23 / 28
23 合図
しおりを挟む
部屋の空気が一変した。サーシャは射貫くようにマルカを見た。
「う、噂してるわ、みんな」
マルカの言葉にサーシャは首を横に振った。噂をしているならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。その話が漏れているのなら、サーシャとユリウスが一晩同じ部屋で過ごしたことも漏れているはずだから。けれど、周りは態度を変えていない。仲は良くなっているが、それでも、サーシャは、第二王子の想い人。それ以上でもそれ以下でもない存在で、みんなが扱いを決めかねている。そんな中途半端な状態は続いている。
「そ、そんなこといいじゃない。…いいから、クッキー食べてよ」
マルカはクッキーを持つと、サーシャに押し付けるように差し出した。サーシャは立ち上がり、一歩後ろに下がった。首を横に振る。
「食べられないわ」
「どうして!」
「オースが、危ないって言ったの。スチャは嗅覚が優れているわ。…クッキーの中に入れたのは毒?」
「…そ、そんなわけないじゃない」
「私を、殺したいの?」
「そんな、こと。…鳥の言うことは信じて、私の事は信じてくれないのね」
「ごめんなさい。でも、信じられないわ」
サーシャの言葉にマルカは手に持っていたクッキーを落とした。力が抜けたその様子にサーシャは言葉を続ける。
「マルカさん、どうして?…私、何かしたかな?」
「…」
「私たち、友達でしょう?」
「友達?…笑わせないでくれる?」
マルカは吐き出すようにそう告げると、サーシャを睨みつけた。
「…あんたなんか、大嫌いよ!」
叫ぶようにそう言った。細くて白い手がサーシャに伸びる。赤く塗られた爪がサーシャの首をんだ。渾身の力で締め上げる。
「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」
マルカはさらに力を込めた。サーシャは冷静に状況を判断する。
胸元に隠していた短剣に手を伸ばし、斬りつけた。マルカの左腕から赤い血が垂れる。痛みからか、マルカはサーシャに伸びていた手を離した。刃先をマルカに向けながら、サーシャは後ろに2歩下がる。
斬られた腕を押さえながら、マルカはサーシャを睨みつけ、叫んだ。
「…あんたが、来なければ、ここは私の部屋だったのに!!」
「マルカ、さん」
「死んでよ。友達だって言うなら、私のために死になさいよ!」
再び、マルカの腕がサーシャに伸びる。けれど、今度は届かなかった。
「それは、どういう意味だ?」
ユリウスがマルカの腕を掴んだから。サーシャをかばうようにマルカの前に立つ。
「ユリウス…王子。…どうして、ここに?」
絶望したマルカの目がユリウスをとらえる。捕まれた腕が震えていた。けれど、ユリウスはそんなマルカを気にすることなく、サーシャを振り返る。
「怪我は?」
「…ありません」
「そうか」
「王子に頂いた短剣が役に立ちました」
「ああ」
それだけ言うと、再びマルカに視線を戻した。サーシャに向けた顔とは違う鋭い表情にマルカは叫ぶ。
「どうして!…どうして、ユリウス王子がここにいるの!?」
ユリウスはマルカの腕を放し、剣先をマルカに向けた。左手の親指で隠し戸を指す。
「合図があったからな」
「合図…?」
「ノックが2回聞こえた」
「ノック…。そんなもの、どうやって…」
そんなマルカの前をオースは優雅に横切る。マルカの目が丸く開いた。
「オースにお願いしたの。隠し戸を2回叩けば、王子が来てくれるって分かってたから」
「…」
「何が目的だ?なんで、こいつを襲う?」
低い声がマルカに刺さる。マルカは俯いたまま、言葉を閉ざした。
どのくらい経っただろうか、しびれを切らしたようにユリウスがもう一度問う。
