薬師はひそやかに

涙希

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 揺れる金の髪がふわりと舞い、その手は片手剣を振り下ろす。
 斬りつけたはいいが敵に受け止められたようで、グッとその剣の持ち手を起点に体全体で剣に体重をかけると、その重さに耐えきれなかった敵が、横に逃れ、剣を下に逸らして難を逃れる。そして込めていた力を受け止めていたものがいなくなったために本当に、本当に小さくたたらを踏み、体勢を整えようとしたその隙を敵は突くことにしたらしい。しかしその動きを予測していたかのように、その長い足は予備動作なく横にステップを踏み、敵の攻撃を避ける。ついで避けた最後の足を軸足にして力を込めて前へ飛び出すと、下に構えた剣を上へ切り上げた。

「ギャゥッ……!?」

 胴体から首元まで綺麗な一線がその身に刻まれた狼型の魔物は、痛みに仰け反り地面に倒れると、苦鳴を上げながら徐々にその体の力が抜けていった。
 念の為、トドメを刺そうとその魔物に近寄り、剣を垂直に持ち上げる。
 すると視界の隅で黒い影が移動するのが見えて、咄嗟に剣を防御のため右に向けて面を向けた。

 がっ、ギンッ

 鈍い金属音が響く。
 予想以上の重さに、軽く痺れた手の反対に剣を持ち替えて、手首を回して様子を見る。……平気そうだった。

 しかし攻撃を弾いたはいいが、弾き返した方向が一際大きい茂みの中だったため、そのまま敵は姿を眩ませた。

 残る敵はその1匹のみ。

 __どこだ。

 先程の攻防の一瞬だけしか気配を捉えることはできなかったが、まだ覚えている。その気配をもとに、茂みの中に気配を探る。
 視線と感覚、そして薄く伸ばした魔力を駆使して対象を特定しようと試みた。

「__ッ、どこだ……ッ!?」

 記憶している魔物特有の、揺らぐ気配が見当たらなかった。
 探知の範囲を広げても掴むことができず、逃した! と悔し紛れに、声を荒げる金の髪の主・ターウェ。

 ふ、とターウェの頭上から影がかかった。

 瞬間、体が硬直した。

「__上だっ!!」

 鋭い、低い声が後ろから聞こえた。

 さっきまで部隊の1番後ろにいたはずなのに。
 攻撃手段も魔法で遠方からだったはずなのに。
 仕方なさげな、見守るような目差しをしていたのに。
 それでも油断なく、合間合間の鋭い視線を周囲へ投げていたはずなのに。

(ユノさんに、また助けて貰ってしまった……)

 振り返りながら空を仰ぐと、狐に似た魔物が口を開いて飛び掛かっていた。
 赤く光る目、しかし濁った生気のない目。

 その後ろから白銀の髪が動きに揺れて、光を反射した。思わず目を細めて、攻撃の邪魔にならないように大きく一歩後ろに下がる。

 低く走行するその姿勢のまま軽く足に力を入れて跳躍すると、素早く狐と並行して、走り抜きざまに手を振るうユノ。ユノがターウェと並ぶように足を止めると、ターウェの対面足元に、ユノの背面足元にドサリと力無く舌が弛れたその魔物が、絶命していた。
 首から流れる血は静かにその範囲を広げて、道の土に吸われていく。

 ピ、と鋭く腕を振るったユノは、マントの下の腰に括りつけたホルスターに慣れた手つきで持っていたダガーを仕舞う。
 魔物の首を斬りつけたことによる返り血など浴びることなく、ユノはターウェをじと、と見上げる。

「……一人で全部やろうとすんじゃねぇ」
「すみません」

 素直に謝罪をすれば、はぁとため息が聞こえてきて、次には頭に伸びたしなやかな手が、金の髪に埋もれた。
 手を置くだけの接触だったが、ターウェにとって割と衝撃だった。

「何を不安に思っているのかは知らないが、あまり一人で背負い込むなよ」

 そのためユノの懸念の滲みた言葉は、ターウェの右耳から左耳へ綺麗に流されていた。

(意外と柔らかいな、ふわふわだ)

 予想以上の感触に目を見張りながら、溢れた微笑みのままターウェを見上げると、少し頬を染めた美青年がそこにいた。

「すまん、つい」

 咄嗟に手を離し、両手を顔あたりまで上げたまま一歩下がる。
 これセクハラになるか!? と内心で焦りながらターウェを見上げると、頬を染めたまま、照れたように笑う彼がいて。どうやらセクハラ認定はされなかったようだった。ひとまず胸を撫で下ろし、ふと背中に刺さる視線に気づき振り返ると、団員が様々な感情を乗せた顔で凝視していた。

