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反撃
お茶会
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「まあ。よくも恥ずかしげもなく人前にお姿を現せますこと」
「わたくし、あの夜会でセレスティアナ様がシャンデリアを不自然に見上げているところを目撃しましたわ」
「では魔力を使ってわざとミーナ様の上に落そうとしたということ?」
「無害そうなお顔をなさっているのに、何て恐ろしいことを企んでいらっしゃったのかしら……」
親しい友人たちと共に、とあるお茶会に参列したセレスティアナを真っ先に出迎えたのは招待主の令嬢による歓迎の言葉ではなく、心無い陰口の数々だった。
ミーナが階段から落ちたという事件以降、令嬢たちとの交流の場は今日が初めてになる。以前は遠巻きにささやかれていた言葉は声が大きくなり、内容もより辛辣なものへと変化したようだ。何か言われるような気はしていても、さすがにここまで一気にエスカレートするとは思ってはいなかったけれど。
「セレスティアナ様、本日はようこそおいで下さいました」
「こちらこそ、お招き下さってありがとうございます」
お茶会の主催者である令嬢が、気まずそうに後方を気にしながら挨拶をする。
もちろん全ての令嬢がミーナ側についたわけではなく、彼女のように中立の立場にいる令嬢がほとんどだろう。先程の言葉に不快そうに眉をひそめている令嬢もいる。
けれど、今はセレスティアナとミーナのどちらに就くことが得策なのか、見極めている段階にいるというだけの話だ。そしてセレスティアナだって、よほどの理由がなければ味方となる令嬢は一人でも多い方がいい。
「どうぞごゆるりと楽しんで下さいませね」
「ええ、ぜひとも」
残念ながら、現状はセレスティアナの分が悪い方向へと傾きつつあった。
実在したかも疑わしく、俗説の一つである〝健国王に横恋慕し、精霊王の末王女に嫉妬した挙句に精霊界へ追い返した名もなき令嬢〟の存在が最近は大きく取沙汰されてもいる。彼らをモデルにしたという売り込みで恋愛小説が発売され、話題になっていることはまだ良い。セレスティアと重ね、無理やり共通点や繋がりを挙げ連ねて面白おかしく書いたゴシップ本の出版には父も激怒して抗議の書面を送っていた。
今日のお茶会の場である侯爵家のサロンには六人がけの丸テーブルが複数置かれており、すでに何人かの令嬢が席に着いている。用意された中央の席へ向かう途中、視線を四方から感じた。
彼女たちにとって、果たしてセレスティアナはどう映っているのか。少しでも多く見極める必要がある。
「待って下さい!」
離れた場所から声があがった。
途端にざわめきが広がり、確かめるまでもなく声の主が誰なのかを教える。かと言って知らないふりをするわけにも行かず、セレスティアナはミーナを見やった。それを合図に、場の全ての視線がミーナへと集まる。注目を浴びたミーナは満足そうに頷き、愛らしい仕草で小首を傾げながら口を開いた。
「私、セレスティアナと同じテーブルが良いです。イーリス様、良いですか?」
イーリスとは主催の令嬢の名前だ。彼女は自分に話題が振られ、驚いたような顔をする。
あくまでも中立の立場を装う為でも、何らかの諍いの発生を目的にしているとしても、四大公爵家の令嬢にして王太子の婚約者であるセレスティアナと、聖女とささやかれるミーナのどちらかのみ招待するというわけにはいかない。そして渦中の二人を同じ場に呼んだ以上、穏便に済むとのんきに考えていたわけではないだろう。
「ミーナ様、申し訳ございませんがお席は変更できませんわ。ですが、後で自由に歓談できる時間を設けてありますから――」
「どうしてですか? ミーナ、セレスティアナ様とたくさんお話しをしたいです。今日もセレスティアナ様が来ると思って楽しみにしていたのに……」
イーリスは表向きは身分の高いセレスティアナを立てた対応をするも、それで簡単に引き下がるミーナではなかった。助けを求めるような視線を向けられ、セレスティアナは小さく息を吐く。
