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3章
【閑話】たーちゃんのひみつ(前編)
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「じゃあこれたーちゃんの分ね。ドランとドラゴンさんの分は明日の朝に持っていくとして、今のうちに手紙も書いちゃおうかな」
ジゼルは釜から飴を取り出す。
錬金飴ではない。ジゼル曰く、普通の飴だ。ジゼルとたーちゃん、ドランとドラゴンだけの特別な飴。
包み紙も他の飴とは違う。ドラゴンの姿が描かれている。
たーちゃんは数日に一度だけ作られるこの飴がお気に入りだった。
いつものように三つもらって、籠に運んでいく。親父さんが作ってくれたたーちゃんの巣だ。寝床でもある。
もっとも最近はジゼルの布団に一緒に入ることも多く、宿屋のカウンターも熟睡できるスポットとなった。
けれど巣はこの籠だけ。
ジゼルと契約したことで得られた、たーちゃんが安心できる場所なのである。
ジゼルはたくさんのものを与えてくれた。
居場所だけではない。たーちゃんという名前もジゼルがくれた。飴だってそう。
遠くから見ている頃は瓶の中にしまわれていくそれが羨ましくてたまらなかった。それが今では毎日のように食べられる。
たーちゃんは幸せで、幸せをくれるジゼルが大好きなのだ。
だから、少しだけ頑張ろうと思うのだ。
「どらんのとこ、たーちゃんがいく」
「え、でも」
「ばっぐにいれて」
たーちゃんは宝物のバッグを提げ、ペシペシと叩く。
「配達ギルドまでだと、キッチンよりもずっと遠いよ?」
「だいじょぶ」
「うーん、でも……」
「いくの~。がんばるのぉ!」
身体をよじらせ、駄々をこねる。
たーちゃんの態度にジゼルは眉を下げる。けれどたーちゃんが譲らないと理解したのか、困ったように笑った。
「じゃあお願いしちゃおうかな」
「まかせて!」
「困ったら知ってる人に頼るんだよ? 知らない人にはついて行っちゃダメだからね?」
「わかった~」
ジゼルは心配性だ。親父さんも女将さんもそう。彼らは、たーちゃんがジゼルと契約するまでずっと一人で暮らしていたことを忘れているのだ。
少しだけくすぐったくて、それ以上に嬉しくてたまらない。
優しくてぽかぽかで、もう一人だった頃には戻りたくはない。そう思うほどに居心地のいい場所だった。
「あめいれてぇ~」
「はいはい。ちょっと待ってね~」
バッグの中に飴を入れてもらう。
ドラゴン用の大きな飴を一つと、ドラン用の飴を二つ。
ジゼルがいつも持っていく数よりウンと少ないけれど、たーちゃんのバッグにはこれが限界。
外に行くならと腹巻きを巻いてもらい、ローブも羽織る。準備は万端だ。
「いってきまあす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
宿屋の入り口まで見送ってもらい、たーちゃんはズンズンと歩いて行く。
宿屋の外を一人で歩くのなんて久しぶりだ。外に出る時はいつもジゼルがいた。
けれど寂しくなんてない。バッグが、腹巻きが、ローブが、なによりジゼルの作った飴がたーちゃんに勇気をくれる。
「るんたった~るんたった~。たーちゃんはがんばるのぉ~」
歌を歌いながら軽快に進んでいく。
端から見ればご機嫌な様子。だがこれはたーちゃんなりに自分を鼓舞するものなのだ。
「たーちゃん、今日は一人なのかい?」
「ジゼルちゃんは一緒じゃなのか」
「きょうはねぇ、おつかいなのぉ~」
「おお、頑張りな」
「うん!」
顔見知りの人達からの声援を受け、たーちゃんは少しだけ寄り道をする。
配達ギルドからほど近い路地を通り、奥へ奥へと進んでいく。表通りとは違い、酒の匂いがプンプンとする。
少し前に来たドワーフが漂わせていたものとは違う。酒の匂いにはどんよりとした仄暗い空気が絡んでいるのだ。
そこの住人はタヌキが一匹紛れていても気にしない。そんなことに気を遣う余裕なんてないのである。
ジゼルには内緒だが、この場所こそがたーちゃんの目的地だった。
配達ギルドへのお使いは外に出るための口実にすぎなかったのだ。
「ぼすがおしえてくれたのはここ! のはず?」
たーちゃんは辺りをキョロキョロと見回す。すぐ見つかると聞いていたのだが、なかなかそれらしき人間が見当たらない。
たーちゃんが探している人間は酒以外の、とある匂いがするはずなのだ。
己が出した魔力水を長時間煮込んだ際にのみ発生する、少し変わった魔力の匂いが。
トタトタと歩き回り、やがてとある匂いを嗅ぎつけた。
「こっちだぁ」
