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その後もアリハムは変わらずソロで仕事をこなしていった。
だがそんな彼も時たま、即席ではあるもののパーティーを組むことがあった。
「アリハムさん!」
今日も今日とて依頼ボードからおなじみの依頼を手にしたアリハムの元へと駆け寄ってきたのは数人の少年少女だった。
人なつっこい顔でアリハムの名前を呼ぶ彼らには見覚えがある。
「君たちは! そうか。卒業おめでとう」
『子猫の家』から卒業してきた冒険者達だ。
そして彼らも例の通り、初心者専門ギルドに所属したばかりの頃はよくアリハムが世話を焼いていた。
他の冒険者達よりはやや昇級に時間はかかったものの、それだけアリハムに教えられたことを守りつつ、仕事を慎重にこなしてきたということだ。
実際、彼らは一度だって大きな怪我を負って帰ってきたことはない。
そんな彼らの成長を微笑ましく感じたアリハムは彼らの頭へと手を伸ばし、一人一人の頭を撫でていく。
少年達は嫌がることなく、むしろご褒美だと言わんばかりの満面の笑みでアリハムの節ばった手を受け入れた。
へへへ~とうれしそうな声を漏らす彼らを念入りに撫で終わると、途端に彼らはもじもじと身体の前で手遊びをし出した。
「ありがとうございます。それで、その……」
「どうした?」
「このギルドでするお仕事初めてで心配だから、一緒に来て欲しいな~なんて、わがままですよね……」
「俺もここに来たばかりのことは戸惑うことばかりだったし、初めては誰しも心配だよな。だが俺が教えてやれるのは常駐クエストくらいなものだが……」
「お願いします!」
初めてだから心配なんて嘘だ。
そんなことがないように、初心者専門ギルドはひよっこ冒険者達に冒険者やギルドのいろはを叩き込んでいるのだ。
アリハムだって初めて会った時には時間をかけてじっくりと説明をしているし、何より他の初心者専門ギルドからやってきた冒険者達は難なく仕事をこなし始めるのだ。
どの初心者専門ギルドに与えられるマニュアルは同じもので、『子猫の家』だけが初心者教育を怠っているということはない。
だが『子猫の家』の卒業者達の多くはアリハムを見つけると決まってこうして『お願い』にやってくるのだ。以前断った彼らも「どうしても一緒にやりたい仕事があるから」と何度もやってきたので、一度だけ一緒に仕事をした。
甘え、というよりは懐かしさのようなものだろう。
期待の眼差しはどこか小動物のような愛らしさを感じる。
それにアリハムの元にやってくる彼らは皆、一度アリハムと仕事をすれば満足したように、そして仕事内容を理解したように良い子に引き下がっていくのだ。
それをアリハムは分かっているからこそ、懐かしい子ども達との仕事を引き受けるのだった。
仕事は順調。
元より彼らもアリハムも共に相手の戦い方を知っている。
お互いによく慣れたゴブリン討伐でてこずるということはなかった。
ーーけれど、問題はその後にあった。
それはギルドの受付に達成報告を提出し、報酬をもらった後のことだった。
初めての一般ギルドの仕事を終え、ささやかながらも報酬を手にした子ども達は舞い上がっていた。
そしてアリハムの手を引き、一度入ってみたかったのだという酒場へと向かった。
「今日のお礼に奢らせてください!」
「そんな無理するな」
「無理じゃないです!」
「今日だけじゃなくて、ずっとアリハムさんにはお世話になりっぱなしで……」
「いつか恩返しがしたいね! ってみんなで話してたんです!」
「もちろんこれで恩が返せたなんて思ってはいないし、本当に今日のお礼くらいにしかなりませんけど……」
「それなら遠慮なく奢ってもらうか」
「はい! 遠慮なくいっぱい食べてくださいね!」
おそらくこの酒場が、彼らの金銭状況と相談した上での一番上等な場所だったのだろう。
