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第三十四話「ロックオン」

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「えぇー!? もうこの街をでていっちゃうんですかぁー!!」


 旅の支度を終え、冒険者ギルドへとやってきたサダウィンは、一応他の街に拠点を移すことをギルドに報告した。できれば、まともな受付嬢に対応してもらいたかった彼だったが、サダウィンの姿を見つけるや否や彼が向かう受付カウンターに陣取り、手ぐすね引いて待っていると言わんばかりにベティが待ち構えていたので、彼としても他の受付カウンターに移動するわけにもいかず、彼女に対応をお願いすることにした。


 そこまではよかったのだが、サダウィンが他の街に拠点を移す旨を伝えると、その表情は一変し先ほどの叫び声を上げたのである。


 受付嬢として、他の冒険者の情報を声高に叫ぶのはいかがなものだろうかとサダウィンが内心で思っていると、いつものように彼女の頭に丸められた書類が振り下ろされる。そんなことをする人間は冒険者ギルドで一人しかいない。


「ごめんなさいねサダウィン君。ここからは私が対応させてもらいます」

「ちょ、ちょっと先輩! そりゃあないですよー」

「何か文句でもあるのかしら……?」

「……ないです」


 メリーの理不尽な対処に抗議の声を上げるも、彼女の圧力と自分と彼女のどちらが正論を言っているかを比べた時に、分が悪いのは自分だと理解したベティが、大人しく引き下がることで二人の決着はついた。


「それで、拠点を移すということなんだけど、急な話ね」

「別にそんな急でもない。元々この街には冒険者ギルドに登録するのが目的だし、本来の目的は一人旅をすることだからな」

「ギルドとしてはもう少しこの街にいて欲しかったけど、自由な冒険者を強制的に止めておく権限をギルドは持っていないわ。とりあえず、ギルドカードの提示してくれるかしら」

「ん」


 ギルドカードの提示を求められたサダウィンは素直にそれに従う。しばらくして、返ってきたギルドカードを見てみると、冒険者ランクがHからGに昇級していることに気付く。


「どういうことだ?」

「昨日の模擬戦の結果で、サダウィン君にはGランクになる資格があると判断して、昨日のうちにあなたをGランクに昇級させることが決まったのよ」

「昨日も昇級したばかりなんだが」

「二日連続昇級なんてなかなかないことよ。すごいわね」

「すごい、のか?」


 などと、的外れな感想を述べるメリーに対し、曖昧な返事をしていると、さらにメリーは皮袋を差し出してくる。なんだこれはとサダウィンが彼女に視線を向けると、にこりと微笑みながら皮袋の概要を説明する。


「それと、これは昨日持ち込んだオーク三匹分の報酬よ。この辺りにオークが出るのは珍しいから依頼は出されていないけど、オーク自体の買取はやってるから、それを今支払うわ。締めて小銀貨五枚と大銅貨三枚よ。確認してちょうだい」


 皮袋には彼女が言った通りの金額530ダリが入っていた。この世界の貨幣価値を日本の通貨の円で換算すると、サダウィンがこの街にやってきたときに食べた肉串が銅貨二枚、市場で売られているりんごが銅貨一枚であることから、どうやら銅貨一枚が100円の価値を持つのではないかと彼は当たりを付けていた。


 しかし、街に入る際に支払った通行料が小銀貨三枚、日本円にして三万円という割高な金額に思えなくもないが、同行者の中に身分証を持っている者がいれば身分証を持たない者でも通行できたりという曖昧なチェック体制であることから見ても、そういった決まり事に関しては現代のようにしっかりとはできていないらしい。


 それでも、街に入るのに身分証か通行料が必要という決まりがあるだけで、街で犯罪を犯そうとする者や素行の悪い者を一定数排除できてはいるため、中世ヨーロッパ程度の文明力しかないこの世界にとって有効な手段となっているのも確かである。


 受け取った皮袋をそのまま魔法鞄にしまう振りをしながらアイテムリングに収納すると、メリーが真剣な面持ちになりながらサダウィンに話し掛ける。


「ところでサダウィン君。君がギルドに来たら連れてくるようにギルドマスターに言われてるんだけど、一緒に来てくれるかしら?」

「ああ(ち、やはり誤魔化せないか)」


 このまま次の街に向かおうと考えていたサダウィンだったが、それを予測していたかのようにギルドマスターからの呼び出しがあった。そのまま突っぱねることもできたが、後に憂いを残すのは忍びなかったため、彼は呼び出しに応じることにした。


 ギルドマスターのいる執務室に案内されたサダウィンは、そのまま昨日と同じくソファーに腰を下ろした。その間もゴードンに懐疑的な視線を向けられているのだが、それを黙殺するかのように彼に問い掛ける。


「呼び出しということだが、何か用か?」

「昨日腰に下げていた剣はどうしたんだ?」


“やはりそのことが気になっていたか”と、サダウィンは内心で自身の予測が当たっていたことを確信する。そして、今日の内に新しい剣を手に入れておいて正解だったと自身の判断を賞賛する。


