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大陸のアイドル編
商法と頓挫
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「ここにシノブはいるのか?」
それはこのお店に似つかわしくないお客さんだった。年齢的には三十代の男。顔は険しく、傷が刻まれている。筋肉が詰まった巨体を使い込まれた鎧が包む。そして腰から下げられた剣。傭兵、または冒険者、そんな風貌だった。
「はい、私がシノブですが。何か商品をお探しでしょうか?」
「ここの商品に用は無い。お前自身に用がある」
「では奥に応接室がありますので、そちらでお話を伺わせて頂きます」
ホーリーだ。俺と男の間に立つ。
「必要は無い。どけ」
男が手を伸ばすが、その手をスッと避けるホーリー。
「おいおい、俺の手が汚ぇってのか?」
男の声に怒気がこもる。
他のお客さんも不穏な気配を感じ取り店内から逃げていく。
だがそんな不穏な気配を全く気にしないのがうちの店員達。
「あーシノブ、あれじゃない? ほら、道場破り的なヤツ。前にもあったじゃん」
シャーリー。
「確かにシノブを倒して名を上げようとする奴がいたな。だったら私が相手するぞ」
ドレミド。
「シノブは大人気だな」
子犬サイズのヴォルフラム。
「ちょっとやめて。直接戦ったって名なんて上がらないでしょ。そもそも私は戦う部類じゃないし」
なんて話をしていると男は怒鳴る。
「うるせぇ!!」
「……」
「シノブを中心とした集団が大陸を二度も救ったなんて聞くが、俺には嘘臭くてな。こんな小娘にそんな事ができるとは思えない。本当は何か裏があるんだろ? 例えばだ、この店の後ろ盾の奴等。全部をシノブの手柄にすればこうやって好奇心で客が入るからな」
「後ろ盾、ってこのお店は私が立ち上げたものなんですけど」
「そういう所だ。全部が嘘臭ぇ。だから確かめに来た。いいから、ここで一番強い奴を出せ!!」
「うーん、じゃあ、アリエリお願い」
「うん。私が相手するね」
アリエリだ。
「俺の相手にこんなガキをか? 随分と馬鹿にするじゃねぇか」
笑う男の額に血管が浮かぶ。相当、怒ってんな。
「ちゃんと手加減するのよ」
そのアリエリの頭の上のベルベッティアは言う。
「大丈夫だよ、痛くもしないし」
そう言ってアリエリが片手を男に突き出した。反射的に男は剣の柄に手を掛けるが……
男の手はそれ以上動かない。
「あっ……な、何だ?」
足を踏ん張るがその巨体が何かに押されるように後退していく。
「な、何をした!!? ど、どうなってやがる!!? あっ、ああっ!!」
アリエリの見えない力。それは男の手を押さえ付け、そのまま店外に押し出す。
俺は外へと追い掛けた。店の前で尻餅を着く男。
「一体何が……」
「あの、分かっていると思いますけど手加減しましたよ。動きを封じている間に刃物で刺す事もできましたし、あのまま見えない力で圧し潰す事もできました。それでももう一度勝負をしたいと思うなら言って下さい。その時は命の補償をしませんけど」
この男だってそれなりの実力は持っているんだろ。だったら分かるはずだ。
「……ああ……すまなかった」
★★★
別の日。
「ここがシノブさんのお店でしょうか?」
それはこのお店に似つかわしくないお客さんだった。年齢的には十代後半の青年。顔にはまだ子供らしさを残す。少し線の細い体には真新しい鎧。そして腰から下げられた剣。まだ若い傭兵、または冒険者、そんな風貌だった。
「はい、私がシノブですが。何か商品をお探しでしょうか?」
「シノブさんですね、お願いします!! 俺を仲間にしてください!!」
「えっ、な、仲間?」
「はい、俺、剣の腕には自信があるんです。きっとお役に立つと思います」
青年は言いつつ剣を抜く。
突然に店内で剣を構える青年、その姿に驚きお客さんが逃げていく。
「あの、営業の邪魔になりますからとりあえず剣はしまって」
「あ、はい、すみません」
「とりあえずお店の方の人手は足りているので、工房の方のお手伝いなら」
「いえ、そういうのじゃありません。俺はこの剣で大陸を救う手伝いがしたいんです」
俺の言葉を遮る青年。
「でしたら冒険者ギルドに登録してもらってから」
「シノブさんの下が良いんです!! 一緒に大陸を救いたいんです!!」
俺の言葉を遮る青年。
「でも、うちの本業は」
「それで俺も大陸中に名を馳せたいんです!!」
俺の言葉を遮る青年。
……クソ面倒臭い。
「じゃあ、アリエリ」
「ん。分かったよ」
……という感じで、またそのままご退店。
とにかくそんな来店が凄い増えてんのよね。それも有名税ってもんか。
まぁ、追い出せるだけマシなんだけどさ……
★★★
来客したのは男五人組の若者達。うん、明らかにうちの客層じゃないな……と、思ったのだが……
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「シノブさん。握手して頂けますか?」
「握手ですか? 大丈夫ですけど。はい」
差し出された手を俺は両手で握り返す。
「あっ、あっ、ああっ、ありがとうございます!!」
「いえいえ」
そして五人組の二人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「自分も握手をして欲しいんですけど、良いですか?」
「大丈夫ですよ。はい」
差し出された手を俺は両手で握り返す。
「ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ありがとうございます!!」
「いえいえ」
そして五人組の三人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「あの、ホーリーさんと握手をしたいんですけど」
「ホーリーと?」
俺はチラッとホーリーに視線を向ける。
「構いません」
「ありがとうございます!!」
若者と握手を交わすホーリー。
さらに五人組の四人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「ドレミドさんと握手させてください!!」
「私か? もちろん良いぞ」
今度はドレミドと握手。
さらに五人組の五人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「シャーリーちゃんと握手させてください!!」
だが当のシャーリーは。
「いやいや、お断りなんだけど。キモい」
「ちょっとシャーリー」
「シャーリーちゃんのそういう所がカワイイと思うんです!! あの、もっと罵ってください!!」
……まぁ、お客さんも喜んでるし良いか……
すると今度は最初の一人目が。
「これ、一つください」
今度はカップ一式。ランタンよりも高い商品だ。
そして握手二巡目。
それが済んだら、今度は別の商品を買って三巡目。
迷惑と言えば迷惑なんだが、商品購入はありがたいし、悪い人間にも見えない。そうしていっぱい買って五人組は帰っていく。満足そうに笑顔を浮かべてやがったぜ。
★★★
「そんな事があったので、考えてみました」
購入金額により握手や会話の特典を希望者に付けてみた。前世で行われていたアイドル商法である。
「これは好機なんだよ!! 私達自身の人気を利用して大金を稼ぐというね!!」
「反対致します。シノブ様の立場を考えますと命を狙われるような事に巻き込まれる可能性があります。その際に守る事が難しくなります」
ホーリーである。
ニコニコ顔のフレアもホーリーに同意。
「あたしも反対。知らん奴とそんな事すんの面倒。別にさぁ、今のままでもお店はやっていけてんだから必要無くない?」
シャーリーの言葉に、ヴォルフラムは呆れたように言う。
「シノブは金の亡者に」
「黙らっしゃい!! 人気を利用すれば売上がバンバン伸びるんだよ!! もうさ、握手券とか売り出そう。そうすれば商品無しでも利益が出るし。そんで毟り取れる所から毟り取る!! それが商売ってもんよ!! ドレミドとアリエリは?」
「私はどっちでも良いぞ」
「うん。私もね、シノブが言うなら何でもするよ」
