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二章
9 七大悪魔
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次の日の朝早く、俺はファイドの診療所を訪れた。
アギ族の集落へ行くため、前準備が必要だったのだ。つまり、薬草や食料などの調達だ。
遠出するからには何が起こるかわからないからな。用心するに越したことはない。
恐る恐る町を歩いた。
外に出てもフレイバグが襲ってくることはないようで、そこで俺はようやく外に出ても自分の身が安全だと確認できた。
俺は難なくファイドの診療所までたどり着けたのだった。
「きみは用心に用心を重ねすぎだね」
軟膏や乾燥したハーブなど数種類を渡しながら、ファイドはあきれ顔でため息をついた。
「いつも探索している森の中じゃないか。勝手は知れているだろう? 傷薬や解毒薬、痛み止めをこんなにしこたま持っていく必要はあるのかい? それに薬草ならきみもある程度調合できるだろうに」
「いいだろべつに」
「心配性もここまで極まればいっそ見事だね」
ファイドには当然真実を話していない。
もっとも、アギ族の集落へ行くなんて話をしたところで同じリアクションをするだろうが。
……俺は、こいつからしたらかなりの心配性らしいからな。まあ自覚はあるが。
「もし致命的な怪我をして、薬草を調達している時間や薬を調合している時間がないときはやばいだろ」
自分の知らない場所というのは危険がいっぱいだ。
未開の地ならばなおさら。
部族同士の抗争とかに巻き込まれるかもしれないし、捕まってなんらかの儀式のいけにえにされるかもしれない。
道中、毒のある生物に噛まれるおそれもある。
崖から落ちる危険性もマックスだ。
そう、つまり、死ぬのである。
用心に用心を重ねないと、俺の命は守れない。
「致命的な怪我なら薬あっても死ぬと思うけどね」
「だからって薬を持っていかないんじゃ、生きるためにベストを尽くしたとはいえない」
「そんなんだからいつも金欠なんじゃないのかい?」
ファイドにいわれた金額を渡す。
今月の献金を乗り越えられるかどうかさらに不安になる。
「ぼったくりにはしてないから安心しなよ。むしろ割引してる」
「主要な薬の相場は俺だって把握してる。そういう心配はしてない」
「そうだったね。きみが心配してるのはいつだって自分の命だったよ」
それに、訪れた目的はそれだけではない。
「ファイド、変なことを訊くかもしれないが――」
ここには医学書の類だけでなく、聖典から植物の事典から、一星宗が許可した様々な書籍が揃っている。
「――ミナナゴ・ミュールとかいう存在を知ってるか」
仕事を再開しようとデスクに座ったファイドは、怪訝そうな顔をした。
「こっちは仕事しようとしてるんだけどね。きみ暇なのかい? もうすぐ患者さんも来るし。この上なく邪魔なんだけど。さっさと出て行ってくれる?」
「ミナナゴ・ミュールってやつだよ。やっぱ知らないか?」
「ミナナゴ……?」
ファイドは手を止めて顔をしかめた。
「たしか、『神聖奥義書』に記述があったね。神に歯向かった『七大悪魔』の一体だったはずだよ」
「一星宗が発行している聖典か」
俺は本棚から、『神聖奥義書』と書かれた分厚い聖典を取り出してページをめくる。
「おっ、これか」
長々とした神代の歴史をつづったページに、その記述はあった。
昔、神と敵対した七体の悪魔がいた。
それがのちに「七大悪魔」と呼ばれる存在だ。
七体の悪魔は眷属を従えて神に挑み、そして返り討ちに遭い浄化されて消滅した。
その七大悪魔とは、いわく、支配の悪魔ウォカシシ。
夜の悪魔チャヤロカ。
智慧の悪魔ファルマデル。
閉塞の悪魔カルトナージュ。
獣の悪魔オル。
炎熱の悪魔アグニラート。
そして、亡失の悪魔ミナナゴ。
神ともミュールとも書いていない。
ただの悪魔のミナナゴだ。
記述によると、昔アケアロスに退治されたよこしまな悪魔の一体らしい。
人を惑わし、一度触れるだけで人の命も人の作ったものも完全に消失させる《亡失》の能力を持つという。
「よこしまな悪魔か」
ファイドは背後から俺が読んでいるページを覗き込んで言った。
「ふむ……美しい女性に化けて人々を騙すんだとか書いてあるね」
「悪い冗談みたいだな」
美しい女性というか幼女だったが。
どこで記述が歪んだんだ。
「なんだい、本当に一星宗に興味が出てきたのかい? それにしたってマイナーなところから攻めるね」
「ま、そんなところだな」
しかしマジで悪魔扱いだったのか。
俺は興味深げにページをめくっていくが、ミナナゴの記述が出てきたのはその一ページだけだった。
いや、その記述もいろいろ情報がおかしかったが。
聖典を閉じて本棚にしまう。
「……エン、変なもの崇拝してると一星宗に目をつけられるよ」
「するか! そういうことでもないわ!」
「いや、教会嫌いのきみならやりかねないと思ってね」
意外とするどい。
もうすでに家来みたいなのになって崇拝せざるを得ない状況になっているんだが。
「お前だってどっちかっていうと一星宗は嫌いだろ」
「僕はちゃんと毎週教会へお祈りに行っているよ。敬虔な信者なんだ」
「マジか。知らなかった」
信者ぶっているぶん俺よりタチが悪いな。
「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
肩をすくめて、俺は診療所を出ていく。
「あっ、エン、今日こそ薬草を摘んできてくれよ」
「そういやそうだった」
「忘れないでくれ!」
まあ、この件が片付いたら摘んできてやるか。
アギ族の集落へ行くため、前準備が必要だったのだ。つまり、薬草や食料などの調達だ。
遠出するからには何が起こるかわからないからな。用心するに越したことはない。
恐る恐る町を歩いた。
外に出てもフレイバグが襲ってくることはないようで、そこで俺はようやく外に出ても自分の身が安全だと確認できた。
俺は難なくファイドの診療所までたどり着けたのだった。
「きみは用心に用心を重ねすぎだね」
軟膏や乾燥したハーブなど数種類を渡しながら、ファイドはあきれ顔でため息をついた。
「いつも探索している森の中じゃないか。勝手は知れているだろう? 傷薬や解毒薬、痛み止めをこんなにしこたま持っていく必要はあるのかい? それに薬草ならきみもある程度調合できるだろうに」
「いいだろべつに」
「心配性もここまで極まればいっそ見事だね」
ファイドには当然真実を話していない。
もっとも、アギ族の集落へ行くなんて話をしたところで同じリアクションをするだろうが。
……俺は、こいつからしたらかなりの心配性らしいからな。まあ自覚はあるが。
「もし致命的な怪我をして、薬草を調達している時間や薬を調合している時間がないときはやばいだろ」
自分の知らない場所というのは危険がいっぱいだ。
未開の地ならばなおさら。
部族同士の抗争とかに巻き込まれるかもしれないし、捕まってなんらかの儀式のいけにえにされるかもしれない。
道中、毒のある生物に噛まれるおそれもある。
崖から落ちる危険性もマックスだ。
そう、つまり、死ぬのである。
用心に用心を重ねないと、俺の命は守れない。
「致命的な怪我なら薬あっても死ぬと思うけどね」
「だからって薬を持っていかないんじゃ、生きるためにベストを尽くしたとはいえない」
「そんなんだからいつも金欠なんじゃないのかい?」
ファイドにいわれた金額を渡す。
今月の献金を乗り越えられるかどうかさらに不安になる。
「ぼったくりにはしてないから安心しなよ。むしろ割引してる」
「主要な薬の相場は俺だって把握してる。そういう心配はしてない」
「そうだったね。きみが心配してるのはいつだって自分の命だったよ」
それに、訪れた目的はそれだけではない。
「ファイド、変なことを訊くかもしれないが――」
ここには医学書の類だけでなく、聖典から植物の事典から、一星宗が許可した様々な書籍が揃っている。
「――ミナナゴ・ミュールとかいう存在を知ってるか」
仕事を再開しようとデスクに座ったファイドは、怪訝そうな顔をした。
「こっちは仕事しようとしてるんだけどね。きみ暇なのかい? もうすぐ患者さんも来るし。この上なく邪魔なんだけど。さっさと出て行ってくれる?」
「ミナナゴ・ミュールってやつだよ。やっぱ知らないか?」
「ミナナゴ……?」
ファイドは手を止めて顔をしかめた。
「たしか、『神聖奥義書』に記述があったね。神に歯向かった『七大悪魔』の一体だったはずだよ」
「一星宗が発行している聖典か」
俺は本棚から、『神聖奥義書』と書かれた分厚い聖典を取り出してページをめくる。
「おっ、これか」
長々とした神代の歴史をつづったページに、その記述はあった。
昔、神と敵対した七体の悪魔がいた。
それがのちに「七大悪魔」と呼ばれる存在だ。
七体の悪魔は眷属を従えて神に挑み、そして返り討ちに遭い浄化されて消滅した。
その七大悪魔とは、いわく、支配の悪魔ウォカシシ。
夜の悪魔チャヤロカ。
智慧の悪魔ファルマデル。
閉塞の悪魔カルトナージュ。
獣の悪魔オル。
炎熱の悪魔アグニラート。
そして、亡失の悪魔ミナナゴ。
神ともミュールとも書いていない。
ただの悪魔のミナナゴだ。
記述によると、昔アケアロスに退治されたよこしまな悪魔の一体らしい。
人を惑わし、一度触れるだけで人の命も人の作ったものも完全に消失させる《亡失》の能力を持つという。
「よこしまな悪魔か」
ファイドは背後から俺が読んでいるページを覗き込んで言った。
「ふむ……美しい女性に化けて人々を騙すんだとか書いてあるね」
「悪い冗談みたいだな」
美しい女性というか幼女だったが。
どこで記述が歪んだんだ。
「なんだい、本当に一星宗に興味が出てきたのかい? それにしたってマイナーなところから攻めるね」
「ま、そんなところだな」
しかしマジで悪魔扱いだったのか。
俺は興味深げにページをめくっていくが、ミナナゴの記述が出てきたのはその一ページだけだった。
いや、その記述もいろいろ情報がおかしかったが。
聖典を閉じて本棚にしまう。
「……エン、変なもの崇拝してると一星宗に目をつけられるよ」
「するか! そういうことでもないわ!」
「いや、教会嫌いのきみならやりかねないと思ってね」
意外とするどい。
もうすでに家来みたいなのになって崇拝せざるを得ない状況になっているんだが。
「お前だってどっちかっていうと一星宗は嫌いだろ」
「僕はちゃんと毎週教会へお祈りに行っているよ。敬虔な信者なんだ」
「マジか。知らなかった」
信者ぶっているぶん俺よりタチが悪いな。
「じゃあ、俺はそろそろ行くから」
肩をすくめて、俺は診療所を出ていく。
「あっ、エン、今日こそ薬草を摘んできてくれよ」
「そういやそうだった」
「忘れないでくれ!」
まあ、この件が片付いたら摘んできてやるか。
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