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「……ところで、君は甘いものは好きか?」
「大好きです」
「ならちょうどいい。お茶に付き合ってくれ」
「? お茶ならここに」
「先ほどの歌には緑が多く歌われていたから、場所は温室でいいな。用意させる」
「へ?」
ケウロス陛下は使用人に指示を出すと、私を温室にあるガゼボへと案内してくれた。
見たことない植物に囲まれ、テーブルにはお茶とお菓子が用意されている。
「こ、これは!」
用意されていたお菓子とは、ショートケーキである。生クリームがふんだんに使われたそれは、シャンスティではお目にかかる機会は滅多にない。
暑すぎて溶けてしまうのだとか。
異国物語で度々出てくるそれは私の憧れだった。崩れないように、フォークで慎重に切り落としてから口に運ぶ。口内でゆっくりと溶けていく繊細なクリームは、確かにシャンスティの暑さには耐えられそうもない。
「シャンスティの聖女が喜ぶと聞いて用意していた。気に入ってもらえて何よりだ」
「とっても美味しいです」
緩みきった頬で残りのケーキも味わう。ケーキ一つで喜ぶ私がよほど面白かったのか、ケウロス陛下は私を眺めながらフッと笑った。
次の仕事があるようで、お茶が終わるとすぐにケウロス陛下は執務室へと戻っていった。
私は自室に戻り、荷解きをする。といっても数日で帰されるので、バッグから出すものは最小限に留める。
世話係の人がいるとはいえ、侍女を連れてこなかったのはこちら側の事情なので、あまり迷惑はかけたくない。
今も手伝ってもらうことはなく、部屋の端で待機してもらっている。
必要なものを出し終わってからは持ってきた本を読んで時間を潰す。
日が暮れた頃に運び込まれた帝国料理はシャンスティ料理とはまるで違う。ショートケーキに続き、とても満足な品である。
お腹いっぱいまで食べた後には、バスタブいっぱいの湯船まで用意してもらった。お風呂上がりはフカフカの大きなベッドで横になる。
ここが他国であることも忘れて、すぐに眠りの世界に誘われそうだ。
帰されるのを待つだけのはずが、驚くほどに優雅な時間を過ごさせてもらっている。何も返せないのがもどかしいくらいだ。
ケウロス陛下はその翌日も、その次も私をお茶に誘ってくれた。
お茶菓子は必ず生クリームを使ったケーキである。何か特別なことを話すわけでもない。緑に囲まれてなんてことない会話をするだけ。
それは天気の話だったり、好きな食べ物の話だったり。家族の話もした。
「君は本当にお姉さんのことが好きなんだな」
「はい! 姉だけでなく、両親もばあやも使用人達も、私にとって大切な家族です」
「私も弟のことを大切に思ってる」
「同じですね」
「ああ、同じだ」
ふふっと笑えば、彼も微笑み返してくれる。なんてことないことなのに胸が温かくなる。
本の話をした時は、初日に話してくれた図書館に連れて行っていってくれた。
天井に届きそうなほど高い本棚からオススメの本を選んでくれて、私はそれを胸に抱えて部屋に帰った。
翌日から、必ずお茶の時間に本を一冊持ってきてくれるようになった。
そこには封筒が挟まれていて、封筒の外側には本を読み終わった後に見て欲しいと書かれていた。
指示通り、読み終えてから開くと、びっしりと本の感想が書かれていた。そして最後には「よければ君の感想も教えてほしい」と添えられていた。
嬉しくて、すぐにペンを手に取った。そして彼がそうしてくれたように、私の手紙も本に挟んで返す。
少し不思議な文通だが、手紙なら国に持って帰ることが出来る。
大好きな異国物語の感想と、優しい彼との思い出を。
夜には一緒に星を見た。
私が空を眺めるのが好きだと知って、夜にとっておきの場所へと連れて行ってくれたのだ。
そこは城の端っこの物置小屋の前。
木の箱に並んで腰かけて、空を見上げた。ほおっと吐く息は真っ白で、けれど彼と触れ合う肩からはじんわりと熱が伝わってくる。
彼といる時や本を読んでいる時、手紙を書いている時は温かい気分になる。だがふとした瞬間に、ぽっかりと穴が空いたような感覚になる。
風が穴を通り過ぎると寒くて、少しだけ痛い。思い出すのは幼い頃に読んだ童話である。
数百年前、本当に存在したという神の愛子の話。
彼女は幼い頃から涙の代わりに宝石を流していたらしい。純粋で美しい少女によく似合う、透き通った神からの贈り物。
けれどそれに目をつけたとある男は彼女に近づいた。
少女は男の悪意に気づかず恋をした。彼女にとってこれが初めての恋だった。プロポーズをされ、彼と共に歩く道は幸せに続いていると確信していた。
だが結婚してから男は変わってしまった。少女を家に監禁し、宝石を出すようにと強要するようになったのだ。彼女はそれが悲しくて悲しくて、次第にこの世界に絶望していく。
運命すら呪った彼女はやがて一粒の宝石を残してこの世を去った。
この世の悪を凝縮したような禍々しい色の石は、今までで一番高く売れた。悪人はとても喜んだ。
だがその夜、男の家に大きな雷が落ちた。逃げる間もなく、男は家ごと消えてなくなった。
その雷を皮切りに、宝石を買い取った者たちも次々と厄災に見舞われたそうだ。
神の怒りを買ったことにひどく怯え、彼らは宝石を神へと返すことにした。
するとピタリと災いが止まった。だが彼らは失ったものの大きさに、涙を流すのである。
幼かった少女が流したものとは違い、欲にまみれきった涙を。
