若頭と小鳥

真木

文字の大きさ
14 / 74

14 若頭と小鳥の真夜中の書斎

しおりを挟む
 朔にとって義兄は自分を包んでくれる大きな存在で、その距離は別邸に移ってからもっと近くなった。
 昼間は仕事と大学にそれぞれ分かれているものの、夜に義兄が帰宅してからはずっと一緒に過ごしていることが多い。
 その夜の朔も義兄の部屋で話すうち、うたた寝をしていたらしい。気づけば義兄のベッドに運ばれていて、朔はそこで眠ってしまった。
 けれどふと目を覚ましてしまったのは、ざわつく夢を見たからだった。暗闇から手が伸びて、縛るように朔を後ろから抱きしめた夢。
「兄さん……!」
 姿の見えない影に怯えて、朔は夢の中でも義兄に助けを求めた。
 いつもなら義兄が側にいて、さっちゃん、大丈夫だよと包んでくれる。
 でもその日は違っていて、手を伸ばした先に義兄はいなかった。広すぎるベッドの中、朔は一人だった。
 朔は甘え心を持て余して自己嫌悪に沈んだ。義兄の腕の中のぬくもりが恋しくて、しょんぼりとうつむいた。
 そんなとき、義兄の書斎の方から灯りが漏れているのに気付いた。朔は灯りに引き寄せられるように、そっとベッドを抜け出した。
 壁掛け時計はちょうど十二時を指していた。辺りは義兄と夜長話をしているのと同じ部屋のはずなのに、どこか別世界のように見えた。
 書斎をノックしなかったのは、来客がいたからだった。朔はその客人の姿を見て、きゅっと身が縮む。
 客人の低い、闇色の声が朔の耳にも届く。
「兄さんの襲撃の首謀者だが」
 まだ二十代の若さなのに、感情を消し去った表情と目の下の色濃い隈が、彼に平常の世界の住民ではない空気をまとわせる。朔も子どもの頃から彼を知っているのに、彼が笑ったところを見たことがなかった。
 二人は書斎で、膝が触れるようなところにお互い座っていた。義兄は客人に、指先で合図を送る。
「メイザ」
 義兄は優しくも冷たくもない声色で彼を呼んで、少し彼の方に体を傾けた。
 メイザ……銘座はうなずいて、義兄の耳に口を寄せる。
 息が触れるような距離に近づくと、表情が違うだけで、二人の顔立ちはとてもよく似ていた。それもそのはずで……義兄と銘座は血のつながった兄弟なのだった。
 銘座は義兄の耳に裏切者の名前をささやくと、義兄は体を離して思案顔になった。
 銘座はどうするとも問わずに義兄の答えを待った。二人は兄弟である以上に、若頭と腹心の関係だからだった。
 義兄はふいに艶やかな微笑を浮かべて、他愛ないことを語るように言った。
「潮時かな。罰を受けてもらおう」
「……では」
 銘座が眼光鋭くその命令を言葉にしようとしたとき、義兄は軽く手を払ってその言葉を遮った。
 義兄はとろけるような甘い声音で、戸口の陰で息を殺していた朔に声をかける。
「さっちゃん、眠れない? 一人にしてごめんね」
 義兄の声に、銘座の視線が朔に向けられる。朔はびくりとして踵を返そうとしたが、足が震えて思うように動かなかった。
 朔は子どもの頃から、格別大柄で常ならぬ空気をまとう銘座を恐れていた。
 ただ銘座は朔を脅かした、いじめっ子たちとは違う。銘座は賢い子どもで、義兄が朔を溺愛しているのもよく理解していた。銘座は悪意のある言葉を投げつけるどころか、めったに朔に近づこうともしなかった。
 ……でもいつかの真夜中、ちょうど今のように世界がまったく違って見える頃、銘座は突然朔を後ろから抱きしめたことがある。
 そのときの銘座は、朔が泣いても、離してほしいと頼んでも、物言わぬまま縛るように朔を腕の中に封じ込めた。
 今も朔の中に残るその恐怖。でもいじめっ子たちと違って、銘座は兄弟だ。朔は誰にも、義兄にさえその夜のことは打ち明けられなかった。
 義兄は朔が怯えているのを見て取って、銘座にさらりと言葉をかける。
「メイザ、話はここまでだ。続きは明日」
「……ああ」
「おいで、さっちゃん。抱いていってあげる」
 今の銘座は義兄に絶対服従で、決して朔に危害を加えることはない。
 でも朔は義兄が歩み寄るまでその場から一歩も動くことができなかった。義兄は朔をいつものように抱き上げると、優しく笑いかけて言う。
「さっちゃん、メイザは怖くないよ。兄弟なんだから」
 うん、うん、わかってる……。朔は義兄にそう答えながら、やはり震えは止まらなかった。
 あの日の銘座が何を言いたかったのか、朔は理解できない。異界から伸びた鎖のようだった腕を思い出して、朔は今も怯えている。
「……僕を包んでくれるのは、兄さんだけでいい」
 深い夜更けの書斎で、朔は泣くような声でつぶやいた。
「そうだよ。……もちろん、そうだ」
 義兄が銘座の去った扉を、一瞬だけ不穏な目で見たのを、気づくことはなかった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