一度入ってみたかったなんて言った割には、メニューと長時間にらめっこをしながら頼んだのはこの店で一番安いつまみだった。それを子ども達で分けて食おうというのだ。
育ち盛りの彼らには本当はもっとたくさん食べて欲しい。
安い店に行けば沢山頼むことは出来ただろうし、この店だってアリハムの払いに全面的に頼る、とはいかずとも割り勘をすればもう少し立派なものを食べられるはずだ。
一般ギルドに移ってきてしばらくが経つアリハムの貯金は以前よりもずっと増えてきている。だからこの店のお金を出してやることも簡単だ。
けれどそんなことをすればせっかく奢ると言ってくれた彼らの気持ちを踏みにじってしまうような気がしたのだ。
だからアリハムも気を使って高額な食べ物は避けて頼んでいく。
「アリハムさん、お酒飲まなくていいんですか?」
「今日はいい」
「でも……」
「せっかくお前達と来てるんだ。酒は今度でもいいだろ」
誰一人として酒関係を注文することはないのは金銭的問題と思ったが、どうやらそうではないらしいことはしばらく見ていれば分かることだった。
おそらく味どうこう以前に香りが得意ではないのだろう。
時折、側を通る酔っ払いの身体にまとわりつく匂いに眉をしかめている。
こんな姿を見て、酒を頼もうという気は起きない。
それにアリハムが酒を頼まなければ、子ども達だってもっと良いものが食べられるのだ。
「アリハムさん……」
「トマトのピザでも頼むか」
「はい!」
みんなで分けられるものを選んで食べ続け、おなかが満たされた頃ーー事件は起きた。
「ここのデザート美味しいらしいんですよ~」
甘いものが大の好物だという少年が頼んだのはベリーのソルベだった。
「アリハムさんも一口いかがですか?」
確かに美味しそうなそれが木製のスプーンに乗せられ、アリハムの口へ向けて運ばれる。
口を開いてそれを迎え入れるとベリーの酸味や甘みとは違う、どこかピリっとした辛みを感じる。
たった一瞬ではあったものの、確かな違和感。
少なくとも普通のベリーを使っていればこんな味が出ることはないだろう。
「それを食うな!」
混入しているものの正体は分からないまま。
けれどソルベを見つめる目を爛々と輝かせる少年に、明らかに怪しいそれを食べさせる訳にはいかなかった。
「え?」
「ソルベなら後で王都の専門店のを奢ってやる。だから早くここから出るぞ」
戸惑う子ども達の手を引いて、席から立ち上がったアリハムは会計を済ませる。
それにはますます子ども達の頭にクエスチョンマークが浮かんでくる。だがアリハムの焦った様子にただならなさを感じた彼らは、黙ってアリハムの後ろについてくる。
店から離れ、大通りまでたどり着いた頃にはアリハムの息は上がってしまっていた。
どうやらあの中には変な薬でも入れられていたらしい。
子どもを狙うよからぬ大人がいることは知っていたが、まさか大人である自分が同伴している席でもそんなことがあるとは……。
おおよそアリハムが初心者専門ギルドに長年所属し続けた腰抜けだと知っていたのだろう。何も出来るはずがないと侮られたのだ。
実際、初めの一口をもらったからすぐに異変に気づけたものの、食べていなければ分からなかっただろう。
熟年の冒険者やそれに正通した者であれば見た目だけで気づけたのかもしれない。
己の至らなさを悔やみながら、アリハムは体内から湧き上がってくる熱との格闘を続ける。
「宿は、近いのか?」
「はい」
「ならお前達だけで帰れるな」
「大丈夫、です。でもアリハムさん、少し様子が……」
「気にするな」
「でも……」
「明日もまた、仕事へ行くんだろう。なら、しっかりと……身体を休めて、明日に備えろ」
「……はい。今日はありがとうございました」
切れ切れに言葉を紡ぐアリハムに、彼らは何か言いたそうに口を開く。
けれど結局相応しい言葉など出てこなかったのか、深く頭を下げてその場を後にしたのだった。
