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四章
20.聖女の儀式とその先
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いよいよ儀式当日。
ギルバート領内にあるゲートに到着してすぐにメリーズとアルガは大地に力を注ぎ始める。リガロの役目は彼らの周りで邪魔者が来ないか警戒することだ。さすがに今回は確保よりも排除が優先される。
二人を囲むようにフライド家とギルバート家の精鋭達が立ち、警戒を続ける。来た敵をなぎ払い、ゲートの方にも気を配る。儀式中に魔物が出てきたという例はないが、三十年前、魔物はこのゲートを通って現れた。リガロの祖父が剣聖と呼ばれることとなった事件だ。リガロは実際に見た訳ではないが、幼い頃から幾度となく話を聞かされている。
メリーズとアルガは倒れるまで力を使って大地の浄化を行い、休憩してはまた再開する。罪人達から魔を取り除く作業でだいぶ癒やしの力の使用にも慣れたようで、二人とも回復までの時間がとても短い。予定では三日かかると言われていたゲートの封鎖もたった半日で半分以上が閉まっている。
だが敵も予想以上に多い。夜会の後にマルクが作った一覧と合わせてチェックしていたようだが、リストに漏れがあったらしい。それにあの夜会で確保出来たのは主に貴族。今、リガロ達の前に現れる的は平民がほとんどだ。それも武装しており、剣筋もしっかりとしている。戦い慣れているのが一目で分かる。けれどリガロとてそれは同じだ。頭ではイーディスのことを考えつつ、目の前の敵を刈り取っていく。
日が暮れた頃からは敵の人数も一気に増えたが、ザイルの目も爛々と輝いていく。
「さすがは剣聖」
「戦える日を楽しみにしておりましたからな」
「剣聖の称号はまだまだ孫には譲れないさ」
無駄のない太刀さばきは敵すらも魅了し、鳴り響く金属音は儀式の成功を祝う鈴の音のようだった。
「終わりました」
浄化作業が終わったのは空が白んだ頃だった。
小休憩だけで睡眠も取らず力を使い続けた二人はすでに倒れる寸前。それでもメリーズはふらふらとリガロの元へとやってきて「後はイーディス様を……」と告げてパタリと倒れてしまった。出会った頃は恐ろしかった彼女が今では聖女にしか見えなかった。
そして城に戻り、魔道書にも力を使ってもらったのだがーー。
「供給はすでに止まっており、残っていた魔も取り除きました」
イーディスが解放されることはなかった。あとは内部からどうにかするしかないらしい。魔が取り除かれている以上、彼女が望めば帰ってこられると思うとのことだ。リガロはそれを信じて待つことにした。
無事に儀式が終わり、三ヶ月が経過した。
その間、リガロはどこにも出かけず、イーディスがいつ戻ってきても迎えられるようにと寝るときすら本を肌から離さなかった。マリアやローザ達は度々様子を見に来て、声をかけてくれた。
「イーディス嬢、帰ってきたらまたカルバスの話をしような」
「燃えちゃいましたからもう比較することはできませんが、私達の頭にはしっかりと残っています。イーディス様もそうでしょう?」
不思議な話ではあるが、ゲートが閉じたのとほぼ同じ時刻、大陸中に散ったカルバスが同時に燃えてしまった。原本も残っていないそうだ。大陸中を熱狂させた本はもう二度と読者の手に渡ることはない。けれど物語は、本によって紡がれた絆はこれからも残り続ける。
「イーディス様のいない図書館は妙に冷たく感じます」
「みんなで夜会に行けるようにってローザ嬢のドレスも作ったんだ。だから早く帰ってきてくれよ」
友達の呼びかけにもイーディスが応えることはない。
メリーズは定期的にフライド家に足を運んで魔道書の様子を確認してくれている。だが何度確認してもやはり魔の供給は止まっているらしい。癒やしの力を使っても効果はなかった。
一年の修了式が終わると、マリアはギルバート領に移ることとなった。彼女は毎週手紙を出すからイーディスが戻ったら渡して欲しいと告げて学園を去った。
マリアから来た手紙は溜まる一方だ。
季節は変わり、リガロは学園に通うように祖父から諭された。イーディスが戻ってきた時に引きこもったままの姿を見せる気か、と言われ本を抱えたまま学園に向かった。めっきりと外に連れ出すことのなくなった愛馬は祖父が世話をしてくれていると気付いたのはこの頃だ。彼も突如姿を消したイーディスを心配しているようだった。
二年の後期に差し掛かるとフライド家の爵位は公爵へと代わった。
その頃から父はリガロに他に婚約者を選ぶようにと勧めだした。儀式以降、多くの見合い話が来ていることは知っていた。魔導書の存在を公に出来ないため、イーディスは失踪という形にせざるを得なかった。彼女が消えたとなれば、遅かれ早かれリガロは新たな婚約者を迎えることになるだろうと判断したのだろう。けれど今まで家族は誰も見合いをしろと言ってくることはなかった。そう、状況が変わったのだ。ここにきてフランシカ家から婚約解消の申し出があった。
娘はいつ戻ってくるのか、そもそも戻ってくるかも分からないと。
「リガロ様を、剣聖の後継者を潰す訳にはいかない」
フランシカ男爵から告げられた時には思わず頭に血が上った。剣聖の孫なら俺じゃなくてもいいはずだ。そんな言葉が喉元までせり上がった。けれど涙を堪えて震える彼に言えるはずもなかった。
娘を魔道書に奪われ、その本すらもリガロが持っているのだ。
「すみません」
一年以上借り続けていた本をフランシカ家に返却し、リガロは学園に入学する前のように毎日フランシカ屋敷に通うようになった。
「婚約解消は保留にします。けれど学園と剣術大会だけは出席してください」
男爵から出された条件にリガロは頷き、再び剣を振るい始めた。社交界にも出席するようになった。けれどリガロが言葉を交わすのは儀式メンバーとローザだけ。それ以外の人間、特に剣聖の孫にすり寄ってくる相手とは目も合わさない。王子に挨拶だけして会場を後にすることも珍しくはない。
報酬としてもらう予定の屋敷は外側だけ完成している。中はがらんとしており、本棚どころか部屋も階段もない。剣聖と呼ばれるようになったリガロの夢はこの屋敷を完成させること。例え彼女と共に住めなくとも、進むには彼女の声が必要だった。
けれどその夢は叶うことはないかもしれない。
「イーディス、愛してる……愛しているんだ……」
愛と共に涙を溢すリガロの手には一通の手紙が握られている。学園を卒業し、王子の護衛を務めるようになってからは毎日足を運ぶことが出来なくなってしまったフランシカ家から届いた手紙だ。
そこにはこう綴られていた。
『イーディス=フランシカの死亡届が受理された』
イーディスが魔道書に取り込まれてから四年ーーリガロが愛した彼女は戸籍上の死を遂げた。
ギルバート領内にあるゲートに到着してすぐにメリーズとアルガは大地に力を注ぎ始める。リガロの役目は彼らの周りで邪魔者が来ないか警戒することだ。さすがに今回は確保よりも排除が優先される。
二人を囲むようにフライド家とギルバート家の精鋭達が立ち、警戒を続ける。来た敵をなぎ払い、ゲートの方にも気を配る。儀式中に魔物が出てきたという例はないが、三十年前、魔物はこのゲートを通って現れた。リガロの祖父が剣聖と呼ばれることとなった事件だ。リガロは実際に見た訳ではないが、幼い頃から幾度となく話を聞かされている。
メリーズとアルガは倒れるまで力を使って大地の浄化を行い、休憩してはまた再開する。罪人達から魔を取り除く作業でだいぶ癒やしの力の使用にも慣れたようで、二人とも回復までの時間がとても短い。予定では三日かかると言われていたゲートの封鎖もたった半日で半分以上が閉まっている。
だが敵も予想以上に多い。夜会の後にマルクが作った一覧と合わせてチェックしていたようだが、リストに漏れがあったらしい。それにあの夜会で確保出来たのは主に貴族。今、リガロ達の前に現れる的は平民がほとんどだ。それも武装しており、剣筋もしっかりとしている。戦い慣れているのが一目で分かる。けれどリガロとてそれは同じだ。頭ではイーディスのことを考えつつ、目の前の敵を刈り取っていく。
日が暮れた頃からは敵の人数も一気に増えたが、ザイルの目も爛々と輝いていく。
「さすがは剣聖」
「戦える日を楽しみにしておりましたからな」
「剣聖の称号はまだまだ孫には譲れないさ」
無駄のない太刀さばきは敵すらも魅了し、鳴り響く金属音は儀式の成功を祝う鈴の音のようだった。
「終わりました」
浄化作業が終わったのは空が白んだ頃だった。
小休憩だけで睡眠も取らず力を使い続けた二人はすでに倒れる寸前。それでもメリーズはふらふらとリガロの元へとやってきて「後はイーディス様を……」と告げてパタリと倒れてしまった。出会った頃は恐ろしかった彼女が今では聖女にしか見えなかった。
