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しおりを挟む「__美味いか?」
立ち昇る湯気と湯気と共に鼻腔を擽る、優しい香り。
四角く切られた人参やベーコン、玉ねぎ、小さく切り揃えられたキャベツが入った、長時間煮込まれたコンソメのスープ。沁みるような味の深さに、口に入れて飲み込んだ瞬間、腹の虫が鳴いた。
「美味しい、です……!」
「それなら良かったよ」
フッと笑って瞳を伏せた彼は、片手に湯気のたつカップを傾けた。
彼に席を勧められてから15分程緊張しながら座っていると、座っている椅子の右手側のキッチンで調理していた彼が、盆を持って右前方から現れた。
その盆の内容は、今食べているコンソメスープに出来立てのベーグルパン、小さなオムレツだった。
彼は食欲があればオムレツも食べてみてくれ、と青年に選択肢を与えてくれた。
ベーグルパンも掌サイズが一つに、スープも小さな器にあったため、随分体調や体を心配してくれているようだった。
彼は気遣ってくれたが食欲は大事なく、むしろ旺盛な方だった。
小さなオムレツをつけてくれていたフォークで端を割る。
とろみは少なく火の通った卵の断面が見え、中には具材が包まれているのに気づく。
一口口に入れ咀嚼すれば、ほのかにスープの味が広がった。
「スープと同じ具材……?」
「あぁ。俺、スープ好きだから作ったら冷凍すんだ。んで、そのオムレツは冷凍してたスープ温めて、汁気だけをなくしたやつ。そこにあるスープから少し具材だけ取ったんだよ」
「なるほど……とても美味しいです」
疑問の声に気づいた彼が、目を細めながら答えてくれた。
(……本当に好きなんだな、スープ)
満足そうに、嬉しそうに静かに笑う彼を見て、青年はしみじみと思う。
そうかからずに完食すると、彼が少し前からキッチンへと姿を消したと思うとタイミング良く、カップを持って帰ってきた。
自分のお代わりと共に、青年の分の飲み物を用意してくれたようだった。
「ご馳走様でした。とても美味しかったです」
「お粗末様。ほれ、白湯だ」
お礼を言いつつ、差し出されたカップを両の手で受け取る。
ほんのりと温かいカップ表面に、のむ前からホッと息をついた。
お互い無言でカップを傾け、一息つく。
先陣を切ったのは、青年だった。
「__改めまして助けてくださり、ありがとうございます。こんな美味しい食事まで……任務が終わり次第、すぐに御礼に参ります」
持っていたカップを置き、真面目な気質かそれとも職業柄か。
机で見えない膝に手を置き、深々と頭を下げる青年。綺麗な金の髪が、動きによって顔を覆い隠す。先程まで緩んでいた白緑の瞳が、真剣な光を宿して、その青年の意志の強さを表していた。
「いいよ、そんな堅くなんなくて」
軽く笑って、テーブルに肘をつきながらその手に顎を乗せる。
「お前を発見したのは本当に偶然だし。これでも薬師の端くれでね。患者は放って置けないんだよ」
ひらりと綺麗な銀灰に覆われた手を振り、気にした様子がない彼。
「いえ、貴方のお陰で生き永らえました。必ず御礼をさせて頂きたいです」
上げない頭上から呆れたような、感心したようなため息と苦笑が聞こえて、頭は動かさず視線だけで様子を伺う。
流石に強行しすぎたかな、と反省しながら、それでもこれくらいはすべきだと思い直し、姿勢を崩さず再度御礼を言葉にする。
「__……お前は、真っ直ぐだなぁ……」
「えっ?」
泣きそうな声が聞こえて、下げていた頭をあげ、彼の顔を見た。
彼と視線が合う。
微かに歪められた目の奥が泣いていて、そしてどこか懐かしそうに笑っていた。
「……あの……?」
暫く目線が交差し、そのまま時間が過ぎた。
無言の時間が少し耐えられず、恐る恐る声をかけると遠くにいっていた視点が今に戻ってきたように見えて、安堵する。
反射的に思ったその心の動きに、あれと首を傾げるが、答えなどあるはずもなく。再度視線を彼に戻すと、頬をついたまま笑う彼が口を開いた。
「__俺はユノ。こんな見た目だから山奥で薬屋を営んでいる」
「あっ……! 私はターウェ、ターウェ・グランツェルです! 西の国ルランに所属する騎士をしております!」
唐突な自己紹介だったが、確かに名乗りもしていない事実に気づき、慌てて名前を所属を明示する青年_ターウェ。
どことなく、というか確実に誤魔化された気がするが、出会ったばかりであるターウェに立ち入ったことなど聞ける筈もなく。どうしよう、と会話のタネに悩む直前で目の前のユノが言った。
「あの森にいたのも、任務だったんだろう? お前、丸一日寝ていたが大丈夫か?」
「あぁ、そうです任務中でし、てっ!? えっ、丸一日っ!?」
予想より遥かに長かった睡眠時間(?)に、思わず机に手をついて大きく音を立てて立ち上がる。……若干、足が痛みで痺れた。
驚きの次には、事態の大きさと深刻さに顔を真っ青に変えた。
「あ、あぁ……大丈夫か?」
「だ、大丈夫です……あ、いや大丈夫じゃないですね……」
「どっちだ」
混乱したように反語を用いるターウェに、呆気に取られていた顔を苦笑に変えたユノはカップを口にする。
「差し支えなければその任務内容、教えてくれないか? 教えられる範囲で良い」
動揺であまり思考が纏まっていないターウェにそう提案し、頭を冷やさせるユノ。
その意図に気付いたのか、ターウェは腰を落ち着けて顎に手を当てながら、拝命した任務と当時の様子を思い出す。
「__私は三日前、いや四日前ですね。ルラン国にとある方をお招きしました。そして昨日そのお方をお送りすべく、護衛をしておりました。しかし道中、この森の傍を通るのですがそこで昨日の魔物に襲われまして。お守りするため私ともう一人、護衛の中で若いものが囮となって撒くことになり、私は森の中へ。もう一人はきた道を戻るように魔物を誘導しました」
追ってきたのは襲ってきた10匹のうち、4匹。うち3匹は逃げながら倒すことに成功し、残りの1匹と応戦しながら逃げていたのですが、これが中々しつこくてしぶとくて。そうこうしているうちに森の奥へ来てしまい、魔物も何処からか血の匂いを嗅ぎつけたのか、2匹追加されました。あとは、ユノさんが知っての通りです。
思い出しながら整理するように、時系列順に言い並べる。
なるほど、と相槌を打つユノ。
足元にやわかい感触があり、隣の空いている椅子に手を置き猫_トトにここに来るようにと誘導する。軽々と椅子に飛び、座る体勢を整えるトト。
ターウェにはぴょこぴょこ覗き見えるトトの耳に、つい目を奪われた。
「しっかし、森の中に逃げるたぁ……無茶なことをするなお前も」
「いや、はは……」
呆れて言えば、自覚しているのか気まずそうに頬をかいて視線を逸らすターウェ。
この家がある広大な森はターウェの言う通りルラン国の南、ザガン国の北の丁度間にあり
東へ広がっていた。この森を隔てた向こうには、アラディア帝国という大きな国が存在し、国境を渡って広がるこの森は、中々未知数な場所であった。
この家は森の北東側に位置し、距離で言えばルラン国と近いこともあり、ターウェが入り込んだ末にこの付近まで来るのも納得だ。
ターウェにユノが気付いたのは、家から20m離れた獣道の曲線。
ユノの住まうこの家は一部が店舗となっていて、近隣の村人が時折買い求めてきており、その村人たちはこの獣道の10mほど南に離れた、人用に整備された道を通ってくる。正規の森の入り口からほぼ真っ直ぐにあるこの家は、まぁ普通は迷うことはない。
護衛のため森の横を通るなら、森の入り口くらい把握しているとは思っていたが、目の前のターウェは中々無鉄砲なところもあるようだ。せっかちともいうか。
「まぁ大事に至らなくて良かったよ。幸い傷も浅かったし、疲労が色濃く出ただけみたいだしな。でも今後は、無闇矢鱈と森の中を走り回るなよ? 毒を持つ草木や、幻惑作用のある花もあるんだ。次も無事に生きられるとは限らない」
「……肝に銘じます」
「あぁ、そうしてくれ」
しゅん、と項垂れたターウェが反省を色濃く出した声で諾を述べる。
肩を竦めながら脱線してしまった話を戻そうと、ついていた肘を退ける。
「それでどうするんだ? 俺としてはあと1日ほど安静にしてて欲しいところだが……」
本音で言えば、体もまだ疲労が抜けておらず、傷は浅いと言っても数針縫っている傷もある。あまりすぐに動いては疲労のある体では、すぐに根を上げるだろう。
騎士であり鍛えているとは言えど、あまり無理を通して欲しくないのが薬師としての意見である。
しかし少し話していて思ったがターウェは真面目で、頑固な面がある。
言ったところで頷かないだろうと、言葉を区切れば案の定。
首を振ったターウェがいた。
「囮とはいえ護衛の一人です。任務に合流し客人の無事の確認後、ルート確認や今後の対策を練らなくてはいけません」
そりゃそうだな。
深く内心で同意を示し、その冷静な判断と的確な対応予定に素直に凄いと賞賛を込めて、その目を見た。先ほど見せた慌てた姿も、動揺した瞳はなく。
強く、意志のある瞳がユノを見ていた。
(…………これは勝てんな……)
人知れず笑みを零しながら、一つ頷く。
そしてユノを保護してから考えていた案を提案してみる。
ルラン国の紋章を施した上衣と片手剣を見れば、騎士であることは明白。
性格はどうであれ、その立場に身を置くならば怪我に問わずそういうだろうとアタリをつけていたユノは、今後の怪我の手当て方法を考えていた。
まぁこれも条件が一致したら、の話になるが。
「そういうと思った。であれば、ターウェ。お前住まいはどこだ?」
「………………はい?」
虚を突かれたような顔は、その整った容姿では間抜けに見えず、とても絵になった。
言葉を繰り返し、ターウェの脳内に言葉が染み込むのを待つと、疑問だらけの顔で返答する。
「ルラン国、王宮そばの騎士寮ですが……」
「……んー……行けなくはない距離、か……」
疑問符をいくつも浮かべるターウェに、思わずニヤリと笑って目を白黒させるターウェを見るユノ。
「怪我の経過を見たいから怪我が完治するまで、通うぞ。往診ってやつだな」
「…………………………え?」
ひくりと頬を一瞬でえ引き攣らせたターウェは、理解するまでに時間を要した。
その最後に、声が出せたのはある種の奇跡だ。
驚きと、聞き返すような響きを持ったその声に、ニコリと笑って、ユノは自分の言葉を反芻する。
人は驚きがすぎると、回り回って静かな声になるらしい。
……又の名を、放心という。
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