 サダウィンは、さり気なさを装って「ああ、あの剣か」と何でもないことのように呟きながら、ゴードンの問いに返答する。


「あの剣なら寿命だったから処分した。それがどうかしたのか?」

「いや、それならいいんだ。気にしないでくれ(このタイミングで装備を変えたのは偶然か? いや、しかし……)」

「オークを倒した時、すでにガタがきていたからな。次の旅に耐えられないと判断して、新調したんだ」

「そうか旅立つのか。坊主にはもう少しここにいて欲しかったんだがな。そうだな、旅の途中で剣が使えなくなったら、それこそ大変だからな。その判断は正しい(これで、この坊主が王家と関わりがあるかどうかの手掛かりが無くなったわけか……)」


 それからしばらく沈黙が続いたが、再びゴードンが口を開いた。


「そういえば、次の拠点はどこにするつもりなんだ? やはり王都か?」

「いや、しばらくいろいろな街を見て回るつもりだ。冒険者になったのも、一人旅をしたかったからだしな」

「そうか、なら一つ俺から指名の依頼を受けてくれないだろうか?」

「指名の依頼?」


 冒険者ギルドは、腕のいい冒険者に対して達成が困難だったり、特定の技量を持った冒険者に対し、通常とは異なる依頼を名指しで出すことがある。それが指名依頼だ。


 指名依頼の特徴としては、依頼を受けるか受けないかは冒険者の意志で決めることができるため強制ではないが、通常の依頼よりももらえる報酬やギルドに対する評価が高くなる傾向にある。


 また、名のある冒険者に依頼をやってもらうことで、依頼の達成率を少しでも高くしておきたいという狙いもあるのだが、概ね指名依頼は特別な冒険者でなければ出されることはまずない。


「何で俺に? 冒険者になってまだ二日目の俺じゃあ、できることが限られていると思うんだが」

「昨日の模擬戦は素晴らしかった。あの実力があれば、ちょうどいい助っ人になると思ってな」

「助っ人?」

「実はな……」


 依頼の内容を要約すると、ある有力な商人を護衛している四人組のFランクパーティーがいるのだが、実力的には少し心許ないらしく、追加の冒険者を補充しようにも、拘束時間に対しての報酬が少なすぎるということで、誰も依頼を受けたがらないとのことだ。


 そこで、サダウィンの出番ということになる。決まった拠点を持たず、実力的にはFランク以上は確実にある彼ならば、今回の依頼にぴったりの人材ということになるのだ。


「だから、どうしても坊主にこの依頼を受けて欲しい。この依頼を受けてくれるのなら、次の街に行った時、Fランクに昇級できるよう俺の方から推薦状を書いても構わない」

「なるほど(というのは建前で、恐らくは俺の動向を探っておきたいというのが本音だろうな。だが、依頼一つで昇級が約束されているのは魅力的だ。ロックオンされてしまうが栄光が手に入る道と、自由な生活を送る平凡な道か……)」


 いろいろと頭の中でサダウィンは考えを巡らす。この依頼を断ればFランクは自力で昇級しなければならない。だが、自分の力があれば案外簡単に昇級できてしまうという打算もある。


 かといって、目の前に昇級のチャンスが転がっているのにもかかわらず、それを手にしないというのも何だかもったいない気がして、はっきりと断るという決断が下せないのも事実だ。それに、一般的な冒険者がどういった行動を取るのか、それを間近で見れる機会でもある。


 この依頼を受けることで、ゴードンに足取りを知られるというデメリットはあるものの、その次に向かう拠点の足取りは掴めなくなるため、この依頼を受けた後は再び他の拠点に移動すればいい。


 それに、今回の依頼は有力商人の護衛となっており、仮にこの依頼が失敗に終わり商人が盗賊などに殺されてしまうと、レインアーク王国内の物流が滞ることに繋がる。たった一人の商人といえど、その商人が消えたことで与える影響力は無視できないのだ。


 そうなれば、最終的にどこに負担が掛かるのかといえば、国ひいてはサダウィンの代りに国王になる予定である弟マークにその重荷がのし掛かってくることになりかねない。国王という重責を肩代わりしてもらった身のサダウィンとしては、それはあまりにも申し訳が立たない不義理な行為である気がするということで、そういった未来にならないようにするためにも彼が出した答えは指名依頼を受けるというものだった。


「わかった。その依頼受けてみることにする」

「感謝する。詳しい話は、メリーから聞いてくれ。旅の道中、気を付けてな」

「ああ」


 サダウィンが依頼を受ける意思を示したことで、ゴードンとの話は終わってしまった。そこからの彼の追求も特になく、ひと悶着あるかもしれないと覚悟していたサダウィンだけに、あっさりと終わったことに肩透かしを食らう。


 彼としては、要らぬ追求をされないに越したことはないため、そのまま指名依頼についての概要を聞くべく、執務室を後にする。


 サダウィンがいなくなった部屋では、ゴードンが神妙な顔を浮かべながらぽつりと呟いた。


「一度、王都の冒険者ギルドに確認を取った方がいいかもしれないな……。よし、善は急げだ」


 そう言って、すぐさま王都の冒険者ギルドのギルドマスター宛ての手紙をゴードンは作製する。その手紙が発端で、王都にいる者たちの状況が一変することになるのだが、それはまた別の話である。
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