獏兎高校ギャンブル部

笹村

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間章

第2話 幸太の結果報告 その①

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幸太こうた。つまりお前は、ウチん所にゃ入れんと、そういう事じゃな」
「はい。折角お誘い頂いたのに、申し訳ありません」

 お昼休み。
 ディーラーズクラブの部室で幸太こうたは、大学の応援団が着るような長ランの学生服を着た坊主頭の三年生相手に、手を後ろ手に直立不動の体勢で返答した。
 返答を受けた相手の名前は、剣崎けんざき大吾だいご
 獏兎高校で最も古いクラブの一つであるディーラーズクラブの部長である。
 大吾だいごは、部室に備え付けの机を前にして椅子に座りながら続けて言った。

「んで、ウチん所に入らんで、他所で入るいうんが、幼馴染が作ったいうクラブと、そういう訳じゃな」
「はい」

 明朗な応えに大吾だいごは、しばし黙って固まっていたが、

「ふぅ……――」

 軽くため息一ついた後、なんか壊れた。

「なんじゃそりゃああああっ! リア充かっ、リア充なんかワレェ! 
 ああああっ、妬ましいっ! 妬ましいわあああっ! こっちが高校三年何ものぉて終わろいうんに一年坊が大人の階段昇る言うなら足引っ張りたくなるわあああっ!
 つーわけで、ガラさらってでもウチのクラブに入れちゃろうかいのーっ!」

 これに対する突っ込みは速かった。

「落ち着けボケ」
「はうっ!」

 好い音をさせハリセンが大吾だいごの後頭部に炸裂する。
 突っ込みを入れたのは、ブレザーの学生服をチャラい感じにイジった物を着込んだ三年生、冴島さえじま典雅てんがだ。
 漠兎高校では、学校に申請を出して認められれば好きな服を着ても良いことになっているとはいえ、結構チャラい感じの生徒である。
 もっとも、ディーラーズクラブの副部長をしているだけあって、見た目はともかく中身は真面目だったりする。
 そんな典雅てんがが、軽くため息一ついて、

「後輩を妬んでんじゃねーよ、みっともねーな。それでもディーラーズクラブの部長かよ」

 割と本気で呆れたように言った。しかし大吾だいごは堂々と言い返す。

「それとこれとは別じゃあ! 別腹なんじゃあっ! ワシの中の嫉妬心ジェラシーが突っ込めと叫んどんじゃあ! お前それどんなエロゲと」
「燃えないゴミの日に捨ててしまえそんな不純物」

 大吾だいご典雅てんが2人のやり取りに、幸太こうたは遠い目をしなから気だるげに小さく笑みを浮かべると、さらっと言った。

「あ、もう帰って良いっすかね」
「お、良いぞ」
「待て待て待てぃっ! 話はこれからじゃろうがい!」
「……はぁ」

 げんなりとしつつも、学校だけではなく、学外の若手マジシャン協会の先輩後輩の関係でもある幸太こうたは、大吾だいごの言葉でその場に留まる。すると典雅てんがが、

「帰っても良いんだぞ。後はこっちで適当にあやしとくし」
「いえ、典雅てんが先輩だけに苦労を掛ける訳には」
「お前ら二人、ワシをなんじゃと思っとるんじゃ」

 テンポ良く会話を重ねる三人。学校ではなく若手マジシャン協会ではあるが、十年近く仲良くしてきたのは伊達では無かった。
 それぞれの個人的な事も知っているぐらいに、気安い仲である。だからこそ、大吾だいごは言った。

「しっかし惜しいのぉ。ウチに入るんなら、来年の部長になれるよう口添え出来たんに」

 これに幸太こうたは僅かに表情を硬くして返す。

大吾だいご先輩。そういうのは――」
「それに関しちゃ、俺も同意見だ」

 幸太の言葉を遮り、典雅てんがが続ける。

「言っとくが、贔屓がどうのこうの、そういう話じゃないぞ。下手なのを部長につけると、その年から寄付金がごっそり減るからな。クラブの繁栄のためにも、寄付金元パトロンを納得させられる人事をするのが部長の最後の仕事だからな」

 これに幸太こうたは返せない。典雅てんがの言うことは正しいと思っているからだ。
 それは、獏兎高校のシステムが独特である事に理由がある。
 なにしろ獏兎高校は、経営資金の大半を寄付金に頼っているのだ。
 学費には一切頼っていない。基本、生徒はタダで学校に通えるのだ。
 試験に通れば、ではあるが。
 そのため、寄付金元パトロンの意向というのは、学校のみならず生徒も意識せざるを得ないのだ。

「幸太も知っちょるじゃろうが、ウチのクラブの寄付金元パトロンの大口は、マジシャン協会に席をおいちょるディーラーが大半じゃ。じゃから、伝統的にウチの部長はマジシャン協会に伝手のあるんを第一候補に選らんじょる。お前が入らんとなると、また一から選定せんといかんから面倒、言うのが本音じゃ」

 淡々と事実のみを告げる大吾だいごに、幸太こうたは勢い良く頭を下げ言い切った。

「すみません。先輩の期待に応えられないのは申し訳ないと思っています。それでも、俺は入れません」
「……あ~、頭あげぇや。別に責めちょる訳じゃないからのぅ」

 パタパタと手を振りながら軽い口調で言う大吾だいごに、幸太こうたは真っ直ぐに視線を合わせながら顔を上げる。
 それに大吾だいごは、軽くため息一つ。そして楽しそうに笑いながら言った。

「やっぱ野郎の先輩よりゃ、彼女の方が大事かのぅ。ええのぅええのぅ、ワシも彼女欲しいのぅ」

 これに幸太こうたは、自分でも気づけないほど僅かに表情を硬くしながら返した。

「別に、新和にいなとはそういうんじゃないです。告白とかも、してないですから……」

 その声には、聞いていて分かるほど苦い物が込められていた。だからこそ、大吾だいごも気づく。

(いかん。地雷踏んでもうたか、ワシ)

 助けを求めるように典雅てんがに視線を向けるが、その時には既にあさっての方向を見ながら微妙に距離を空けられていた。

(この野郎、さっさと逃げよった)

 顔が引きつりそうになるのをこらえながら、大吾だいごは慣れない慰めのようなことを言う。

「いや、まぁ、そのなんじゃ。告っとらんなら告ってしまえばええじゃろ。それで万事解決――」
「無理です。まだ、そんな自信ないですから」

 幸太こうたの応えに、場の空気が固まる。その空気をほぐせる器用さが無いのを自覚している大吾だいごは、必死に典雅てんがにフォローを視線でアピール。
 助けを求めるというより殺す気満々な雰囲気を漂わせる大吾だいごに、典雅てんがは諦めるようにため息をつくと、

「自信って、相手の子に好かれて無いって思ってるのか?」

 幸太こうたの想いが吐き出せるように促す。それに幸太こうたは、少しだけ迷うような間を空けて返した。

「アイツ、他に好きな人がいますから」
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