【R18】「真実の愛を引き裂く悪役令嬢」と呼ばれているのに、一途な王太子殿下から執着溺愛されています!?

瀬月 ゆな

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反撃

聖女

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「ずいぶんと派手に雰囲気をぶち壊したものだな」

 衛兵に連れられて教会を去るクロエを眺めながら、呆れとも感心ともつかない声でハイネルが評する。
 アレクシスは一瞬だけハイネルを見やり、セレスティアナの肩を抱いた。

「向こうが勝手に壊して来たんだ」

 それからため息を吐き、ミーナに向けて告げる。

「誰の差し金かは知らないが、そのデザインのドレスをアルテリア伯爵令嬢が身につけることは許されない。式典を台無しにしたくなかったら早く別のドレスに着替えて来ることだ」

 クロエの退出を、親とはぐれた子供のような顔で見ていたミーナはアレクシスの言葉に我に返って視線を向けた。

「どうしてですか? 誰の差し金って……アレクシス様が贈ってくれたんじゃないですか。ミーナはこのドレスをすごく気に入ってます。それを、着たらだめだなんて」

 最大の味方だったはずの存在を失い、突然一人になった孤独と不安が表情や声に現れている。矢継ぎ早に言葉を紡ぎ、ああ、と何かに納得が行ったように胸の前で両手を打ち合わせた。

「セレスティアナ様の前だから、そんなことを言ってるんですね。だって聖女のミーナがアレクシス様のお妃にもなるから、それはさすがにセレスティアナ様が可哀想――」
「だめ、アレク様!」

 アレクシスの様子がおかしいことに気がつき、セレスティアナが腕に縋りついて名前を呼んだ時には手遅れだった。
 突如としてミーナの足元の床に大きな亀裂が入る。

「え……。どうして、アレクシス様……」

 驚きと恐怖で腰を抜かしたらしいミーナはその場にへたり込んだ。床に亀裂を入れる程度に威力を抑えながらも、アレクシスはミーナに危害をくわえる意図を持って魔力を揮ったのは誰の目にも明白だった。底冷えするような空気を纏い、無表情でミーナを見下ろす。

「式典の開始までもう時間もない。新しいドレスは急ぎ、僕が手配させよう。アレクシスも、ティアナを心配させるな」

 ハイネルが間に入ってミーナに手を差し出した。ミーナはまだ何か言いたそうにしていたものの、クロエもいない状況で騒ぐのは得策ではないと判断したのかハイネルに従った。

「大丈夫ですか? アレク様」

 アレクシスの手を、そっと握って尋ねる。

「ティアナに心配をかけたり、みっともない姿を見せてしまったね」

 手を握り返したアレクシスは小さく笑った。

「みっともなくなんてありませんわ。先程のアレク様はわたくしの為に魔力を揮われたのでしょう?」
「うん。でも……ごめん」
「わたくしは大丈夫ですから、勝手に亀裂を入れてしまった床は元通りにして下さいませね」

 セレスティアナの為とは言え、行き過ぎた行動を咎める。

「ティアナには、やっぱり適わないな」

 いとも簡単にアレクシスが床を直すと教会に仕える神官の一人が、式典がはじまる時間まで教会内の一室で過ごす部屋へ案内すると言ってやって来た。
 式典は本来の予定より一時間近く遅れて開かれることとなった。ミーナの着替えだけでなく、準備に手間取っていたらしい。何しろ聖女の認定は建国以来初めてのことであり、教会側も勝手が分からないことがあったようだ。
 祈りの間と呼ばれる部屋は教会の中でも最も広く、王家にも引けを取らない教会の威厳を示す豪奢な作りになっていた。壁の三方にはめ込まれた大きな窓は華やかなステンドグラスで彩られ、ドーム型の高い天井には荘厳なタッチで四大精霊の姿が描かれている。

 奥の壁側には愛と平和の女神を象った大きな石像と、緻密な彫刻を施された白い祭壇とが置かれていた。祭壇を挟んで立っているのは教会の最高責任者である神官長と、先程と色合いは似た淡いピンクのドレスに着替えたミーナだ。ハイネルが上手く立ち回ったようで、着替えに対して不満を隠さなかったミーナも満更ではない様子で代わりのドレスに身を包んでいた。

「――例の品をここに」
「畏まりました」

 あくまでも聖女は教会の管轄であり、式典を取り仕切るのも教会だった。教会での行事においては国王も賓客の一人にしか過ぎず、王族たちも見守る中で神官長が上級神官に呼びかける。上級神官は頷き、自らの側近を務める下級神官の一人に何ごとかを耳打ちした。

 祈りの間を出た下級神官は、すぐに純白の布を両手で掲げるようにして戻って来る。今度は先程とは逆の手順で上級神官を経て神官長の手に渡り、神官長は布を取り払った。
 大きな水晶玉が現れる。神官長はそのままわずかに手を上げ、周囲に見えるように腕を回した。

「この水晶はかつて精霊王の末王女によって残されたとされるものです。主の手を長らく離れたことで輝きを失ってしまってはおりますが、正統な主の魔力が注がれればその輝きを取り戻すことでしょう」

 祭壇に水晶玉を恭しく置き、ミーナに手をかざすよう促す。
 いよいよ聖女降臨の瞬間を前に、祈りの間全体の空気が一変した。
 けれど、ミーナが祈りを込めた手で水晶玉に触れようと水晶玉には何の変化も起きない。

「どうして……。ミーナは聖女なのよ!? 聖女ってことは、精霊王の末王女の生まれ変わりでもあるのに! どうしてみんなさっきからいじわるをするの!?」

 ミーナがヒステリックに張り上げる声が響く。セレスティアナは心を痛めながら、知らずのうちに胸の前で両手の指を組み重ねて一連の流れを見守っていた。

 聖女なら、水晶玉が反応して光り輝くのではないのか。皆が疑念を抱きはじめる頃、水晶に細かなひびが入って殻を打ち破るように細かな光の粒が舞った。その中心で別の水晶に生まれ変わったかのように、眩い輝きを放つ水晶が鎮座している。

「おお……これ程の聖なる魔力には、初めてお目にかかります……」

 神官長は水晶の輝きに目を奪われながらも掠れた声をあげた。

「まさに聖女様とお呼びするに相応しい、気高くも優しき魔力が存在するとは」
「ほら! やっぱりミーナが伝説の聖女なんだわ! ミーナを大切にしないと、この国が大変なことになっちゃうんだから!」

『ミーナは見たの。あなたとアレクシス様が婚約を結んでいると、いずれ災厄が訪れると』

 セレスティアナの脳裏に、初めてミーナと言葉を交わした日のことがよぎった。

(ミーナ様が本当に聖女なら、あの時の言葉は)

「ティアナ、何があろうと僕の妃になるのは君だけだ。君さえいれば僕は地位も名誉も、何も望まない」

 セレスティアナの心を読んだように今度はアレクシスから手を握る。

「アレク、様」

 今は繋いだ手の温かさだけが、セレスティアナの全てだった。

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