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~第三章~
68.閑話
しおりを挟むアンハルト王国の神殿――
「あれ?」
「どうした?」
「ここに入れていたピアスが見当たらないんです」
「入れた場所を間違えたんじゃないのか?」
「そんな筈はありません!確かにここに保管していたんです!!」
「……なら誰かが持って行ったのではないのか?」
「持ち出しの許可はない筈です!」
「それは分からないだろう。お偉方の誰かが勝手に持ち出すケースが最近増えているじゃないか」
「そ、それは……」
言葉に詰まる後輩。
彼は神殿に来たばかりの見習いだった。
生真面目な性格で神殿の仕事が早く丁寧だった。ただし少々融通が利かないところがある。
「そう深く落ち込むな。お前のせいじゃない」
「…………すみません」
お偉方の誰かを疑う事に慣れていないのだ。そしてそれを強く言う事も出来ない事を彼は知っている。こんな事は一度や二度じゃない。しかもそれは彼が担当している物に限った話では無かった。
お偉い様達が、神殿の備品の持ち出しは珍しい事ではなくなりつつあるからだった。
新しい神官長になってからこの神殿は少しおかしくなっている。いや、祖父の頃から神殿はおかしくはあった。けれどそのおかしさの種類が変わってしまっている気がする。
最初は少しくらいならばと目零ししていたらしい。言い訳になるだろうが、当時は戦争とその後の復興によって何かと物入りだった時代である。神殿も大変だったと伝え聞く。けれど今は神殿の財政も安定している状況だ。なのに……。
「この件は何も言うな」
「……ですが……」
「きな臭くなっているのは知っているだろう?」
「はい……こんな事がまかり通っているのはこの国の神殿だからでしょうか?」
「おい」
「妙な噂を聞きました。パッツィーニ侯爵家の今の次男は本当は偽物だと。本物を偽物だと糾弾して国を追い出したのは此処の神官だと……」
「……ここでは禁句だ」
「それは事実だからですか?」
「ここだけじゃない。国のお偉方も関わっているのは、お前もよく知っているだろう」
そう。これは国の上層部も関わっている事である。だからこそ公に言う事は憚れ、そして神殿の者は知らぬ存ぜぬを貫き通している。だからここで不用意なことを漏らすと大変な事になる。それは彼が一番分かっているだろうと言うのに、余程腹にすえかねているのだろう。
「ですが……」
「これは命令だ!いいな!」
「…………はい」
納得できない顔をしてはいたがそれでも一応頷き了承してくれた事に安堵したのと同時に、この事実を知った彼の行く先に不安を感じた。一時の正義感で、彼の今後の進退が左右されるだろう事は間違いがないのだから。
承諾した以上は無茶な事はしないだろう。
若干の不安を感じながらも俺達は日常に戻った。
あの一件以来、妙に塞ぎこむ事が増えた後輩だが、少しずつだが元に戻っていった。
だが……時折見せる表情に一抹の不安がよぎった。
これは俺の思いすごしだろうか?それとも……。不安を感じながらも「大丈夫だ」と自分に言い聞かせながら仕事を続ける。
しかし、それは自分の願いで終わってしまったのであった。
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