薬師はひそやかに

涙希

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「__満足したか?」
「ゼェ……ゼェ…………っ、それ、こっちの……せり、ふ……っ!!」

 寝転がって荒く息を吐くサルアの頭を突きながら聞いてみれば、途切れ途切れにサルアがそう噛みついてきた。
 眉間に皺が出来ていたので笑いながら伸ばしてみる。鬱陶しそうに、顔を振って逃げられた。

「っ……、弄びやがりましたねっ、先生っ……!!」
「お前が逃げるからだろ? 人聞きの悪い」
「そういう遊びだよ!!」
「はははっ」

 素の口調でがなったサルアに大笑いしながら、起き上がる気配のないサルアの傍から離れて、ユノは当初の目的の人物へと近づく。彼も例に漏れず地面に仰向けに倒れ込み、胸を上下させていた。

「おぅ、イル。元気か?」

 ユノが笑いを多分に含んだ声をかけながら、遊ぶために避難させておいた書類をひらりと彼の目の前に垂らす。
 かかるユノの影に気付いたのか、うっすらとその目を開けたイルが目を凝らしてその書類を読む。ゆっくりと手が伸ばされたので、イルに書類が掴まれたと同時にユノは書類を手放した。

「……これ、使用許可書……?」
「そうだ。お前が申請した上級薬草のな」

 猫を思わせるその風貌があどけない顔をして、書類とユノを交互に見た。
 何で? というように寝転がったまま首を傾げてユノへ言葉なく問いかけるイルに、ユノは腕を組みながら苦笑気味にイルへと答えた。

「お前、記入ミスしてるんだよ」
「え…………え、どこ?」
「あー……記入ミスっていうか、申請した薬草の名前。これ似てるけど全くの別物になってる。多分書き間違いな」
「…………あ。あー……なるほど、はい」
「これ俺見た時、思わず解毒薬の内容確認したぞ?」

 納得したような声を出して、ユノが差し出したペンを持つとむくりと起き上がり、手のひらの上で訂正をするイル。
 ユノが驚きの大きさを伝えると、肩を揺らして「ははっ」と笑った。
 笑い事じゃねぇ、とその頭を小突くと予想以上の銀の髪の手触りの良さに、そのままなでなでと手を動かす。

「…………割と、前から思ってたんだけど……先生頭撫でるの、好きなの?」
「ん? あー……そう、かもな?」

 気怠げにイルに見上げられながら、首を傾げて聞かれた。
 拒否されないことをいいことに撫でる手を止めずにこれまでを思い出すと、確かにな? と思い至り、疑問系で返事を返す。落とすような笑い声を上げたイルに「なんだそれ」と突っ込まれて、ユノもなんだろうな、と返す。イルが直し終えた書類を手渡し、ペンをユノへと差し出す。
 受け取った書類の訂正箇所を確認して一つ頷き、問題なしとイルへ伝える。

「……ん、確かに」
「すみませんでした。わざわざありがとうございます」
「いや、息抜きのついでだ。じゃあ訓練、頑張れよ」

 訂正された書類を片手に出入り口へ歩き出すと、大の字で寝ていたサルアが声を上げながら手を振った。
 なかなか負けず嫌いなやつだ。
 立ち上がる気配のないサルアに笑いながらその場を後にすると、最終目的のためにユノは食堂を目指して再度歩き始めた。


ーーーーーーーーーー


 額に浮かぶ汗を手の甲で拭う。
 さほど時間をかけて走ってはいないが、やはり草木のある場での運動は動きに制限がかけられ、思っていた以上に体の負担が大きかった。転ばぬよう、ぶつからぬよう、踏まぬように気をつけていると自然と体に無駄な力が入るようで。
 ましてや鬼ごっこなんて、幼少期以来だ。サルアが言っていたが、確かに久々にやると面白いし、楽しかった。

 微かに吹く風が火照った肌に心地よい。

 流石に首元を緩めることはしないが、少し指で弛ませて空気が入るようにして涼を取るユノ。

「風が丁度いいな……」

 目的も果たし、後は食堂で厨房を借りて、ユーリの希望の品を作るのみ。
 作る、と言っても下準備をしに行くだけだが。
 食べるにしてはおやつの時間を過ぎているし、夕飯にしてはまだ早すぎる。

