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第九話「レイオール、お披露目の儀式でやらかす」

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 数週間後、いよいよレイオールのお披露目の儀式が開催されることとなった。儀式が催される場所は、図らずも国王ガゼルが兵士に懇願した例の広場と同じ規模の場所であり、そこには数万人以上の民衆が詰めかけていた。


 今代の国王の初めてのお子ということもあってか、民衆たちの興味は高く、まだ始まってもいないのに広場は多くの人の騒めきに包まれている。


「なあ、王太子殿下はどんなお方なんだ?」

「はぁ? そんなこと俺がわかるかよ!」

「もぐもぐ、肉串うます」

「「お前は何食っとんじゃ!!」」


 当然、そのような大規模な催しがあるとなれば、軽食を提供する屋台は盛況で、いつもの四倍以上の売り上げがあったらしい。まさに、彼ら屋台を営む連中にとって王太子様様といったところだろう。


 期待と不安を民衆が抱きつつも、いよいよお披露目の儀式が始まるらしく、広場に男性の声が響き渡る。国王ガゼルである。


「レインアークの国民たちよ! 今日はよくぞ集まってくれた。此度、我が息子であるレイオールが三歳になったので、それを祝しお披露目の儀式をすることに相成った。三歳となった我が息子の晴れの姿を是非とも見てやって欲しい!」


 その言葉を聞いた民衆から割れんばかりの大歓声が響き渡る。今代の国王であるガゼルは、先日の大飢饉の危機を救ったということでその人気はうなぎ登りにまで上昇しており、その息子ということでレイオールにも少なからず期待が寄せられていたのだ。


「父さま、僕は何を話せばいいのですか?」


 この土壇場で、レイオールはそんなことをガゼルに問い掛けた。このお披露目の儀式に向けての準備は特に難しいものではなく、精々が王族としての立ち居振る舞いや歩き方、儀式で着る衣装の衣装合わせ程度しかなかったのだ。


 だからこそ、彼は今までただ姿を見せるだけの形式的なものでしかないと考えていたのだが、実際に儀式の内容を目の当たりにしてみると、何か話さなければならない雰囲気があると察したため、急遽ガゼルに問い掛けたのだ。


「お前の好きなようにしなさい」

「そうですか、わかりました」

「レイオールちゃん、頑張ってね!」


 ガゼルの返答は具体的なものではなかったが、特に決まったことを言う必要はないとレイオールは受け取り、サンドラの声援を背中に受け、そのまま壇上へと歩を進めた。


 前世では人前に立つことがあったため、レイオールは特に臆することなく壇上へと登る。壇上から見下ろすと、そこには多くの人でごった返した人々が一心にこちらに目を向けているのが見て取れる。


 ある者はこちらを見るために目を細め、またある者は日差しまぶしいのか額に手を置きながらこちらを見ている。そのすべての視線は、レイオールが一体どのような人物であるのかという思いが込められており、やがて歓声が鳴りを潜め口々に感想を口にする。


「あれが王太子様か」

「可愛らしいお姿だな」

「肉串うまうま」

「「お前、それ何本目だよ!! いい加減にしろ!!」」


 などという軽口も飛び交ってはいるものの、民衆たちからは概ね受け入れられている様子だ。そんな様子にレイオールは内心で安堵しつつも、騒がしい広場に向かって右手を突き出す。


 その行為によって広場の民衆たちが押し黙り、広場が静寂に包まれる。それを見たレイオールが満足しつつ、魔道具向かって声を発する。


「親愛なるレインアーク王国の国民たちよ。先ほど、我が父から紹介があった私がレイオール・テラス・フィル・ピッツェッンヴェルク・レインアークである。まずは諸君らに感謝を述べたい。ありがとう」


 レイオールの言葉に、民衆たちは思わず息を呑む。そもそもお披露目の儀式というものは、三歳になった権力者の子供を公の場で紹介するという行事である。


 いくら権力者の子供とはいえ、三歳児という年端もいかない年齢の子供ができるあいさつは、精々が「こんにちは」や「初めまして」などの短文が一般的だ。それは王族であっても例外ではない。


 だというのに、先のレイオールの言葉はどうだろう。一人前となった王族の挨拶と何ら遜色ないものであり、寧ろその堂に入った態度は人前で何度もそういったことを経験しているかのようにすら感じてしまうほどだ。


 実際のところ前世の記憶を持つ彼にとっては、日常的にこういった挨拶を行った経験は両手の指では収まらないほどこなしており、数回ではあるが大臣クラスの政治家の前でも何度か挨拶をしていた。そのため、人前で挨拶をするという感覚が抜けきれておらず、いつもの調子でやってしまったのだ。


「我が祖国で起きてしまった大飢饉と流行り病による国の危機は、皆の記憶にも新しいだろう。ここにいる者の中には最愛の人間を失ってしまった者もいるかもしれない。だからこそ、私は諸君らに感謝を述べたいのだ。“生き残ってくれて、ありがとう”と」


 レイオールの言葉によって、彼の感謝の意味を理解した人々は戸惑いから憧憬の眼差しへと変化する。今後、国の頂点に立つであろう人間の言葉は決して軽くはない。そんな人間に感謝されれば、民衆たちはどう反応するのかは想像に難くはない。


「王太子様に感謝されるようなことは何もしてないです!」

「王太子様……素敵」

「ガゼル国王万歳! レイオール殿下万歳!」

「レインアークに栄光あれ!!」


 再び騒がしくなった広場を、右手を突き出し静めたレイオールは、さらに言葉を紡いでいく。その一語一句を聞き逃すまいと、広場は異様な静けさが漂っている。


「そして、私は願う。このレインアークを襲った大飢饉と流行り病は、我々にとって教訓となる多くのものを与えてくれたと。未だ国としては立て直しの真っ最中だが、私は信じている。我が祖国がこの程度ではへこたれないことを。レインアーク国民が、決して折れないことを!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 レイオールの堂々とした宣言に、気付けば割れんばかりの大歓声が広場を支配していた。彼らの眼前に佇むのは、ただの三歳児ではなく未来の国王であるという確かなビジョンが垣間見れたのだ。それだけ民衆のレイオールに対するインパクトが強かったということである。


 未だ鳴り止まぬ歓声に満足気に一つ頷くと、さらに右手を前に突き出す。もはや民衆も手慣れたもので、それだけで一瞬にして場が静まる。そして、結びの言葉をレイオールが口にする。


「今日は私のために集まってくれてありがとう。今後の皆の活躍とこの国の繁栄を願うことを此度の儀式の結びの挨拶とする。レインアークに栄光あれ!!」

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』


 レイオールがそう言い終わると、今日一番の大歓声が響き渡った。そして、すぐに“レインアークに栄光あれ!!”という言葉がそこかしこで紡がれ、民衆たちの熱気も頂点に達した。


 それを見届けたレイオールは、優しい微笑みを浮かべながら彼らに向かって手を振り、その声援に応え続けた。その姿は高貴なる者のそれであり、民衆たちは彼という存在に心酔していくことになった。レイオール伝説の幕開けである。


 民衆の反応をひとしきり確認したレイオールは、一つ頷くと胸を張ってその場を去って行った。その姿もまた、民衆たちには頼もしい次世代の国王として映っており、これでレインアークは安泰だと考える者も少なくなかった。


「父さま、どうでしたか? あれでよかったのでしょうか?」

「う、うむ。とても良かったと思うぞ(ってか良過ぎなんだが……)」


 ガゼルの元まで戻って来たレイオールは、真っ先に彼に問い掛けた。自身の挨拶が、及第点に達していたかを確認したかったからである。


 しかしながら、レイオールの挨拶を民衆と共に聞いていたガゼルは、内心で驚愕と焦りと覚えていたのだ。かつて自分が同じようにあの場に立った時の記憶は定かではないが、当時の国王である自分の父親の話では「こんにちわ。ガゼルです。よろしくです」という簡単な挨拶のみだと聞いていたからだ。


 だというのに、自分の息子はどうだろうか。まるで一門の王族が民衆に演説するかのような素晴らしい口上ではないか。あんな口上、当時の自分はおろか今の自分でも怪しいぞと、ガゼルは息子と自分を比較する。彼の隠しきれない才能と、王族としての品格に少しばかりの嫉妬が混じっているのは気のせいではない。


「ならよかったです」

「これからも頑張れよ(やっぱ俺の息子は世界一だな!!)」

「はい!」


 だが、息子に才能があることに対する嫉妬心など、親バカをこじらせている彼にとってはほんの些細なものでしかなく、何と言っても自分の息子が優秀なのが何よりも嬉しいのだ。親バカここに極まれりである。


「ところで、母さまは?」

「あ、ああ。少し気分が優れないみたいでな。お前の話を聞き終わった後、すぐに自室へと戻って行った」

「そうですか。大事なければいいのですが……」

(許せ息子よ。俺とて命は惜しいのだ)


 そんな母の体調を心配する姿のレイオールに、ガゼルは内心で謝罪する。というのも、サンドラがこの場にいないのには訳があったからだ。


 レイオールが壇上で話し始める前までは、彼を激励していたことからもその時点ではサンドラは儀式に参加していたことは明白だ。だが、レイオールが話し始めると、事態は一変する。


 最愛の息子の晴れの姿に感極まってしまい、目や鼻からありとあらゆる体液(涙と鼻水)を出しまくった結果、とても公の場では見せられない状態となってしまい、急遽退場することになってしまったのだ。


 本人は息子の勇姿をその目に焼き付けると言い張り、退場を断固拒否していたが、王族としての体面があるということで、宰相の指示で半ば強制的な退場となった。


 そんな妻の情けないやら恥ずかしいやらという複雑な心境を胸の内に秘めたまま、連行されていくサンドラと目が合った瞬間、夫婦の謎のコミュニケーション能力で彼女が伝えてきたのだ。“このことをレイオールちゃんに話したら……わかってるわよね?”と。


 普段から少し自分に対して嗜虐的な言動が多い彼女が、明確にその意思を表示してきたのだ。最悪の場合命に係わることをやられかねないと判断したガゼルは、彼女の命令……もとい、意志を尊重する形でレイオールに真実を伝えなかったのだ。


 勘違いされがちなのだが、少し特殊な夫婦関係にあるこの二人の夫婦仲は至って良好であり、ガゼルもサンドラも互いのことを一人の男女として愛していたりするのだ。そのことについて、宰相がガゼルに問い質してみるとこんな答えが返ってきたらしい。


「俺が構ってやらないと拗ねるところが最高に可愛いだろ?」


 だそうだ。当然、その時の宰相の目がジト目になったことは言うまでもない。閑話休題。話を戻そう。


 サンドラのことを聞いたレイオールだったが、ここで一つ自分が失念していることに気付いてしまう。何かといえば、自分はこの国の国王になる気がないということである。


 彼の前世は、ある財閥の跡取りであるということは以前説明したが、当然生まれ変わったレイオールにもその当時の記憶は未だに残っている。


 こういった格式のある家の跡取りともなれば、自由に行動できることなどできるはずもなく、そのほとんどの時間を家のために費やさなければならないことは彼も重々承知だ。


 だからこそ、今生は悠々自適なスローライフを彼は望んでいるのだが、今回の一件で彼の優秀さが知れ渡ることになってしまった。そんな人間を周囲が放っておいてくれるかといえば――。


(絶対に無理だ!)

「どうかしたか息子よ?」


 様子がおかしいレイオールを心配したガゼルが彼に呼び掛けるも、自身の失態を悔いている彼にそんな余裕もなく、ただ一言「部屋に戻ります」とだけ告げ、とぼとぼとした歩調で部屋へと戻っていったのであった。
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