ジゼルの錬金飴

斯波/斯波良久

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4章

5.気づく思い

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「我の方はもういいぞ。坊は吹雪く前に娘達と一緒に宿に戻れ」
「……そうだな」
「たーちゃんよ、坊のことを頼んだぞ」
「わかったぁ」

 まだ納得は言っていない様子のドランの手を引いて、宿へと向かう。

 先ほどと違い、今回はロビーのソファに座るのはドラン。
 彼を待たせてさっさと宿屋との交渉を始める。この手の交渉は得意だ。伊達に宿屋の手伝いをしている訳ではない。

 宿側も慣れているようで、すぐに追加料金を払うということで話がまとまった。

「金貨五枚になります」
 まさか一人の追加で金貨五枚も取られるとは思わなかったが……。

 予想以上の出費が重くのしかかる。財布が一気に軽くなった気分だ。といっても正規の宿泊値段を知らないジゼルには、これが適切なのか、はたまた急遽追加でかさ増しされているのかは判断もできない。

 だが払わないという選択肢はない。

 幸いにもジゼル達は明日の昼前にはこの国を発つ。母国に帰るまでは金貨の出番はない。手元に何枚かずつ残っている銀貨と銅貨でしのげそうだ。

「……はい」
 財布から金貨を五枚取り出し、トレイに乗せる。受付のお姉さんは整った顔で最大級の笑顔をくれた。

 ドランの元に戻り、声をかける。

「じゃあ行こうか」
「あとで払う」
「いいよ。気にしないで。ドランもベッドでいい?」
「さすがにそれはマズいだろ」

 残っているのはベッドだけ。ソファはすでにたーちゃんが確保している。譲ってくれるとは思えない。

 ジゼルが一緒に寝るというのも手だが、かなり狭くなってしまう。
 なら大きめのベッドで人間二人が寝てしまおうと。それが最良の答えのはずだ。

「大丈夫。私、寝相はいい方なの」
「今、寝相の話はしてない。たーちゃん、ソファを譲ってくれ」
「いや! たーちゃんがどくせんするの!」

 想像通り、力強い拒否である。
 首をブンブン振っている。抱っこバッグの中では大量のお土産がごちゃごちゃになっていることだろう。たまに胸に当たるものが地味に痛い。

「そこをなんとか! 今度あのソファ買ってやるから」
「いや! きょうここでねたいの!」

 たーちゃんは雰囲気も含めて気に入っているらしい。旅先の特別感というものか。ジゼルがはしゃいでいるのと同じ。

 共感するように首を縦に振りながら、部屋の鍵を差し込む。
 言い合いをしている間に部屋に到着してしまったのだ。

「分かった。じゃあ俺は床で寝る」
「ダメだよ。明日も飛ぶんだからちゃんと寝ないと」
「だが……」
「私と同じベッドじゃ嫌?」
「嫌とか、そういうんじゃ……」

 はっきりとしないドラン。
 だが床で寝かせる訳にはいかない。たーちゃんはソファを譲らない。ジゼルも床で寝るのは嫌。

 ここにベッドが嫌ではない、という情報も加われば選べるのはたった一つだけ。

 ジゼルはたーちゃんをソファの下ろし、抱っこバッグを机の上に置く。荷物の整理もしてしまいたかったが、明日でいいだろう。

 視線を彷徨わせながら入り口付近で突っ立っているドランの腕に自分の腕を絡める。

「ジゼル!?」
「明日も早いんだからもう寝よう。たーちゃん、毛布持った?」
「もったぁ」
「じゃあ電気消すよ」
「ジゼルはたまに凄い強引になるよな……」
「思い切りのよさが自分のいいところだと思ってるから!」
「ジゼルのいいところはそれだけじゃないけどな。……まぁいいや」

 ドランは抵抗を諦めたようだ。毛布を引っ張り、ベッドの縁ギリギリにに丸まった。背中はベッドの真ん中に向けられている。

 これがドランなりの譲歩らしい。

 ジゼルも追加の布団を持ってベッドの上に移動する。余裕があるのでど真ん中で眠ることにした。それでもまだ距離がある。けれど無理に詰めたりはしない。この距離はきっとジゼルを気遣ってのことだから。

 といっても文句がない訳ではない。
 ドランはジゼルを考えなしのように言うが、ちゃんとジゼルだって考えた上で判断しているのだ。

 相手がドランでなければ宿の部屋に来るように、なんて言わないし、恋人と言われたら否定する。ましてや同じベッドで寝るなんてあり得ない。

 たーちゃんを抱きかかえてソファで寝る一択だ。

 そもそも一緒にこんな離れた土地で泊まることすらなかったかもしれない。

 ドランのことは心から信頼していて、彼の隣だから眠れると思った。ドランの横はいつでも安心できるから。

 他の人の顔を想像して、絶対無理だと一人で頷く。
 そしてふと気付いた。

「そっか、私……」
 ドランのことが好きなのか。

 今までドランと別の男性を比較する機会はなかった。

 親父さんと女将さんと並べることはあったけれど、ドランは初めから彼らと一緒の枠にいて。だからこそ彼との関係を深く考えることはしてこなかった。

 ジゼルにとって、ドランは隣にいて当たり前。
 一緒にいて心地良いのも、心から楽しいと笑えるのも、役に立ちたいと思うのも。全て彼に恋をしているからなのだ。

 自分の思いを確認すべく、ジゼルは他の女性と同じベッドで眠るドランを想像してみた。
 すごく嫌な気分だ。今日の自分の立ち位置を他の女性に変えてみてもモヤっとする。ジゼルの部屋までお土産を持ってきて、ついでにその時の話なんてされたら忙しいと追い出しそうだ。

「ねぇドラン」
 今し方自覚した気持ちを彼に伝えようと、彼の背中に手を伸ばす。

 けれど帰ってきたのはドランの返事ではなかった。すうすうと規則正しい音。彼の温かな背中も音に合わせて上下している。すでに眠ってしまったようだ。

 やはり疲れていたらしい。
 ベッドで寝かせるというジゼルの判断は正しかった。

 ドランはどう思ってくれているのかは正直気になる。
 彼の好きは友人以降が見えないものなのか、先に進んでもいいと思えるものなのか。

 けれど今急いで聞かずとも時間はある。
 ここまで十年近く一緒にいてくれたのだ。数日、数ヶ月遅れたところで些細な問題だ。

「私も寝よう」
 ふわぁと大きなあくびをして、目を閉じる。
 今日はなんだかよく眠れる気がした。
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