「そうだ。ハインリヒには何作ろうか……」

 マフィンは作ること確定だが、ハインリヒにはまた別のものを用意しようと午前中の案を再度思考する。

 ふと思い出す。
 ハインリヒはよくチョコやクッキーを好んで食べていた筈だ。
 仕事の合間や休憩、おやつなど。時折、休憩中に分けてもらうこともあった。

「よし、決まりだな」

 食堂に近づき、人の姿が見えない食堂の奥を進めば、忙しなく夕食の支度をしている料理人が調理場を行き来していた。仕事の邪魔をしないように、人の隙間をスイスイ抜けながら、あまり使われていない調理場に向かう。

「あら、ユノちゃん。どうしたの?」
「ランウォン。すまんが、奥を少しだけ借りていいか? あと終業したらまた借りたいんだが」

 調理場の火元で大鍋を振るっていたランウォンがユノに気付いて、振り返った。その手元は狂うことなく、炒め物が舞う。
 香ばしい香りに、思わずユノの頬が緩んだ。
 一瞬だけ視線を手元に戻したランウォンは火を止めると、用意されていた横長のバンケットディッシュに盛り付けた。

「いいわよぉ。ただ今は見た通り、ピークでね。申し訳ないけれどお手伝いは出来そうに無いわ。ごめんなさいね」
「いや、借してくれるだけで十分だ。ありがとう。邪魔してすまない」

 盛り付けが終わってすぐに大鍋を洗い、拭くと既に準備をされていた食材を鍋に放り、次の調理を開始するランウォン。流れるようなその手捌きに、見惚れながらも邪魔をしないようにそそくさと目的の材料を探し、奥へと引っ込む。ついでに置かせてもらっているラップエプロンを手に取り、移動しながら着用する。
 熱気溢れる厨房はお腹を空かせる匂いに満ちていた。
 危うくユノの腹もなりそうで。急いで下準備を整えていく。
 このままここにいたら、空腹に負けそうだ。

 薄力粉、バター、砂糖、塩、ベーキングパウダーをそれぞれ必要数を計り、大きいパットを借りてそこに置いていく。牛乳や卵は調理時に用意すればいい。香り付けや中に入れるチョコチップやドライフルーツもその時でいいか、と必要最低限のものだけ計る。どうせ作れば食べる奴がいるので多めに計量すれば、計量後に思わず苦笑した。

 手早く作業を終わらせて、ラップエプロンの紐を解いて畳み置く。
 ふぅ、と一息ついて計量した材料があるパットを冷蔵庫の一角を借りて保管する。ついでに時空魔法をかけておく。

「ランウォン、邪魔したな。ありがとう」

 綺麗に計量器を片し、軽く台を拭き上げる。
 後片付けも終わらせて振り返りながら、ランウォンに声をかけてぶつからないように厨房から出ようと歩いていくユノ。そのユノの後ろ姿にランウォンが驚きを滲ませた声を上げた。

「あらもういいの?」
「あぁ。また来る」

 調理場の出入り口でランウォンを振り返りながらひらりと手を振って、近くを通っていく料理人にも軽く挨拶しながら食堂を後にした。
 今日の夕食が楽しみだ、と機嫌よく廊下を歩くユノ。
 自然とその足取りは軽くなっていった。


ーーーーーーーーーー


 すぐに気付いた。

 これは夢だって。
 
 目の前で険しい顔をしながら上司の告げる任務の内容は、とてもじゃないが受け入れられるものじゃなかった。

『__そ、れを……私が……?』
『…………あぁ。適任だと、私が判断した』

 肘をついた腕の前で上司が悩ましげに顔を歪めて、悟る。
 この人も自分と同じなんだと。受け入れ難いのだと、わかった。
 しかし上からの直接指令によるため、辞退することも他に斡旋することもできないのだろう。

『アシュレイ・ジルライト、只今をもって長期任務を言い渡す。キルカ・シュシュリールを見つけ出し、見つけ次第始末しろ』

 __キルカ・シュシュリール

 治癒士であり魔術師であり薬師でもある、この国の医療機関を率いる男。
 彼は薬師である自分に重きを置いているため、この国に所属し長にいながらもほぼ不在で、その実態は名ばかりだ。しかしお飾りだけではない実力にこの国の上層部は勿論、同じ王宮という職場にいる者に彼を舐める者はいない。
 そんな彼に抹殺命令が下ったのは、彼がその消息を完全に絶った三日後のことだった。

 そして今。

 私は、その命を受諾せざるを得なかった。
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