18 / 37
反撃
金の刺繍
しおりを挟む
アレクシスのエスコートで教会に向かうと、すでに参列している貴族たちからの注目を一斉に集めることとなった。
反応としては好意的な様子が多いように見えるけれど、中には噂や書籍、歌劇などでセレスティアナの印象を悪くしている人物もいるように見受けられる。
セレスティアナとアレクシスの元へ一人の青年が近づいて来るのが見えた。
「やあ。アレクシス、ティアナ」
「ごきげんよう、ハイネル様」
ハイネルだ。
セレスティアナは普段と同じように淑女の礼をしたものの、正直に言うと非常に顔を合わせにくかった。
「先日は本当に申し訳ございませんでした。わたくしが短慮だったばかりに巻き込んでしまって」
「例の件?」
「はい」
ハイネルが気を利かせて対応してくれたことに安堵する。
令嬢だけのお茶会ですら、セレスティアナの一挙手一投足は注目されていたのに、今はアレクシスもいるのだからなおさらだ。そんな場でアレクシスとの婚約を解消する協力を得に行ったと口にされていたら、それこそアレクシスが望まない〝面倒な事態〟になっていただろう。自分がいかに短絡的に行動していたのか、改めて自省する。
「ティアナが従兄殿に相談に行ったようだけれど、ご配慮いただかなくても今の僕とティアナはあらぬ噂を払拭できるほどの……流行りの言葉を借りるなら真実の愛で結ばれているからね」
「所詮、噂は噂にすぎないということか」
「どんな噂を流されているかは知らないが、そういうことだね」
アレクシスはセレスティアナの肩を優しく抱いた。ミーナに心変わりなどしていないとアピールする行動に、どこからともなく黄色い悲鳴があがる。聞き覚えのある声のような気がしたから、セレスティアナの親しい友人たちかもしれない。
「あっ、いたわ! アレクシス様!」
明るい声が場に響き、小気味よくヒールの音を立てて駆け寄って来る。もちろんと言うべきか今日もクロエが一緒だ。
教会に現れたミーナの姿に、場は騒然となった。
淡いピンクのドレスには、あろうことか金の刺繍で縁取りが入っている。この国でたった二人、王妃と王太子妃が纏うドレスにのみ許されたデザインを、アレクシスの婚約者でもないミーナが着ているのだ。
「ミーナ様……そちらのドレスは」
「アレクシス様、約束通りドレスを贈ってくれてありがとうございます。ミーナに似合っているかしら?」
セレスティアナの問いかけが聞こえなかったのか、聞こえていないふりをしたのか、ミーナは笑顔でアレクシスに話しかけた。そしてセレスティアナが表情を沈ませると、今気がついたかのように向き直った。
「こんにちは、セレスティアナ様。ね、ミーナ言ったでしょう? アレクシス様がミーナにドレスを贈ってくれるってお手紙に書いてあったって」
金の刺繍で縁取りがされたドレスをミーナが着ている理由として考えられるのは二つだ。
アレクシスがセレスティアナの為に仕立てるドレスだと思い込まされていたか。
ミーナの為のドレスと知りながらも、仕立てたものか。
ドレスを一着作るにも相応の手間がかかる。そんな簡単に用意できるものではない。最初から式典に合わせた、計画的な行動だと思わせるには十分だった。
「アルテリア伯爵令嬢」
「何ですか、アレクシス様!」
アレクシスに話しかけられてミーナは嬉々として顔を向けた。
「僕は最愛の婚約者であるティアナ以外の令嬢に、ドレスはおろか手紙すら送ったことはたったの一度もない。残念だが、そのドレスの贈り主も僕ではないということだ。礼なら真の贈り主を見つけ出して言うと良い」
「そんなの嘘です。ミーナはこれまでに何度もアレクシス様からのお手紙ももらってます」
「何を根拠に嘘だと思っているかは知らないが、僕自身が送ってないと言っているんだ」
アレクシスの冷ややかな表情と声に押されたらしいミーナが鋭く息を呑んだ。無責任に囁き合っていた周囲の声も一斉に止む。
「我が国で今、金の刺繍で縁取りされたドレスを纏うことが許されているのは王妃と、僕の婚約者のティアナだけだ。アルテリア伯爵令嬢には許されてはいない。せっかくの式典を中止したくなければ別のドレスに着替えた方が身の為だ」
「まあまあ、アレクシス」
アレクシスの剣呑な言葉で冷えて行く空気を和らげようと、ハイネルが穏やかな口調で声をかけた。
「何か手違いがあったんだろう。金の刺繡は特に華やかだからな。大舞台で着たくなるのも無理はない」
「その程度の理由で身に纏ってもいいドレスじゃないことなど、ハイネルも分かっているだろう。黙っていてくれ」
もちろんハイネルが場を収めるべく口にした提案も、アレクシスが受け入れるはずもない。取りつく島もない従弟の反応にハイネルも苦笑しながらどうしたものかと肩をすくませた。
「――着替えるべきなのはミーナ様ではなく、セレスティアナ様の方ではありませんか?」
それまで押し黙っていたクロエがおもむろに口を開く。
「どういう意味だ」