甘々彼氏

すずかけあおい
BL
15歳の年の差のせいか、敦朗さんは俺をやたら甘やかす。 攻めに甘やかされる受けの話です。 〔攻め〕敦朗(あつろう)34歳・社会人 〔受け〕多希(たき)19歳・大学一年

月弥総合病院

御月様(旧名 僕君☽☽‪︎)
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

やきもち

すずかけあおい
BL
攻めがやきもちを妬く話です。

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

バツイチ上司が、地味な僕を特別扱いしてくる

衣草 薫
BL
理性的でクールなバツイチ上司・桐原恒一は、過去の失敗から、もう誰も必要としないと決めて生きてきた。 男が好きだという事実を隠し、「期待しなければ傷つかない」と思い込んできた部下・葉山直。 すれ違いと誤解の果てに、直が職場を去ろうとしたとき、恒一は初めて“追いかける”ことを選ぶ。 選ばれないと信じてきた直と、逃げないと決めた恒一。 二人の距離が近づくことで、直は「ここにいていい」と思える場所を見つけていく。 元ノンケ上司×自己肯定感低め部下の社会人BL。※ハッピーエンド保証。

飼われる側って案外良いらしい。

なつ
BL
20XX年。人間と人外は共存することとなった。そう、僕は朝のニュースで見て知った。 向こうが地球の平和と引き換えに、僕達の中から選んで1匹につき1人、人間を飼うとかいう巫山戯た法を提案したようだけれど。 「まあ何も変わらない、はず…」 ちょっと視界に映る生き物の種類が増えるだけ。そう思ってた。 ほんとに。ほんとうに。 紫ヶ崎 那津(しがさき なつ)(22) ブラック企業で働く最下層の男。顔立ちは悪くないが、不摂生で見る影もない。 変化を嫌い、現状維持を好む。 タルア=ミース(347) 職業不詳の人外、Swis(スウィズ)。お金持ち。 最初は可愛いペットとしか見ていなかったものの…? 2025/09/12 ★1000 Thank_You!!

若頭の溺愛は、今日も平常運転です

なの
BL
『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』続編! 過保護すぎる若頭・鷹臣との同棲生活にツッコミが追いつかない毎日を送る幼なじみの相良悠真。 ホットミルクに外出禁止、舎弟たちのニヤニヤ見守り付き(?)ラブコメ生活はいつだって騒がしく、でもどこかあったかい。 だけどそんな日常の中で、鷹臣の覚悟に触れ、悠真は気づく。 ……俺も、ちゃんと応えたい。 笑って泣けて、めいっぱい甘い! 騒がしくて幸せすぎる、ヤクザとツッコミ男子の結婚一直線ラブストーリー! ※前作『ヤクザの恋は重すぎて甘すぎる』を読んでからの方が、より深く楽しめます。

怒られるのが怖くて体調不良を言えない大人

こじらせた処女
BL
 幼少期、風邪を引いて学校を休むと母親に怒られていた経験から、体調不良を誰かに伝えることが苦手になってしまった佐倉憂(さくらうい)。 しんどいことを訴えると仕事に行けないとヒステリックを起こされ怒られていたため、次第に我慢して学校に行くようになった。 「風邪をひくことは悪いこと」 社会人になって1人暮らしを始めてもその認識は治らないまま。多少の熱や頭痛があっても怒られることを危惧して出勤している。 とある日、いつものように会社に行って業務をこなしていた時。午前では無視できていただるけが無視できないものになっていた。 それでも、自己管理がなっていない、日頃ちゃんと体調管理が出来てない、そう怒られるのが怖くて、言えずにいると…?

処理中です...