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1巻
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しおりを挟むプロローグ
「――あ、私死んだんだった」
私が自分の死に気づいたのは、もうすぐ十歳になろうとしている頃だった。今まで生きていたのとは全く別の世界で、高そうなティーセットを使い優雅にお茶を楽しんでいる時のことだ。
多分、私はこの世界に、貴族の令嬢ユリアス・シュタイナーとして『転生』したんだと思う。
普通は前世の記憶なんてない。
私もこれまではそうだったんだけど、突然、前世の記憶が戻ってきたってパターン。
漫画や小説だと寝て起きたら~とか、高熱を出して~とかいう、ケースが多いらしいものの、私の前世の記憶が戻ったきっかけはスプーンにちょこんと載せられたジャムだった。
この世界でジャムといえば、パンに載せたりスコーンに載せたりして食べるのが一般的。でも、前世の私がいた世界では『ロシアンティー』といって紅茶にジャムを入れて楽しむ飲み方がある。
とはいえ、この世界にも似た物があるのか! と感動して、記憶が蘇ったわけではない。
前世の私――徳永花梨が死ぬ直前、目の前にあったのがロシアンティーだったのだ。
その時、私は第何次になるのかは不明だが、友達と『ジャムを直接紅茶に投入するか、スプーンで口に運んでから紅茶を飲むか』論争でもめていた。
紅茶に入れたらその味だけだけど、スプーンで口に運べば何種類ものジャムを楽しめる。そのためスプーンで口に運んで飲む派を推しながらお茶をしていた私に、トラックが突っ込み、ズドンと音がしてそのまま……って形で私は死んだ。
『ロシアンティー』がトリガーになり、口にジャムの甘みが広がるとともに、日本人だった記憶がじんわりと広がっていく。
けれど正直、前世なんて思い出したくはなかった。
別に嫌な人生だったわけではないし、一瞬だったので死ぬ瞬間の恐怖も痛みも覚えていない。
ただ前世の記憶が戻ったことで、私は今世の死因を思い出してしまったのだ。
今世ではまだ死んでないのに? って思うだろうけど、私はもうすぐ死ぬ。
私、ユリアス・シュタイナーは前世で流行った乙女ゲームの悪役令嬢であり、作中では十八歳の時に『癒やしの巫女』殺害未遂の罪で斬首刑にかけられるのだ。
殺害未遂で斬首って重すぎない? 前世ではなんとも思わなかったけれど、今、自分のことになればそう思う。
でも、それだけ『癒やしの巫女』という存在が貴重なのかもしれない。
巫女は千年に一度、神によって地上に遣わされると言われている。
実際ついさっきまで私も『癒やしの巫女』に会ってみたいわ~なんて、ミーハー心を抱いていた。
だがこの世界が乙女ゲームで、私が悪役令嬢と知った今、数年後に現れるだろう巫女様にはさっさと天上にかえってほしい。
だって私、死にたくないし。
全部ゲームのシナリオ通りに物事が起こるなら、それを回避するように動けばいいのかもしれないけれど……こういうのって大抵他の道を選んでも同じ結果になるだけなのだ。運命からは逃れられないっていうのが、お決まりである。
第一、私はもうすでにシナリオ通り、メイン攻略対象である王子の婚約者になっている。つまりこの先もシナリオ通りになる可能性は高いということだ。
となれば、殺害未遂の罪に問われることからは逃げられないし、下手に足掻いたところで罪を被せられるだけかもしれない。
死は免れても、やっぱり断罪は必ずされるだろう。悪役令嬢が断罪されないと乙女ゲームとして成立しないし。
だったら何かするだけ無駄じゃない?
そもそも私、特別な才能とかないし。
ただ年が近くてちょうどいい家格の娘が私だったために王子の婚約者になっただけの話。
前世の時だって、死ぬ前の私は、ダラダラと生きて、適当に学校推薦使って大学に入って、適当にブラックに染まっていない企業に就職して、良い感じに暮らしたいって、考えていたのだ。
自分の行く末が斬首刑かと思ったら、なんだかヤル気が一気になくなっちゃった。
大画面のテレビで、カーレースしながら他人に亀の甲羅をぶつけるゲームがしたい!
秋限定の、とろっとろの特製ソースと半熟気味のたまごが入ったハンバーガーが食べたい!
けれど、そう願ったところで、このなんちゃって中世ヨーロッパ風の世界にはそんなものはない。
そもそもゲームどころかテレビを作る技術だってないのだ。
ああ、ダルっ。私、なんで良い子にお茶会なんて出てるんだろう?