だがそんな彼も時たま、即席ではあるもののパーティーを組むことがあった。
「アリハムさん!」
今日も今日とて依頼ボードからおなじみの依頼を手にしたアリハムの元へと駆け寄ってきたのは数人の少年少女だった。
人なつっこい顔でアリハムの名前を呼ぶ彼らには見覚えがある。
「君たちは! そうか。卒業おめでとう」
『子猫の家』から卒業してきた冒険者達だ。
そして彼らも例の通り、初心者専門ギルドに所属したばかりの頃はよくアリハムが世話を焼いていた。
他の冒険者達よりはやや昇級に時間はかかったものの、それだけアリハムに教えられたことを守りつつ、仕事を慎重にこなしてきたということだ。
実際、彼らは一度だって大きな怪我を負って帰ってきたことはない。
そんな彼らの成長を微笑ましく感じたアリハムは彼らの頭へと手を伸ばし、一人一人の頭を撫でていく。
少年達は嫌がることなく、むしろご褒美だと言わんばかりの満面の笑みでアリハムの節ばった手を受け入れた。
へへへ~とうれしそうな声を漏らす彼らを念入りに撫で終わると、途端に彼らはもじもじと身体の前で手遊びをし出した。
「ありがとうございます。それで、その……」
「どうした?」
「このギルドでするお仕事初めてで心配だから、一緒に来て欲しいな~なんて、わがままですよね……」
「俺もここに来たばかりのことは戸惑うことばかりだったし、初めては誰しも心配だよな。だが俺が教えてやれるのは常駐クエストくらいなものだが……」
「お願いします!」
初めてだから心配なんて嘘だ。
そんなことがないように、初心者専門ギルドはひよっこ冒険者達に冒険者やギルドのいろはを叩き込んでいるのだ。
アリハムだって初めて会った時には時間をかけてじっくりと説明をしているし、何より他の初心者専門ギルドからやってきた冒険者達は難なく仕事をこなし始めるのだ。
どの初心者専門ギルドに与えられるマニュアルは同じもので、『子猫の家』だけが初心者教育を怠っているということはない。
だが『子猫の家』の卒業者達の多くはアリハムを見つけると決まってこうして『お願い』にやってくるのだ。以前断った彼らも「どうしても一緒にやりたい仕事があるから」と何度もやってきたので、一度だけ一緒に仕事をした。
甘え、というよりは懐かしさのようなものだろう。
期待の眼差しはどこか小動物のような愛らしさを感じる。
それにアリハムの元にやってくる彼らは皆、一度アリハムと仕事をすれば満足したように、そして仕事内容を理解したように良い子に引き下がっていくのだ。
それをアリハムは分かっているからこそ、懐かしい子ども達との仕事を引き受けるのだった。
仕事は順調。
元より彼らもアリハムも共に相手の戦い方を知っている。
お互いによく慣れたゴブリン討伐でてこずるということはなかった。
ーーけれど、問題はその後にあった。
それはギルドの受付に達成報告を提出し、報酬をもらった後のことだった。
初めての一般ギルドの仕事を終え、ささやかながらも報酬を手にした子ども達は舞い上がっていた。
そしてアリハムの手を引き、一度入ってみたかったのだという酒場へと向かった。
「今日のお礼に奢らせてください!」
「そんな無理するな」
「無理じゃないです!」
「今日だけじゃなくて、ずっとアリハムさんにはお世話になりっぱなしで……」
「いつか恩返しがしたいね! ってみんなで話してたんです!」
「もちろんこれで恩が返せたなんて思ってはいないし、本当に今日のお礼くらいにしかなりませんけど……」
「それなら遠慮なく奢ってもらうか」
「はい! 遠慮なくいっぱい食べてくださいね!」
おそらくこの酒場が、彼らの金銭状況と相談した上での一番上等な場所だったのだろう。
一度入ってみたかったなんて言った割には、メニューと長時間にらめっこをしながら頼んだのはこの店で一番安いつまみだった。それを子ども達で分けて食おうというのだ。
育ち盛りの彼らには本当はもっとたくさん食べて欲しい。
安い店に行けば沢山頼むことは出来ただろうし、この店だってアリハムの払いに全面的に頼る、とはいかずとも割り勘をすればもう少し立派なものを食べられるはずだ。
一般ギルドに移ってきてしばらくが経つアリハムの貯金は以前よりもずっと増えてきている。だからこの店のお金を出してやることも簡単だ。
けれどそんなことをすればせっかく奢ると言ってくれた彼らの気持ちを踏みにじってしまうような気がしたのだ。
だからアリハムも気を使って高額な食べ物は避けて頼んでいく。
「アリハムさん、お酒飲まなくていいんですか?」
「今日はいい」
「でも……」
「せっかくお前達と来てるんだ。酒は今度でもいいだろ」
誰一人として酒関係を注文することはないのは金銭的問題と思ったが、どうやらそうではないらしいことはしばらく見ていれば分かることだった。
おそらく味どうこう以前に香りが得意ではないのだろう。
時折、側を通る酔っ払いの身体にまとわりつく匂いに眉をしかめている。
こんな姿を見て、酒を頼もうという気は起きない。
それにアリハムが酒を頼まなければ、子ども達だってもっと良いものが食べられるのだ。
「アリハムさん……」
「トマトのピザでも頼むか」
「はい!」
みんなで分けられるものを選んで食べ続け、おなかが満たされた頃ーー事件は起きた。
「ここのデザート美味しいらしいんですよ~」
甘いものが大の好物だという少年が頼んだのはベリーのソルベだった。
「アリハムさんも一口いかがですか?」
確かに美味しそうなそれが木製のスプーンに乗せられ、アリハムの口へ向けて運ばれる。
口を開いてそれを迎え入れるとベリーの酸味や甘みとは違う、どこかピリっとした辛みを感じる。
たった一瞬ではあったものの、確かな違和感。
少なくとも普通のベリーを使っていればこんな味が出ることはないだろう。
「それを食うな!」
混入しているものの正体は分からないまま。
けれどソルベを見つめる目を爛々と輝かせる少年に、明らかに怪しいそれを食べさせる訳にはいかなかった。
「え?」
「ソルベなら後で王都の専門店のを奢ってやる。だから早くここから出るぞ」
戸惑う子ども達の手を引いて、席から立ち上がったアリハムは会計を済ませる。
それにはますます子ども達の頭にクエスチョンマークが浮かんでくる。だがアリハムの焦った様子にただならなさを感じた彼らは、黙ってアリハムの後ろについてくる。
店から離れ、大通りまでたどり着いた頃にはアリハムの息は上がってしまっていた。
どうやらあの中には変な薬でも入れられていたらしい。
子どもを狙うよからぬ大人がいることは知っていたが、まさか大人である自分が同伴している席でもそんなことがあるとは……。
おおよそアリハムが初心者専門ギルドに長年所属し続けた腰抜けだと知っていたのだろう。何も出来るはずがないと侮られたのだ。
実際、初めの一口をもらったからすぐに異変に気づけたものの、食べていなければ分からなかっただろう。
熟年の冒険者やそれに正通した者であれば見た目だけで気づけたのかもしれない。
己の至らなさを悔やみながら、アリハムは体内から湧き上がってくる熱との格闘を続ける。
「宿は、近いのか?」
「はい」
「ならお前達だけで帰れるな」
「大丈夫、です。でもアリハムさん、少し様子が……」
「気にするな」
「でも……」
「明日もまた、仕事へ行くんだろう。なら、しっかりと……身体を休めて、明日に備えろ」
「……はい。今日はありがとうございました」
切れ切れに言葉を紡ぐアリハムに、彼らは何か言いたそうに口を開く。
けれど結局相応しい言葉など出てこなかったのか、深く頭を下げてその場を後にしたのだった。
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