「なぜこいつを襲った?」
「…私は、ただ、サーシャさんと話をしていただけです」
「何?」
「私は何もしていないのに、サーシャさんが斬りつけてきたんです」
「マルカさん…」
「本当です!ユリウス王子、襲われたのは私の方なんです。王子、私を助けてください!」
「…そうか」
「何を、…言ってるの?」
マルカは髪を振り回し、ユリウスに縋る。その姿は、恐ろしいほどに醜い。
「私は何もしていないのに、あんたが斬りつけてきたんじゃない。ユリウス王子、この女を捕まえてください!」
「何もしていない者を斬りつけたなら、確かにこいつに非があるな」
マルカの言葉にそう言うと、ユリウスは剣の矛先をマルカからサーシャに変えた。
「王子!?」
サーシャが叫ぶ。ユリウス越しのマルカに笑みが戻った。畳みかけるように言葉を続ける。
「そうよ。王子、そうです。この女が私を襲ったんです」
「違います、王子…」
『サーシャ、大丈夫。ユリウスは、バカじゃない』
「オース?」
ユリウスはサーシャに向けていた剣を収め、テーブルに置いてあるクッキーを片手に持った。
「食べろ」
マルカの顔の前に差し出す。
「え?」
「食べられないのか?」
「…それは…」
「確かに、こいつが何もしていないお前に斬りかかったなら、こいつが悪い。でも、こいつはそんなことしない」
「…」
「毒が入っていないと言い張るなら、俺の目の前で食べてみろ」
マルカはユリウスの手をただ、見ていた。沈黙が耳に痛い。
「どうした?」
再度の問いかけに、マルカは決心したように、ユリウスが持つクッキーに手を伸ばした。けれどその手は見るからに震えている。
マルカの手がユリウスに届く寸前に、ユリウスは手を離した。床にクッキーが落ちる。ユリウスが足を上げ、踏みつければ、それは粉々に砕ける。
「お前の反応を見れば十分だ」
「…」
「…悪いが、簡単には死なせない」
「……どうして!?」
突然、マルカが叫ぶ。狂気に満ちた顔にサーシャは思わず一歩後ろに下がった。
ユリウスが再び剣をマルカに向ける。それでもマルカはただ、ユリウスの顔だけを見ていた。その目はやはり、恋い焦がれる人の目。
「どうして、そんな奴を守るの?こいつは私たちの時間を奪ったんだよ?」
「何を言っている?」
「だって、私たちは、愛し合ってるじゃない」
「何?」
「私にだけ笑いかけてくれた。…この世界で、王子の事を一番わかっているのは私なの」
「…」
「王子が好きなのは私なの!でも、身分が違うから、一緒になることはできない。それでも、メイドとして傍にいられれば、良かったのに」
そこまで言うと、マルカはサーシャを指さした。鋭い視線がサーシャに刺さる。
「なのに、こいつが来て、その時間すらも奪った!!だから、殺そうと思ったのよ。殺せば、また私が、ユリウス王子と一緒にいられるから!」
唾を飛ばしながら狂ったように叫ぶ。「友達」だと笑った彼女とは程遠いその姿に、足が震える。思わず、ユリウスの背に手を置いた。
「あの男にこいつを襲わせたのもお前か?」
ユリウスは淡々と尋ねる。
「ええ。私を好きだというから、こいつを殺せば付き合ってあげるって言ったの。だから、窓の鍵を開けておいてあげたのに、こいつは生きてるし。今まで以上にユリウス王子と一緒にいるし。本当に使えない」
吐き出すようにマルカが言った。マルカの口から出た「殺す」という言葉が、身体の熱を奪っていく。
「そうか。失敗したら死ねと言ったのもお前か?」
「え?…何のこと?あの人、逃げてるんじゃないの?」
「自害した」
「……え?」
マルカは言葉を失った。目を丸くしたその反応は、彼の死を本当に知らなかったように見える。ユリウスはマルカの反応を気にすることなく続けた。
「毒はどうした?」
『この毒、限りなく無臭だね。たぶん、僕たちじゃないとわからないよ。人間にはたぶん、味も匂いもわからないんじゃないかな?』
「…王子、この毒、人間には味も匂いもわからないみたいです」
「そうか。無味無臭の毒、か。…そう簡単には手に入らないな」
「そ、そんなの知らないわよ」
「どうやって手に入れた?」
「……薬売りのおばあさんからもらったのよ。簡単に殺せる毒だって」
「そいつは誰だ?」
「知らないわ。宮殿の前にいた汚い老婆よ」
「宮殿の前にいた老婆?」
「ええ。…でも、今思えば、着ていた服は、綺麗だったかも」
最後はひとり言のような呟きだった。その言葉にユリウスは興味を失くしたように、剣を降ろす。
「おい、スチャ。ハリオを俺の部屋に待たせている。ノックしろ」
『え~』
「早くしろ」
『鳥づかい荒いよ!』
文句を言いながらもオースは隠し戸を2回くちばしで叩いた。勢いよく扉が開く。
「サーシャ様、ユリウス王子、大丈夫ですか?」
「こいつが、犯人だ」
「……え?でも、彼女はサーシャ様の…」
友達だったはず、続く言葉が想像できて、サーシャは思わず俯いた。ハリオと歩いている時に、何度かマルカとすれ違い話をしたことがある。その時の様子を知っているからこそ、ハリオの理解は余計に追いつかないのだろう。
「いいから、こいつを牢屋に連れていけ。死なせるな」
「…はっ!」
おそらく状況を半分も理解していない。それでも、ユリウスの言葉とサーシャの反応から推測ができたようで、ハリオはマルカの腕を強く押さえ、拘束した。
「離してよ!」
マルカはハリオの手から離れようと身体を左右に揺らす。
「おとなしくしろ」
「離せってば!私は、ユリウス王子の想い人よ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「俺はお前なんか知らない」
静かな声が部屋中に響いた。暴れていたマルカが動きを止める。
「俺はお前なんか知らない」
もう一度、今度はよりはっきりそう告げた。そんなユリウスにマルカは目を丸くする。
「ユ、ユリウス、王子…?」
懇願するような目。ユリウスはそんなマルカに冷たい視線を向ける。そして、言った。
「名前すら知らない」
「そ、そんなこと、…あるわけないわ!だって、ずっと、…私は、ずっと、ユリウス王子の身の回りのお世話をしてたのよ!…そんなこと…」
「この王宮のメイドだということはわかる。けれど、お前個人の事はわからないし、興味もない」
「…そ、そんな」
「今後一切、俺の名を口にするな」
鋭い視線がマルカに刺さる。冷たいその視線が、真実だと伝えていた。絶望がマルカを包む。マルカの身体から力が抜けた。倒れそうになるマルカをハリオは支えるようにしながら、廊下に出る。
「その娘がお嬢さんを襲った犯人ですか?実に、可愛らしい犯人だ」
「ヴォルス…将軍…」
突然現れた人物に、ハリオは思わずそう声に出した。
「う、噂してるわ、みんな」
マルカの言葉にサーシャは首を横に振った。噂をしているならば、もっと大騒ぎになっているはずだ。その話が漏れているのなら、サーシャとユリウスが一晩同じ部屋で過ごしたことも漏れているはずだから。けれど、周りは態度を変えていない。仲は良くなっているが、それでも、サーシャは、第二王子の想い人。それ以上でもそれ以下でもない存在で、みんなが扱いを決めかねている。そんな中途半端な状態は続いている。
「そ、そんなこといいじゃない。…いいから、クッキー食べてよ」
マルカはクッキーを持つと、サーシャに押し付けるように差し出した。サーシャは立ち上がり、一歩後ろに下がった。首を横に振る。
「食べられないわ」
「どうして!」
「オースが、危ないって言ったの。スチャは嗅覚が優れているわ。…クッキーの中に入れたのは毒?」
「…そ、そんなわけないじゃない」
「私を、殺したいの?」
「そんな、こと。…鳥の言うことは信じて、私の事は信じてくれないのね」
「ごめんなさい。でも、信じられないわ」
サーシャの言葉にマルカは手に持っていたクッキーを落とした。力が抜けたその様子にサーシャは言葉を続ける。
「マルカさん、どうして?…私、何かしたかな?」
「…」
「私たち、友達でしょう?」
「友達?…笑わせないでくれる?」
マルカは吐き出すようにそう告げると、サーシャを睨みつけた。
「…あんたなんか、大嫌いよ!」
叫ぶようにそう言った。細くて白い手がサーシャに伸びる。赤く塗られた爪がサーシャの首をんだ。渾身の力で締め上げる。
「あんたなんか、死ねばいいのよ!!」
マルカはさらに力を込めた。サーシャは冷静に状況を判断する。
胸元に隠していた短剣に手を伸ばし、斬りつけた。マルカの左腕から赤い血が垂れる。痛みからか、マルカはサーシャに伸びていた手を離した。刃先をマルカに向けながら、サーシャは後ろに2歩下がる。
斬られた腕を押さえながら、マルカはサーシャを睨みつけ、叫んだ。
「…あんたが、来なければ、ここは私の部屋だったのに!!」
「マルカ、さん」
「死んでよ。友達だって言うなら、私のために死になさいよ!」
再び、マルカの腕がサーシャに伸びる。けれど、今度は届かなかった。
「それは、どういう意味だ?」
ユリウスがマルカの腕を掴んだから。サーシャをかばうようにマルカの前に立つ。
「ユリウス…王子。…どうして、ここに?」
絶望したマルカの目がユリウスをとらえる。捕まれた腕が震えていた。けれど、ユリウスはそんなマルカを気にすることなく、サーシャを振り返る。
「怪我は?」
「…ありません」
「そうか」
「王子に頂いた短剣が役に立ちました」
「ああ」
それだけ言うと、再びマルカに視線を戻した。サーシャに向けた顔とは違う鋭い表情にマルカは叫ぶ。
「どうして!…どうして、ユリウス王子がここにいるの!?」
ユリウスはマルカの腕を放し、剣先をマルカに向けた。左手の親指で隠し戸を指す。
「合図があったからな」
「合図…?」
「ノックが2回聞こえた」
「ノック…。そんなもの、どうやって…」
そんなマルカの前をオースは優雅に横切る。マルカの目が丸く開いた。
「オースにお願いしたの。隠し戸を2回叩けば、王子が来てくれるって分かってたから」
「…」
「何が目的だ?なんで、こいつを襲う?」
低い声がマルカに刺さる。マルカは俯いたまま、言葉を閉ざした。
どのくらい経っただろうか、しびれを切らしたようにユリウスがもう一度問う。
「なぜこいつを襲った?」
「…私は、ただ、サーシャさんと話をしていただけです」
「何?」
「私は何もしていないのに、サーシャさんが斬りつけてきたんです」
「マルカさん…」
「本当です!ユリウス王子、襲われたのは私の方なんです。王子、私を助けてください!」
「…そうか」
「何を、…言ってるの?」
マルカは髪を振り回し、ユリウスに縋る。その姿は、恐ろしいほどに醜い。
「私は何もしていないのに、あんたが斬りつけてきたんじゃない。ユリウス王子、この女を捕まえてください!」
「何もしていない者を斬りつけたなら、確かにこいつに非があるな」
マルカの言葉にそう言うと、ユリウスは剣の矛先をマルカからサーシャに変えた。
「王子!?」
サーシャが叫ぶ。ユリウス越しのマルカに笑みが戻った。畳みかけるように言葉を続ける。
「そうよ。王子、そうです。この女が私を襲ったんです」
「違います、王子…」
『サーシャ、大丈夫。ユリウスは、バカじゃない』
「オース?」
ユリウスはサーシャに向けていた剣を収め、テーブルに置いてあるクッキーを片手に持った。
「食べろ」
マルカの顔の前に差し出す。
「え?」
「食べられないのか?」
「…それは…」
「確かに、こいつが何もしていないお前に斬りかかったなら、こいつが悪い。でも、こいつはそんなことしない」
「…」
「毒が入っていないと言い張るなら、俺の目の前で食べてみろ」
マルカはユリウスの手をただ、見ていた。沈黙が耳に痛い。
「どうした?」
再度の問いかけに、マルカは決心したように、ユリウスが持つクッキーに手を伸ばした。けれどその手は見るからに震えている。
マルカの手がユリウスに届く寸前に、ユリウスは手を離した。床にクッキーが落ちる。ユリウスが足を上げ、踏みつければ、それは粉々に砕ける。
「お前の反応を見れば十分だ」
「…」
「…悪いが、簡単には死なせない」
「……どうして!?」
突然、マルカが叫ぶ。狂気に満ちた顔にサーシャは思わず一歩後ろに下がった。
ユリウスが再び剣をマルカに向ける。それでもマルカはただ、ユリウスの顔だけを見ていた。その目はやはり、恋い焦がれる人の目。
「どうして、そんな奴を守るの?こいつは私たちの時間を奪ったんだよ?」
「何を言っている?」
「だって、私たちは、愛し合ってるじゃない」
「何?」
「私にだけ笑いかけてくれた。…この世界で、王子の事を一番わかっているのは私なの」
「…」
「王子が好きなのは私なの!でも、身分が違うから、一緒になることはできない。それでも、メイドとして傍にいられれば、良かったのに」
そこまで言うと、マルカはサーシャを指さした。鋭い視線がサーシャに刺さる。
「なのに、こいつが来て、その時間すらも奪った!!だから、殺そうと思ったのよ。殺せば、また私が、ユリウス王子と一緒にいられるから!」
唾を飛ばしながら狂ったように叫ぶ。「友達」だと笑った彼女とは程遠いその姿に、足が震える。思わず、ユリウスの背に手を置いた。
「あの男にこいつを襲わせたのもお前か?」
ユリウスは淡々と尋ねる。
「ええ。私を好きだというから、こいつを殺せば付き合ってあげるって言ったの。だから、窓の鍵を開けておいてあげたのに、こいつは生きてるし。今まで以上にユリウス王子と一緒にいるし。本当に使えない」
吐き出すようにマルカが言った。マルカの口から出た「殺す」という言葉が、身体の熱を奪っていく。
「そうか。失敗したら死ねと言ったのもお前か?」
「え?…何のこと?あの人、逃げてるんじゃないの?」
「自害した」
「……え?」
マルカは言葉を失った。目を丸くしたその反応は、彼の死を本当に知らなかったように見える。ユリウスはマルカの反応を気にすることなく続けた。
「毒はどうした?」
『この毒、限りなく無臭だね。たぶん、僕たちじゃないとわからないよ。人間にはたぶん、味も匂いもわからないんじゃないかな?』
「…王子、この毒、人間には味も匂いもわからないみたいです」
「そうか。無味無臭の毒、か。…そう簡単には手に入らないな」
「そ、そんなの知らないわよ」
「どうやって手に入れた?」
「……薬売りのおばあさんからもらったのよ。簡単に殺せる毒だって」
「そいつは誰だ?」
「知らないわ。宮殿の前にいた汚い老婆よ」
「宮殿の前にいた老婆?」
「ええ。…でも、今思えば、着ていた服は、綺麗だったかも」
最後はひとり言のような呟きだった。その言葉にユリウスは興味を失くしたように、剣を降ろす。
「おい、スチャ。ハリオを俺の部屋に待たせている。ノックしろ」
『え~』
「早くしろ」
『鳥づかい荒いよ!』
文句を言いながらもオースは隠し戸を2回くちばしで叩いた。勢いよく扉が開く。
「サーシャ様、ユリウス王子、大丈夫ですか?」
「こいつが、犯人だ」
「……え?でも、彼女はサーシャ様の…」
友達だったはず、続く言葉が想像できて、サーシャは思わず俯いた。ハリオと歩いている時に、何度かマルカとすれ違い話をしたことがある。その時の様子を知っているからこそ、ハリオの理解は余計に追いつかないのだろう。
「いいから、こいつを牢屋に連れていけ。死なせるな」
「…はっ!」
おそらく状況を半分も理解していない。それでも、ユリウスの言葉とサーシャの反応から推測ができたようで、ハリオはマルカの腕を強く押さえ、拘束した。
「離してよ!」
マルカはハリオの手から離れようと身体を左右に揺らす。
「おとなしくしろ」
「離せってば!私は、ユリウス王子の想い人よ!こんなことしていいと思ってるの!?」
「俺はお前なんか知らない」
静かな声が部屋中に響いた。暴れていたマルカが動きを止める。
「俺はお前なんか知らない」
もう一度、今度はよりはっきりそう告げた。そんなユリウスにマルカは目を丸くする。
「ユ、ユリウス、王子…?」
懇願するような目。ユリウスはそんなマルカに冷たい視線を向ける。そして、言った。
「名前すら知らない」
「そ、そんなこと、…あるわけないわ!だって、ずっと、…私は、ずっと、ユリウス王子の身の回りのお世話をしてたのよ!…そんなこと…」
「この王宮のメイドだということはわかる。けれど、お前個人の事はわからないし、興味もない」
「…そ、そんな」
「今後一切、俺の名を口にするな」
鋭い視線がマルカに刺さる。冷たいその視線が、真実だと伝えていた。絶望がマルカを包む。マルカの身体から力が抜けた。倒れそうになるマルカをハリオは支えるようにしながら、廊下に出る。
「その娘がお嬢さんを襲った犯人ですか?実に、可愛らしい犯人だ」
「ヴォルス…将軍…」
突然現れた人物に、ハリオは思わずそう声に出した。
9
あなたにおすすめの小説
虐げられた私、ずっと一緒にいた精霊たちの王に愛される〜私が愛し子だなんて知りませんでした〜
ボタニカルseven
恋愛
「今までお世話になりました」
あぁ、これでやっとこの人たちから解放されるんだ。
「セレス様、行きましょう」
「ありがとう、リリ」
私はセレス・バートレイ。四歳の頃に母親がなくなり父がしばらく家を留守にしたかと思えば愛人とその子供を連れてきた。私はそれから今までその愛人と子供に虐げられてきた。心が折れそうになった時だってあったが、いつも隣で見守ってきてくれた精霊たちが支えてくれた。
ある日精霊たちはいった。
「あの方が迎えに来る」
カクヨム/なろう様でも連載させていただいております
妹を選んで婚約破棄した婚約者は、平民になる現実を理解していなかったようです
藤原遊
恋愛
跡継ぎとして育てられた私には、将来を約束された婚約者がいた。
――けれど彼は、私ではなく「妹」を選んだ。
妹は父の愛人の子。
身分も立場も分かったうえでの選択だと思っていたのに、
彼はどうやら、何も理解していなかったらしい。
婚約を破棄し、妹と結ばれた彼は、
当然のように貴族の立場を失い、平民として生きることになる。
一方で、妹は覚悟を決めて現実に向き合っていく。
だが彼だけが、最後まで「元に戻れる」と信じ続けていた。
これは、誰かが罰した物語ではない。
ただ、選んだ道の先にあった現実の話。
覚悟のなかった婚約者が、
自分の選択と向き合うまでを描いた、静かなざまぁ物語。
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
【完結】婚約破棄される未来見えてるので最初から婚約しないルートを選びます
22時完結
恋愛
レイリーナ・フォン・アーデルバルトは、美しく品格高い公爵令嬢。しかし、彼女はこの世界が乙女ゲームの世界であり、自分がその悪役令嬢であることを知っている。ある日、夢で見た記憶が現実となり、レイリーナとしての人生が始まる。彼女の使命は、悲惨な結末を避けて幸せを掴むこと。
