声を聞かせて

はるきりょう

文字の大きさ
21 / 28

21 笑え

しおりを挟む
「…あれ?」
 朝日とともに目を覚ましたサーシャは、違和を感じ、辺りを見回した。少しだけ考え、自分のいる場所がおかしいのだと気付く。
「ベッドの上?」
 サーシャはベッドの上にいた。寝ぼけている頭で昨日の記憶をたどる。ソファーの上で寝ていた筈だった。キョロキョロと辺りを見渡す。
「起きたなら、着替えて来い」
 そう答えたのは、ユリウスだった。声の方を見えれば、すでに机で仕事をしていた。
「王子、どうして私、こっちに寝てるんですか?」
「寝ぼけて移動したんじゃないか?」
「え?も、もしかして、…王子と同じベッドで寝たんですか?」
「憶えてないな」
「…」
「それより、部屋に戻って着替えをしてこい。戻ってくるときは、ハリオを連れて正面から入れ」
「え?」
「その方が自分の部屋にいたように見える」
「なるほど」
「早く行ってこい。お前たちがそろったところで、報告することがある」
「…すぐに行ってきます」
 まだ聞きたいことはあったが、そんな場合ではないとサーシャは頷く。そして、隠し戸から部屋に戻った。そんな背中を見送って、オースが言う。
『素直じゃないな、ユリウス。サーシャが寝てすぐに、ベッドまで運んであげて、自分はソファーにいたくせに。しかも、あんまり寝てないくせに』
「おい、スチャ、何か言ったか?」
『まあ、うちのサーシャは可愛いから無理もないけどね』
「…昨日も言ったが、俺にはお前の言葉がわからないんだ」
『そんなこと、わかってますよ~だ』
 オースがユリウスに向けてそう言う。ユリウスは鳴き声の意味が分からず、睨むようにオースを見た。オースは優雅に部屋の中を旋回する。そんなオースにユリウスは小さくため息をついた。