匂いを辿り、到着したのはかつてジゼルが通っていたギルドからほど近い場所。
そこには五人の男女が溜まっていた。
「くっそ、あいつら、俺達を見下しやがって! 一次も二次も大して変わらねえだろ」
「少し前まであたしらにごま擦って寄ってきてくせに」
「中級ポーションなんて新人が作るもので俺の才能が計られてたまっかよ。俺は対魔物の攻撃アイテムが得意なんだよ」
彼らは『精霊の釜』のメンバーである。
王宮錬金術師採用試験で一次試験を突破できず、試験官にくってかかった錬金術師でもある。
あの後、今まで下に見ていた錬金術師達からバカにされ、他のギルドからはこの程度かと鼻で笑われ、大恥をかいた。彼らが騎士からつまみ出されたことで、残る予定だった錬金術師のほとんどが『精霊の釜』を去ることとなった。
今となっては在籍している錬金術師=移籍先が見つからなかった錬金術師の烙印が押されつつある。
今年入ったばかりの新人も「移籍先が見つからなくても、後ろ指を指されて暮らすなんてまっぴらごめんだ」と吐き捨て、数日前に荷物をまとめて郷里に帰っていった。
残っているのはここにいる五人だけ。
といっても何を作る訳でもなく、こうして裏道で酒に浸る日々。
今まではギルドの再始動を待ちながら愚痴を吐いていた彼らだが、いよいよマズいと思い始めた。
今朝方、ギルドに今年度分の税金通知書が届いたのである。
突然の活動休止により発生した違約金を全て支払ったギルドには金がない。
加えて、所属錬金術師が十を切ったともなれば、新しいギルドマスターがやってくる可能性はほぼゼロ。
活動休止中とはいえ、税金が払う見込みを示せなければギルドは取り潰しとなる。
金の計算はギルドマスターが全てしていたため、送られてきた紙に書かれた金額が正当なものかを判断する術が彼らにはない。だが国がギルドの取り潰しだけでは飽き足らず、この土地すらも取り上げようとしていることはなんとなく分かった。
腐っても悪意と敵意だけには敏感なのだ。
勝手に腐る分には、たーちゃんの知ったことではない。
中身がすっからかんになった後の、いつの間にか汚れてしまった容器だってどうでもいい。
ギルドに居た頃からジゼルを見てきたたーちゃんからしてみれば、彼らが選ばれなかったのは当然の結果とも言える。
ここに残っているのは、この前ジゼルに迷惑をかけた客の何倍も『いや~なかんじ』を煮詰めたような錬金術師だ。
精霊よりも悪意に鈍感な人間でさえも見抜いてしまえそうなほど。
自業自得。
その一言に尽きる。
ジゼルは釜から飴を取り出す。
錬金飴ではない。ジゼル曰く、普通の飴だ。ジゼルとたーちゃん、ドランとドラゴンだけの特別な飴。
包み紙も他の飴とは違う。ドラゴンの姿が描かれている。
たーちゃんは数日に一度だけ作られるこの飴がお気に入りだった。
いつものように三つもらって、籠に運んでいく。親父さんが作ってくれたたーちゃんの巣だ。寝床でもある。
もっとも最近はジゼルの布団に一緒に入ることも多く、宿屋のカウンターも熟睡できるスポットとなった。
けれど巣はこの籠だけ。
ジゼルと契約したことで得られた、たーちゃんが安心できる場所なのである。
ジゼルはたくさんのものを与えてくれた。
居場所だけではない。たーちゃんという名前もジゼルがくれた。飴だってそう。
遠くから見ている頃は瓶の中にしまわれていくそれが羨ましくてたまらなかった。それが今では毎日のように食べられる。
たーちゃんは幸せで、幸せをくれるジゼルが大好きなのだ。
だから、少しだけ頑張ろうと思うのだ。
「どらんのとこ、たーちゃんがいく」
「え、でも」
「ばっぐにいれて」
たーちゃんは宝物のバッグを提げ、ペシペシと叩く。
「配達ギルドまでだと、キッチンよりもずっと遠いよ?」
「だいじょぶ」
「うーん、でも……」
「いくの~。がんばるのぉ!」
身体をよじらせ、駄々をこねる。
たーちゃんの態度にジゼルは眉を下げる。けれどたーちゃんが譲らないと理解したのか、困ったように笑った。
「じゃあお願いしちゃおうかな」
「まかせて!」
「困ったら知ってる人に頼るんだよ? 知らない人にはついて行っちゃダメだからね?」
「わかった~」
ジゼルは心配性だ。親父さんも女将さんもそう。彼らは、たーちゃんがジゼルと契約するまでずっと一人で暮らしていたことを忘れているのだ。
少しだけくすぐったくて、それ以上に嬉しくてたまらない。
優しくてぽかぽかで、もう一人だった頃には戻りたくはない。そう思うほどに居心地のいい場所だった。
「あめいれてぇ~」
「はいはい。ちょっと待ってね~」
バッグの中に飴を入れてもらう。
ドラゴン用の大きな飴を一つと、ドラン用の飴を二つ。