エドウィン王子との婚約を避けるため、レイリーナは彼との接触を避けようとするが、彼の深い愛情に次第に心を開いていく。エドウィン王子から婚約を申し込まれるも、レイリーナは即答を避け、未来を築くために時間を求める。
悪役令嬢としての運命を変えるため、レイリーナはエドウィンとの関係を慎重に築きながら、新しい道を模索する。運命を超えて真実の愛を掴むため、彼女は一人の女性として成長し、幸せな未来を目指して歩み続ける。
冷遇された没落姫は、風に乗せて真実を詠う ─残り香の檻─
あとりえむ
恋愛
「お前の練る香など、埃と同じだ」
没落した名家の姫・瑠璃は、冷酷な夫・道隆に蔑まれ、極寒の離れに追いやられていた。夫の隣には、贅を尽くした香料を纏う愛人の明子。
しかし道隆は知らなかった。瑠璃が魂を削って練り上げた香は、焚く者の心根を映し出す「真実の鏡」であることを。
瑠璃が最後に残した香の種を、明子が盗み出し、手柄を偽って帝の前で焚き上げた瞬間。美しき夢は、獣の死臭が漂う地獄へと変貌する。
「この香りの主を探せ。これほど澄み切った魂が、この都に在るはずだ」
絶望の淵で放たれた一筋の香りに導かれ、孤独な東宮が泥の中に咲く白蓮を見つけ出す。
嘘と虚飾にまみれた貴族社会を、ひとりの調香師が浄化する、雅やかな逆転劇。
私が生きていたことは秘密にしてください
月山 歩
恋愛
メイベルは婚約者と妹によって、崖に突き落とされ、公爵家の領地に倒れていた。
見つけてくれた彼は一見優しそうだが、行方不明のまま隠れて生きて行こうとする私に驚くような提案をする。
「少年の世話係になってくれ。けれど人に話したら消す。」
完】異端の治癒能力を持つ令嬢は婚約破棄をされ、王宮の侍女として静かに暮らす事を望んだ。なのに!王子、私は侍女ですよ!言い寄られたら困ります!
仰木 あん
恋愛
マリアはエネローワ王国のライオネル伯爵の長女である。
ある日、婚約者のハルト=リッチに呼び出され、婚約破棄を告げられる。
理由はマリアの義理の妹、ソフィアに心変わりしたからだそうだ。
ハルトとソフィアは互いに惹かれ、『真実の愛』に気付いたとのこと…。
マリアは色々な物を継母の連れ子である、ソフィアに奪われてきたが、今度は婚約者か…と、気落ちをして、実家に帰る。
自室にて、過去の母の言葉を思い出す。
マリアには、王国において、異端とされるドルイダスの異能があり、強力な治癒能力で、人を癒すことが出来る事を…
しかしそれは、この国では迫害される恐れがあるため、内緒にするようにと強く言われていた。
そんな母が亡くなり、継母がソフィアを連れて屋敷に入ると、マリアの生活は一変した。
ハルトという婚約者を得て、家を折角出たのに、この始末……。
マリアは父親に願い出る。
家族に邪魔されず、一人で静かに王宮の侍女として働いて生きるため、再び家を出るのだが………
この話はフィクションです。
名前等は実際のものとなんら関係はありません。
将来の嫁ぎ先は確保済みです……が?!
翠月 瑠々奈
恋愛
ある日階段から落ちて、とある物語を思い出した。
侯爵令息と男爵令嬢の秘密の恋…みたいな。
そしてここが、その話を基にした世界に酷似していることに気づく。
私は主人公の婚約者。話の流れからすれば破棄されることになる。
この歳で婚約破棄なんてされたら、名に傷が付く。
それでは次の結婚は望めない。
その前に、同じ前世の記憶がある男性との婚姻話を水面下で進めましょうか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる