【R18】王太子は初恋の乙女に三度、恋をする

瀬月 ゆな

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プロローグ

空白の時間は埋められないまま  ☆

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「アリィは、いわゆる修道服は着てないんだね」

 濃紺の楚々としたブラウスのボタンを外しながら、そういえば、とリヒトが尋ねる。
 過去に全てを捧げた相手とは言え、人の手で少しずつ肌が曝されることは何度経験しても恥ずかしい。わずかに早まる呼吸を落ち着かせながら、アリーシェリナはまた別の羞恥を呼び起こす言葉を紡いだ。

「まだ授乳中だから……」
「ん、ああ……そうか」

 リヒトも気まずそうに頷く。それから優しい笑みを浮かべた。

「せっかくの機会だから、修道服姿のアリィも見てみたかったかな」

 淡い青色の光沢を纏う白銀の長い髪を指で梳き、一房取って指に絡める。ふんわりとしたウェーブの流れに合わせて指を動かし、ひとしきり満足した後で髪に口づけた。

「きっと神に捧げられる花嫁のように綺麗だ」

 丈の長い修道服を着ていては、お腹を空かせて泣く我が子にすぐミルクをあげられない。だから院長の許可を得て、修道服の代わりにブラウスとロングスカートを着て過ごしていた。

 少し離れた場所ではその幼子が穏やかな午後の日差しを受けて眠っている。そして母親であるアリーシェリナはかつて――今も変わらず心を寄せる、夫ではない相手に抱かれようとしていた。それはひどく、背徳感を煽る行為だ。

 リヒトがこのまま萎えてしまって抱くのはやめてくれたらいいのにと思ったけれど、やっぱりやめようとなっても寂しい気持ちになるに違いない。

 複雑な思いの置き場所に困り、アリーシェリナは目を閉じた。
 ボタンを全て外し終えたらしいリヒトの手が、ブラウスを左右に割り開くのが分かった。吐息をこぼしながら目を開け、けれどリヒトの顔を見ることはできずに視線を彷徨さまよわせる。

 貴族令嬢であった頃は、レースやリボンで華やかに飾り立てられた可愛い下着を身につけていた。
 それが今はシンプルな白いコットンの布地が肌を覆うだけだ。
 誰に見せるでもなく、着飾る必要もない。こうなると知っていたら可愛い下着を用意していたのかと言えば、そういうわけでもない。

「飾りけのない下着も、君の楚々とした雰囲気に合ってすごく良いね」

 褒められるなんて思ってもみなかった。
 驚いてリヒトの顔を見つめる。すると柔らかな笑みを返された。

「溜まっている情欲を静めたいから誰でも良くて、適当に調子のいいことを言ってると思ってる?」
「そ、そんなこと……」

 アリーシェリナは咄嗟に首を振った。
 溜まっているという言葉が引っかかったけれど、具体的な内情を聞くのは躊躇ためらわれた。
 リヒトも健康な成人男性だ。この二年ほどの間に他の女性と愛を交わしていたって何もおかしくはない。でも、自分から手を離したのにその間のことを知るのは怖かった。

「アリィ」

 優しい笑みのまま、リヒトはアリーシェリナの額に唇を寄せる。

「君は何を着ていても、何も着ていなくても、いつだって誰よりも魅力的だよ」

 頬が熱を帯びて行く。
 知らずのうちに強張っていた身体から力を抜くと、ふくらみを下から支えるように緩く絞って引き結ばれたリボンがほどかれた。
 リヒトは布地をたくし上げ、顕わになった二つのふくらみをそっと包み込む。
 形や肌触り、大きさを確認するかのように手指でやんわりと揉みしだかれ、アリーシェリナは息を詰めた。

 今、あまり触れられたら。

「――あ」

 ふいを突かれたようなリヒトの声に視線を向け、アリーシェリナは瞬時にして耳まで赤くなった。

 硬く立ち上がった乳首に、じわりと白い液体が滲み出ている。
 母乳だ。
 今日も我が子にミルクを飲ませたし、胸への刺激を受けたのだから仕方がない。だけどそれが自分以外の目に曝されれば羞恥心が募って来る。

