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第1章 変則ポーカー
第3話 勝負 その③
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三戦目の先攻である新和は、カードを捲る。
ハートのJ。
それを確認するとほぼ同時に、新和は真志の表情を見詰めながら目まぐるしく頭を回転させた。
(よりによって、これが来ちゃったか……)
表情は余裕を見せるポーカーフェイスのまま、心の中で新和は頭を抱える。
(これじゃ何も考えないで、勘だけで賭けるやり方は出来ないよ……どうしよう……)
いま新和が悩む理由は、これまでの勝負で知ることの出来たカードと、今回最初に表にしたカードが被っていることだ。
(Jはクラブとスペードが既に出たから、いま出たハートを入れたら残りは一枚。その残り一枚が第三ゲームで私に巡って来る可能性は――ダメだ、どう考えても、強気になれる確率じゃない。それ以前に、先輩だけが知ることの出来てるカードにJが入ってたら、その時点で可能性はゼロ。Jでワンペアは取れないと考えてゲームを進めないと)
一枚目のカードではワンペアが取れない。ただそれだけで新和が思い悩んでいるのは、そもそも一度に五枚を配るタイプのポーカーでは、ランダムに配った場合、ワンペア以上の役が出る確率が低くないからだ。
五割。それがワンペア以上の役が出る確率だ。その内、四割弱をワンペアが占めている。
つまり今回のゲームでは、役なしかワンペアのどちらかしか、ほぼ出ない。
それを新和は身を持って知っている。
何しろそれを実感する為に、百回以上、一セット五十二枚のトランプから五枚一組のカードを十組ずつ作り、数字を確認する事を繰り返したのだ。
(あの時は、こーたにも手伝って貰って、大変だったな)
新和は小学生の時の事を思い出す。五つ離れた姉の教えてくれた言葉が本当なのかを確かめるために、幼馴染の幸太を巻き込んだ時の事を。
(ひょっとして、あの時の事を憶えててくれて、今回のゲームを出してくれたのかな?)
次に取り得る手を考える中、ふと想い出が浮かび上がるが、それに気持ちが向く前に、新和は意図して意識から弾く。
常なら思わず表情が緩んでしまう想い出も、今は浸る余裕は無い。
それよりも今は、何をするべきかに全力を傾ける必要がある。
(勝つだけなら、残りの三戦全部を捨てれば良い。でも、それをすれば確実に先輩は、こちらへの興味を無くしちゃう。それじゃ縁を作れない)
新和は、目的を達成する為に思い悩む。
今回の勝負で新和が望んでいる事は、真志の予想通り、生徒会との縁を作ること、それが一つにある。
それはこれから作るギャンブル部の、仲間にしたい相手との約束だからだ。
――生徒会との縁を作れたら、部員になったげる。先々の事考えたら、あそこと縁を持てるかどうかで、色々と変って来るだろうし。
ある意味無茶振りだったが、それを成し遂げてでも仲間になって欲しい相手の内の一人。彼女を得るためには必要なことだ。
(だから、逃げは取れない。先輩に興味を持たれるよう全力を出さないと)
新和は必死に考える。そして出した答えは――
(三戦目は捨てる。でないとまともな勝負にならない)
先の勝負の為に、あえて敗北する事だった。
それは、三戦目の一枚目に出たカードが不利な物だったからでは無い。このままゲームを進めれば、最初から最後まで真志の誘導通りに勝負が進むからだ。
(先輩は、まず間違いなく、こちらの思惑を読んでる。だから最初の二戦をわざと負けたんだ。そうしても、こっちが逃げられないって分かってるから。その上で、この先の勝負を待ってる。私が逃げ出して目先の勝利を取るか、その場逃れの勝負に走る事を)
簡単に言えば、舐められているのだ。
退屈しのぎのお礼に与えた小遣い代わりの小さな勝利を手に逃げ出すか、思惑を見抜かれ逃げ出すことも出来ず流されるように勝負をすると、思われている。
新和は、そう思えた。
だからこそ、敗北というリスクを取ってでも、真志の知り得ない数字という優位を手に入れる必要がある。
同じ立場で、戦う為に。
その為に払う代償、それを新和は選び取るために思考を巡らせる。
