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1章
【閑話】『精霊の釜』のその後(前編)
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たーちゃんが宿屋に馴染み始めた頃。
『精霊の釜』のギルドマスター、クトーは頭を抱えていた。
「なぜこんなに時間がかかってるんだ!」
王城から依頼されていたランプの生産が終わっていないのだ。
提示された納期では間に合わず、十日ほど伸ばしてもらった。だというのに一般のランプの生産はギリギリ。
王族達のランプに至っては新人に託せる品ではない。
彼もまた注文書に目を通したが、機能や光度はともかく、色形まで細かい指示が書き込まれているのである。
正直、錬金術師に頼むようなものではない。
ランプ本体をランプ職人に作らせ、機能の追加を生産ギルドの技術職に依頼するのが妥当である。そんなものが短い納期に八個もあるのだ。
普通の客ならまず断るような案件だが、依頼者は王家。
年に一度頼まれるこの仕事で、『精霊の釜』は年間売り上げの四分の一以上を稼ぐ。
大手錬金ギルドと呼ばれるようになったのも、この仕事があるからこそ。
自分がギルドマスターになった途端に途切れるなんてことがあってはいけないのだ。
錬金術師としての腕前はそこそこ止まりのクトーがここまで上り詰めるまで、どれほど苦労したことか。
持ち前のコミュニケーション能力をフル活用するのはもちろん、黒い金に手を染め、多くの錬金術師を排除してきた。少し前にクビにした少女のような使えない錬金術師はもちろん、自分の障害になりそうな者は再起できないように蹴落とした。
努力の方向性こそ他の錬金術師と違うとはいえ、血のにじむような思いをしてきたのだ。
こんなところで失敗したくない。
クトーは冷や汗をかきながら、錬金術師達の部屋を回る。
「この量をあと九日で終わらせろなんて無理ですよ」
「デザインが細かすぎます!」
「細かいものは中級以上の仕事を受けている者に回す。お前達はシンプルなデザインだけを終わらせろ」
「ねぇ、私、他に仕事があるんだけど」
「後に回せ。まずはこちらを進めろ」
「ええ~。お得意様なのに……」
「王家以上のお得意様はいない!」
「この仕事、私達のじゃないんだけど……」
「終わらないんだから他に回すしかないだろ!」
なぜこんなに遅いのか。
入ったばかりの新人はともかく、二年目以降はランプ作りを一度は行っているはずだ。
この時期に依頼が来るのも承知しているはず。
生産体制は整っているものだと思っていたのに、蓋を空けてみればスピードも技術も明らかに不足している。
なんなんだ、このギルドは。
錬金ギルド一の才能の持ち主が集まっている最大手という話は嘘だったのか。
叫びすぎて、頭だけではなく喉も痛くなってきた。
ふらりとしながら、ギルドマスターに就任したばかりの頃は使うとも思っていなかった自身の錬金釜に向き合う。
よほどのことでもなければギルドマスターが錬金術を使うことはない。ギルドに所属している錬金術師に仕事を振ればいいからだ。
だが今はそんなことも言ってられない。
王家からの依頼を支部に振るわけにもいかず、ギルドマスターであるクトーも手を動かさなければ間に合わない状況に置かれていた。
特に厄介なのは第二姫からの依頼だ。
色が複雑で、ランプにはめ込むガラスを一枚一枚調合する必要がある。
「そよ風が注ぎ込むってなんだ! こんな注文聞いたこともないぞ」
去年よりも人員は増えている。
抜けたのはギルドマスターと、彼のお気に入りだったという少女だけ。
ギルドマスターが直々に仕事をしていたとは思えないが、だからといって先日クビにしたばかりの少女がランプのほとんどを作っていたとも思えない。
なにせギルド内の錬金術師のほとんどが『お荷物』と呼ぶような錬金術師だ。
新人が作るようなものしか作らず、一丁前に給料だけがっぽりともらっていくのだという。
作品もいくつか確認したが、どれも新米錬金術師の作品と大差ないように見えた。
「たとえ作業量が年数に合っていなくとも、ランプの納品が終わるまでキープしておくべきだったかもしれん」
今は新人でもいいから一人でも多くの錬金術師が欲しい。
だがクビにしたことを今さら悔やんでも遅い。ランプのためだけに呼び戻すのも癪だ。
ご機嫌伺いの手紙なんて書く暇があるのなら、王族のランプを仕上げなければならない。
クトーは毎日錬金術師達に檄を飛ばし、自分でもランプの作成を続けた。
