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反撃
断罪劇
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教会内が、しんと静まり返る。
聖女が任命されるおめでたい席のはずが、一転して告発の場になったことに居合わせる大勢が戸惑っていた。
「違います! わたくしはそのようなことは決して……」
毅然とした態度で反論するべく口を開いたセレスティアナを、アレクシスが無言で手で制する。どうして、と見上げると自らの庇護下にあると言わんばかりに彼のコートに包まれた。
温かさに涙が滲み、思わずアレクシスのシャツを掴んで頬を摺り寄せる。今のセレスティアナはとてもみっともない姿だろう。それでもアレクシスが守り、覆い隠してくれている。彼に守られることはとても嬉しいし、心地良い。
(だけど)
セレスティアナは急いで涙を拭った。
「ありがとうございます、アレク様。でも、大丈夫ですから」
どれだけみっともない姿を晒すことになっても、アレクシスに守られているだけではだめなのだ。温かで優しい庇護の下から出て、アレクシスに笑いかける。そうして、真っすぐにクロエを見つめた。
「本当にご覧になっていたのなら、どうぞクロエ様の目に映った真実を包み隠さずお話しして下さい。名誉にかけて、わたくしは自らの潔白を訴え、疑いを晴らすとここに誓います」
「王太子の婚約者であるセレスティアナ・ウォルタスタン公爵令嬢に関する事柄の虚偽を申告した場合、一族にも処罰が及ぶことは避けられない。そのうえで彼女が突き落としたことは揺るぎない真実だという証言に相違はないと?」
確固たる根拠があり、王太子相手でもやり合える自信もあるのか。クロエは「もちろんです」とはっきりと答えた。
「では、何故重要なことを伏せている?」
アレクシスの声が冷ややかさを増して低くなった。
声に込められた怒りの気配にクロエはたじろいだ様子を見せる。
「重要なこととは、一体……」
「アルテリア伯爵令嬢ではなくティアナの方が低い場所にいたという事実だ。突き落とそうとする側が下にいるのはどう考えても不自然だろう」
クロエは鋭く息を呑んだ。
「そのような事実はございませんわ。わたくしがミーナ様を探して通りかかった時、確かにセレスティアナ様が上からミーナ様を突き落とそうとして――」
「僕自身が目撃しているのに、それが嘘だと言いたいのか?」
言葉を途中で遮られたクロエだけではなく、セレスティアナもアレクシスを見つめた。
「き、きっと……殿下は遠目でしたから、セレスティアナ様とミーナ様の位置関係を見誤られたのですわ」
アレクシスが見たものこそが偽りだと論じるクロエに人々がざわめく。
どう見ても、仮にクロエの証言が事実だとしても、王太子がすでに二人の令嬢のうちどちらが黒なのかを断定しているに等しいのだ。よほどの証拠を提示しない限り覆すことはできず、反論を続けてはクロエが不利な状況に陥るだけだろう。
「それ以上、クロエを責めないで下さい!」
ずっと黙っていたミーナがようやく口を挟んだ。
「あの、私……セレスティアナ様を見かけて嬉しくて、階段にいるのも忘れてつい抱きつこうとして」
「それでバランスを崩して落下したと?」
「そ、そうです」
「アルテリア伯爵令嬢はそう言っているが、ティアナは?」
「確かに、階段を降りている時に後ろからミーナ様にお声をかけられたことは事実です」
アレクシスに視線を向けられ、ミーナの言葉に間違いはないと頷いてみせる。
声をかけられた後のミーナについては、どこまで伝えるべきだろうか。ミーナはセレスティアナへと両手を伸ばした。それをセレスティアナは突き落とす意思があるのだと思った。だけどミーナは〝抱きつこうとしていただけ〟だと言っている。それは主観と客観による捉え方の違いだと言われたらそれまでとも言えた。
「では何故、ティアナがアルテリア伯爵令嬢を突き落としたという噂を全く否定しなかった? 無実のティアナが心なき陰口に晒されて苦しみ、心から悲しんでいたのを何度も目の当たりにしながら、何故アルテリア伯爵令嬢は救おうともせず騒ぎを眺めているだけだったんだ」
「それは……セレスティアナ様にひどいことを言う方々が怖くて……」
ミーナは口元に手を当て、俯いた。
特に後ろ盾もなく社交に不慣れな伯爵令嬢では、たとえ自分に向けられた悪意ではなくとも他家とのいざこざを恐れるのも無理はない。
「ティアナは自分がしていないことで責められ、アルテリア伯爵令嬢の言う怖い思いをしていた。お茶会でも、そこの令嬢をはじめ、色々と言われていたと報告を受けている」
「セレスティアナ様のお力になれなくて、ごめんなさい」
「まさかとは思うが」
そこでアレクシスは全員の反応を伺うように教会内を見渡した。
「大した接点もないのに、アルテリア伯爵令嬢が聖女かもしれないと理由だけで僕がティアナから心変わりをしたと、だから物的証拠も出さずに曖昧な証言だけでティアナを婚約者の座から引きずり下ろせると、本当に思っていたのか?」
クロエは唇を噛んだ。
アレクシスの言う〝まさか〟を疑いもせず考えていた。そう白状しているも同然だった。
「今後同じような考えを持つ不快な人間が二度と出ない為にも、拘束して連れて行け」
「そんな……! あんまりです!」
クロエ本人ではなくミーナが悲痛な声をあげた。
「ミーナを思ってしてくれただけなのに拘束するなんて、ひどすぎます!」
「わたくしのことはお気になさらずとも大丈夫です、ミーナ様。ミーナ様こそが紛うことなきかの聖女の再来であり、王太子妃に相応しいお方なのですから」
「アルテリア伯爵令嬢の迂闊な行動を庇う為だろうが、それによってティアナを傷つけたことは到底許せるものではない。――僕が責任を取る」
アレクシスに命じられた教会の衛兵二人がクロエの腕を両側から拘束する。
クロエは抵抗もせず、なすがままだ。
こんな風に断罪したかったわけではない。謝罪が欲しかったというのとも違う。どうしたいのか、どうしたら良かったのか、セレスティアナには分からなかった。
聖女が任命されるおめでたい席のはずが、一転して告発の場になったことに居合わせる大勢が戸惑っていた。
「違います! わたくしはそのようなことは決して……」
毅然とした態度で反論するべく口を開いたセレスティアナを、アレクシスが無言で手で制する。どうして、と見上げると自らの庇護下にあると言わんばかりに彼のコートに包まれた。
温かさに涙が滲み、思わずアレクシスのシャツを掴んで頬を摺り寄せる。今のセレスティアナはとてもみっともない姿だろう。それでもアレクシスが守り、覆い隠してくれている。彼に守られることはとても嬉しいし、心地良い。
(だけど)
セレスティアナは急いで涙を拭った。
「ありがとうございます、アレク様。でも、大丈夫ですから」
どれだけみっともない姿を晒すことになっても、アレクシスに守られているだけではだめなのだ。温かで優しい庇護の下から出て、アレクシスに笑いかける。そうして、真っすぐにクロエを見つめた。
「本当にご覧になっていたのなら、どうぞクロエ様の目に映った真実を包み隠さずお話しして下さい。名誉にかけて、わたくしは自らの潔白を訴え、疑いを晴らすとここに誓います」
「王太子の婚約者であるセレスティアナ・ウォルタスタン公爵令嬢に関する事柄の虚偽を申告した場合、一族にも処罰が及ぶことは避けられない。そのうえで彼女が突き落としたことは揺るぎない真実だという証言に相違はないと?」
確固たる根拠があり、王太子相手でもやり合える自信もあるのか。クロエは「もちろんです」とはっきりと答えた。
「では、何故重要なことを伏せている?」
アレクシスの声が冷ややかさを増して低くなった。
声に込められた怒りの気配にクロエはたじろいだ様子を見せる。
「重要なこととは、一体……」
「アルテリア伯爵令嬢ではなくティアナの方が低い場所にいたという事実だ。突き落とそうとする側が下にいるのはどう考えても不自然だろう」
クロエは鋭く息を呑んだ。
「そのような事実はございませんわ。わたくしがミーナ様を探して通りかかった時、確かにセレスティアナ様が上からミーナ様を突き落とそうとして――」
「僕自身が目撃しているのに、それが嘘だと言いたいのか?」
言葉を途中で遮られたクロエだけではなく、セレスティアナもアレクシスを見つめた。
「き、きっと……殿下は遠目でしたから、セレスティアナ様とミーナ様の位置関係を見誤られたのですわ」
アレクシスが見たものこそが偽りだと論じるクロエに人々がざわめく。
どう見ても、仮にクロエの証言が事実だとしても、王太子がすでに二人の令嬢のうちどちらが黒なのかを断定しているに等しいのだ。よほどの証拠を提示しない限り覆すことはできず、反論を続けてはクロエが不利な状況に陥るだけだろう。
「それ以上、クロエを責めないで下さい!」
ずっと黙っていたミーナがようやく口を挟んだ。
「あの、私……セレスティアナ様を見かけて嬉しくて、階段にいるのも忘れてつい抱きつこうとして」
「それでバランスを崩して落下したと?」
「そ、そうです」
「アルテリア伯爵令嬢はそう言っているが、ティアナは?」
「確かに、階段を降りている時に後ろからミーナ様にお声をかけられたことは事実です」
アレクシスに視線を向けられ、ミーナの言葉に間違いはないと頷いてみせる。
声をかけられた後のミーナについては、どこまで伝えるべきだろうか。ミーナはセレスティアナへと両手を伸ばした。それをセレスティアナは突き落とす意思があるのだと思った。だけどミーナは〝抱きつこうとしていただけ〟だと言っている。それは主観と客観による捉え方の違いだと言われたらそれまでとも言えた。
「では何故、ティアナがアルテリア伯爵令嬢を突き落としたという噂を全く否定しなかった? 無実のティアナが心なき陰口に晒されて苦しみ、心から悲しんでいたのを何度も目の当たりにしながら、何故アルテリア伯爵令嬢は救おうともせず騒ぎを眺めているだけだったんだ」
「それは……セレスティアナ様にひどいことを言う方々が怖くて……」
ミーナは口元に手を当て、俯いた。
特に後ろ盾もなく社交に不慣れな伯爵令嬢では、たとえ自分に向けられた悪意ではなくとも他家とのいざこざを恐れるのも無理はない。
「ティアナは自分がしていないことで責められ、アルテリア伯爵令嬢の言う怖い思いをしていた。お茶会でも、そこの令嬢をはじめ、色々と言われていたと報告を受けている」
「セレスティアナ様のお力になれなくて、ごめんなさい」
「まさかとは思うが」
そこでアレクシスは全員の反応を伺うように教会内を見渡した。
「大した接点もないのに、アルテリア伯爵令嬢が聖女かもしれないと理由だけで僕がティアナから心変わりをしたと、だから物的証拠も出さずに曖昧な証言だけでティアナを婚約者の座から引きずり下ろせると、本当に思っていたのか?」
クロエは唇を噛んだ。
アレクシスの言う〝まさか〟を疑いもせず考えていた。そう白状しているも同然だった。
「今後同じような考えを持つ不快な人間が二度と出ない為にも、拘束して連れて行け」
「そんな……! あんまりです!」
クロエ本人ではなくミーナが悲痛な声をあげた。
「ミーナを思ってしてくれただけなのに拘束するなんて、ひどすぎます!」
「わたくしのことはお気になさらずとも大丈夫です、ミーナ様。ミーナ様こそが紛うことなきかの聖女の再来であり、王太子妃に相応しいお方なのですから」
「アルテリア伯爵令嬢の迂闊な行動を庇う為だろうが、それによってティアナを傷つけたことは到底許せるものではない。――僕が責任を取る」
アレクシスに命じられた教会の衛兵二人がクロエの腕を両側から拘束する。
クロエは抵抗もせず、なすがままだ。
こんな風に断罪したかったわけではない。謝罪が欲しかったというのとも違う。どうしたいのか、どうしたら良かったのか、セレスティアナには分からなかった。
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