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五話
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数日後、連絡を受けた塔子は事務所を訪れた。そして、調査員から数十枚の画像を見せられた。
そこに写っていたのは確かに賢治だった――が、場所は飲食店でもホテル街でもなく、全て海だった。真っ暗な中、海に面した堤防に一人で立つ賢治が写っていた。
「旦那様は、仕事を終えて会社を出ると車を走らせて、毎晩お一人で海に行かれてました。帰宅時間はまちまちでしたが、途中どこかに立ち寄ることも一切ありませんでした」
数日間調査してもらった結果がそれだった。あまりの予想外の結果に、驚きと気恥ずかしさを覚えた塔子は、詫びるように礼を言い、足早に事務所を後にした。
自宅に戻りいくら考えても釈然としなかったが、しばらくすると塔子は急に胸騒ぎを覚えた。
知らなければそれなりだったが、場所が場所だけに、よからぬ思いが脳裏を掠め、いてもたってもいられなくなり、次の瞬間にはタクシーを呼んでいた。
そして一通のメールを送信した。
『今までありがとう 奥様を大切に』
送信が完了すると、塔子は鈴木のアドレスを消去した。
到着したタクシーに慌てて乗り込み、行き先を告げる。
走り出したタクシーの後部座席の窓から空を見上げた。
今夜は雨の予報だったが、賢治はいるのだろうか。賢治が何を思って毎日あの場所に行くのかはわからなかったが、どうしても今すぐに会いたかったのだ。
目的地に到着したが運転手はドアを開けず、本当にここで降車するのかと、塔子に尋ねた。そこは、人の気配も街灯も殆どない場所だった。
「お気遣いありがとうございます。でも夫がいるので大丈夫です」
塔子がそばに停まっていた賢治の車を指差すと、運転手は安堵の表情を浮かべ、料金を受け取った。
遠くに人影が見えたが、暗くて賢治かどうかまでは分からない。波音しか聞こえない静かなところだった。
しばらくその人影を眺めていると、メールの着信音が鳴った。
それは賢治からのメッセージだった。
『話がある 今から帰るから待っていてほしい』
こんなメールは初めてだった。
様々な思いが塔子の頭の中を駆けめぐり、不安と緊張で体が震えた。
しかし自分も賢治に話さなければいけない事がある。きっと賢治は気付いていたはずだ。このタイミングでお互い我慢の限界に達したのだろう。
その時、賢治と思しき人影が、薄暗い堤防をこちらへ向かって歩いてきた。
「――塔子、何で? どうした?」
釣竿を片手に持った賢治は、かなり戸惑っている様子だった。
「釣り……してたの?」
「うん」
「毎日?」
「そうだよ」
塔子は肩の力が抜け、その場で立ち尽くしていた。
不意に賢治が塔子の手を引いた。
「塔子、帰ろう」
その途端、塔子の目に涙が溢れた。
「賢治、ごめん。私――」
「いいから」
賢治は全てを悟っているようだった。
塔子の涙を指で拭って抱き寄せ、もう一度言った。
「帰ろう」
そこに写っていたのは確かに賢治だった――が、場所は飲食店でもホテル街でもなく、全て海だった。真っ暗な中、海に面した堤防に一人で立つ賢治が写っていた。
「旦那様は、仕事を終えて会社を出ると車を走らせて、毎晩お一人で海に行かれてました。帰宅時間はまちまちでしたが、途中どこかに立ち寄ることも一切ありませんでした」
数日間調査してもらった結果がそれだった。あまりの予想外の結果に、驚きと気恥ずかしさを覚えた塔子は、詫びるように礼を言い、足早に事務所を後にした。
自宅に戻りいくら考えても釈然としなかったが、しばらくすると塔子は急に胸騒ぎを覚えた。
知らなければそれなりだったが、場所が場所だけに、よからぬ思いが脳裏を掠め、いてもたってもいられなくなり、次の瞬間にはタクシーを呼んでいた。
そして一通のメールを送信した。
『今までありがとう 奥様を大切に』
送信が完了すると、塔子は鈴木のアドレスを消去した。
到着したタクシーに慌てて乗り込み、行き先を告げる。
走り出したタクシーの後部座席の窓から空を見上げた。
今夜は雨の予報だったが、賢治はいるのだろうか。賢治が何を思って毎日あの場所に行くのかはわからなかったが、どうしても今すぐに会いたかったのだ。
目的地に到着したが運転手はドアを開けず、本当にここで降車するのかと、塔子に尋ねた。そこは、人の気配も街灯も殆どない場所だった。
「お気遣いありがとうございます。でも夫がいるので大丈夫です」
塔子がそばに停まっていた賢治の車を指差すと、運転手は安堵の表情を浮かべ、料金を受け取った。
遠くに人影が見えたが、暗くて賢治かどうかまでは分からない。波音しか聞こえない静かなところだった。
しばらくその人影を眺めていると、メールの着信音が鳴った。
それは賢治からのメッセージだった。
『話がある 今から帰るから待っていてほしい』
こんなメールは初めてだった。
様々な思いが塔子の頭の中を駆けめぐり、不安と緊張で体が震えた。
しかし自分も賢治に話さなければいけない事がある。きっと賢治は気付いていたはずだ。このタイミングでお互い我慢の限界に達したのだろう。
その時、賢治と思しき人影が、薄暗い堤防をこちらへ向かって歩いてきた。
「――塔子、何で? どうした?」
釣竿を片手に持った賢治は、かなり戸惑っている様子だった。
「釣り……してたの?」
「うん」
「毎日?」
「そうだよ」
塔子は肩の力が抜け、その場で立ち尽くしていた。
不意に賢治が塔子の手を引いた。
「塔子、帰ろう」
その途端、塔子の目に涙が溢れた。
「賢治、ごめん。私――」
「いいから」
賢治は全てを悟っているようだった。
塔子の涙を指で拭って抱き寄せ、もう一度言った。
「帰ろう」
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