王子をテイムした悪役令嬢【連載版】

斯波@ジゼルの錬金飴③発売中

文字の大きさ
2 / 54

異世界にスマートフォンはない

しおりを挟む
 全ての発端は二ヶ月前ーー私の十歳の誕生日にさかのぼる。
 寝て起きたら前世の記憶が搭載されていた。

 ハッピーバスデー自分! なんて祝うよりも先に頭を抱えた。

 前世のラノベや漫画のように激痛を伴って~とか高熱が出て~とかは一切ない。当たり前のように記憶の一部として頭の中にあった。
 データが十数年分増えたというのに、私の脳みそは熱暴走すら起こさない。

 キャパシティに比べて今世のデータが薄すぎるとかではないはず。
 スカスカでスペースがありあまっていた、とかではないと思う……多分。事実がどうあれ、私の異世界転生には自動アップデート制度が適応されていたらしいことだけは確かだ。

 神様がアップデートに備えてちょっと記憶のスペースを大きめに作ってくれた、と考えるのが私の精神に優しい。まぁ痛いことも発熱も嫌いだから何事もないのが一番だ。

 それに新たな記憶を思い出したこと自体はいい。
 死亡直前辺りの所をぼやけさせてくれた所には神様の優しさまで感じる。さすがにトラックに轢かれて薄れ行く記憶の中で~なんてことがあったら数日は好物である肉すら食べられる気がしない。だからこれだけなら、もしゃもしゃとサラダを頬張りながら「結局彼氏出来ずに死んだんだな~」くらいで終わり。

 さっさと思考を現世に切り替えるだけ。


 問題は前世の私が所有していた知識と、現在の私の立場に共通点があったこと。


「この年からツインドリル搭載。しかも寝起きですでに完璧にぐるんぐるんに仕上がってるとか悪役令嬢の髪質どうなってんだろう?」

 寝癖知らずにコテいらず。見事なまでの金髪ドリルに指を絡ませながら、鏡の自分をじいっと見つめる。
 指が離れた瞬間、グルッと形が戻ってしまう。

 画面越しに見ていた時は、メイドさんが毎朝頑張っているのだと思っていたが、まさか天然ものだとは……。
 一体どういう仕組みになっているのだろうか。
 鏡に顔を近づけて髪を巻き付けては離すを繰り返す。やはり原理は不明だ。

 だが見覚えがあるのは金色の髪だけではない。
 顔にも見覚えがある。記憶にあるものよりも幼く見えるが、狐のようなつり上がった緑色の瞳もスラッとした鼻筋も。
 私が死ぬ前にプレイしていた『dramatic Lover ~真実の愛を君に~』に出てくる悪役令嬢のものだ。今世の私の名前『アドリエンヌ=プレジッド』という名前も同じだし。

 中世ヨーロッパ風の世界に転生した私はそこら辺のご令嬢ではなく『悪役令嬢』という特殊な役目を与えられていたという事実は理解した。
 ここまでは問題ない。
 いや、問題はあるけれど。とりあえず状況整理時点では気にするポイントはない。

 それよりも大きな問題を抱えているのだ。

「悪役令嬢が断罪されるものってとこまでは分かるんだけど、私肝心要の本編シナリオも知らなければ、乙女ゲームテンプレってのもよく知らないんだよな~」

 本作は大学受験を終えた私に友人が貸してくれたゲームであり、初めてプレイする乙女ゲームでもあった。そしておそらく私は、プロローグをプレイした時点で死んだ。いや本編までガッツリプレイしていた可能性は否定できないのだが、今の私にその記憶はない。


 現在、私が知識として持っているのは『第一王子の婚約者である悪役令嬢はどのルートでも断罪されること』『悪役令嬢はエンディングによっては業火の炎で焼き殺されること』である。


 どのルートもってことはおそらく悪役令嬢の断罪もしくは死亡パターンは複数種類存在して、その一つが焼死なのだと思う。詳しいことは分からないし、調べる手段すらないからあくまで私の予想では、だけど。


 トモちゃん、ゲームを布教するのに死ぬキャラクターのこと詳しく語らないで……って言ってごめん。
 私にこのゲームを貸してくれた前世の友人を思い浮かべながら、両手を合わせる。
 キラキラと目を輝かせてガンガンネタバレしようとしてくるトモちゃんを前に、両手で耳を塞ぐなんて、私は何と馬鹿なことをしてしまったのだろう。
 身体を前のめりにしながら、悪役令嬢のことだけでももっと深く聞いておけばよかった。


 特に業火の炎で焼かれるってところ。
 ファンタジー世界とはいえ、中世ヨーロッパ風の世界観だし、処刑方法の一つかな? 程度にしか思っていなかった。
 いや、そもそも私は悪役の死亡原因になど興味はなかった。
 細分化せず、適当にフェードアウトすれば良いと思う派の人間もとい、他のストーリーにカット数を割り振って欲しい派なのだ。

 だが自分の身に降りかかるかもしれないと思うと、どのくらいの罪を犯すと選ばれる処刑方法なのかが気になってしまう。
 たかだか十年とはいえ、この世界で培った記憶を総動員させて『火あぶりの刑』に関する知識を掘り起こそうと試みる。だが一向に脳内検索にヒットはない。

 そう、この世界にそんな残酷な処刑方法はないのだ。
 だが確かにトモちゃんは『業火の炎で焼き殺される』と物騒な言葉を口にしていた。

 一体どうなっているのだろうか。
 意味が分からない。
 業火の炎って何? どこのラノベ主人公の必殺技だよ……と突っ込みたい。

 けれど突っ込む相手がいない。
 仲良しのトモちゃんはおそらくまだ日本でオタクライフをエンジョイしていることだろう。

 スマホでメッセージを送ったところで返信はくれないし、わざわざここまで来てくれるなんてこともない。そもそもこのなんちゃって中世ヨーロッパ風の世界にスマホなんて文明の利器はない。魔法はあるけれど、どんな高等魔術を使用したところで異世界との交流なんて不可能だ。


 グッバイ、トモちゃん。
 もう二度と会うことはないだろう友人の笑みを思い浮かべると、思わず瞳に涙が溜まる。

しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。

琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。 ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!! スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。 ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!? 氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。 このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

そのご寵愛、理由が分かりません

秋月真鳥
恋愛
貧乏子爵家の長女、レイシーは刺繍で家計を支える庶民派令嬢。 幼いころから前世の夢を見ていて、その技術を活かして地道に慎ましく生きていくつもりだったのに—— 「君との婚約はなかったことに」 卒業パーティーで、婚約者が突然の裏切り! え? 政略結婚しなくていいの? ラッキー! 領地に帰ってスローライフしよう! そう思っていたのに、皇帝陛下が現れて—— 「婚約破棄されたのなら、わたしが求婚してもいいよね?」 ……は??? お金持ちどころか、国ごと背負ってる人が、なんでわたくしに!? 刺繍を褒められ、皇宮に連れて行かれ、気づけば妃教育まで始まり—— 気高く冷静な陛下が、なぜかわたくしにだけ甘い。 でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……? 夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー! 理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。 ※毎朝6時、夕方18時更新! ※他のサイトにも掲載しています。

ヒロインしか愛さないはずの公爵様が、なぜか悪女の私を手放さない

魚谷
恋愛
伯爵令嬢イザベラは多くの男性と浮名を流す悪女。 そんな彼女に公爵家当主のジークベルトとの縁談が持ち上がった。 ジークベルトと対面した瞬間、前世の記憶がよみがえり、この世界が乙女ゲームであることを自覚する。 イザベラは、主要攻略キャラのジークベルトの裏の顔を知ってしまったがために、冒頭で殺されてしまうモブキャラ。 ゲーム知識を頼りに、どうにか冒頭死を回避したイザベラは最弱魔法と言われる付与魔法と前世の知識を頼りに便利グッズを発明し、離婚にそなえて資金を確保する。 いよいよジークベルトが、乙女ゲームのヒロインと出会う。 離婚を切り出されることを待っていたイザベラだったが、ジークベルトは平然としていて。 「どうして俺がお前以外の女を愛さなければならないんだ?」 予想外の溺愛が始まってしまう! (世界の平和のためにも)ヒロインに惚れてください、公爵様!!

転生しましたが悪役令嬢な気がするんですけど⁉︎

水月華
恋愛
ヘンリエッタ・スタンホープは8歳の時に前世の記憶を思い出す。最初は混乱したが、じきに貴族生活に順応し始める。・・・が、ある時気づく。 もしかして‘’私‘’って悪役令嬢ポジションでは?整った容姿。申し分ない身分。・・・だけなら疑わなかったが、ある時ふと言われたのである。「昔のヘンリエッタは我儘だったのにこんなに立派になって」と。 振り返れば記憶が戻る前は嫌いな食べ物が出ると癇癪を起こし、着たいドレスがないと癇癪を起こし…。私めっちゃ性格悪かった!! え?記憶戻らなかったらそのままだった=悪役令嬢!?いやいや確かに前世では転生して悪役令嬢とか流行ってたけどまさか自分が!? でもヘンリエッタ・スタンホープなんて知らないし、私どうすればいいのー!? と、とにかく攻略対象者候補たちには必要以上に近づかない様にしよう! 前世の記憶のせいで恋愛なんて面倒くさいし、政略結婚じゃないなら出来れば避けたい! だからこっちに熱い眼差しを送らないで! 答えられないんです! これは悪役令嬢(?)の侯爵令嬢があるかもしれない破滅フラグを手探りで回避しようとするお話。 または前世の記憶から臆病になっている彼女が再び大切な人を見つけるお話。 小説家になろうでも投稿してます。 こちらは全話投稿してますので、先を読みたいと思ってくださればそちらからもよろしくお願いします。

転生したら悪役令嬢になりかけてました!〜まだ5歳だからやり直せる!〜

具なっしー
恋愛
5歳のベアトリーチェは、苦いピーマンを食べて気絶した拍子に、 前世の記憶を取り戻す。 前世は日本の女子学生。 家でも学校でも「空気を読む」ことばかりで、誰にも本音を言えず、 息苦しい毎日を過ごしていた。 ただ、本を読んでいるときだけは心が自由になれた――。 転生したこの世界は、女性が希少で、男性しか魔法を使えない世界。 女性は「守られるだけの存在」とされ、社会の中で特別に甘やかされている。 だがそのせいで、女性たちはみな我儘で傲慢になり、 横暴さを誇るのが「普通」だった。 けれどベアトリーチェは違う。 前世で身につけた「空気を読む力」と、 本を愛する静かな心を持っていた。 そんな彼女には二人の婚約者がいる。 ――父違いの、血を分けた兄たち。 彼らは溺愛どころではなく、 「彼女のためなら国を滅ぼしても構わない」とまで思っている危険な兄たちだった。 ベアトリーチェは戸惑いながらも、 この異世界で「ただ愛されるだけの人生」を歩んでいくことになる。 ※表紙はAI画像です

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です

山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」 ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。

処理中です...