ジゼルがいつも持っていく数よりウンと少ないけれど、たーちゃんのバッグにはこれが限界。
外に行くならと腹巻きを巻いてもらい、ローブも羽織る。準備は万端だ。
「いってきまあす」
「いってらっしゃい。気をつけてね」
宿屋の入り口まで見送ってもらい、たーちゃんはズンズンと歩いて行く。
宿屋の外を一人で歩くのなんて久しぶりだ。外に出る時はいつもジゼルがいた。
けれど寂しくなんてない。バッグが、腹巻きが、ローブが、なによりジゼルの作った飴がたーちゃんに勇気をくれる。
「るんたった~るんたった~。たーちゃんはがんばるのぉ~」
歌を歌いながら軽快に進んでいく。
端から見ればご機嫌な様子。だがこれはたーちゃんなりに自分を鼓舞するものなのだ。
「たーちゃん、今日は一人なのかい?」
「ジゼルちゃんは一緒じゃなのか」
「きょうはねぇ、おつかいなのぉ~」
「おお、頑張りな」
「うん!」
顔見知りの人達からの声援を受け、たーちゃんは少しだけ寄り道をする。
配達ギルドからほど近い路地を通り、奥へ奥へと進んでいく。表通りとは違い、酒の匂いがプンプンとする。
少し前に来たドワーフが漂わせていたものとは違う。酒の匂いにはどんよりとした仄暗い空気が絡んでいるのだ。
そこの住人はタヌキが一匹紛れていても気にしない。そんなことに気を遣う余裕なんてないのである。
ジゼルには内緒だが、この場所こそがたーちゃんの目的地だった。
配達ギルドへのお使いは外に出るための口実にすぎなかったのだ。
「ぼすがおしえてくれたのはここ! のはず?」
たーちゃんは辺りをキョロキョロと見回す。すぐ見つかると聞いていたのだが、なかなかそれらしき人間が見当たらない。
たーちゃんが探している人間は酒以外の、とある匂いがするはずなのだ。
己が出した魔力水を長時間煮込んだ際にのみ発生する、少し変わった魔力の匂いが。
トタトタと歩き回り、やがてとある匂いを嗅ぎつけた。
「こっちだぁ」
匂いを辿り、到着したのはかつてジゼルが通っていたギルドからほど近い場所。
そこには五人の男女が溜まっていた。
「くっそ、あいつら、俺達を見下しやがって! 一次も二次も大して変わらねえだろ」
「少し前まであたしらにごま擦って寄ってきてくせに」
「中級ポーションなんて新人が作るもので俺の才能が計られてたまっかよ。俺は対魔物の攻撃アイテムが得意なんだよ」
彼らは『精霊の釜』のメンバーである。
王宮錬金術師採用試験で一次試験を突破できず、試験官にくってかかった錬金術師でもある。
あの後、今まで下に見ていた錬金術師達からバカにされ、他のギルドからはこの程度かと鼻で笑われ、大恥をかいた。彼らが騎士からつまみ出されたことで、残る予定だった錬金術師のほとんどが『精霊の釜』を去ることとなった。
今となっては在籍している錬金術師=移籍先が見つからなかった錬金術師の烙印が押されつつある。
今年入ったばかりの新人も「移籍先が見つからなくても、後ろ指を指されて暮らすなんてまっぴらごめんだ」と吐き捨て、数日前に荷物をまとめて郷里に帰っていった。
残っているのはここにいる五人だけ。
といっても何を作る訳でもなく、こうして裏道で酒に浸る日々。
今まではギルドの再始動を待ちながら愚痴を吐いていた彼らだが、いよいよマズいと思い始めた。
今朝方、ギルドに今年度分の税金通知書が届いたのである。
突然の活動休止により発生した違約金を全て支払ったギルドには金がない。
加えて、所属錬金術師が十を切ったともなれば、新しいギルドマスターがやってくる可能性はほぼゼロ。
活動休止中とはいえ、税金が払う見込みを示せなければギルドは取り潰しとなる。
金の計算はギルドマスターが全てしていたため、送られてきた紙に書かれた金額が正当なものかを判断する術が彼らにはない。だが国がギルドの取り潰しだけでは飽き足らず、この土地すらも取り上げようとしていることはなんとなく分かった。
腐っても悪意と敵意だけには敏感なのだ。
勝手に腐る分には、たーちゃんの知ったことではない。
中身がすっからかんになった後の、いつの間にか汚れてしまった容器だってどうでもいい。
ギルドに居た頃からジゼルを見てきたたーちゃんからしてみれば、彼らが選ばれなかったのは当然の結果とも言える。
ここに残っているのは、この前ジゼルに迷惑をかけた客の何倍も『いや~なかんじ』を煮詰めたような錬金術師だ。
精霊よりも悪意に鈍感な人間でさえも見抜いてしまえそうなほど。
自業自得。
その一言に尽きる。
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