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あれからウェディングドレスの最終調整や、結婚式の日取り決めにとてんやわんやの私の元に珍しい来客が訪れた。
「久しいな。モリア=サンドレア」
その名に耳を疑った私が来客室へと赴くとそこで待ち受けていたのは使用人に聞いた通りの人、マクベス王子だった。
私の名前を口にしたことからアンジェリカと間違えて呼び出した、というわけでもなさそうだ。
「失礼します」
そう一声かけて彼の目の前の席に着くと、しばらく何とも言えない空気が私達の間をゆっくりと漂い始めた。けれどあの日のようにピリピリと肌を刺激するような空気ではないことに、私は少しだけホッとした。
あの日はアンジェリカが居たが、一人であの空気は到底耐えられるはずがないからだ。
用意されたお茶に口をつけたマクベス王子はカップを置くと、ゆっくりと、そして深々と頭を下げた。
「あの日のことは本当に申し訳なかったと反省している」
彼の口から出たのは謝罪の言葉だった。
それだけでも自分の目と耳の機能を疑っていた私だが、マクベス王子はまた一つ、私には信じがたい言葉を落とした。
「アンジェリカとの婚約は凍結状態になった」――と。
「え……」
謝罪の言葉よりも信じがたいそれはマクベス王子自ら言い出したことらしい。
あの日、最後に残したアンジェリカの冷たい視線はよく尖った氷のナイフとして胸に突き刺さったのだと、後悔を目に浮かべながらポツリポツリと教えてくださった。
「嫉妬、していたんだ。アンジェリカが興味を持つもの全てが憎くてたまらなかった。だが、もうそれも終わりにしようと思う。同じものを見て、そして大事に思えるような男になりたい。そしてアンジェリカに認めてもらえる男になったら、そうしたらもう一度正式な婚約者として彼女を迎え入れたいんだ」
マクベス王子の目には後悔の他に、温かな希望が秘められていた。
「きっといつかその日が来ますよ」
「その時は、お前を義姉さんと呼んでやるからな! 首を長くして待っているといい」
「楽しみにしていますね」
「ああ!」
それだけ告げるとマクベス王子は応接間を去っていった。去り際に王子の見せたその笑顔はアンジェリカとよく似ていて、二人がわかり合う日もさほど遠くはないのではないかと安心した。
氷はいつか溶けるから。
その時に聞ける「義姉さん」はきっと陽だまりのように温かいことだろう。
それからラウス様はカリバーンのお屋敷から少し距離はあるものの、国で一番大きな教会を押さえてくださった。
ドレスの最終調整も終わり、日取りも決まった私達は早速招待状を用意した。
さすがに全員は渡すことが出来ないとサンドレア家とミリアール様、ダイナス様の分を除く招待状は使用人や手紙を運んでくれる業者さんにお願いすることにした。
一番初めはやはりサンドレア家へと向かった。
ラウス様は仕事の都合で今回は一緒に行けないことを最後まで悔やんでいた。
「グスタフも着いてきてくれますから、大丈夫ですよ」
「グスタフ、モリアを頼む」
「ぶにぁ」
同伴として着いて行くからとお駄賃代わりの大きな魚をもらったグスタフは終始ご機嫌で、途中泊まった宿でいつものようにオヤツをねだることはなかった。
「モリア、それにグスタフも。ちょうどいい、今日は大漁だぞ!」
…………その代わりにサンドレア家でお兄様の釣ってきた魚をたらふく食べたのだが。
早速お魚パーティーとなったサンドレア家で忘れないうちにと招待状を取り出すとお父様とお母様は2人で顔を見合わせて抱き合った。
「いよいよモリアの家名も変わるのか……」
そうボヤくお兄様は涙を浮かべながら奥さんの胸の中で涙を浮かべた。
その日、私とお腹が張って動けなくなったグスタフは今日で最後となる自室に別れを告げるため、その場で眠ることに決めた。次に帰って来るときにはもう、この部屋は私の部屋ではなくなっていることだろう。数ヶ月後に産まれてくる甥か姪にその部屋を譲ることが今は何より誇らしかった。
後日、サンドレア家から帰宅した私はカリバーン屋敷で私の帰りを待っていてくれたラウス様と共にミリアール様のお屋敷へと向かった。ミリアール様には結婚式の招待状を渡す他に言い忘れたお礼も告げなければならないのだ。
たどり着いたそこはミリアール様の、公爵家の風格に相応しく、手入れの行き届いた花々が門を通過した来客をお出迎えしてくれた。
「ラウス=カリバーン様でいらっしゃいますね。そしてあなた様は……!! お嬢様、お嬢様! モリア様が、お友達がいらっしゃいましたよ!!」
ドアを背に迎えてくれたミリアール様の家の使用人はキッチリしっかりとした見た目と、初めの何かを値踏みするような態度こそ私の緊張を引き立てるものだったが、おそらくは私の家の使用人と似た、主人思いの性格なのだろう。