「せっかくご配慮いただいたのに無碍にしてしまうけれど、わたくしなら構いません。ミーナ様をこちらにご案内して差し上げて下さる?」
「セレスティア様がよろしいのなら……」
イーリスは安堵するような表情を浮かべた。
これが大きな貸しとなればセレスティアナにとっても大きなものだけれど、さすがに高望みだろうか。
今日このやりとりを見ている令嬢は今後、お茶会を開く時は余計な揉め事を嫌って予めセレスティアとミーナの席を近くに設定するようになることは想像に難くない。だからこの形で味方を作る最初で最後のチャンスを逃したくない気持ちもある。
結局、セレスティアナの友人たちは席を移り、彼女たちが座るはずだった席にミーナとその友人たちが座ることとなった。
「ごめんなさいね。一緒にお茶会に来てくれたのにこんなことになってしまって」
「わたくしたちがお茶会を開いてご招待したら、セレスティアナ様とはそちらでたくさんお話ができますもの。ですからどうぞお気になさらないで」
「ありがとう」
「こんにちは、セレスティアナ様」
話しかけるのは目上の立場にある者から。
そんなマナーを覆すように、友人たちとの会話に割り込んでミーナが声をかける。――いや、ミーナとしては自分の立場の方が上だと思うからこその行動なのかもしれない。何しろミーナは聖女で、王太子殿下の真実の恋の相手という自負があるのだから。
「ごきげんよう、ミーナ様」
「今度、ミーナが正式に聖女だって認める式典が聖堂であるの」
セレスティアナの対面に腰を下ろすなり、誇らしげにミーナは口を開いた。
「素敵ですわ。いよいよですのね」
意味深な視線をセレスティアナに送りながら令嬢の一人が声をあげる。
例の、ミーナが階段から落ちた時に駆け寄った令嬢だ。いつもミーナの傍にいる辺り、よほど親しいのだろう。そろそろ彼女の素性についても調べておくべきかもしれない。看過するにはあまりにもミーナに近すぎる。
「聖女様と正式に任命されますのね。それはおめでとうございます」
セレスティアナも穏やかに微笑んでみせた。
大丈夫。一人じゃない。
自分にそう、言い聞かせて。
「わたくし、あの夜会でセレスティアナ様がシャンデリアを不自然に見上げているところを目撃しましたわ」
「では魔力を使ってわざとミーナ様の上に落そうとしたということ?」
「無害そうなお顔をなさっているのに、何て恐ろしいことを企んでいらっしゃったのかしら……」
親しい友人たちと共に、とあるお茶会に参列したセレスティアナを真っ先に出迎えたのは招待主の令嬢による歓迎の言葉ではなく、心無い陰口の数々だった。
ミーナが階段から落ちたという事件以降、令嬢たちとの交流の場は今日が初めてになる。以前は遠巻きにささやかれていた言葉は声が大きくなり、内容もより辛辣なものへと変化したようだ。何か言われるような気はしていても、さすがにここまで一気にエスカレートするとは思ってはいなかったけれど。
「セレスティアナ様、本日はようこそおいで下さいました」
「こちらこそ、お招き下さってありがとうございます」
お茶会の主催者である令嬢が、気まずそうに後方を気にしながら挨拶をする。
もちろん全ての令嬢がミーナ側についたわけではなく、彼女のように中立の立場にいる令嬢がほとんどだろう。先程の言葉に不快そうに眉をひそめている令嬢もいる。
けれど、今はセレスティアナとミーナのどちらに就くことが得策なのか、見極めている段階にいるというだけの話だ。そしてセレスティアナだって、よほどの理由がなければ味方となる令嬢は一人でも多い方がいい。
「どうぞごゆるりと楽しんで下さいませね」
「ええ、ぜひとも」
残念ながら、現状はセレスティアナの分が悪い方向へと傾きつつあった。
実在したかも疑わしく、俗説の一つである〝健国王に横恋慕し、精霊王の末王女に嫉妬した挙句に精霊界へ追い返した名もなき令嬢〟の存在が最近は大きく取沙汰されてもいる。彼らをモデルにしたという売り込みで恋愛小説が発売され、話題になっていることはまだ良い。セレスティアと重ね、無理やり共通点や繋がりを挙げ連ねて面白おかしく書いたゴシップ本の出版には父も激怒して抗議の書面を送っていた。