「大好きです」
「ならちょうどいい。お茶に付き合ってくれ」
「? お茶ならここに」
「先ほどの歌には緑が多く歌われていたから、場所は温室でいいな。用意させる」
「へ?」
ケウロス陛下は使用人に指示を出すと、私を温室にあるガゼボへと案内してくれた。
見たことない植物に囲まれ、テーブルにはお茶とお菓子が用意されている。
「こ、これは!」
用意されていたお菓子とは、ショートケーキである。生クリームがふんだんに使われたそれは、シャンスティではお目にかかる機会は滅多にない。
暑すぎて溶けてしまうのだとか。
異国物語で度々出てくるそれは私の憧れだった。崩れないように、フォークで慎重に切り落としてから口に運ぶ。口内でゆっくりと溶けていく繊細なクリームは、確かにシャンスティの暑さには耐えられそうもない。
「シャンスティの聖女が喜ぶと聞いて用意していた。気に入ってもらえて何よりだ」
「とっても美味しいです」
緩みきった頬で残りのケーキも味わう。ケーキ一つで喜ぶ私がよほど面白かったのか、ケウロス陛下は私を眺めながらフッと笑った。
次の仕事があるようで、お茶が終わるとすぐにケウロス陛下は執務室へと戻っていった。
私は自室に戻り、荷解きをする。といっても数日で帰されるので、バッグから出すものは最小限に留める。
世話係の人がいるとはいえ、侍女を連れてこなかったのはこちら側の事情なので、あまり迷惑はかけたくない。
今も手伝ってもらうことはなく、部屋の端で待機してもらっている。
必要なものを出し終わってからは持ってきた本を読んで時間を潰す。
日が暮れた頃に運び込まれた帝国料理はシャンスティ料理とはまるで違う。ショートケーキに続き、とても満足な品である。
お腹いっぱいまで食べた後には、バスタブいっぱいの湯船まで用意してもらった。お風呂上がりはフカフカの大きなベッドで横になる。
ここが他国であることも忘れて、すぐに眠りの世界に誘われそうだ。
帰されるのを待つだけのはずが、驚くほどに優雅な時間を過ごさせてもらっている。何も返せないのがもどかしいくらいだ。
ケウロス陛下はその翌日も、その次も私をお茶に誘ってくれた。
お茶菓子は必ず生クリームを使ったケーキである。何か特別なことを話すわけでもない。緑に囲まれてなんてことない会話をするだけ。
それは天気の話だったり、好きな食べ物の話だったり。家族の話もした。
「君は本当にお姉さんのことが好きなんだな」
「はい! 姉だけでなく、両親もばあやも使用人達も、私にとって大切な家族です」
「私も弟のことを大切に思ってる」
「同じですね」
「ああ、同じだ」
ふふっと笑えば、彼も微笑み返してくれる。なんてことないことなのに胸が温かくなる。
本の話をした時は、初日に話してくれた図書館に連れて行っていってくれた。
天井に届きそうなほど高い本棚からオススメの本を選んでくれて、私はそれを胸に抱えて部屋に帰った。
翌日から、必ずお茶の時間に本を一冊持ってきてくれるようになった。
そこには封筒が挟まれていて、封筒の外側には本を読み終わった後に見て欲しいと書かれていた。
指示通り、読み終えてから開くと、びっしりと本の感想が書かれていた。そして最後には「よければ君の感想も教えてほしい」と添えられていた。
嬉しくて、すぐにペンを手に取った。そして彼がそうしてくれたように、私の手紙も本に挟んで返す。
少し不思議な文通だが、手紙なら国に持って帰ることが出来る。
大好きな異国物語の感想と、優しい彼との思い出を。
夜には一緒に星を見た。
私が空を眺めるのが好きだと知って、夜にとっておきの場所へと連れて行ってくれたのだ。
そこは城の端っこの物置小屋の前。
木の箱に並んで腰かけて、空を見上げた。ほおっと吐く息は真っ白で、けれど彼と触れ合う肩からはじんわりと熱が伝わってくる。
彼といる時や本を読んでいる時、手紙を書いている時は温かい気分になる。だがふとした瞬間に、ぽっかりと穴が空いたような感覚になる。
風が穴を通り過ぎると寒くて、少しだけ痛い。思い出すのは幼い頃に読んだ童話である。
数百年前、本当に存在したという神の愛子の話。
彼女は幼い頃から涙の代わりに宝石を流していたらしい。純粋で美しい少女によく似合う、透き通った神からの贈り物。
けれどそれに目をつけたとある男は彼女に近づいた。
少女は男の悪意に気づかず恋をした。彼女にとってこれが初めての恋だった。プロポーズをされ、彼と共に歩く道は幸せに続いていると確信していた。
だが結婚してから男は変わってしまった。少女を家に監禁し、宝石を出すようにと強要するようになったのだ。彼女はそれが悲しくて悲しくて、次第にこの世界に絶望していく。
運命すら呪った彼女はやがて一粒の宝石を残してこの世を去った。
この世の悪を凝縮したような禍々しい色の石は、今までで一番高く売れた。悪人はとても喜んだ。
だがその夜、男の家に大きな雷が落ちた。逃げる間もなく、男は家ごと消えてなくなった。
その雷を皮切りに、宝石を買い取った者たちも次々と厄災に見舞われたそうだ。
神の怒りを買ったことにひどく怯え、彼らは宝石を神へと返すことにした。
するとピタリと災いが止まった。だが彼らは失ったものの大きさに、涙を流すのである。
幼かった少女が流したものとは違い、欲にまみれきった涙を。
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