一向に戻ってくることのない彼の代わりに現れた女性もまた、ハンカチで目元の涙を拭きながら応接間へと案内してくれた。そしてそれは初めの彼と、私達を案内する彼女だけではなく、通り過ぎる使用人全てがそうなのだ。ハンカチや指先で目尻を拭いては、私達が通り過ぎるやいなや他の使用人の元へと走り去った。
その異様な光景を目にし続けた私は応接間へと辿り着き、やっとその理由を知ることとなる。
「ダイナス様、ミリアールお嬢様の『お友達』が来ております! ダイナス様とラウス様以外の、それも女性のお友達ですよ!!」
「爺や、落ち着きなさい。私だって『お友達』の1人ぐらいいますわ」
「俺とラウスとモリアちゃんの3人な。正確には俺は婚約者だから2人になるし、後の2人もいずれ親戚になるわけだから友達って言っていいのかはわからないが……」
「親戚でもなんでもお友達はお友達です!」
部屋の中ではすでにハンカチを何枚も消費したのであろう、玄関で私達を迎え入れてくれた男性と、そして今日も今日とて言い争いをするミリアール様とダイナス様の姿があった。
「ミリアール、ダイナス、久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「あらモリアさん、こんにちは。それで今日は何のご用ですか?」
「ここ数日ソワソワして、いつ来ても良いようにって朝から屋敷のチェックをしていた癖によく言うよな……」
「お黙りなさい! あなただってここ数日はこの屋敷に滞在してたじゃないの!」
「そりゃあラウスとモリアちゃんの結婚式の招待状、俺だって直接受け取りたいからな。お前も楽しみにしてたって素直に言やぁいいのに……」
「……っ」
恥ずかしさから顔を真っ赤に染め上げるミリアール様に、私とラウス様はついつい微笑みを浮かべてしまった。
「ともかく、今日は招待状を渡しに来たのでしょう? ならさっさと渡したらどうなんですか!」
私達2人をきっと睨みながら、ミリアール様は手を伸ばした。その手にミリアール様とダイナス様の分の招待状を乗せると、彼女は満足気にそのカードを自らへと寄せた。
「来て、いただけますか?」
そう尋ねると2人は当たり前のように答える。
「楽しみにしてるよ」
「せっかくのお友達の結婚式ですし、行って差し上げますわ」
夜会で数々のご令嬢を魅了する笑みを浮かべたのはダイナス様。そして嬉しそうにカードを胸の前で抱えながら、赤らんだ顔を背けたのはミリアール様。
そんな2人は近い未来、私の親戚になる、仲良しな婚約者である。
「久しいな。モリア=サンドレア」
その名に耳を疑った私が来客室へと赴くとそこで待ち受けていたのは使用人に聞いた通りの人、マクベス王子だった。
私の名前を口にしたことからアンジェリカと間違えて呼び出した、というわけでもなさそうだ。
「失礼します」
そう一声かけて彼の目の前の席に着くと、しばらく何とも言えない空気が私達の間をゆっくりと漂い始めた。けれどあの日のようにピリピリと肌を刺激するような空気ではないことに、私は少しだけホッとした。
あの日はアンジェリカが居たが、一人であの空気は到底耐えられるはずがないからだ。
用意されたお茶に口をつけたマクベス王子はカップを置くと、ゆっくりと、そして深々と頭を下げた。
「あの日のことは本当に申し訳なかったと反省している」
彼の口から出たのは謝罪の言葉だった。
それだけでも自分の目と耳の機能を疑っていた私だが、マクベス王子はまた一つ、私には信じがたい言葉を落とした。
「アンジェリカとの婚約は凍結状態になった」――と。
「え……」
謝罪の言葉よりも信じがたいそれはマクベス王子自ら言い出したことらしい。
あの日、最後に残したアンジェリカの冷たい視線はよく尖った氷のナイフとして胸に突き刺さったのだと、後悔を目に浮かべながらポツリポツリと教えてくださった。
「嫉妬、していたんだ。アンジェリカが興味を持つもの全てが憎くてたまらなかった。だが、もうそれも終わりにしようと思う。同じものを見て、そして大事に思えるような男になりたい。そしてアンジェリカに認めてもらえる男になったら、そうしたらもう一度正式な婚約者として彼女を迎え入れたいんだ」
マクベス王子の目には後悔の他に、温かな希望が秘められていた。
「きっといつかその日が来ますよ」
「その時は、お前を義姉さんと呼んでやるからな! 首を長くして待っているといい」
「楽しみにしていますね」
「ああ!」
それだけ告げるとマクベス王子は応接間を去っていった。去り際に王子の見せたその笑顔はアンジェリカとよく似ていて、二人がわかり合う日もさほど遠くはないのではないかと安心した。
氷はいつか溶けるから。
その時に聞ける「義姉さん」はきっと陽だまりのように温かいことだろう。
それからラウス様はカリバーンのお屋敷から少し距離はあるものの、国で一番大きな教会を押さえてくださった。