今日のお茶会の場である侯爵家のサロンには六人がけの丸テーブルが複数置かれており、すでに何人かの令嬢が席に着いている。用意された中央の席へ向かう途中、視線を四方から感じた。
彼女たちにとって、果たしてセレスティアナはどう映っているのか。少しでも多く見極める必要がある。
「待って下さい!」
離れた場所から声があがった。
途端にざわめきが広がり、確かめるまでもなく声の主が誰なのかを教える。かと言って知らないふりをするわけにも行かず、セレスティアナはミーナを見やった。それを合図に、場の全ての視線がミーナへと集まる。注目を浴びたミーナは満足そうに頷き、愛らしい仕草で小首を傾げながら口を開いた。
「私、セレスティアナと同じテーブルが良いです。イーリス様、良いですか?」
イーリスとは主催の令嬢の名前だ。彼女は自分に話題が振られ、驚いたような顔をする。
あくまでも中立の立場を装う為でも、何らかの諍いの発生を目的にしているとしても、四大公爵家の令嬢にして王太子の婚約者であるセレスティアナと、聖女とささやかれるミーナのどちらかのみ招待するというわけにはいかない。そして渦中の二人を同じ場に呼んだ以上、穏便に済むとのんきに考えていたわけではないだろう。
「ミーナ様、申し訳ございませんがお席は変更できませんわ。ですが、後で自由に歓談できる時間を設けてありますから――」
「どうしてですか? ミーナ、セレスティアナ様とたくさんお話しをしたいです。今日もセレスティアナ様が来ると思って楽しみにしていたのに……」
イーリスは表向きは身分の高いセレスティアナを立てた対応をするも、それで簡単に引き下がるミーナではなかった。助けを求めるような視線を向けられ、セレスティアナは小さく息を吐く。
「せっかくご配慮いただいたのに無碍にしてしまうけれど、わたくしなら構いません。ミーナ様をこちらにご案内して差し上げて下さる?」
「セレスティア様がよろしいのなら……」
イーリスは安堵するような表情を浮かべた。
これが大きな貸しとなればセレスティアナにとっても大きなものだけれど、さすがに高望みだろうか。
今日このやりとりを見ている令嬢は今後、お茶会を開く時は余計な揉め事を嫌って予めセレスティアとミーナの席を近くに設定するようになることは想像に難くない。だからこの形で味方を作る最初で最後のチャンスを逃したくない気持ちもある。
結局、セレスティアナの友人たちは席を移り、彼女たちが座るはずだった席にミーナとその友人たちが座ることとなった。
「ごめんなさいね。一緒にお茶会に来てくれたのにこんなことになってしまって」
「わたくしたちがお茶会を開いてご招待したら、セレスティアナ様とはそちらでたくさんお話ができますもの。ですからどうぞお気になさらないで」
「ありがとう」
「こんにちは、セレスティアナ様」
話しかけるのは目上の立場にある者から。
そんなマナーを覆すように、友人たちとの会話に割り込んでミーナが声をかける。――いや、ミーナとしては自分の立場の方が上だと思うからこその行動なのかもしれない。何しろミーナは聖女で、王太子殿下の真実の恋の相手という自負があるのだから。
「ごきげんよう、ミーナ様」
「今度、ミーナが正式に聖女だって認める式典が聖堂であるの」
セレスティアナの対面に腰を下ろすなり、誇らしげにミーナは口を開いた。
「素敵ですわ。いよいよですのね」
意味深な視線をセレスティアナに送りながら令嬢の一人が声をあげる。
例の、ミーナが階段から落ちた時に駆け寄った令嬢だ。いつもミーナの傍にいる辺り、よほど親しいのだろう。そろそろ彼女の素性についても調べておくべきかもしれない。看過するにはあまりにもミーナに近すぎる。
「聖女様と正式に任命されますのね。それはおめでとうございます」
セレスティアナも穏やかに微笑んでみせた。
大丈夫。一人じゃない。
自分にそう、言い聞かせて。
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