そう思った私は、この日を境に、真面目に生きるのがバカバカしくなってしまった。
そして毎日、どこどこのお菓子食べたい、ジャンクフードが食べたいと、ワガママづくしの生活を送るようになったのだ。
――とはいえ、前世の記憶を取り戻す前のユリアス・シュタイナーが良い子だったかと言えばそうでもない。
さすが数年後に悪役令嬢ポジションを獲得するだけあって、それはもう自分勝手で、思い通りにならないとすぐに親の権力を振りかざす、ろくでもない女の子だった。権力のバランスがどうのなんて理由で婚約者にされた王子が少しだけ不憫に思える。
まぁ、自分がユリアスになった今は、同情なんて小指の第一関節ほどもしていないんだけどね。
なんといっても、将来自分に斬首刑を言い渡す男なのだから。
そんなことより、今日も今日とてシェフに頼んで作ってもらったジャガイモの素揚げを、箸に見立てた二本の棒で摘む。
日々改良を続けていたかの有名なポテチブランドの品には到底及ばないが、シェフこだわりの岩塩がなかなかに良いアクセントになっている。油から上げて速攻で塩を振ったのも功を奏したのかもしれない。
だが、ポテチのレベルが上がるごとに押し寄せてくる、とある欲望。
「ああ、コーラが飲みたい」
口の中に満ちたじっとりとした油を、しゅわしゅわと弾ける炭酸で一気に流し込めば、清涼感で満たされる。
一度知ってしまったら最後、『ポテチにコーラ』の至上最強のタッグからは逃れられないという噂は本当だった。
化学と数学が苦手で文系を選んだ私だが、頑張ればコーラを作れるんじゃ……なんて夢みたいなことを考えてしまう。
コーラのためなら! と怠けきった頭をフル活用した結果、コーラを作るには『コーラの実』が必要だったことを思い出す。そしてお父様の書斎に忍び込み、植物図鑑をパクってくるところまでは良かった。
けれど、どの図鑑にもコーラの実に似た物は記載されていない。
さらにこの世界には炭酸水というものが存在しないらしく、炭酸水の詳しい生成方法を知らない私は、二段階目の挫折を思い知ることとなったのだった。
第一章
それは、私が徳永花梨としての記憶を取り戻してから五年が経過したある日のことだった。
ここ五年、私の楽しみは食に偏っている。
そんな私に、婚約者であるマルコス王子が冷たい視線を向けた。
「ユリアス。お前……太ったな」
「いくら王子とはいえ、レディに向かって太ったとは失礼ではなくて?」
数日前に突然手紙で『城に来るように』なんて彼が言ってきた時から、何かがおかしいとは思っていたが、さすがに開口一番にそれはない。
いくら私が勝手に想像した、女性が呼ばれたくない二人称ランキング第一位『お前』呼びが似合うくらい格好良い顔面をお持ちとはいえ。加えて、性格的にも乙女ゲームのポジション的にも完全に俺様系とはいえ。
酷すぎるのでは?
『少し身体が豊かになったんじゃないか?』とか、『これで食料難が来ても安心だな』とか、言い方っていうものがあるでしょう!
「俺だってこんなこと、言いたくて言っているわけではない。だがなぜ半年前に採寸したドレスが着られないのだ! それも太ると困るからと、大きめに作ったものだぞ! これでは今度の夜会にも出られないではないか!」
「ああ、そういえば夜会とかありましたね~」
完全に忘れてた。
王子の口の悪さにばかり気を取られていたが、彼のひどい物言いは私にも原因があったようだ。
けれど別に夜会に出たくなくて、わざと太ったわけじゃない。
シュタイナー家の調理長――ラッセルのスペックが想像以上に高いのが悪いのだ。
私が記憶を取り戻す前からあまたのワガママを叶えてきたラッセルだが、今では私の言葉をくみ取って異世界の食事を再現するまでになっている。最近では、いかに私の記憶の中にある味に近づけるか、日々研鑽しているのだ。
五年前の彼からは想像もつかないほど熱心で、自分の休日にわざわざ私の部屋を訪ねてきて試作品を食べてくださいと頼むほど。
もちろん全てありがたくいただいている。
美味しいものは美味しいと褒め、おしいものは足りない点を指摘する。そうすれば、また美味しいご飯やお菓子が食べられるという幸せのサイクル!
ラッセルはひたすらメモを取っては、たまに長期休暇を取って食べ歩きや材料の買い付けのために各地を旅している。もちろん、食事のレベルがグッと向上するので、行ってきなさい! とシュタイナー家及び屋敷の使用人一同は、力強く彼の背中を押していた。
今では彼の弟子になりたいとシュタイナー家の門を叩く者もいるのだとか。
シュタイナー家の料理人試験は城付きの料理人試験よりも難しいらしい。数少ない情報のみで未知の食事を作れ! という試験内容に、多くの料理人は手も足も出ずに肩を落として帰るそうだ。お父様が離れに調理場を作ったのはラッセルの研究のためだとも聞いている。
着々とレベルの上がる我が家の料理は社交界でも噂になっており、月に一度開かれるシュタイナー家の食事会は、今ではすっかりグルメ貴族の集会と化していた。少し前まではお茶会で貴族らしく笑みの下での腹の探り合いをしていたというのに。
恐ろしき食の力。
私が着々と脂肪を蓄えていくのも、食の力が絶大なせいに違いない。
食の力を前にしたら、腹囲なんて些細な問題だ。
「そういえば、ではない! 今度はマクリーン公爵家の主催する夜会だから太るなと、何度も言っておいただろう!」
「そうでしたっけ?」
「そうだ! ドレスが着られないからと参加を断るのも、もう三回目だ。はぁ……そろそろ本格的にどうにかしなければ……」
我慢できないとばかりにぷるぷると頬を震わせる王子。
ほっぺにすっかりお肉がついてしまった私とは違って、スラッとした体型の彼の頬には揺らせるお肉などほとんどないというのに……。よほど怒っていらっしゃるのだろう。
堪忍袋の緒が切れるのもそろそろ?
ならばストレスの原因を排除してしまうのが一番だ。
「婚約破棄でもします?」
婚約破棄してしまえば王子のストレスがなくなる上、私の死亡エンドも消滅する。
そして口うるさい彼がいなくなった後に残るのは、脂肪過多エンド。
医学があまり発達していないこの世界では、高血圧や糖尿病などの生活習慣病に罹っているかどうかを知る手段はない。だが、このまま進めば私はおそらく生活習慣病オールコンプリートを果たす。前世でゲームのスチルオールコンプはしたけれど、まさか乙女ゲーム転生で他のものをオールコンプするとは! 私には収集の才能でもあったのかもしれない。
私、亡き後に残るのは才能を存分に伸ばした調理人達と、異世界の食文化――あれ、意外と悪くない。死ぬ前に異世界の料理をできる限りノートに書き残しておこう。
やっぱり美味しいものは独占するのではなく、他の人にも楽しんでもらいたいし!
どうせ婚約破棄後、次の相手なんてなかなか決まらないだろうし、時間はたっぷりある。一日三食+二回のおやつ+夜食を楽しみつつ、大事な書物を作らなければ! と、使命感に火が付く。
脳内で順調に婚約破棄後の生活が描かれていく一方で、王子は私の名案に顔を歪めた。
「婚約破棄などするか! 第一、したところで俺以外に誰がお前を娶るというのだ」
「いや、別に私の今後とか考えていただかなくとも……」
私は私でしっかり? 今後のことを考えている。
だから何も王子がそんなハズレくじを率先して引くことはない。
実際、お父様だって太ったことを理由に婚約破棄されたところで怒ることはないと思われる。
何せ、家族全員が食の魅力に取り憑かれ、食事の際には私にもっと食べなさいとすすめてくるくらいだ。ドレスが入らなくなっても『次はもう少し大きめに作らないとな~』とか、『これは孤児院にでも寄付しておくからな~』とかで終わり。婚約破棄を突きつけられたところで、『婚約やめにしようって手紙来ちゃった~』と、お茶の時間の笑い話にでもすることだろう。
万が一、お父様の機嫌がちょっと悪くなったなら、新作お菓子の作製を急いでもらえばいいだけ。
いざとなれば味噌・醤油の作り方が分からないために延期にしていた『お餅』を披露すればいい。
東方の国に存在するという『コメ』が、どれほど前世の私が食べていたものと近いかは知らない。餅米くらいの粘りけがあればいいが、なかった時はジャガイモでかさ増しすればいい。日本でもだんご粉に片栗粉を混ぜて作ったものも多かったし、方向性が大きくずれるということはないだろう。ただ醤油がないため、みたらしを作ることはできない。きな粉と砂糖を混ぜたものをかけるか、スープに入れるか、悩みどころだ。
甘くするならお茶会の時に出したいが、紅茶とは合わなそうだし……
緑茶文化がないことをこんなに残念に思ったことはない。となれば、ポタージュスープにおだんごを浮かべてもらおうか。
それならお茶会ではなく、満月の日にお夜食として食べてもらいたい。
月に一度のお食事会のメニューとしてすすめれば、確実に父の機嫌は直るだろう。ポタージュスープは何にしてもらおうかな~、なんて考え出すと、自然と口内で唾液が生成されていく。
「――だがお前がこうなった原因の一端は私にもある。なぜ四年前の私は菓子でお前を釣ろうとしたのか……」
けれど王子は一向に退かず、なぜか責任を感じているようだ。
記憶を取り戻したばかりの私は一気にやる気をなくし、社交界への参加を拒否した。食事すら部屋に運ばせて、引きこもったのだ。
そんなことが半年も続き、心配して何度も手紙をくれ屋敷を訪れてくれていた王子はある日、王都でも有名なお菓子を多数持ってきてくれた。そしてそのプレゼントに私が手を付けたと知った王子は、次もその次も美味しいお菓子を用意してくれたのだ。
それらはどれも、前世でいろんなお店のお菓子を食べていた私の舌も満足の一品だった。
「王子の持ってきてくださったお菓子はどれも美味しかったです~」
お菓子が好きだと王子にバレてからは、彼は私に対するエサとしてそれを使うようになる。それにまんまと釣られて社交界に参加すること数回――やがて部屋から出るようになった私は、料理人とタッグを組み始めたというわけだ。
確かにこうなった原因の一端は、王子にあるのかもしれない。だが私は、美味しいお菓子をくれた彼への感謝の気持ちこそあれ、恨むなんてことはない。
だから気にせず婚約破棄をしていただければそれで……
「決めたぞ!」
拳を固めて宣言する王子。正直、嫌な予感しかしない。
顔をしかめて「何をですか?」と尋ねると、王子は真っ直ぐこちらを見つめる。
「ユリアスを痩せさせる」
「は?」
「ひとまず今回着られなかったドレスが着られるようになることを目標として、初めは食事制限だ。となれば善は急げ、シュタイナーの屋敷まで行くぞ!」
え、マジで?
王子ってこんなに熱血キャラだったっけ?
悪役令嬢から見ると、好きになった女の子のために、それまで付き合いのあった女を切り捨てる男である。悪役令嬢に問題があったし、好意を寄せた相手が選ばれし者――『癒やしの巫女』だったのだから仕方のないことかもしれないが……決してワガママ放題の結果太った婚約者を痩せさせるような人ではなかったはずだ。
「おやめください、王子! そんなことをされたら死んでしまいます!」
いや、王子の性格なんて今は関係ない!
テレビゲームが存在しないこの世界では、食事だけが楽しみなんだから!
「人はそう簡単には死なん! 実際、お前の半分ほどの食事量の俺は、こうしてピンピンしているだろう!」
「消費カロリーは人ごとに違うんですよ! 自分の感覚で測るなんて傲慢です!」
「お前の場合は個人差の枠からはみ出て、明らかに摂取カロリー過多だ! 最近はダンスすらせずにあんなに食べてるんだから太るに決まってる!」
「いやああああああ」
私という重りを引っさげて、王子は馬車へと向かう。
兵士達に交ざって剣の訓練をしているとは聞いていたが、細い身体にこんなパワーを隠し持っていたとは……
このままではシュタイナー家まで到着してしまうのも時間の問題だ。
そして私の食事量が制限されてしまう!