ドレスの最終調整も終わり、日取りも決まった私達は早速招待状を用意した。
さすがに全員は渡すことが出来ないとサンドレア家とミリアール様、ダイナス様の分を除く招待状は使用人や手紙を運んでくれる業者さんにお願いすることにした。
一番初めはやはりサンドレア家へと向かった。
ラウス様は仕事の都合で今回は一緒に行けないことを最後まで悔やんでいた。
「グスタフも着いてきてくれますから、大丈夫ですよ」
「グスタフ、モリアを頼む」
「ぶにぁ」
同伴として着いて行くからとお駄賃代わりの大きな魚をもらったグスタフは終始ご機嫌で、途中泊まった宿でいつものようにオヤツをねだることはなかった。
「モリア、それにグスタフも。ちょうどいい、今日は大漁だぞ!」
…………その代わりにサンドレア家でお兄様の釣ってきた魚をたらふく食べたのだが。
早速お魚パーティーとなったサンドレア家で忘れないうちにと招待状を取り出すとお父様とお母様は2人で顔を見合わせて抱き合った。
「いよいよモリアの家名も変わるのか……」
そうボヤくお兄様は涙を浮かべながら奥さんの胸の中で涙を浮かべた。
その日、私とお腹が張って動けなくなったグスタフは今日で最後となる自室に別れを告げるため、その場で眠ることに決めた。次に帰って来るときにはもう、この部屋は私の部屋ではなくなっていることだろう。数ヶ月後に産まれてくる甥か姪にその部屋を譲ることが今は何より誇らしかった。
後日、サンドレア家から帰宅した私はカリバーン屋敷で私の帰りを待っていてくれたラウス様と共にミリアール様のお屋敷へと向かった。ミリアール様には結婚式の招待状を渡す他に言い忘れたお礼も告げなければならないのだ。
たどり着いたそこはミリアール様の、公爵家の風格に相応しく、手入れの行き届いた花々が門を通過した来客をお出迎えしてくれた。
「ラウス=カリバーン様でいらっしゃいますね。そしてあなた様は……!! お嬢様、お嬢様! モリア様が、お友達がいらっしゃいましたよ!!」
ドアを背に迎えてくれたミリアール様の家の使用人はキッチリしっかりとした見た目と、初めの何かを値踏みするような態度こそ私の緊張を引き立てるものだったが、おそらくは私の家の使用人と似た、主人思いの性格なのだろう。
一向に戻ってくることのない彼の代わりに現れた女性もまた、ハンカチで目元の涙を拭きながら応接間へと案内してくれた。そしてそれは初めの彼と、私達を案内する彼女だけではなく、通り過ぎる使用人全てがそうなのだ。ハンカチや指先で目尻を拭いては、私達が通り過ぎるやいなや他の使用人の元へと走り去った。
その異様な光景を目にし続けた私は応接間へと辿り着き、やっとその理由を知ることとなる。
「ダイナス様、ミリアールお嬢様の『お友達』が来ております! ダイナス様とラウス様以外の、それも女性のお友達ですよ!!」
「爺や、落ち着きなさい。私だって『お友達』の1人ぐらいいますわ」
「俺とラウスとモリアちゃんの3人な。正確には俺は婚約者だから2人になるし、後の2人もいずれ親戚になるわけだから友達って言っていいのかはわからないが……」
「親戚でもなんでもお友達はお友達です!」
部屋の中ではすでにハンカチを何枚も消費したのであろう、玄関で私達を迎え入れてくれた男性と、そして今日も今日とて言い争いをするミリアール様とダイナス様の姿があった。
「ミリアール、ダイナス、久しぶりだな」
「お久しぶりです」
「あらモリアさん、こんにちは。それで今日は何のご用ですか?」
「ここ数日ソワソワして、いつ来ても良いようにって朝から屋敷のチェックをしていた癖によく言うよな……」
「お黙りなさい! あなただってここ数日はこの屋敷に滞在してたじゃないの!」
「そりゃあラウスとモリアちゃんの結婚式の招待状、俺だって直接受け取りたいからな。お前も楽しみにしてたって素直に言やぁいいのに……」
「……っ」
恥ずかしさから顔を真っ赤に染め上げるミリアール様に、私とラウス様はついつい微笑みを浮かべてしまった。
「ともかく、今日は招待状を渡しに来たのでしょう? ならさっさと渡したらどうなんですか!」
私達2人をきっと睨みながら、ミリアール様は手を伸ばした。その手にミリアール様とダイナス様の分の招待状を乗せると、彼女は満足気にそのカードを自らへと寄せた。
「来て、いただけますか?」
そう尋ねると2人は当たり前のように答える。
「楽しみにしてるよ」
「せっかくのお友達の結婚式ですし、行って差し上げますわ」
夜会で数々のご令嬢を魅了する笑みを浮かべたのはダイナス様。そして嬉しそうにカードを胸の前で抱えながら、赤らんだ顔を背けたのはミリアール様。
そんな2人は近い未来、私の親戚になる、仲良しな婚約者である。
応援ありがとうございます!
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