薬師はひそやかに

涙希

文字の大きさ
14 / 30

13

しおりを挟む

「__トラーリ地方に魔物の大量発生?」

 ユノが復唱するように内容を端的に言えば、執務机に肘を立て、難しい顔をしたサザルが頷いた。

 トラーリ地方とは隣国との境にある、宿屋や果樹が盛んな地域のことを言う。いわゆる辺境地、と言うやつだ。
 この辺境地は人の行き来が盛んで、隣国のシルメア国からルラン国へくる商人や冒険者などで賑わう地域だ。故に観光名所も多く、ルラン国の主産物はここで流通していたりもする。特に染織布は商人に人気で、よく取引されていた。

 そんな人も物流も集まるトラーリ地方に、魔物の大量発生。

 大問題だ。

 日々、微数ではあるがその数を増している魔物。
 とうとう集団となって、近隣の村や町へと被害が出始めたようだった。

「報告書はつい三日前。その時点ですでに20の魔物がとある村付近で確認され、討伐隊が組まれた。討伐自体は問題なく完遂したようだが、その魔物の集団はどうやら統率され、通常より力があったという」
「……今まで感じていたことが、大きな変化として出たようですね」

 ターウェがサザルより一枚の紙を受け取り、内容を澱みなく目で追いながら、そう漏らした。

 ユノが騎士団に所属し、今までに組まれた討伐隊はゆうに30は超える。
 それだけ魔物の発生数は増え、またその規模も少しずつ大きく、範囲も広がっていた。だが今回のトラーリ地方のような、諸にわかる変化はなかった。少しの違和感やその時の魔物の状態を鑑みると、ただの偶然だという変化。
 それがとうとう。__現実となって表れた。

「よってトラーリ地方へと経過観察を兼ねて、戦力拡大のため部隊を編成し行軍する。編成は後程伝えるが、ターウェ副団長が総指揮を、そしてユノはターウェ副団長の補佐と医療の総指揮を頼みたい。いいか」
「「御意」」

 ユノとターウェが声をそろえて、応答するとサザルは目を閉じて、思考の奥へと沈んだ。しかし沈んでいた時間は3秒にも満たず。再度見えたその金の目は、団長として数万の人を従えてきた指導者の目だった。迷うことなどなく、躊躇することなど許されず。素早く的確な判断を下す、為政者の気配が強くこの執務室を支配する。

「では準備が整い次第出発だ。定期報告は通常通り、水晶で行う。健闘を、祈る」
「「はっ」」

 ターウェは胸元に手を当て騎士の礼を、ユノは同じく胸に手を当て軽く上半身を落とした。

 ここ最近のは総指揮官はターウェ、そしてその補佐と医療指揮官はユノが務めるのが常だった。
 しかし団員も特に反発もなく、むしろそちらの方が安定しているようだった。

 副団長としてこれまで築いてきた実践に対する凄まじいほどの観察力と実力、そしてその頭脳からターウェは言うまでもなく。しかし予想を上回ったのはユノの、医療に対する知識以上にその人体や動物に対する知識だ。また戦闘技術も申し分なく、無駄のないその体術と剣術を合わせたような戦闘スタイルは近接も中距離も、魔法を使用すれば遠距離さえいけるオールラウンダー。また本人の常に冷静なその思考や言動は団員の助けにもなっていた。ユノの一言で命拾いをしたのは、何人いるだろうか。
 これまでがあったために、その実践仕込みのその能力に団員は安心して背中を。そして命を預けることができていた。

 そうなったのはいつかのサザルとウォルダーの子供じみた喧嘩からだったが、それは偶然ではない実力だと言うのはそう時間を空けずに団員へと証明されることになった。

 その脅威すら感じる能力の高さにサザルは舌を巻きながら、ユノをあの時留めていてよかったとひたすら自分を褒めていたことなど、ユノは知らないだろう。そしてその功績はウォルダーは勿論、魔法師団団長や国の宰相や大臣からも絶賛されていた。