「え、何だよ……?」

 異様なその視線にたじろぎながら小さく聞き返したユノに、ターウェの近くで戦っていたサルアが感心したように言った。

「なぁるほど~。先生は天然タラシ、っと……」
「は?」

 聞き慣れず言われ慣れない単語が聞こえて、素のまま聞き返してしまったがサルアは気にした様子もなく、糸目がさらに細くなりニンマリと笑った。断定はできないがこれは暫くネタにされるな確信し身構えながら、サルアを眺めているといつの間にか近くまで来ていたダンが、ユノのマントをちょこんと摘んで、静かに言った。

「師匠……あまり人を誑かしちゃ、ダメ……」
「誑かしてないが?」

 あまりの言われように憮然と言い返すと、無言でダンに首を横で振られて、「ダメだこりゃ」とでも言うように一度ユノを見るとこれみよがしにため息をついて、再度首を振った。

「なんなんだよ一体……」

 ユノが知らずのうちに腕を組み唸りながら、ただ生温かく笑う団員に片眉を上げながら釈然としない気持ちを表現した。
 誰かが笑いながら「先生だもんな」というと、続々その声に続いて似た言葉がその場に広がった。

 ……解せん。

 皆口を揃えて言うものだから、ユノはたまらず口を横一文字に結び、見てわかる拗ねた態度を示す。

「……ふふ、そんなユノさんが好きですよ私は」

 まだ頬の赤みが残る微笑みを浮かべて、花開くように笑ったターウェに、周囲はどよめいた。
 流石にユノでもわかった。

 ターウェが炎に油を注いだ、と。

 口を半開きにしながら、コソコソどころの音量の声ではない会話が聞こえてきて、頭を押さえていた手をわしゃわしゃと荒くかき上げてため息をこぼす。

「__よぉーし……次の休憩地点で組手相手、全員一回はやってもらうからな? すまねぇが手加減できそうにねぇわ……まぁ安心しろ。怪我しても完璧に治してやっからさ。な……?」

 伏せていた顔を上げながらにこやかに告げ、後半になるにつれ圧をかけていく。

 __俺らをネタに楽しんでんじゃねぇぞゴラァ。

 副音声はこう聞こえただろうか。
 おめでとう。正解だ。

 ターウェが口に出すその言葉は、全くもって彼らの期待するものは込められておらず。どちらかというと‘敬愛’や‘親愛’が込められている。
 それをまぁこいつらは……。
 飽きないのかよ……、と呆れ果てながら言ったユノの言葉に先ほどとは違った恐怖に染まる声が聞こえてきて、楽しみだと密に笑うユノ。その笑みに頬を引き攣らせたのは、果たして何人いるか。
 よくユノと組手をしている医療班であればこれに該当されるが、あまり関わりのない団員は、副団長と肩を並べるほどの実力を持つユノとの組手を楽しみにしているものがほとんどだ。
 そんな色めき立つ彼らに、医療班所属のベルタラフとハインリヒが顔を見合わせて、「あーぁ」と声を合わせて苦笑した。ハインリヒが肩を竦めて、その肩にベルタラフとグランが手を置き、他の団員を眺めながら、数時間後に見れるその表情との差を想像して、お気の毒に、という感情を隠さずに視線を送った。

「……これは完全に憂さ晴らしされるぞ」
「僕達、治癒に専念した方がいいかもね」
「あー……俺も混ざりたかったんだけど」

 順にグラン、ハインリヒ、ベルタラフが言い、ベルタラフはそう言いながらも人員不足が懸念されるため、早々に組手参加を諦めた。流石に骨折やら重傷患者は出ないで欲しい、と切に願いながら三人は未だ拗ねている上司であり、師でもあるユノを宥めるために近寄っていった。

 __その日、事前に到着日時や時刻、規模を知らせていた街のとある宿屋の庭で、数多の屍が転がっていたという。

 トラーリ地方入り口のこの街は内部や国境に比べてやや劣るものの、人の行き来が激しい土地のため、冒険者ギルドや商人ギルドが多く設立されており、そこを利用するもののために訓練場であったり、市場が盛んであった。
 その訓練場の一つ、一際大きい会場を借りたルラン国騎士団。
 借りていた宿屋とは目と鼻の先ほど近いため、それぞれ歩いて移動していたが。夜も更け訓練終了をユノが告げた時には、全員が足をガクガクと揺らし、心もとない足取りで宿の庭先まで歩いた。はいいものの残念ながら敷地内に入ることはできず、その場に倒れたというのが、ことの顛末だった。

 訓練内容は、本当にただの組手。
 ルールは明確な死を与えないこと。ただそれだけ。
 何をやってもいい、何を使ってもいい。
 持つもの全てを使って、相手を降参させるまで戦い尽くせ。

 団員にとっては初めてだが、医療班には馴染みの組手ルール。

 しかし残念ながら医療班の中で、ユノに勝てたものは一人もいない。
 故に、団員は言わずもがな……。
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