薬師はひそやかに

涙希

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 訓練した会場の後片付けを医療班としながら、日が落ちすっかり夜の匂いが満ちた頃。

 組手をして最後まで膝立ちで立っていたターウェは、片づけているユノ達を眺めながら、休息していた。
 ユノとしてはターウェは対象にしていなかったが、本人の強い要望だったため最後の方に順番を組んで、つい30分前に対戦を終えた。

「やっぱ強いな、副団長は。本当に人か?」
「……それを言うならユノさんの方でしょう?」

 幾分か呼吸は落ち着いてきたようで、息が途切れることなくそう言って苦笑したターウェは、残りの片付けを医療班に任せたユノを見上げた。ついでユノが近寄りながら差し出しているものに気づき、手を伸ばして受け取る。

 水の入った水筒だった。

 それに気付いたターウェはお礼を言ってから、有り難く口を開けて喉を潤した。

 一息つけば、先程の会話を再開するようにユノが不服をターウェに申し立てた。

「失礼な、歴とした半人半獣だ」
「すみません、嘘は良くありませんよユノさん」
「お前な? まるっと否定すんなよ」

 苦笑しながら諭すような口調でターウェがユノを見上げた。 
 全く信じていないその白緑の瞳を見つめ返して、どうしてやろうかと空を仰いだユノ。夜の帳が降りてそう時間の経っていない、まだ端の明るい空に星が輝き出して。ユノは最近は騎士団に所属し、その忙しさに自然を眺めることがなかったなと気付いた。久しぶりに星を眺めた感覚がして、暫し無言で空を眺めていると、ターウェがその様子に気付いたようで静かにターウェも星を眺め出した。

「……確か、ユノさんのお家でも見れましたね星空が」

 懐かしむような感情が滲んだターウェの声に、そうだったな、と記憶を掘り返す。
 一度だけ、ターウェの来店が遅く、加えて帰宅時には雨が激しかった時。雨宿りを兼ねて、ターウェの来店時に一時閉めていた店をそのまま終業することを決めて、二人で穏やかに過ごしていると。中々雨が落ち着かないこともあって、帰れるなと帰宅準備をターウェが始めた時には、もう空は夜に移っていた。
 そこでユノが長居したために早く帰ろうとしていたターウェを呼び止め、満点の星空を二人でリビングの窓から見上げた。
 たった一度だが、こうしてスルスルと記憶が溢れてきて、ユノはしみじみとターウェとの過ごした時間の多さを自覚した。

 ……またユノがその時間を大事にしていることも。

「あぁ……森だしな、よく見えるんだよ」
「ふふ、また見にいってもいいですか?」

 お互いに空を眺めたまま、穏やかにそう約束をした。

「今度は寒い時期に温かい飲み物や食事を準備して、見ようか」

 その時期がよく見えるし、なんなら泊まっていくか?
 提案しながらいいなと自分で肯定していると、ターウェが会場の明かりの下で、驚いたのち笑顔になったのを見て、提案を現実にしようとユノは決意した。ターウェの泊まり道具を揃えないと、とまだ気の早い思考をするユノ。

「楽しみです。……早く、魔物活性化も解決するといいのですが」
『__早くこの事態も終わればいいんだけどなー!』

 __聞き間違いかと思った。

 カラッとした調子の声。
 ターウェの声が聞こえて、そうタイミングも違わずに初めて聞いた声がターウェと似た言葉を発して。

「え……?」

 ターウェの言葉には懸念が滲み出ていて、予測不能な事態に対する不安もあった。だからユノは深く同意して、だからと言ってわからないものをそう考えても答えは出ないから努めて明るく、早く宿屋に戻ろうと声をかけようとした。

 全く異なる声に、声に込められた感情。

 漏れるような驚愕をしたユノの声を、拾ったらしいターウェはタオルを拾いながら立ち上がっており、微動だにしなくなったユノを見上げながら、タオルを肩にかけた。
 ユノの渡した水筒を手に持ちながら、首を傾げてユノの目の前で意外と節だった手を振る。

「ユノさん? どうしました?」

 不思議そうな顔が心配を滲み出して。
 呆然とその整った顔を見返して、はっきりと聞こえたその声が。

 初めて聞いた筈なのに。

 __ユノの耳に馴染んで、知れずに頬を何かが伝う。

 「……、っユノさん!?」

 ターウェがユノの涙を目にして、息を呑む。
 その緊迫に似た驚きで上げた声に、聴覚の鋭いマルティカが一目散にこちらに駆け寄ってくるのをユノはターウェの影から見た。それに続いたようにグランもハインリヒもダンもベルタラフも、走る。
 ダンがその小柄さ故のスピードにより、他の三人より前に出た。

 あれ……

 必死な表情に焦った表情、緊迫した表情。

 暗い夜に、滲むように吹き出す、色。

「師匠っ……!!」

 普段のダンの無表情さからは想像もできない、感情が出た声にその目が真っ直ぐにユノへ注がれて。
 強い視線を注ぎ、それでも心配そうに伺うようなマルティカに、目の前で動揺しながら一心にユノの様子を見るターウェ。
 追いついたグランの無言の心配に、穏やかな顔を少し眉を下げてユノを見るハインリヒに、鋭いその目元をさらに細めて分かりづらい心配を見せるベルタラフ。

 視界がブレた。

 が、それも一瞬で。

 見えたそれは彼らに重なったが、すぐに溶けて消えて。
 
 現実の感覚が戻ってきた。

 夜風に、夜特有の音、目の前の彼らの呼吸音に、ユノを呼ぶ声。ターウェが恐る恐る肩に触れた、手。
 幻聴から遠くなっていた‘今’が戻ってきたと認識して、深く長く息をつく。目を閉じたら最後の一雫がこぼれ落ちた。
 もう、頬に筋を作ることはなかった。

「すまない、心配かけた」

 ユノの落ち着いた、いつもの声を聞き、六人は胸を撫で下ろす。
 どくどくと早る鼓動に、自覚していた以上にこの人が自分の中にいる、とくすぐったいような嬉しいような。不思議な感覚をユノ以外の全員が感じながら、そっと静かにユノを伺う。
 ユノは無言で己の手を見つめ、先の見えない思考を断ち切るように手を握ると、様子を見ている六人にいつも通りに笑って宿に戻ろうかと提案した。消えない案じている視線を感じながらユノは再度謝罪を重ね、感謝を口にするとやっと彼らは体を弛緩させて、安心したように笑う。

 ユノに近寄り、距離ができないように最早密着しながら宿屋を目指し始める彼らに促されつつ、長年の問いが落ちる。

(__俺は、何を忘れているんだ)

 ユノが騎士団に所属した理由の一つは、サザルへ医薬品についての教示をすること。
 そして役に立つなら、という奉仕の精神から。

 最後に。

 __ユノ自身の記憶のかけらを、探すため。

 覚えているのは、ぼやけた映像で。
 くるくる変わる相手に俺が笑いながら、日々を過ごすダイジェスト。

 名も知らぬ、顔も知らぬ、声さえも知らぬ。

 しかし、確かに‘大切な人達‘なんだと、体の心の奥底が細く叫んでいた。
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