△は秘密色、○は恋色。~2人の幼馴染みを愛し、愛されてます~

蝶野ともえ

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23話「希望は雲に隠れ」

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   23話「希望は雲に隠れ」




   △△△




 自分は懲りていないのだろうか。
 前にもこんな事があったのに。もしかしたら、嘘かもしれない。
 待ち合わせ場所に行ったら、あの男が待っていて、ニヤリと厭らしい笑みを浮かべて自分を迎えるかもしれない。そう思うと、虹雫は体温が一気に下がり、冷や汗が流れる。歩く速さは遅くなる。そして、その場に止まってしまう。人通りの多い道だったため、周りの人は怪訝な表情で虹雫を見たり、舌打ちをしたりしながら虹雫から離れていく。


 「……………」


 けれど、自分が決めた事。
 宮に見合う人になるために、自分のやりたい事をしていくために、動き出したのだ。
 待ち合わせ場所にもしあの人がいたら走って逃げよう。そして、宮に連絡しよう。そう心に決めて重たい足を動かし、ゆっくりと歩きだした。


 出版社の一条という人物とやり取りをして、実際に会う日時や場所を決めた。
 彼女の提案で、出版社で会う事になった。提示された場所ならば男がいる可能性は低いのではないか。そう思ったのだ。そして、出版の話も本当なのでは、と期待も出来た。

 出版社のオフィスが入っているのは、まだ新しい高層ビルの一室だった。といっても、数階にわたってその会社が所有しているようだった。虹雫が緊張した面持ちで受付に声を掛けて、一条を呼んでもらうと、すぐ近くに待機にしたのか「初めまして。遠い所、ご足労いただきありがとうございます」と女性の声が聞こえてきた。虹雫は、声の主へ視線を向けた瞬間、驚きで声を上げそうになった。そこに居たのは、以前宮と一緒にホテルへ向かった女性だった。

 「あ………」
 「?どうしました?どこかでお会いした事がありました?」
 「い、いえ。初めまして、美作虹雫です」
 「副社長の一条里枝です。よろしくお願いね」


 年上の余裕なのだろうか。綺麗な笑みで虹雫に挨拶をする一条は気さくさの中にも上品さを感じられる。そんな女性だった。
 宮なこの女性と会っていた。副社長という役職から仕事関係かもしれないと思ったが、宮が何故出版社とやり取りをしていたのか、虹雫にはわからなかった。
 近くで見る一条は、年上とは思えないほど艶やかで色気のある女性だった。タイトスカートにシャツというシンプルな服装だが、体のラインがしっかり出る服だからか、女性らしさが際立っていた。

 そんな彼女の案内でフロアの一室に案内された。そこは、大きな窓があり高層ビルならではの空が近い景色が広がっていた。打ち合わせ場所なのか、ドーナッツ型の大きなテーブルが置かれていた。窓に1番近い椅子をすすめられ、虹雫が腰を下ろすと、隣に一条が座った。他のスタッフが温かいお茶を運んできてくれる。それを見送った後に一条が口を開いた。


 「お若い方だと思っていたけど、想像以上に若い女の人で驚きました。あそこまで心情を丁寧に表現して、言葉選びも綺麗。音読をして読みたくなる文章ね」
 「あ、ありがとうございます」
 「さっそくだけど、美作さんの作品を当社でぜひ出版させていただけないでしょうか。あなたは必ず注目される作家になると私たちは自信を持っています。報酬などはしっかりお支払しますし、広告もトップ作家と同じぐらいするつもりです。何せ、あなたの小説を読んだスタッフですでにファンになってる人は多いんですよ」


 出版社の人で、しかも副社長という地位のある人にここまで褒められると思っていなかった虹雫は嬉しさもあったが戸惑ってしまった。


 「そう言っていただけて光栄です。ずっと考えていたものなので」
 「では、受けていただけるという事でいいのかしら?」
 「…………盗作の件も調べていただけますか?」
 「………それは」


 意を決して伝えた言葉。
 今日は出版の話よりも、この盗作について話がしたかったのだ。盗作について問い合わせをしたメールアドレスと同じもので小説を送っていたし、盗作が自分の作品だと認めて欲しいから小説を書き上げたのだ。きっと言葉選びや文章の癖、雰囲気などで気づいてもらえるだろう。そう思っていた。
 だからこそ、ここに呼ばれた。そう思っていた。