(少ない枚数じゃダメだ。それだと出した瞬間、先輩はこちらへの興味を無くす。きっと、わざと負けて勝負を終らせてくる。それをさせない為に必要な枚数は――)
この場この時、最初から今までの真志の行動を思い返しながら、新和は最低限必要な枚数を掴み取る。
(五枚。この枚数なら、先輩は勝負をしてくる)
それは本勝負の前の模擬戦、そこで真志が最初に賭けた枚数。表にされたカード一枚目で賭けるには、やや多いと言える枚数。
けれど、それこそが必要にして最低限な枚数だと直感する。
答えは得た。だが、そこで更に新和は踏み止まった。
(ダメだ、足らない……これじゃ、最初に押し付けられた幸運分が、足らない)
新和の頭に思い浮かぶのは、勝負を始める前の先攻後攻を決める為のカード選択。
あの時、選ぶ事すら出来ずに押し付けられた先攻。
それを払う不運を飲む事を決断する。
「十枚、ベットします」
この先の勝負を対等に戦う為に、あえて余分を積み増しコインを重ねた。
それを受けた真志は直感する。
(……意識の切り替え、かな? だとすると……楽しいねぇ)
時に、スポーツ選手が窮地に追い込まれた時に行う意識の切り替え。勝つために行う代償行為。
それを新和は取ったのだと、直感した。
その直感は、経験ゆえ。何十何百何千と、繰り返した勝負が血肉となり導かれた答え。
繰り返し重ねた経験が、強さとなる。それは他の全てと同じく、ギャンブルも同様だ。
「十枚。コールするよ」
歓喜に笑みを浮かべ、真志は賭ける。
捲り知り得たカードの数字は、クラブの4。それを記憶に刻み、真志は言った。
「勝負を捨てるかい?」
これに新和は、静かに返す。
「勝負は捨てません。勝つために、負けるだけです」
それに真志の笑みが強くなるより速く、
「フォールドします。八枚、貰いますね、先輩」
対等に戦う為の手段を手に入れた。
そして中身を確認する。
新和のカードは、ダイヤの8と9、そしてハートの7とクラブの2。
表に出されたハートのJを合わせても役なし。
それに対する真志のカードは、スペードとダイヤの5、そしてクラブの10とハートの9。
表に出されたクラブの4を入れてワンペア。
一枚目のカードを捲った時点で負けを選べたのは、運が良いと言える結果だった。
だからこそ、新和は不安を覚える。
(せっかく不運を飲んだのに……)
幸運と不運の天秤が、いまどちらに傾いているか新和は確信が持てないまま、第四ゲームに突入した。
ハートのJ。
それを確認するとほぼ同時に、新和は真志の表情を見詰めながら目まぐるしく頭を回転させた。
(よりによって、これが来ちゃったか……)
表情は余裕を見せるポーカーフェイスのまま、心の中で新和は頭を抱える。
(これじゃ何も考えないで、勘だけで賭けるやり方は出来ないよ……どうしよう……)
いま新和が悩む理由は、これまでの勝負で知ることの出来たカードと、今回最初に表にしたカードが被っていることだ。
(Jはクラブとスペードが既に出たから、いま出たハートを入れたら残りは一枚。その残り一枚が第三ゲームで私に巡って来る可能性は――ダメだ、どう考えても、強気になれる確率じゃない。それ以前に、先輩だけが知ることの出来てるカードにJが入ってたら、その時点で可能性はゼロ。Jでワンペアは取れないと考えてゲームを進めないと)
一枚目のカードではワンペアが取れない。ただそれだけで新和が思い悩んでいるのは、そもそも一度に五枚を配るタイプのポーカーでは、ランダムに配った場合、ワンペア以上の役が出る確率が低くないからだ。
五割。それがワンペア以上の役が出る確率だ。その内、四割弱をワンペアが占めている。
つまり今回のゲームでは、役なしかワンペアのどちらかしか、ほぼ出ない。
それを新和は身を持って知っている。
何しろそれを実感する為に、百回以上、一セット五十二枚のトランプから五枚一組のカードを十組ずつ作り、数字を確認する事を繰り返したのだ。
(あの時は、こーたにも手伝って貰って、大変だったな)
新和は小学生の時の事を思い出す。五つ離れた姉の教えてくれた言葉が本当なのかを確かめるために、幼馴染の幸太を巻き込んだ時の事を。
(ひょっとして、あの時の事を憶えててくれて、今回のゲームを出してくれたのかな?)