クロエはアレクシスの視線を怯んだ様子で受け止めつつ、言葉を続けた。
「何の力もないのに王太子殿下の婚約者となり、繋ぎ止めるだけで恥ずかしくはないのでしょうか」
今までクロエはセレスティアナに直接、何かを言って来ることはなかった。常に遠い場所から聞こえよがしな嫌味や陰口を言うだけだ。ましてや、アレクシスの前ではっきりと弾劾するような発言をするのは何故なのか。
心臓が早鐘を打ちはじめる。そんなセレスティアナを見てとると、クロエは今まさに大鎌を振り下ろす死神さながらの酷薄な笑みで唇を歪めた。
そして、高らかに声を張り上げる。
「恐れながら改めて申し上げます。セレスティアナ・ウォルタスタン公爵令嬢が醜い嫉妬心で、殿下と親しくしていらっしゃるミーナ・アルテリア伯爵令嬢を階段から突き落とすのを見ておりましたわ!」
反応としては好意的な様子が多いように見えるけれど、中には噂や書籍、歌劇などでセレスティアナの印象を悪くしている人物もいるように見受けられる。
セレスティアナとアレクシスの元へ一人の青年が近づいて来るのが見えた。
「やあ。アレクシス、ティアナ」
「ごきげんよう、ハイネル様」
ハイネルだ。
セレスティアナは普段と同じように淑女の礼をしたものの、正直に言うと非常に顔を合わせにくかった。
「先日は本当に申し訳ございませんでした。わたくしが短慮だったばかりに巻き込んでしまって」
「例の件?」
「はい」
ハイネルが気を利かせて対応してくれたことに安堵する。
令嬢だけのお茶会ですら、セレスティアナの一挙手一投足は注目されていたのに、今はアレクシスもいるのだからなおさらだ。そんな場でアレクシスとの婚約を解消する協力を得に行ったと口にされていたら、それこそアレクシスが望まない〝面倒な事態〟になっていただろう。自分がいかに短絡的に行動していたのか、改めて自省する。
「ティアナが従兄殿に相談に行ったようだけれど、ご配慮いただかなくても今の僕とティアナはあらぬ噂を払拭できるほどの……流行りの言葉を借りるなら真実の愛で結ばれているからね」
「所詮、噂は噂にすぎないということか」
「どんな噂を流されているかは知らないが、そういうことだね」
アレクシスはセレスティアナの肩を優しく抱いた。ミーナに心変わりなどしていないとアピールする行動に、どこからともなく黄色い悲鳴があがる。聞き覚えのある声のような気がしたから、セレスティアナの親しい友人たちかもしれない。
「あっ、いたわ! アレクシス様!」
明るい声が場に響き、小気味よくヒールの音を立てて駆け寄って来る。もちろんと言うべきか今日もクロエが一緒だ。
教会に現れたミーナの姿に、場は騒然となった。
淡いピンクのドレスには、あろうことか金の刺繍で縁取りが入っている。この国でたった二人、王妃と王太子妃が纏うドレスにのみ許されたデザインを、アレクシスの婚約者でもないミーナが着ているのだ。
「ミーナ様……そちらのドレスは」
「アレクシス様、約束通りドレスを贈ってくれてありがとうございます。ミーナに似合っているかしら?」
セレスティアナの問いかけが聞こえなかったのか、聞こえていないふりをしたのか、ミーナは笑顔でアレクシスに話しかけた。そしてセレスティアナが表情を沈ませると、今気がついたかのように向き直った。
「こんにちは、セレスティアナ様。ね、ミーナ言ったでしょう? アレクシス様がミーナにドレスを贈ってくれるってお手紙に書いてあったって」
金の刺繍で縁取りがされたドレスをミーナが着ている理由として考えられるのは二つだ。
アレクシスがセレスティアナの為に仕立てるドレスだと思い込まされていたか。
ミーナの為のドレスと知りながらも、仕立てたものか。
ドレスを一着作るにも相応の手間がかかる。そんな簡単に用意できるものではない。最初から式典に合わせた、計画的な行動だと思わせるには十分だった。
「アルテリア伯爵令嬢」
「何ですか、アレクシス様!」
アレクシスに話しかけられてミーナは嬉々として顔を向けた。
「僕は最愛の婚約者であるティアナ以外の令嬢に、ドレスはおろか手紙すら送ったことはたったの一度もない。残念だが、そのドレスの贈り主も僕ではないということだ。礼なら真の贈り主を見つけ出して言うと良い」
「そんなの嘘です。ミーナはこれまでに何度もアレクシス様からのお手紙ももらってます」
「何を根拠に嘘だと思っているかは知らないが、僕自身が送ってないと言っているんだ」
アレクシスの冷ややかな表情と声に押されたらしいミーナが鋭く息を呑んだ。無責任に囁き合っていた周囲の声も一斉に止む。
「我が国で今、金の刺繍で縁取りされたドレスを纏うことが許されているのは王妃と、僕の婚約者のティアナだけだ。アルテリア伯爵令嬢には許されてはいない。せっかくの式典を中止したくなければ別のドレスに着替えた方が身の為だ」
「まあまあ、アレクシス」
アレクシスの剣呑な言葉で冷えて行く空気を和らげようと、ハイネルが穏やかな口調で声をかけた。
「何か手違いがあったんだろう。金の刺繡は特に華やかだからな。大舞台で着たくなるのも無理はない」
「その程度の理由で身に纏ってもいいドレスじゃないことなど、ハイネルも分かっているだろう。黙っていてくれ」
もちろんハイネルが場を収めるべく口にした提案も、アレクシスが受け入れるはずもない。取りつく島もない従弟の反応にハイネルも苦笑しながらどうしたものかと肩をすくませた。
「――着替えるべきなのはミーナ様ではなく、セレスティアナ様の方ではありませんか?」
それまで押し黙っていたクロエがおもむろに口を開く。
「どういう意味だ」
クロエはアレクシスの視線を怯んだ様子で受け止めつつ、言葉を続けた。
「何の力もないのに王太子殿下の婚約者となり、繋ぎ止めるだけで恥ずかしくはないのでしょうか」
今までクロエはセレスティアナに直接、何かを言って来ることはなかった。常に遠い場所から聞こえよがしな嫌味や陰口を言うだけだ。ましてや、アレクシスの前ではっきりと弾劾するような発言をするのは何故なのか。
心臓が早鐘を打ちはじめる。そんなセレスティアナを見てとると、クロエは今まさに大鎌を振り下ろす死神さながらの酷薄な笑みで唇を歪めた。
そして、高らかに声を張り上げる。
「恐れながら改めて申し上げます。セレスティアナ・ウォルタスタン公爵令嬢が醜い嫉妬心で、殿下と親しくしていらっしゃるミーナ・アルテリア伯爵令嬢を階段から突き落とすのを見ておりましたわ!」
936
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢だとわかったので身を引こうとしたところ、何故か溺愛されました。
香取鞠里
恋愛
公爵令嬢のマリエッタは、皇太子妃候補として育てられてきた。
皇太子殿下との仲はまずまずだったが、ある日、伝説の女神として現れたサクラに皇太子妃の座を奪われてしまう。
さらには、サクラの陰謀により、マリエッタは反逆罪により国外追放されて、のたれ死んでしまう。
しかし、死んだと思っていたのに、気づけばサクラが現れる二年前の16歳のある日の朝に戻っていた。
それは避けなければと別の行き方を探るが、なぜか殿下に一度目の人生の時以上に溺愛されてしまい……!?
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結】赤ちゃんが生まれたら殺されるようです
白崎りか
恋愛
もうすぐ赤ちゃんが生まれる。
ドレスの上から、ふくらんだお腹をなでる。
「はやく出ておいで。私の赤ちゃん」
ある日、アリシアは見てしまう。
夫が、ベッドの上で、メイドと口づけをしているのを!
「どうして、メイドのお腹にも、赤ちゃんがいるの?!」
「赤ちゃんが生まれたら、私は殺されるの?」
夫とメイドは、アリシアの殺害を計画していた。
自分たちの子供を跡継ぎにして、辺境伯家を乗っ取ろうとしているのだ。
ドラゴンの力で、前世の記憶を取り戻したアリシアは、自由を手に入れるために裁判で戦う。
※1話と2話は短編版と内容は同じですが、設定を少し変えています。
夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。
Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。
そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。
そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。
これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。
(1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】
皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」
「っ――――!!」
「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」
クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。
******
・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。
義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話
よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。
「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる