24 / 40
23話「希望は雲に隠れ」
しおりを挟む23話「希望は雲に隠れ」
△△△
自分は懲りていないのだろうか。
前にもこんな事があったのに。もしかしたら、嘘かもしれない。
待ち合わせ場所に行ったら、あの男が待っていて、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべて自分を迎えるかもしれない。そう思うと、虹雫は体温が一気に下がり、冷や汗が流れる。歩く速さは遅くなる。そして、その場に止まってしまう。人通りの多い道だったため、周りの人は怪訝な表情で虹雫を見たり、舌打ちをしたりしながら虹雫から離れていく。
「……………」
けれど、自分が決めた事。
宮に見合う人になるために、自分のやりたい事をしていくために、動き出したのだ。
待ち合わせ場所にもしあの人がいたら走って逃げよう。そして、宮に連絡しよう。そう心に決めて重たい足を動かし、ゆっくりと歩きだした。
出版社の一条という人物とやり取りをして、実際に会う日時や場所を決めた。
彼女の提案で、出版社で会う事になった。提示された場所ならば男がいる可能性は低いのではないか。そう思ったのだ。そして、出版の話も本当なのでは、と期待も出来た。
出版社のオフィスが入っているのは、まだ新しい高層ビルの一室だった。といっても、数階にわたってその会社が所有しているようだった。虹雫が緊張した面持ちで受付に声を掛けて、一条を呼んでもらうと、すぐ近くに待機にしたのか「初めまして。遠い所、ご足労いただきありがとうございます」と女性の声が聞こえてきた。虹雫は、声の主へ視線を向けた瞬間、驚きで声を上げそうになった。そこに居たのは、以前宮と一緒にホテルへ向かった女性だった。
「あ………」
「?どうしました?どこかでお会いした事がありました?」
「い、いえ。初めまして、美作虹雫です」
「副社長の一条里枝です。よろしくお願いね」
年上の余裕なのだろうか。綺麗な笑みで虹雫に挨拶をする一条は気さくさの中にも上品さを感じられる。そんな女性だった。
宮なこの女性と会っていた。副社長という役職から仕事関係かもしれないと思ったが、宮が何故出版社とやり取りをしていたのか、虹雫にはわからなかった。
近くで見る一条は、年上とは思えないほど艶やかで色気のある女性だった。タイトスカートにシャツというシンプルな服装だが、体のラインがしっかり出る服だからか、女性らしさが際立っていた。
そんな彼女の案内でフロアの一室に案内された。そこは、大きな窓があり高層ビルならではの空が近い景色が広がっていた。打ち合わせ場所なのか、ドーナッツ型の大きなテーブルが置かれていた。窓に1番近い椅子をすすめられ、虹雫が腰を下ろすと、隣に一条が座った。他のスタッフが温かいお茶を運んできてくれる。それを見送った後に一条が口を開いた。
「お若い方だと思っていたけど、想像以上に若い女の人で驚きました。あそこまで心情を丁寧に表現して、言葉選びも綺麗。音読をして読みたくなる文章ね」
「あ、ありがとうございます」
「さっそくだけど、美作さんの作品を当社でぜひ出版させていただけないでしょうか。あなたは必ず注目される作家になると私たちは自信を持っています。報酬などはしっかりお支払しますし、広告もトップ作家と同じぐらいするつもりです。何せ、あなたの小説を読んだスタッフですでにファンになってる人は多いんですよ」
出版社の人で、しかも副社長という地位のある人にここまで褒められると思っていなかった虹雫は嬉しさもあったが戸惑ってしまった。
「そう言っていただけて光栄です。ずっと考えていたものなので」
「では、受けていただけるという事でいいのかしら?」
「…………盗作の件も調べていただけますか?」
「………それは」
意を決して伝えた言葉。
今日は出版の話よりも、この盗作について話がしたかったのだ。盗作について問い合わせをしたメールアドレスと同じもので小説を送っていたし、盗作が自分の作品だと認めて欲しいから小説を書き上げたのだ。きっと言葉選びや文章の癖、雰囲気などで気づいてもらえるだろう。そう思っていた。
だからこそ、ここに呼ばれた。そう思っていた。
が、虹雫が言葉を伝えると、先程まで自信満々な表情だった一条の顔が曇った。
それを見て、虹雫はすぐにわかった。盗作事件については、いい返事がもらえないのだ、と。
「………ごめんなさい。『夏は冬に会いたくなる』については、私たちではわからないの。投稿サイトで見たことがあるというスタッフも数人いたのだけれど、それが澁澤さんのものなのか、虹雫さんのものなのか判断がつかないんです」
「……ですが。澁澤さんは昔から本を出版されているのに、わざわざ投稿サイトに載せていた理由がわかりません。それに、あの人の今までの文章と『夏は冬に会いたくなる』は全く雰囲気も書き方も違うではないですか?」
澁澤はこの出版社からは初めてだったが、他の会社からは何作か本を出していた。虹雫は読みたくもなかったが、本屋で少し読んだが作風が全く違っていたのだ。自分でもわかるのだから、本のプロは絶対に気づくはずだと、虹雫は思っていたので、思わず問い詰めてしまう。
必死になりすぎているのかもしれない。けれど、自分が苦しんで産み出した作品なのだから当たり前だろう。
「………ごめんなさい」
「一条さんも、気づいていらっしゃるのですよね?」
視線を逸らしながら何故か謝罪をする一条を見て、確信した。彼女も、虹雫と同じように気づいていて、なかったことにしようとしているのだと。
質問の返事があるまで、虹雫は震える手をテーブルの下で隠しながら、強く握りしめる。あまりの強さに肌が白くなり痛みさえ感じる。けれど、こうでもしないと、全身が震えてしまいそうだった。
しばらくの沈黙。
それを破ったのは一条だった。
「………ここだけの話にして欲しいのだけれど。……美作さんの小説を読んですぐに、『夏は冬に会いたくなる』はあなたの作品だとわかりました。盗作だという話も本当なのではないか、そう思ってしまうほどにどちらも繊細で言葉選びが上品で気品を感じられたわ。きっと大人に好まれる文章ね。対して澁澤先生が『夏は冬に会いたくなる』を持ってきた時は、私もスタッフも驚いたの。あまりにも雰囲気も作風も変わったから。スランプになって苦労していたから、きっと必死になって作り上げたのだろう、ってスタッフで感嘆したものよ。でも、今考えてみればおかしな話ね。1年もしないで作風が変わるはずないのですから」
「なら、どうして……っっ!」
「『夏は冬に会いたくなる』は映画化も決まって今は撮影がスタートするところです。そして話題にもなっていて、この会社にとって大きなプロジェクトなんです。今そこで、本当は盗作でしたと知れたら、全てのプロジェクトは終わってしまいます。それは大きな痛手です。……あなたのデビューも約束出来なくなってしまうかもしれません」
「…………」
「美作さんには本当に申し訳ないと思っています。助けてあげられない、気づいているのに取り戻してあげられない。……すごく悔しいです。ですが、次の作品は絶対にヒットさせます。そして、『夏は冬に会いたくなる』以上に話題になると確信しているのです。……だから、盗作の事は我慢してくれませんか?どうか、お願いします」
先程まで背筋がピンッとし凛とした雰囲気の一条だったが、今は何度も頭を下げ、眉も下がっており、とても副社長とは思えない威厳のなさだった。
けれど、そんな彼女が虹雫に頭を下げて頼んでいる。それほどに、自分の実力を認めてくれているのはわかった。
それは嬉しい。頭を下げてでも出版を望んでくれている。求められているのは幸せだと思う。
けれど、虹雫の感情は嬉しさなど1欠片も感じられなかった。
やはり、あれは自分のミスだから、浅はかな行動が招いた結果なのだろうか。
もう「夏は冬に会いたくなる」は、自分のものではなくなってしまった。
PCに向かい、泣きながら全ての物語を消去した時のように、虹雫の少しずつ晴れた心もまた大雨に降られ、また悲しみが支配していった。
「………少し、考えさせてください」
そう言って、その場から逃げる事しか虹雫には出来なかった。
0
あなたにおすすめの小説
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
紙の上の空
中谷ととこ
ライト文芸
小学六年生の夏、父が突然、兄を連れてきた。
容姿に恵まれて才色兼備、誰もが憧れてしまう女性でありながら、裏表のない竹を割ったような性格の八重嶋碧(31)は、幼い頃からどこにいても注目され、男女問わず人気がある。
欲しいものは何でも手に入りそうな彼女だが、本当に欲しいものは自分のものにはならない。欲しいすら言えない。長い長い片想いは成就する見込みはなく半分腐りかけているのだが、なかなか捨てることができずにいた。
血の繋がりはない、兄の八重嶋公亮(33)は、未婚だがとっくに独立し家を出ている。
公亮の親友で、碧とは幼い頃からの顔見知りでもある、斎木丈太郎(33)は、碧の会社の近くのフレンチ店で料理人をしている。お互いに好き勝手言える気心の知れた仲だが、こちらはこちらで本心は隠したまま碧の動向を見守っていた。
拝啓、許婚様。私は貴方のことが大嫌いでした
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
【ある日僕の元に許婚から恋文ではなく、婚約破棄の手紙が届けられた】
僕には子供の頃から決められている許婚がいた。けれどお互い特に相手のことが好きと言うわけでもなく、月に2度の『デート』と言う名目の顔合わせをするだけの間柄だった。そんなある日僕の元に許婚から手紙が届いた。そこに記されていた内容は婚約破棄を告げる内容だった。あまりにも理不尽な内容に不服を抱いた僕は、逆に彼女を遣り込める計画を立てて許婚の元へ向かった――。
※他サイトでも投稿中
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる