声を聞かせて

はるきりょう

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20 穏やかな寝顔

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 空に浮かぶ月は細く、だからこそ星の輝きがよく見えた。サーシャは、窓の鍵を念入りに確認し、紺色のカーテンを閉める。
「窓は割れにくい加工がしてある。もちろんお前の部屋もだ。外から短時間で中に入るためには、中から鍵を開けるしかない」
「…」
「お前が鍵をかけ忘れたのでなければ、内部に賊の仲間がいる」
「…そう、ですか」
「だが、ここは安全だ」
「え?」
「扉の向こうにはハリオがいる。隣の部屋にはライオンもいる。俺には鴉が付いている。賊が部屋に侵入できる可能性は限りなく少ない。それに、ここには俺もいる」
「…」
「心配するな、これでも腕はたつ方だ」
「…王子」
 サーシャは問いかけるように名前を呼んだ。
「なんだ?」
「私は、何かをしたんでしょうか」
「…」
「どうして、怖い目に合わなければいけないんでしょうか。どうして、ここで怯えていなければならないんでしょうか」
 それは問いかけとは言えないものだった。ユリウスに話しかけているのか、ひとり言なのかサーシャにもわからない。ただ、誰かに聞きたかった。聞いてほしかった。
『サーシャ…』
 先ほどの光景が脳内で再生される。恐怖がサーシャの心を占めた。身体が震える。そんなサーシャにユリウスは冷静に言った。
「お前が狙われた可能性は2つある。1つは、第二王子の想い人だから。もう1つは動物の声が聞こえるから」
「…」
「つまりどちらも希少だからだ」
「希少…?」
「希少なものは価値が高い」
「…」
「宝石もそうだ。動物も。少ないからこそ、それを手に入れようと戦争が起こる。でも、それは、宝石が悪いわけでも、動物が悪いわけでもない。人は、貪欲だから。自分にないものを求めてしまう愚かな動物なんだ。だから…お前が悪いわけじゃない」
 それは優しい声色だった。サーシャは顔を上げる。
「でも、だったら、…どうしたらいいんですか?」
 泣いてしまいたかった。けれど、泣くものか、と耐える。そんなサーシャにユリウスはゆっくり手を伸ばした。サーシャの細い身体を引き寄せる。
「希少価値が高いものは、守られる。心無い者に奪われないように、守られる権利がある」
 触れる温度が温かい。安心できるその熱にサーシャは静かに目を閉じる。
「俺が守ってやる」
「王子…」
「半年後には、今までと同じ生活ができるようにしてやる。だから、今は、耐えろ。泣いてもいい。それでも俺の傍にいろ。俺の傍にいれば、守ってやる。だから、耐えてくれ」
「…はい」
 守るのがユリウスならば、大丈夫だと思えた。サーシャは頷き、ユリウスの肩に自分の頭を置いた。2人を覆う空気が柔らかくなる。
 どのくらい経っただろうか、どちらからともなく、2人は離れた。照れくさいのか、目を合わさず早口でユリウスは言う。
「わかったなら、今日はもう寝ろ。嫌なことは寝て忘れてしまえ。俺も寝る」
「そうします」
「お前はベッドを使え。俺はここで寝る」
 ユリウスは毛布を手に持ち、ソファーに座る。
「え?…私がソファーで寝ます。王子がベッドで寝てください」
 突然の申し出に、サーシャは両手を左右に振った。そんなサーシャにユリウスは呆れたようにため息をつく。
「女にそんなことさせられるか。いいから早く寝ろ」
 ユリウスはそう言いながらソファーに横になった。毛布を肩までかけ、目を閉じる。そんなユリウスにサーシャは考えを巡らす。
「あ、そうだ。王子、一緒のベッドで寝ましょう。王子のベッド、広いし」
 一つ手を叩き、名案だとでもいうようにサーシャは言った。ユリウスはゆっくり目を開け、身体を起こす。
『サ、サーシャ…』
 オースは頭を抱え、言った。そんなオースの反応が理解できず、サーシャは首を傾げる。
「オース、どうしたの?もしかして、呆れてる?」
「そうか。そのスチャの方が、まだ賢いのか」
「…王子?」
 ユリウスは立ち上がり、サーシャの目の前まで来ると、サーシャを頭からつま先までゆっくり見た。そして往復するように、つま先から視線を動かす。視線をサーシャの顔で止めた。
「お前、女だな?」
「何を突然。当たり前じゃないですか」
「そして、俺は男だ」
「…?ええ。そうですね」
「ここまで言ってわからないか?」
「だから、さっきから何を言ってるんですか?」
「一緒のベッドに寝たら、手を出す」
「…え?」
「女と一緒のベッドに一晩いて、手を出さないでいられるほど、枯れてはないからな」
「手を、出す?…!!」
 一拍遅れてユリウスの言葉の意味に気づいたサーシャは、顔を真っ赤に染めた。慌てるように身体を揺らす。そんなサーシャをユリウスは鼻で笑った。
「わかったら余計なことは言わず寝ろ」
「いや、あの、その…、じゃあ、せめて、王子がベッドで寝てください。迷惑をかけておいて、自分だけ寝心地のいいベッドに寝るわけにはいきません」
「だから…」
「お、女、だから、とか。そんなの気にしないでください。私の方が小さいですし、狭いところで寝るのは適任です」
「…」
 ユリウスが口を開く前に、ソファーまで行き、サーシャは毛布を手に持った。そのままソファーに寝転がる。
「もう、ここは私が取りましたから。王子はベッドに寝て、身体を休めてください」
「おい」
「もう寝たので、聞こえません」
「…」 
 強引なサーシャにユリウスはため息を吐く。けれど、サーシャは聞こえないふりをした。毛布を頭からかぶる。
「わかった。…もう、寝ろ」
 渋々そう言うと、ユリウスは照明を消し、ベッドに横になった。音でそれを感じたサーシャは安心したように息を吐く。
 横になると、疲れがどっと出てきた。頭がぼーっとする。本能に従うように眠りに入った。

「寝たか…」
 かすかに聞こえる寝息に、ユリウスはゆっくり起き上がる。サーシャの前に行けば、穏やかな寝顔が見えた。
 ユリウスはその顔を確認すると、オースの方に視線を向ける。
「おい、スチャ。お前、このバカ、ちゃんと教育しておけよ。こんなんじゃ、いつ襲われても文句は言えないぞ。…いや、アーノルド公に言うべきか」
『僕は嫌だよ。ユリウスが教えてあげて』
「…俺にわかる言葉で言え」
 そう言ったユリウスに、オースはもう一つ声を出して鳴いた。
 細い三日月の黄色い光が窓から差し込んでいた。一人と一匹に見守られたその寝顔は穏やかだった。
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