「アリィの、母乳?」
「や、ぁ……っ」

 見たら分かるのにわざと確認され、アリーシェリナはかぶりを振った。
 熱い舌が乳首を舐め、先端に潤む液体を掬い取る。それから、まるで高級なワインのテイスティングでもしているかのように、ごく少量のそれを口の中で丹念に転がした。

「牛の乳よりさらりとしてて、意外と甘いんだね」
「そんな、の、言わな……で」

 真面目に味の感想を言われても困る。
 今にも存在ごと消え入りそうな声で咎めれば「ごめんね」と謝られてしまい、それはそれで何て返せば良いのか分からなかった。

「――僕の知らない間にアリィは、母親の身体になってる」

 切なげな呟きに胸が締めつけられた。

 アリーシェリナだって、お腹の中で子供が育って行く過程や、生まれるその瞬間に一緒にいて欲しかった。
 名前も二人で考えたかった。
 アリーシェリナが我が子から得た喜びの全てを、父親であるリヒトにも分け与えたかった。

 家族になりたかった。

「リ……」
「でもアリィ。僕もこれでも、二年前よりは大人の男になったつもりだよ」

 名前を呼ぶより先にリヒトは甘やかな目でアリーシェリナを見つめた。

「たとえ君が本当に神の花嫁になるのだとしても、僕は神からだって奪ってみせる」
「リヒト、様」

 心臓が痛いくらい高鳴る。
 本当に奪ってくれるのならどれだけ幸せだろう。期待を抱いた心が震えた。

 リヒトの指が、熱が引く気配もない頬をそっと撫でる。以前にもよくしていた、仔猫を撫でるような優しい仕草だ。あの頃と同じ心地良いくすぐったさと、ほんの少しだけ居心地の悪いくすぐったさとが混じり合う。照れや落ち着かなさといったものが胸に渦巻いた。

「あの子の父親で、君の夫になるはずだった男よりもずっとずっと、僕が気持ち良くしてあげるから」

 明確なシルエットさえ持たない相手に対抗心や敵対心を燃やし、リヒトは唇を白い肌の上に滑らせる。
 啄み、時にはきつめに吸い上げ、所有の跡を残しながら下りて行った。

(父親はあなたなのに)

 本当のことを伝えられない胸の痛みは、なだらかなラインを描く腰を伝う唇がもたらす疼きで塗り替えられる。

「ふ……っ、あぅ……、ん」

 啄まれると腰が跳ねてしまう。
 心の奥に生まれた切ない想いが、まるでさざ波が寄せるように身体中に広がった。

「相変わらず、ここ、好きなんだね」

 アリーシェリナは与えられる快楽を欲しがる浅ましい自分を振り払うよう、首を何度も左右にする。
 一方でようやく自分の知るアリーシェリナを見つけたからか、リヒトの声にはどこか楽しそうな色が含まれていた。

 それ以上を求め、ブラウスと同色のスカートのファスナーを下ろす。わずかに腰を浮かせて脱がしやすいよう協力してしまうのが恥ずかしい。でも何度も身体を重ねた時にそうしていたから、そうするものだと身体が覚えてしまっている。

 誘惑をはねのけられない。
 許されないものだと分かっていても、この一度で最後なのだと自分に言い訳を与えてしまったのだ。禁断の果実を手に取ったうえにかじってしまったアリーシェリナはもう引き返せなかった。

「あんまり……見ないで……」
「残念だけど、可愛い君を前にしてそのわがままは聞いてあげられない」

 秘められた場所を隠す下着もやはり飾りけがないものだ。
 可愛い下着なんて今のアリーシェリナの生活には全く必要がない。でもリヒトと再び肌を重ねられるのなら、せめていちばん可愛いデザインのものを選んでおけば良かった。少しだけ、そう後悔する。

 リヒトの指が両側で結ばれた細いリボンを解き、あっという間に抜き取った。
 こうなると腕に絡みつくようなブラウスと下着が奇妙な存在感を放ち、もどかしさすら覚えてしまう。

 脱がせて欲しいなどと言えるはずもない。
 ただリヒトを見やれば、彼も同じことを思っているのかブラウスと下着が取り払われた。

 そうして生まれたままの姿を曝すアリーシェリナを前に、自らのシャツに指をかける。

「僕も、脱ぐから――少しだけ待って」

 情欲に掠れた声に、アリーシェリナは従順に頷くしかできなかった。

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