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しおりを挟む「__ありったけの清潔な布とお湯を持ってこいっ!!!」
現状を目にして、まずユノはそう叫んだ。
びくりと肩を震わせた砦所属の案内役は、目を白黒させながら険しい顔をするユノを見て、叫びを聞いた医療班は既に駆け出しており、呆然とその背中を見送る。不手際があったのだろうか、と戦々恐々としながら、ユノは周囲を見回し段々と険しさの増す表情に顔を強張らせる。
ユノが突如泣く、という思い返してみれば羞恥モノのあの夜から半日後の今。
トラーリ地方、サザルへと救援要請を出した国境。
最前線とも呼ばれる、頑丈で堅牢な砦。
名を、シズル要砦。
「この砦に医療の心得のある者は!?」
数秒考え込んだと思ったユノが、焦りの滲んだ声でそう問いかけた。
いきなりの声に反応が遅れた案内役に、ユノは急かさずに答えを待った。それを察した案内役は素早く脳内でこの砦にいるものを思い浮かべ、該当者を探す。
「ひ、一人だけいます!」
「連れて来い!! すぐに!!」
「は、はいぃ!!」
あまりの剣幕に、とうとう涙が滲みながら案内役は何度も頷き、該当者がいるであろう場所へと駆け出した。
__要砦の医療室と呼ばれる小さな部屋には、軽傷中傷重傷含めて14名がいた。
重傷者へと近寄りながら軽傷者中傷者は急を要する治療は要らない、と軽く観察をしてそう判断したユノだが重傷者が寝ているという別室に足を踏み入れた時。その身から滲み出ている黒い靄に、心臓が凍りついた。
それは魔物の持つ毒が全身に回り始めた証拠であり、毒が体内に入って人の持つ自然治癒が間に合っていない証拠でもあった。
その重傷者はいつもであれば問題なく自分で解毒できるその毒に、怪我によって弱った体が反抗しきれず、加えて疲労のある体によってその毒の回りが早まっているようだった。
滲み出ている黒い靄は、飽和し始めた毒が魔力と馴染み、体から放出されているものだ。
怪我により安静に寝ていることもあり、それを吸い込み、さらに身体の内部にまで毒を回しているような状態だった。
ユノは頼んだものが来るまでにできることをしようと、詳細な状態を探るため、患者に近づいた。
右肩から左脇腹にかけて巻かれている包帯が怪我の大きさを物語っており、しかし治療は正確で血も滲まず、よく固定されていた。
苦しそうに顔を顰め小さく呻く彼の額に手を置き、もう片方の手は彼の心臓部あたりに翳す。
魔力を練りながら、額に触る手を介して彼に細くゆっくり送っていくと、彼の魔力回路を見つけ、それに沿って全身へユノの魔力を巡らせる。
魔力回路はほぼ、血管と同じように身体中に巡らされていると言われている。末端に行くほど細く、細かくなる血管と同じように魔力回路も細かくなっており、ユノは彼とほぼ完全に同調しながら、毒の巡りと毒がどこに1番作用しているかを確認していく。
毒は怪我のある上半身に多く、まだ足や手の末端には行っていなかった。
しかし毒が怪我周辺の血管に集まっていることで、怪我の治りが著しく遅くなっている。ほぼ怪我の断面が毒によって覆われている。怪我のすぐ下の皮膚には炎症が起こっているようだった。
状態を確認したユノは、気合を入れて額に触れていた手を離す。しかし魔力はきちんと彼の中に残っており、接触していなくても操作は可能だ。心臓部に翳していた手を怪我の1番深い場所、鳩尾左下部分に移動させ、集中する。
彼の中のユノの魔力を巡回させながら、翳した手から高密度の魔力を出し、馴染ませるように彼の体に押し付けていく。
魔力回路を巡ったことにより、彼の魔力周波は把握していた。完璧に同じものを、とは言わないが似た周波数にした魔力を、怪我を内側から元に戻すように。怪我を負う前の状態を呼び起こすように、その細胞に魔力を渡していく。
__願い、希え。
常時魔力の出力調整をしながら、彼の魔力周波に似るように集中していると、いつの間にか戻っていたダンに額に出てきた汗を拭われる。
「マルティカ、お湯に水属性の治癒魔法を馴染ませてくれ。グラン、ハインリヒは彼の腕と足を抑えてくれ。毒が抜け切る最後に、痛みで暴れる可能性がある。ダン、これからここの治癒士がくる。一緒に軽傷中傷の状態チェックしてくれ。ベルタラフ、お前は物資から血液増強薬、全部持ってきてくれ。それとできるだけ多く増強薬と強化薬を作ってくれ」
「はい!」
「「分かりました」」
「…行ってきます」
「今持ってる分、全部置いていきます」
「助かる。頼んだぞ」
医療班一人一人に、適任者に指示を出していくユノ。その目線は真剣で、一切治療箇所から目を逸らさない。
一気に緊迫していく雰囲気に、気合を入れた医療班は忙しなく任された仕事をこなし始める。