 しばらくして、控えめなノック音が聞こえる。
「ユリウス王子、ハリオです。サーシャ様をお連れしました」
「入れ」
「お待たせしてすみません」
 サーシャは入ってくるとすぐに頭を下げた。ハリオも続いて部屋に入る。静かに扉を閉めた。
「報告がある。そこに座れ。ハリオも徹夜明けだが、話を聞いていけ」
「一晩の徹夜くらいどうってことないです」
「いや、話を聞いたら仮眠を取れ」
「大丈夫です」
「俺に反論する気か?」
「…いいえ。かしこまりました」
 ユリウスとハリオのやり取りを耳に入れながら、サーシャはソファーに座った。ハリオはサーシャの横に立つ。
 ユリウスは手を止めて2人を見た。
「鴉から報告があった。昨日の賊に関してだ」
「え?」
「結論から言おう。賊は、自害した」
「自害…」
「ああ。朝から気分のいい話でなくて悪いが情報を共有しておきたい」
「…はい」
 突然の不穏な言葉に、頷くだけで精一杯だった。オースが不安そうにサーシャの名前を呼ぶ。安心させるように小さく頷いた。
「奥歯に仕込んだ毒で死んだ。身元は今、調べさせている」
「自害したとなると、単に金で雇われたという可能性は少なそうですね」
「ああ。金を得るために死ぬ人間はいない。それに、奥歯に毒を仕込み、いつでも自害できるようにしていた点から考えて、雇い主に相当の忠誠を誓っていると考えられる」
 ユリウスの言葉にハリオは頷いた。話についていけないサーシャを置き去りにし、2人は話を続ける。
「サーシャ様が狙われたのはなぜでしょう?」
「昨日、こいつにも言ったが可能性は2つある。1つは第二王子の想い人だから。もう1つは動物の声が聞こえるから。前者だった場合、俺は、こいつがいるため仕事が手につかないことになっている。つまり、ヴォルス将軍をはじめ、俺を国王にしたいと考える連中が黒幕である可能性が高い。後者の場合は、俺に力を持たせたくない連中、つまり兄上を推す派である可能性が高い」
「…なるほど。黒幕は絞り込めないということですね」
「ただ、鴉の話では、見つかってすぐ、抵抗することなく毒を飲んだそうだ」
「それは…」
 ハリオの顔が青白くなる。そんな反応にユリウスは表情を変え、小さく頷いた。
「ああ。…あまりに忠誠が過ぎる」
「…どういう意味ですか?」
 ようやくサーシャが声を出した。そんなサーシャにユリウスはわかるようにかみ砕いて伝える。
「これが、抵抗をして、それでも逃げ切れなかった結果なら疑わない。拷問を恐れて自害を選んだとも考えられるから。けれど、賊は、抵抗せず自害した。どうしてか」
「どうして、ですか?」
「万が一でも捕まって、自害する術を奪われることを恐れたから、だと考えられる」
「どういう意味でしょうか?」
「つまり、万が一でも雇い主の名を話してしまうことを恐れたんだ。…その行為自体が、自分の命より雇い主を優先したことを示唆している。自分より雇い主を守る輩がこの世にどのくらいいるか。…そうはいない」
「…」
「もし、この国の軍事のトップであるヴォルス将軍の差し金だとしても、少しの抵抗もせず、自害するほど忠誠心がある部下がいるとは考えにくい。しかも2階まで壁を伝って登り、俺の剣を受け止められる腕がある人物」
「…」
「幼いころから特殊な訓練を受け、忠誠を植え付けられてきた人物」
「…そんな人、いるんですか?」
 サーシャの問いに、ユリウスは頷いた。少しだけ躊躇うそぶりを見せる。けれど、ゆっくり口を開いた。
「国王、王妃、もしくは第一王子。王族に関連する人物なら十分に考えられる」
 出された名にすぐには反応できなかった。頭がゆっくり理解をする。サーシャは、自分の身体から力が抜けていくのがわかった。
 座っていてよかった。立っていたら、きっと倒れていただろう。ようやく、ハリオの顔色の意味がわかる。
「けれど、ユリウス王子。…それはあくまで、可能性です」
 冷静にハリオがそう告げる。けれど、その声は震えていた。
「ああ。もちろん。人の気持ちは理屈ではない。それに、雇い主はその3人の誰かだとしても、指示したのは別、とも考えられる」
「…」
 目の前が白くなっていく。サーシャは離れていきそうになる意識を必死で掴んだ。倒れている場合ではない。
「…私は、どうしたら、いいですか?」
 どうしたらいいのか、考えることすらできなかった。真っ暗な世界に一人置いて行かれたような気になる。必死で袖を掴もうと、ユリウスを見た。
 ユリウスは、まっすぐサーシャを見ていた。表情もいつもと変わらない。そんなユリウスを見て、サーシャは怖くなる。先ほどまでの恐怖とはまた別の恐怖だ。
 悲しいと思った。表情すら変わらないユリウスが悲しいと。
 だからこそ、サーシャは何かしたかった。何もできないことはわかっている。けれど、できることがあるのなら、何でもしたいと思った。
「今までどおりに。いや、今まで以上に俺といろ。俺といる限り、不穏分子は鴉と俺が排除する」
「…私に、…私にできることは何ですか?」
「笑え」
「え?」
 予想もしなかった言葉に思わず変な声が出る。ユリウスは丁寧にサーシャを見て告げた。
「何事もなかったかのように笑え。こんなことどうってことない、って顔で過ごすんだ。そうすれば、相手は過激になる。過激になれば、ボロが出る」
「…」
「俺が守ってやる。だから、お前は安心して、いつもどおり笑っていればいい」
「……はい」
 サーシャは頷くと、両頬を無理やり持ち上げた。自分でもわかる不格好な笑み。けれど、それで十分だ、というようにユリウスは一つ頷く。
「ハリオ」
「はい」
「このことは、誰にも言うな。同僚だろうが、上司だろうが、誰も信じるな」
「分かりました」
「それから、俺に忠誠を誓うな」
「…ユリウス王子?」
「俺を守って死ぬな。こいつを守ればそれでいい」
 ピンと線を張ったように鋭い空気が流れた。ハリオはまっすぐにユリウスの目を見る。そして、静かに首を横に振った。
「誰に、どのくらい忠誠を誓うかは、自分の心にのみ従います。誰の指図も受けません」
「……俺に逆らう気か?」
「ええ」
 ハリオはそう言い切った。しばらくどちらも視線を外さず、どちらも言葉を発しなかった。
「…勝手にしろ」
 投げ捨てるようにユリウスが言う。そんなユリウスにハリオは笑みを浮かべた。
「承知しました」
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームっぽい世界に転生したけど何もかもうろ覚え!~たぶん悪役令嬢だと思うけど自信が無い~

天木奏音
恋愛
雨の日に滑って転んで頭を打った私は、気付いたら公爵令嬢ヴィオレッタに転生していた。 どうやらここは前世親しんだ乙女ゲームかラノベの世界っぽいけど、疲れ切ったアラフォーのうろんな記憶力では何の作品の世界か特定できない。 鑑で見た感じ、どう見ても悪役令嬢顔なヴィオレッタ。このままだと破滅一直線!?ヒロインっぽい子を探して仲良くなって、この世界では平穏無事に長生きしてみせます! ※他サイトにも掲載しています

銀鷲と銀の腕章

河原巽
恋愛
生まれ持った髪色のせいで両親に疎まれ屋敷を飛び出した元子爵令嬢カレンは王城の食堂職員に何故か採用されてしまい、修道院で出会ったソフィアと共に働くことに。 仕事を通じて知り合った第二騎士団長カッツェ、副団長レグデンバーとの交流を経るうち、彼らとソフィアの間に微妙な関係が生まれていることに気付いてしまう。カレンは第三者として静観しているつもりだったけれど……実は大きな企みの渦中にしっかりと巻き込まれていた。 意思を持って生きることに不慣れな中、母との確執や初めて抱く感情に揺り動かされながら自分の存在を確立しようとする元令嬢のお話。恋愛の進行はゆっくりめです。 全48話、約18万字。毎日18時に4話ずつ更新。別サイトにも掲載しております。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

竜帝に捨てられ病気で死んで転生したのに、生まれ変わっても竜帝に気に入られそうです

みゅー
恋愛
シーディは前世の記憶を持っていた。前世では奉公に出された家で竜帝に気に入られ寵姫となるが、竜帝は豪族と婚約すると噂され同時にシーディの部屋へ通うことが減っていった。そんな時に病気になり、シーディは後宮を出ると一人寂しく息を引き取った。 時は流れ、シーディはある村外れの貧しいながらも優しい両親の元に生まれ変わっていた。そんなある日村に竜帝が訪れ、竜帝に見つかるがシーディの生まれ変わりだと気づかれずにすむ。 数日後、運命の乙女を探すためにの同じ年、同じ日に生まれた数人の乙女たちが後宮に召集され、シーディも後宮に呼ばれてしまう。 自分が運命の乙女ではないとわかっているシーディは、とにかく何事もなく村へ帰ることだけを目標に過ごすが……。 はたして本当にシーディは運命の乙女ではないのか、今度の人生で幸せをつかむことができるのか。 短編:竜帝の花嫁 誰にも愛されずに死んだと思ってたのに、生まれ変わったら溺愛されてました を長編にしたものです。

出ていってください!~結婚相手に裏切られた令嬢はなぜか騎士様に溺愛される~

白井
恋愛
イヴェット・オーダム男爵令嬢の幸せな結婚生活が始まる……はずだった。 父の死後、急に態度が変わった結婚相手にイヴェットは振り回されていた。 財産を食いつぶす義母、継いだ仕事を放棄して不貞を続ける夫。 それでも家族の形を維持しようと努力するイヴェットは、ついに殺されかける。 「もう我慢の限界。あなたたちにはこの家から出ていってもらいます」 覚悟を決めたら、なぜか騎士団長様が執着してきたけれど困ります!

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

【完結】婚約者候補の落ちこぼれ令嬢は、病弱王子がお気に入り!

白雨 音
恋愛
王太子の婚約者選びの催しに、公爵令嬢のリゼットも招待されたが、 恋愛に対し憧れの強い彼女は、王太子には興味無し! だが、それが王太子の不興を買う事となり、落ちこぼれてしまう!? 数々の嫌がらせにも、めげず負けないリゼットの運命は!?? 強く前向きなリゼットと、自己肯定感は低いが一途に恋する純真王子ユベールのお話☆ (※リゼット、ユベール視点有り、表示のないものはリゼット視点です) 【婚約破棄された悪役令嬢は、癒されるより、癒したい?】の、テオの妹リゼットのお話ですが、 これだけで読めます☆ 《完結しました》

虚弱で大人しい姉のことが、婚約者のあの方はお好きなようで……

くわっと
恋愛
21.05.23完結 ーー 「ごめんなさい、姉が私の帰りを待っていますのでーー」 差し伸べられた手をするりとかわす。 これが、公爵家令嬢リトアの婚約者『でも』あるカストリアの決まり文句である。 決まり文句、というだけで、その言葉には嘘偽りはない。 彼の最愛の姉であるイデアは本当に彼の帰りを待っているし、婚約者の一人でもあるリトアとの甘い時間を終わらせたくないのも本当である。 だが、本当であるからこそ、余計にタチが悪い。 地位も名誉も権力も。 武力も知力も財力も。 全て、とは言わないにしろ、そのほとんどを所有しているこの男のことが。 月並みに好きな自分が、ただただみっともない。 けれど、それでも。 一緒にいられるならば。 婚約者という、その他大勢とは違う立場にいられるならば。 それだけで良かった。 少なくとも、その時は。

処理中です...