けれど待っていたのは、徹夜で錬金釜に向き合うよりもキツい現実だった。
『精霊の釜』のギルドマスター、クトーは頭を抱えていた。
「なぜこんなに時間がかかってるんだ!」
王城から依頼されていたランプの生産が終わっていないのだ。
提示された納期では間に合わず、十日ほど伸ばしてもらった。だというのに一般のランプの生産はギリギリ。
王族達のランプに至っては新人に託せる品ではない。
彼もまた注文書に目を通したが、機能や光度はともかく、色形まで細かい指示が書き込まれているのである。
正直、錬金術師に頼むようなものではない。
ランプ本体をランプ職人に作らせ、機能の追加を生産ギルドの技術職に依頼するのが妥当である。そんなものが短い納期に八個もあるのだ。
普通の客ならまず断るような案件だが、依頼者は王家。
年に一度頼まれるこの仕事で、『精霊の釜』は年間売り上げの四分の一以上を稼ぐ。
大手錬金ギルドと呼ばれるようになったのも、この仕事があるからこそ。
自分がギルドマスターになった途端に途切れるなんてことがあってはいけないのだ。
錬金術師としての腕前はそこそこ止まりのクトーがここまで上り詰めるまで、どれほど苦労したことか。
持ち前のコミュニケーション能力をフル活用するのはもちろん、黒い金に手を染め、多くの錬金術師を排除してきた。少し前にクビにした少女のような使えない錬金術師はもちろん、自分の障害になりそうな者は再起できないように蹴落とした。
努力の方向性こそ他の錬金術師と違うとはいえ、血のにじむような思いをしてきたのだ。
こんなところで失敗したくない。
クトーは冷や汗をかきながら、錬金術師達の部屋を回る。
「この量をあと九日で終わらせろなんて無理ですよ」
「デザインが細かすぎます!」
「細かいものは中級以上の仕事を受けている者に回す。お前達はシンプルなデザインだけを終わらせろ」
「ねぇ、私、他に仕事があるんだけど」
「後に回せ。まずはこちらを進めろ」
「ええ~。お得意様なのに……」
「王家以上のお得意様はいない!」
「この仕事、私達のじゃないんだけど……」
「終わらないんだから他に回すしかないだろ!」
なぜこんなに遅いのか。
入ったばかりの新人はともかく、二年目以降はランプ作りを一度は行っているはずだ。
この時期に依頼が来るのも承知しているはず。
生産体制は整っているものだと思っていたのに、蓋を空けてみればスピードも技術も明らかに不足している。
なんなんだ、このギルドは。
錬金ギルド一の才能の持ち主が集まっている最大手という話は嘘だったのか。
叫びすぎて、頭だけではなく喉も痛くなってきた。
ふらりとしながら、ギルドマスターに就任したばかりの頃は使うとも思っていなかった自身の錬金釜に向き合う。
よほどのことでもなければギルドマスターが錬金術を使うことはない。ギルドに所属している錬金術師に仕事を振ればいいからだ。
だが今はそんなことも言ってられない。
王家からの依頼を支部に振るわけにもいかず、ギルドマスターであるクトーも手を動かさなければ間に合わない状況に置かれていた。
特に厄介なのは第二姫からの依頼だ。
色が複雑で、ランプにはめ込むガラスを一枚一枚調合する必要がある。
「そよ風が注ぎ込むってなんだ! こんな注文聞いたこともないぞ」
去年よりも人員は増えている。
抜けたのはギルドマスターと、彼のお気に入りだったという少女だけ。
ギルドマスターが直々に仕事をしていたとは思えないが、だからといって先日クビにしたばかりの少女がランプのほとんどを作っていたとも思えない。
なにせギルド内の錬金術師のほとんどが『お荷物』と呼ぶような錬金術師だ。
新人が作るようなものしか作らず、一丁前に給料だけがっぽりともらっていくのだという。
作品もいくつか確認したが、どれも新米錬金術師の作品と大差ないように見えた。
「たとえ作業量が年数に合っていなくとも、ランプの納品が終わるまでキープしておくべきだったかもしれん」
今は新人でもいいから一人でも多くの錬金術師が欲しい。
だがクビにしたことを今さら悔やんでも遅い。ランプのためだけに呼び戻すのも癪だ。
ご機嫌伺いの手紙なんて書く暇があるのなら、王族のランプを仕上げなければならない。
クトーは毎日錬金術師達に檄を飛ばし、自分でもランプの作成を続けた。
けれど待っていたのは、徹夜で錬金釜に向き合うよりもキツい現実だった。
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