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第一章 青き誓い

10、十戒、その身に帯びて(4)

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 それから太陽と月とが三回巡った〈白羊の月(ラーム)〉十三日の早朝。
 日が昇る前の昏い空に向かってまっすぐに伸びたマストの上、見張り台から声が上がった。

「見えた! サフィーラ島だ!」

 それと同時に、大砲のデモンストレーションが、王子の船団を出迎えた。
 あちら側――シュタヒェル騎士たちが扮する偽物の海賊たちにもこちらが見えたのだろう。
 怯える必要はない。これだって示し合わせた茶番の一つなのだ。
 もはや嗅ぎ慣れた潮の匂いと景気のよい大砲の音が、長かった船旅の終わりを彩る。

「みんな伏せろ! セルゲイ! 君も最悪の場合には逃げるんだ!」

 サフィーラ島上陸のために装備を調えていたグレイズは、煙が上がり発破音が聞こえるたびにセルゲイの隣で縮こまった。

「万一、沈没でもしたら――」

「しない、しない」

 心底怯えている彼には申し訳ないが決して船には当たることの無い大砲を怖がるのは難しい。
 気の毒な王子の目に、今のセルゲイは、蛮族の攻撃にも物怖じせずに背筋をピンと伸ばしている凛々しく頼りがいのある男に見えていることだろう。
 そうだったらいいけどな。少し自信過剰な想像を騎士は心の中でそっと濁した。
 やがて威嚇射撃は止まった。
 懐中時計を見る時間がないのでわからないが、打ち合わせ通りならば二〇分ぐらいが経ったころだろう。
 波の落ち着いたころを見計らって、ドーガスが上陸用の小さな船を下ろすよう指示を出した。
 数隻ずつ下ろし、着水したところで数名ずつ乗り込んでゆく。
 波の影響をもろに受ける小舟の転覆を心配する王子を乗せて、セルゲイは同僚たちと櫂を手にして漕ぎだした。
 即興で、パブにいるスカートの短い娘についての歌をこしらえて漕ぐタイミングを合わせる。

           おお 酒に溺れりゃ 床が見える
             あの子のスカートの中身も見える
           よお 壁に踊りゃ 鏡が見える
             あの子が見ている誰かも見える
           そう 喉が鳴るなら 歌ってみせろ
             あの子がこっそり耳そばだてて
           おお 腕が鳴るなら さらってみせろ
             あの子がベッドで笑ってくれる

 乗り合わせた騎士には大受けだ。
 セルゲイがリードを止めても、誰かが先んじてくれるぐらいには、気に入られて覚えられた。
 かくいう本人は、口では単純な旋律をなぞっているものの、頭の中はこの馬鹿馬鹿しい茶番への不満でいっぱいだった。だから、波に八つ当たりするように力一杯漕いだ。

「あーあ! まったく、間違いだらけだよ!」

「ど、どこがだ?」

 セルゲイの背後で、小舟のバランスのために一緒になって漕がせている王子が喘いだ。
 うっかりした隙に飛び出した本音に、グレイズがすかさず反応した。

「歌詞を間違えたか? 至らぬ点があるのなら、指摘してくれ」

「そうじゃない――!」

「装備でも、心づもりでも、何か!」
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