次に取り得る手を考える中、ふと想い出が浮かび上がるが、それに気持ちが向く前に、新和は意図して意識から弾く。
常なら思わず表情が緩んでしまう想い出も、今は浸る余裕は無い。
それよりも今は、何をするべきかに全力を傾ける必要がある。
(勝つだけなら、残りの三戦全部を捨てれば良い。でも、それをすれば確実に先輩は、こちらへの興味を無くしちゃう。それじゃ縁を作れない)
新和は、目的を達成する為に思い悩む。
今回の勝負で新和が望んでいる事は、真志の予想通り、生徒会との縁を作ること、それが一つにある。
それはこれから作るギャンブル部の、仲間にしたい相手との約束だからだ。
――生徒会との縁を作れたら、部員になったげる。先々の事考えたら、あそこと縁を持てるかどうかで、色々と変って来るだろうし。
ある意味無茶振りだったが、それを成し遂げてでも仲間になって欲しい相手の内の一人。彼女を得るためには必要なことだ。
(だから、逃げは取れない。先輩に興味を持たれるよう全力を出さないと)
新和は必死に考える。そして出した答えは――
(三戦目は捨てる。でないとまともな勝負にならない)
先の勝負の為に、あえて敗北する事だった。
それは、三戦目の一枚目に出たカードが不利な物だったからでは無い。このままゲームを進めれば、最初から最後まで真志の誘導通りに勝負が進むからだ。
(先輩は、まず間違いなく、こちらの思惑を読んでる。だから最初の二戦をわざと負けたんだ。そうしても、こっちが逃げられないって分かってるから。その上で、この先の勝負を待ってる。私が逃げ出して目先の勝利を取るか、その場逃れの勝負に走る事を)
簡単に言えば、舐められているのだ。
退屈しのぎのお礼に与えた小遣い代わりの小さな勝利を手に逃げ出すか、思惑を見抜かれ逃げ出すことも出来ず流されるように勝負をすると、思われている。
新和は、そう思えた。
だからこそ、敗北というリスクを取ってでも、真志の知り得ない数字という優位を手に入れる必要がある。
同じ立場で、戦う為に。
その為に払う代償、それを新和は選び取るために思考を巡らせる。
(少ない枚数じゃダメだ。それだと出した瞬間、先輩はこちらへの興味を無くす。きっと、わざと負けて勝負を終らせてくる。それをさせない為に必要な枚数は――)
この場この時、最初から今までの真志の行動を思い返しながら、新和は最低限必要な枚数を掴み取る。
(五枚。この枚数なら、先輩は勝負をしてくる)
それは本勝負の前の模擬戦、そこで真志が最初に賭けた枚数。表にされたカード一枚目で賭けるには、やや多いと言える枚数。
けれど、それこそが必要にして最低限な枚数だと直感する。
答えは得た。だが、そこで更に新和は踏み止まった。
(ダメだ、足らない……これじゃ、最初に押し付けられた幸運分が、足らない)
新和の頭に思い浮かぶのは、勝負を始める前の先攻後攻を決める為のカード選択。
あの時、選ぶ事すら出来ずに押し付けられた先攻。
それを払う不運を飲む事を決断する。
「十枚、ベットします」
この先の勝負を対等に戦う為に、あえて余分を積み増しコインを重ねた。
それを受けた真志は直感する。
(……意識の切り替え、かな? だとすると……楽しいねぇ)
時に、スポーツ選手が窮地に追い込まれた時に行う意識の切り替え。勝つために行う代償行為。
それを新和は取ったのだと、直感した。
その直感は、経験ゆえ。何十何百何千と、繰り返した勝負が血肉となり導かれた答え。
繰り返し重ねた経験が、強さとなる。それは他の全てと同じく、ギャンブルも同様だ。
「十枚。コールするよ」
歓喜に笑みを浮かべ、真志は賭ける。
捲り知り得たカードの数字は、クラブの4。それを記憶に刻み、真志は言った。
「勝負を捨てるかい?」
これに新和は、静かに返す。
「勝負は捨てません。勝つために、負けるだけです」
それに真志の笑みが強くなるより速く、
「フォールドします。八枚、貰いますね、先輩」
対等に戦う為の手段を手に入れた。
そして中身を確認する。
新和のカードは、ダイヤの8と9、そしてハートの7とクラブの2。
表に出されたハートのJを合わせても役なし。
それに対する真志のカードは、スペードとダイヤの5、そしてクラブの10とハートの9。
表に出されたクラブの4を入れてワンペア。
一枚目のカードを捲った時点で負けを選べたのは、運が良いと言える結果だった。
だからこそ、新和は不安を覚える。
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幸運と不運の天秤が、いまどちらに傾いているか新和は確信が持てないまま、第四ゲームに突入した。
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