 既に、ユノは国の上層部に認識され始めていた。本人は全く気付いてはいないが。

 ターウェと共に退出したユノの後ろ姿を思い出しながら、馴染みに馴染んだその姿に笑みを浮かべる。
 実りが大きすぎて、不安になりそうだった。

 是非とも杞憂であってほしいな、とまだまだ積まれている書類を眺めながら頬杖をついて、パラパラと捲る。

「__あ、やべ。忘れてた……まぁ、トラーリから戻ってからでも間に合うか」

 最後に見えた書類の題を見て一瞬焦るが、そこに書かれている先方の希望期日はまだ先だ。
 幸いトラーリから戻ってきてからこの話をしても余裕を持って間に合うので、念のため重要書類の中に一緒に箱へ入れておく。

 シルメア王国からルラン国国王へ届いた、とある招待状。
 そこには勇者召喚の成功と、勇者のお披露目をうたった舞踏会のお誘いだった。


ーーーーーーーーーーーー



 ユノ達が出発したのは、サザルより指令が出た二日後のことだった。

 これまでの組まれた討伐遠征によりその手配は皆、慣れたものだ。
 しかしどのくらいの期間の遠征になるかは不明なため、今までよりは荷物を多く、また食料や医療品の物資も多めに準備していた。

 討伐遠征の達しは、既に騎士団より正式に街に出されている。
 そのため国道を部隊は堂々と歩き、歓声と共に門をくぐり抜けた。目指すはルラン国最南東にあるトラーリ地方。

 その道中はとても穏やかで、だが結構な頻度で魔物との戦闘に発展したものの、幸いに怪我人はなかった。

「__ユノさん! 後ろお願いします!」
「あぁ。気をつけろよターウェ!」

 戦闘が終わって、数歩進んだ先で、再度戦闘開始。
 今度は動物型の魔物が多く、その種類も様々だ。中には懐かしささえある、狼型の魔物もいた。

 先に気付いたのは部隊の先頭を進軍する団員の一人、サルアだ。
 深い緑の髪を首元で一本に縛り、見えているのか怪しいほどの糸目を凝らしてサルアは訝しげにすぐそばの茂みに目を向けていると、その正体に気づき、声を上げた。その感知力は部隊の中でも随一であり、彼もその自覚を持っているのか自ら志願して部隊の先頭を引き受けてくれた、優秀なターウェの部下だった。
 そしてそんなサルアの言葉に、疑問の声すら上げることなく乗っていた馬上から飛び降りたターウェは、サルアのいる方向へぎりぎり認識できる速度で走っていく。団員はそんな副団長を呆れつつも、頼もしいと隠しもしない賛辞を表情に出しながら、その後ろ姿を見送り、防衛と応戦の準備に入る。

「全く……無茶するのは変わらねぇな……。さて、俺も仕事するか」

 仕方がねぇ、と息を吐き、次には切り替えるように呼吸すると、ユノが茂みの中から次々と這い出てくるその魔物の群れを睨みつける。

「俺たちの守るべくはこの部隊の心臓だ。決して傷つけるな、決して敵の侵入を許すな。__行くぞ」

 ユノの守護するは遠征には欠かせない物資だ。
 その中には食糧も衣服も医療品も、大事な金品も。行軍という名の旅をするに必要不可欠で、命とも言えるものだった。

 静かにユノの指示を待つ医療班の団員が、ユノへ短く了承の言葉を発すると同時に数名走り出す。
 先ほどの戦闘は先頭にいる団員で事足りたため、ユノ達のいる後方団員には疲労など一つもなく。むしろ今まできたやつは後方まで進入してきた敵はいないため、消化不良でもあった。これはひとえに騎士団団員の戦闘力が高い故だが、まぁ本人達にその自覚はなさそうだ。……楽しんでいる時点で、なんとも言えないが。

 ユノを置いて我先にと飛び出したのは、グランとマルティカの二人。
 走ることによって宙に舞うマルティカの長いブロンドの髪は、グランの濃い緑の髪と相まってよく映えた。後頭部の高い位置で結んでいるその髪が揺れて、動きに連動してグランとともに共闘しながら一種の踊りのようだった。

 楽しそうに笑う二人に、ユノはあははと乾いた笑いを漏らしながら、この二人は医療班でいいんだろうかと改めて考える。味方であれば最強に心強いが、敵であればその戦闘力は勿論、合間合間に見せる人体の弱点を狙った容赦のない攻撃は、恐怖以外の何物でもないだろう。……まぁその戦闘スタイルを確立させたのは間接的にユノなのだが……そんなことなど知るはずがなかった。

 その二人に続くように、医療班の残りの3名も飛び出して行った。
 3人の中で1番小柄なその背中は、他二人を置いてグランとマルティカに追走する。ついでに何かを投げたようで、戦闘現場についたグランの死角から飛びかかろうとした植物系の魔物を仕留める。その正確な投擲は右に出るものはいないだろうな……、と冷静に分析するユノ。小柄な背中_ダンに追いついた他の二人、一人は長身の痩躯をダンの右側に滑り込ませて、団員の流れナイフを魔法で弾き飛ばして地面へ投げた。名をベルタラフ。そしてダンの左側に滑り込み、バランスを崩しかけたダンを支えたのは程よい体格でユノと大して変わらない身長の、ハインリヒ。

(うーん……皆穏やかなんだが、一癖も二癖もあるからなぁ……)

 和やかな気持ちでそんな彼らをユノが見ていると、戦闘は中盤に差し掛かったようだった。
 小型と中型に類される魔物が早々に討伐された。ユノも指示を出しただけではなく、油断なく部隊の前後左右を気配探知し、戦闘中によりおざなりになりやすい、周辺の警戒を主にしていた。また魔法による遠隔支援も行使している。
 丁度今、サルア達と合流してその力を遺憾無く発揮しているグランとマルティカの背後から飛びかかろうとしていた、狼型の魔物を風魔法でその後頭部と穿つ。ついでに二人に魔物の遺体が体当たりしないように、炎魔法で砂になるまで高温で燃やし尽くす。そこには魔物がいた痕跡すら、残らなかった。
 遠方で振り返ったグランとマルティカが、小さく笑って言葉のない感謝を伝えてきた。
 ユノがそれに気付いたことと気にするな、という意味も込めて小さく手を振る。

「__流石先生!」
「あぁ、無駄のない綺麗な魔力残滓だ」

 にこやかに目鼻立ちのはっきりとしたマルティカが笑い、グランが控えめに小さく笑う。
 性格は正反対の二人だが、正反対だからこそ気が合うのだろう。快活なマルティカと物静かなグラン。静と動を見事に体現しているような二人が、尊敬を込めた視線で後方で援助している上司であり、師でもあるユノを見る。
 勿論、そんな時でも周囲への警戒は怠っていない。

 現場の最前線となっている場所では、副団長であるターウェが無双をしている。
 それに対抗するようにユーミールとティグ、そしてシュパルが同じく戦場で暴れ回っていた。

 他の団員は負けない、と闘争心を滾らせて。また予定調和のようないつも通りの様子に、苦笑しながら剣を、魔法をふるっていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

商人の男と貴族の女~婚約破棄から始まる成り上がり~

葉月奈津・男
恋愛
「あなたとの婚約、破棄させていただきます!」 王立学院の舞踏会。 全校生徒が見守る中、商家の三男カロスタークは、貴族令嬢セザールから一方的に婚約破棄を突きつけられる。 努力も誠意も、すべて「退屈だった」の一言で切り捨てられ、彼女は王子様気取りの子爵家の三男と新たな婚約を宣言する。 だが、カロスタークは折れなかった。 「商人の子せがれにだって、意地はあるんだ!」 怒りと屈辱を胸に、彼は商人としての才覚を武器に、静かなる反撃を開始する。 舞踏会の翌日、元婚約者の実家に突如として訪れる債権者たち。 差し押さえ、債権買収、そして“後ろ盾”の意味を思い知らせる逆襲劇が幕を開ける! これは、貴族社会の常識を覆す、ひとりの青年の成り上がりの物語。 誇りを踏みにじられた男が、金と知恵で世界を変える――!

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
私は、夫にも子供にも選ばれなかった。 その事実だけを抱え、離縁を突きつけ、家を出た。 そこで待っていたのは、最悪の出来事―― けれど同時に、人生の扉がひらく瞬間でもあった。 夫は愛人と共に好きに生きればいい。 今さら「本当に愛していたのは君だ」と言われても、裏切ったあなたを許すことはできない。 でも、子供たちの心だけは、必ず取り戻す。 妻にも母にもなれなかった伯爵夫人イネス。 過去を悔いながらも、愛を手に入れることを決めた彼女が辿り着いた先には――

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...