 が、虹雫が言葉を伝えると、先程まで自信満々な表情だった一条の顔が曇った。
 それを見て、虹雫はすぐにわかった。盗作事件については、いい返事がもらえないのだ、と。


 「………ごめんなさい。『夏は冬に会いたくなる』については、私たちではわからないの。投稿サイトで見たことがあるというスタッフも数人いたのだけれど、それが澁澤さんのものなのか、虹雫さんのものなのか判断がつかないんです」
 「……ですが。澁澤さんは昔から本を出版されているのに、わざわざ投稿サイトに載せていた理由がわかりません。それに、あの人の今までの文章と『夏は冬に会いたくなる』は全く雰囲気も書き方も違うではないですか?」


 澁澤はこの出版社からは初めてだったが、他の会社からは何作か本を出していた。虹雫は読みたくもなかったが、本屋で少し読んだが作風が全く違っていたのだ。自分でもわかるのだから、本のプロは絶対に気づくはずだと、虹雫は思っていたので、思わず問い詰めてしまう。
 必死になりすぎているのかもしれない。けれど、自分が苦しんで産み出した作品なのだから当たり前だろう。


 「………ごめんなさい」
 「一条さんも、気づいていらっしゃるのですよね?」
 

 視線を逸らしながら何故か謝罪をする一条を見て、確信した。彼女も、虹雫と同じように気づいていて、なかったことにしようとしているのだと。
 質問の返事があるまで、虹雫は震える手をテーブルの下で隠しながら、強く握りしめる。あまりの強さに肌が白くなり痛みさえ感じる。けれど、こうでもしないと、全身が震えてしまいそうだった。

 しばらくの沈黙。
 それを破ったのは一条だった。


 「………ここだけの話にして欲しいのだけれど。……美作さんの小説を読んですぐに、『夏は冬に会いたくなる』はあなたの作品だとわかりました。盗作だという話も本当なのではないか、そう思ってしまうほどにどちらも繊細で言葉選びが上品で気品を感じられたわ。きっと大人に好まれる文章ね。対して澁澤先生が『夏は冬に会いたくなる』を持ってきた時は、私もスタッフも驚いたの。あまりにも雰囲気も作風も変わったから。スランプになって苦労していたから、きっと必死になって作り上げたのだろう、ってスタッフで感嘆したものよ。でも、今考えてみればおかしな話ね。1年もしないで作風が変わるはずないのですから」
 「なら、どうして……っっ!」
 「『夏は冬に会いたくなる』は映画化も決まって今は撮影がスタートするところです。そして話題にもなっていて、この会社にとって大きなプロジェクトなんです。今そこで、本当は盗作でしたと知れたら、全てのプロジェクトは終わってしまいます。それは大きな痛手です。……あなたのデビューも約束出来なくなってしまうかもしれません」
 「…………」
 「美作さんには本当に申し訳ないと思っています。助けてあげられない、気づいているのに取り戻してあげられない。……すごく悔しいです。ですが、次の作品は絶対にヒットさせます。そして、『夏は冬に会いたくなる』以上に話題になると確信しているのです。……だから、盗作の事は我慢してくれませんか?どうか、お願いします」


 先程まで背筋がピンッとし凛とした雰囲気の一条だったが、今は何度も頭を下げ、眉も下がっており、とても副社長とは思えない威厳のなさだった。
 けれど、そんな彼女が虹雫に頭を下げて頼んでいる。それほどに、自分の実力を認めてくれているのはわかった。
 それは嬉しい。頭を下げてでも出版を望んでくれている。求められているのは幸せだと思う。



 けれど、虹雫の感情は嬉しさなど1欠片も感じられなかった。
 やはり、あれは自分のミスだから、浅はかな行動が招いた結果なのだろうか。


 もう「夏は冬に会いたくなる」は、自分のものではなくなってしまった。
 PCに向かい、泣きながら全ての物語を消去した時のように、虹雫の少しずつ晴れた心もまた大雨に降られ、また悲しみが支配していった。




 「………少し、考えさせてください」



 そう言って、その場から逃げる事しか虹雫には出来なかった。



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