に出来る事はあるかな。でも、登場人物の心情とかならお話できますよ」
 「それは勉強になります!初日の撮影には澁澤さんもいらっしゃるんですよね。その時にお話しをお願いします」
 「えぇ、こちらこそ」

 そう言って、澁澤は剣杜に向けて手を差し出した。握手を求められたのだとすぐにわかった、が剣杜は思わず体を止めてしまった。


 「椛くん?」
 「………あ、ごめんなさい。あまりに感動してしまったもので、よろしくお願いします」


 剣杜は動揺を嬉しさのあまりの戸惑いとして隠し、澁澤の手を強く握った。
 両手で握手をした方が好感をもられるのだろうか。そう思い、両手で澁澤と強く握手を交わした。

 が、剣杜の心は「早く手を離したい」「握りつぶしてしまいたい」そんな、ドロドロとした感情に侵されていたのだった。







   ☆☆☆




 「はー………」
 「どうしたんですか、副社長。最近元気がないですね。今も大きなため息をつくなんて」
 

 一条里枝は自分でも気づかないうちに、大きくため息をこぼしてしまったようで、部下に心配されてしまう。一条は「忙しいからかしら。ごめんなさい、元気だから安心して」と返事をしたが、内心ではまたため息をこぼしてしまいそうになっていた。

 それもそのはず。
 バーで出会った雅樹ともう数週間も会えていないのだ。しかも、連絡も帰ってこない。
 やはり、女からホテルに誘うなど、はしたないと思われただろうか。年上の女として、リードした方がいいのかと思っていたが、雅樹の好みではなかったのか。自分の行動で、彼に嫌われてしまった。そう思って、凹んでしまっていた。
 一条は年齢は高いものの、男性からもモテていた。自分から声を掛けた男で、落ちなかった者はいなかった。そのため、こんなにもあっけなく自分から去っていった雅樹が気になって仕方がなかった。見た目も性格も、話し方も全てが一条の好みだった。これで、自分を求めてくれたのならば、最後の恋にして結婚するのもいいな、と幸せな未来を想像した矢先だった。そのため、一条は大きなショックを受けていた。
 一方的に好きになっただけだったのだろうか。雅樹に遊ばれていただけ?いや。ただの飲み友達で終わった関係なのか。
 一条は隠れて小さくため息をついた後、今日何度目になるかわからないぐらい、彼からのメッセージをチェックしたが、相変わらず一条へのメッセージに返信はなかった。


 「副社長、いいですか?」
 「えぇ。何かあった?」
 「澁澤先生の作品が盗作だとメールをしてきた物からまたメールが来たんです」
 「また?放っておいていいと言ったじゃない。相手にするだけ無駄よ……」
 「それが、そのメールに添付ファイルがあって、そこに小説が入っていたんです」
 「それを開いて確認したの?ウイルスだったらどうするのよ」
 「それはしっかり確認して、大丈夫だとわかったので。メールの相手はこの小説を読んでからもう1度考えて貰いたいです、とあって」
 「私は忙しいの。あなたが読んで頂戴……」
 「読みました」


 一条が言葉を終える前に、その若い女性スタッフが声を上げた。
 いつも大人しい、本好きのスタッフ。こうやって、上司である一条の言葉を遮って自分の声を荒げる事など1度もない者だったので、一条は驚いて彼女を見つめた。
 その女性スタッフは、頬を赤くして高揚した様子で、持っていた紙の束を一条に差し出した。


 「とても素晴らしい物語でした。心が温かくなるけど、切ない。誰でも経験したことがるような悲しみや幸せが、とても特別な事なのだと感じさせられる。そんなお話で。私はすぐにファンになりました。そして、「夏は冬に会いたくなる」の文章と似ている空気感があるとも。この物語をこのまま削除するにはもったいないです。副社長、………これを少しでもいいので読んでから考えてみてくれませんか?」


 その女性はメールの送り主の言葉を代弁するかのように、切なる思いで一条にその小説を差し出した。
 一条はその迫力に押される形でそれを受け取り、パラパラと紙の文字を読み始めた。1枚だけで終わりにしよう。そんな気持ちは数秒後にはなくなっており、いつの間にか仕事を忘れて読みふけってしまった。


 そして、最後の紙を読み終えた時、一条の考えは全てが変わっていた。



 
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