彼の体から靄の量が増えた。
ユノが彼の体に、血管に混ざった毒を血と毒に分解し毒だけを乖離した、確実に治療が進んでいる証拠だった。
深い、爪による傷も怪我表面にあった毒も薄れ、毒によって麻痺していただろう痛覚が戻ってきたようだった。
彼の小さかった呻きが大きくなり、痛みによる苦鳴が聞こえ始める。
痛みにより衝動的に怪我の部分を掻き毟りたいのだろう。意識がないにも関わらず、いやないからこその強い力で動かそうとした腕を、ユノの指示通り押さえ込むグランとハインリヒ。だが流石に国境に勤める騎士なだけあって、その力は強かった。二人して片膝を立て座って押さえ込んでいたが、それでは力が足りず、膝立ちになって力を込められる体勢へと変えていた。
「絶対それ、離すんじゃねぇぞ……!」
全身に回った毒が解毒し終え、怪我にも終わりが見えた時。
ユノの、彼に合わせた魔力も彼に馴染むようになり、少なくない抵抗がほぼなくなった時。
ユノはそう声に出し、忠告する。
怪我の深い部分を重点的にやっていたが、範囲を広げて一気に細胞の活性化を促す。
強いその刺激に、彼の体が小さく跳ねた。
同時に悲鳴がその口から漏れ出た。
グランとハインリヒが、全力で痛みに暴れる彼の体を押さえこむ。
繊細な魔力調整はそのまま続けて、範囲と出力を大きく、強くする。
彼の体が大きく仰け反った。
「ぐぁっ……!!」
滲む玉汗が彼の額を、頬を流れる。
そして、力無く仰け反っていた体が元に戻り、荒く呼吸をしながらもその顔色は最初に見た時より血色が良くなった。
(ヤマは越えた……)
ふぅ、とその様子に触れていた手を離し、彼の中に残っているユノの魔力を彼の呼吸に合わせて気化させる。
脱力したユノの様子を見て、また患者である彼が安定した様子を見てグランとハインリヒは押さえ込むために込めていた力を抜いて、一息ついた。
「二人とも助かった、ありがとう。……マルティカ、水できてたら持ってきてくれ!」
労いの言葉を二人にかけ、ユノから離れた場所で待機していたマルティカに声を大きくして話しかける。
「お待たせ! 先生、私もベルタラフの手伝いをしてくるよ」
零さないように駆け寄ってきたマルティカに、お礼を言いつつ受け取ると、マルティカが待機している間にダンと治癒士の手伝いをしていたようで、診察はもう後半に差し掛かっているようだった。チラリとダンたちの様子を見て、問題なく順調なことを確認して、マルティカの提案に頷き、宜しく頼む、と一言かけた。
「…………ハインリヒ、お前魔力操作得意だったよな」
「え? ま、まぁ……」
ふむ、とハインリヒの困惑の言葉を聞きながら、それじゃあと他の寝ている重症患者2名を視界に収めるユノ。
毒の回った彼より、怪我のみの重傷者のようだった2名。一人は足を骨折しているようで添え木がされており、一人は頭を切ったのか包帯が巻かれていた。
頭に包帯の巻かれた患者の方が重症だな、と遠目に状態を視て、ハインリヒに骨折した患者の状態確認と薬の処方、魔力操作による治癒力活性化を依頼し、任せた。グランにはハインリヒの補助と、治癒力活性化した際の患者の抵抗を押さえる担当を指示する。
ハインリヒは目を丸くしたが、すぐに気合の入った返事を返して、グランとともにその患者へ駆け寄った。
早速触診から初め、状態の確認をしているようだった。
ゆっくりした手つきだが、迷うことのない慣れたそれにユノも平気そうだと己の診るべき患者に向き直る。
マルティカの用意してくれた治癒の力が篭ったお湯に、毒に侵されていた彼の手を浸ける。力の入らないその手に、ユノも手を添えてお湯に滲む治癒の力を捕捉すると、ユノの魔力を介して彼の手に浸透させるように纏わせる。
本当は飲んで欲しいが、意識のない彼に無理やり飲ませてもユノの意図する効果は得られないので、応急処置のようなものだ。
浸透するようにゆっくりと彼の体全体にその治癒を纏わせる。
体力低下と共に自然治癒力も低下している彼に、簡易なお湯経由による治癒力強化を施してから立ち上がるユノ。そして頭に怪我を負っている彼にも同じようにお湯を媒介に治癒力強化を行い、魔力回路から怪我周辺の細胞を活性化させる。
幸い深くなく、頭蓋骨にも影響はない。しばらくは仰向けで寝れないだろうな、と思いながら患者の自己治癒力を強化する。
ふぅ、と腰に手を当て少し腰を反ると、鈍い音が聞こえてきた。
ハインリヒとグランをみれば、作業を止めることなく順調に治療できているようで、ユノの方向に体を向けているグランに、手振りで外に出るといえば、頷いたグランを見てから部屋から出た。
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