そして城に戻り、魔道書にも力を使ってもらったのだがーー。
「供給はすでに止まっており、残っていた魔も取り除きました」
イーディスが解放されることはなかった。あとは内部からどうにかするしかないらしい。魔が取り除かれている以上、彼女が望めば帰ってこられると思うとのことだ。リガロはそれを信じて待つことにした。
無事に儀式が終わり、三ヶ月が経過した。
その間、リガロはどこにも出かけず、イーディスがいつ戻ってきても迎えられるようにと寝るときすら本を肌から離さなかった。マリアやローザ達は度々様子を見に来て、声をかけてくれた。
「イーディス嬢、帰ってきたらまたカルバスの話をしような」
「燃えちゃいましたからもう比較することはできませんが、私達の頭にはしっかりと残っています。イーディス様もそうでしょう?」
不思議な話ではあるが、ゲートが閉じたのとほぼ同じ時刻、大陸中に散ったカルバスが同時に燃えてしまった。原本も残っていないそうだ。大陸中を熱狂させた本はもう二度と読者の手に渡ることはない。けれど物語は、本によって紡がれた絆はこれからも残り続ける。
「イーディス様のいない図書館は妙に冷たく感じます」
「みんなで夜会に行けるようにってローザ嬢のドレスも作ったんだ。だから早く帰ってきてくれよ」
友達の呼びかけにもイーディスが応えることはない。
メリーズは定期的にフライド家に足を運んで魔道書の様子を確認してくれている。だが何度確認してもやはり魔の供給は止まっているらしい。癒やしの力を使っても効果はなかった。
一年の修了式が終わると、マリアはギルバート領に移ることとなった。彼女は毎週手紙を出すからイーディスが戻ったら渡して欲しいと告げて学園を去った。
マリアから来た手紙は溜まる一方だ。
季節は変わり、リガロは学園に通うように祖父から諭された。イーディスが戻ってきた時に引きこもったままの姿を見せる気か、と言われ本を抱えたまま学園に向かった。めっきりと外に連れ出すことのなくなった愛馬は祖父が世話をしてくれていると気付いたのはこの頃だ。彼も突如姿を消したイーディスを心配しているようだった。
二年の後期に差し掛かるとフライド家の爵位は公爵へと代わった。
その頃から父はリガロに他に婚約者を選ぶようにと勧めだした。儀式以降、多くの見合い話が来ていることは知っていた。魔導書の存在を公に出来ないため、イーディスは失踪という形にせざるを得なかった。彼女が消えたとなれば、遅かれ早かれリガロは新たな婚約者を迎えることになるだろうと判断したのだろう。けれど今まで家族は誰も見合いをしろと言ってくることはなかった。そう、状況が変わったのだ。ここにきてフランシカ家から婚約解消の申し出があった。
娘はいつ戻ってくるのか、そもそも戻ってくるかも分からないと。
「リガロ様を、剣聖の後継者を潰す訳にはいかない」
フランシカ男爵から告げられた時には思わず頭に血が上った。剣聖の孫なら俺じゃなくてもいいはずだ。そんな言葉が喉元までせり上がった。けれど涙を堪えて震える彼に言えるはずもなかった。
娘を魔道書に奪われ、その本すらもリガロが持っているのだ。
「すみません」
一年以上借り続けていた本をフランシカ家に返却し、リガロは学園に入学する前のように毎日フランシカ屋敷に通うようになった。
「婚約解消は保留にします。けれど学園と剣術大会だけは出席してください」
男爵から出された条件にリガロは頷き、再び剣を振るい始めた。社交界にも出席するようになった。けれどリガロが言葉を交わすのは儀式メンバーとローザだけ。それ以外の人間、特に剣聖の孫にすり寄ってくる相手とは目も合わさない。王子に挨拶だけして会場を後にすることも珍しくはない。
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けれどその夢は叶うことはないかもしれない。
「イーディス、愛してる……愛しているんだ……」
愛と共に涙を溢すリガロの手には一通の手紙が握られている。学園を卒業し、王子の護衛を務めるようになってからは毎日足を運ぶことが出来なくなってしまったフランシカ家から届いた手紙だ。
そこにはこう綴られていた。
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