姑息だと知りながら、私は一度、王子から手を離して体勢を戻す。
「ついに諦めたか」
そう言って油断している王子の腰を両手で強くホールドし、かがんで下垂直方向に一気に体重をかけてみる。
「行かせませんよ!」
「ぐっ」
純粋な力は劣る。体重を重しにする作戦も効果は少ない。
ならば方法を変えればいいのだ。
この方法なら足に掴まっていた時よりも私の負荷は少なくなり、力も入れやすい。
前に進もうとする王子に引かれて、体勢が斜めになりそうになる。だがやや肉付きのいい指を王子の腰に絡ませて逆方向に引っ張れば簡単に彼の身体は大きくブレた。
「いつの間にこんな力をっ……」
「お願いです。食事制限なんて酷いこと、考え直してください」
「駄目だ。何としてもドレスが入るまでに痩せさせる!」
そして私と王子が格闘すること数十分――
負けたのは私だった。
ウェイトの利はこちらにあったものの、スタミナは圧倒的に王子のほうが多い。足の踏ん張りが弱くなった私を引きずって、王子は馬車の前に到着した。
「もう馬車だ。諦めるんだな」
「くっ殺せ」
「あのな、俺は食事量を正常値に近づけるだけだ……」
「いやああああ」
私の叫び声は、すぐに王子の手によって塞がれる。これも兵士達との訓練仕込みなのか、見事に口だけを覆われていて、鼻呼吸に移行すれば辛くない構造になっている。
だが、もしも私が人生二回目の鼻呼吸マイスターでなければ酸欠になっていたかもしれない。どうも最近、体力がなくなって息切れしやすくなっている。もっと太ってからこの技を使われたら……と想像してぶるりと身体が震えた。
『くっ殺せ』なんてお決まりの言葉を吐いただけで、本当に殺せとは思っていない。
ゲームヒロインさんが登場して、なんやかんやあって断罪・殺されるまで、もう少しこの世界のグルメを堪能したい。
数年後に死ぬことが確定していながら、なぜわざわざ食事量を制限して減量に励まなければいけないのか。
斬首じゃなくて追放にしてくれればな――
おそらく数年後、考えたら即行動なスーパーアクティブな王子のこの性格が発動するのだ。
恨めしく王子を睨み付けるが、口を塞ぐ手は動かない。
もしもこの世界に『スキル制度』があったら、間違いなく王子は『強行突破』か『猪突猛進』のスキルを持っているだろう。
けれどそもそも、この世界にはスキルがない。
ゲーム転生といえばステータス! スキル! 俺・私・僕tueeeeee! 無双! チート!
どれか一個くらいあるものでしょう!
なんで私、よりによって乙女ゲーム、それも完全に恋愛要素しかないゲームに転生しちゃったんだろう……
一応、魔法は存在する。
でも、『癒やしの巫女』が神格化されていることからも分かる通り、魔法を使える者はごくごくわずかだ。それも生まれつきの才能ではなく、途中で開花するケースがほとんど。確かヒロインは十歳で癒やしの力が発生した設定だった。
私にも開花していない才能があるはず! と前向きに考えられたらいいのだが、残念ながら悪役令嬢に特殊な才能がないことはゲーム内で本人の口から明かされている。
完全なる負け犬だ。
全ネガティブモードに突入し、結果的に良い子になった私に、王子はまた何かやらかすんじゃないかと疑いの目を向ける。
さすがに私も馬車に乗ってしまった今、ここからドアに向かってタックルをかますつもりはない。
いくら馬車の速度は地球の自動車に劣るとはいえ、こんなところから王子を突き落としたら怪我してしまうだろう。
落ちて軽傷だったら、そのまま立ち上がって追ってきそうだし……
完全恐怖体験は遠慮したい。
王子からの視線に居心地の悪さを感じたまま、私は待機の姿勢を貫き続けた。
ガタゴトと揺られること数十分。
ついにシュタイナー家まで到着する。
「お、王子!?」
うちの使用人達は突然の王子の訪問に驚いていた。王子は彼らに『シュタイナー公爵を呼んでくれ』とだけ告げて、私をずるずると引きずって屋敷に入る。どうやら馬車内で体力がすっかり回復していたようだ。
私なんてまだ六割の力を出すのがやっとなのに……
諦めて王子と共に歩けばいいのだろうが、そもそも王子も私が素直に歩くと思っていないらしく、今の私は荷物スタイルだ。王子と向き合った状態で座り込み、両手をがっしりと掴まれて引きずられている。
お尻は若干痛いが、ここで立ち上がったら王子に屈したことになる。
せめてもの抵抗として、少し息が上がってきた王子を鼻で笑った。すると王子の左目の下がひくひくと動く。
それでも私を落としていくつもりはないらしく、慣れた様子で客間に行くと、そこでようやく私から手を離して――は、くれなかった。
お父様が部屋に入ってきても、私の手をがっしりと掴んだまま。
「これはこれはマルコス王子。今日はいかがなさいました?」
「急な訪問をお許しください。実はシュタイナー公爵に折り入ってお願いがございまして……」
自分が呼びつけておいて首だけそちらに向けるとは、一国の王子様でありながらなんとマナーのなっていない行為だろうか。
私の食事量制限よりも、王子のマナー講習のほうが先では!?
お父様もなんか言ってやって! そうアイコンタクトを飛ばす。
けれど、ガンガン目が合うお父様は、ニコニコと微笑みを浮かべるだけだ。
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