「はい、反対3、賛成3、ヴォルは無効票。残りはベルベッティア、分かってるね!!?」
「大事な事だもの。他の意見も聞いてみたいわ。ね?」
そう言ってベルベッティアが振り向いた先。
「お、お母さん!!?」
「さっきから聞いていたけど、随分とまた酷い事を考えているようね。この間、散々お説教したのもう忘れちゃった?」
「だ、誰だ、裏切り者は!!?」
「まったく、この子はちょっと来なさい」
「ちょ、ま、待って、耳が、耳が千切れちゃうから、お、お母さん、ちょっと……」
そうして俺の計画は呆気なく頓挫するのである。
それはこのお店に似つかわしくないお客さんだった。年齢的には三十代の男。顔は険しく、傷が刻まれている。筋肉が詰まった巨体を使い込まれた鎧が包む。そして腰から下げられた剣。傭兵、または冒険者、そんな風貌だった。
「はい、私がシノブですが。何か商品をお探しでしょうか?」
「ここの商品に用は無い。お前自身に用がある」
「では奥に応接室がありますので、そちらでお話を伺わせて頂きます」
ホーリーだ。俺と男の間に立つ。
「必要は無い。どけ」
男が手を伸ばすが、その手をスッと避けるホーリー。
「おいおい、俺の手が汚ぇってのか?」
男の声に怒気がこもる。
他のお客さんも不穏な気配を感じ取り店内から逃げていく。
だがそんな不穏な気配を全く気にしないのがうちの店員達。
「あーシノブ、あれじゃない? ほら、道場破り的なヤツ。前にもあったじゃん」
シャーリー。
「確かにシノブを倒して名を上げようとする奴がいたな。だったら私が相手するぞ」
ドレミド。
「シノブは大人気だな」
子犬サイズのヴォルフラム。
「ちょっとやめて。直接戦ったって名なんて上がらないでしょ。そもそも私は戦う部類じゃないし」
なんて話をしていると男は怒鳴る。
「うるせぇ!!」
「……」
「シノブを中心とした集団が大陸を二度も救ったなんて聞くが、俺には嘘臭くてな。こんな小娘にそんな事ができるとは思えない。本当は何か裏があるんだろ? 例えばだ、この店の後ろ盾の奴等。全部をシノブの手柄にすればこうやって好奇心で客が入るからな」
「後ろ盾、ってこのお店は私が立ち上げたものなんですけど」
「そういう所だ。全部が嘘臭ぇ。だから確かめに来た。いいから、ここで一番強い奴を出せ!!」
「うーん、じゃあ、アリエリお願い」
「うん。私が相手するね」
アリエリだ。
「俺の相手にこんなガキをか? 随分と馬鹿にするじゃねぇか」
笑う男の額に血管が浮かぶ。相当、怒ってんな。
「ちゃんと手加減するのよ」
そのアリエリの頭の上のベルベッティアは言う。
「大丈夫だよ、痛くもしないし」
そう言ってアリエリが片手を男に突き出した。反射的に男は剣の柄に手を掛けるが……
男の手はそれ以上動かない。
「あっ……な、何だ?」
足を踏ん張るがその巨体が何かに押されるように後退していく。
「な、何をした!!? ど、どうなってやがる!!? あっ、ああっ!!」
アリエリの見えない力。それは男の手を押さえ付け、そのまま店外に押し出す。
俺は外へと追い掛けた。店の前で尻餅を着く男。
「一体何が……」
「あの、分かっていると思いますけど手加減しましたよ。動きを封じている間に刃物で刺す事もできましたし、あのまま見えない力で圧し潰す事もできました。それでももう一度勝負をしたいと思うなら言って下さい。その時は命の補償をしませんけど」
この男だってそれなりの実力は持っているんだろ。だったら分かるはずだ。
「……ああ……すまなかった」
★★★
別の日。
「ここがシノブさんのお店でしょうか?」
それはこのお店に似つかわしくないお客さんだった。年齢的には十代後半の青年。顔にはまだ子供らしさを残す。少し線の細い体には真新しい鎧。そして腰から下げられた剣。まだ若い傭兵、または冒険者、そんな風貌だった。
「はい、私がシノブですが。何か商品をお探しでしょうか?」
「シノブさんですね、お願いします!! 俺を仲間にしてください!!」
「えっ、な、仲間?」
「はい、俺、剣の腕には自信があるんです。きっとお役に立つと思います」
青年は言いつつ剣を抜く。
突然に店内で剣を構える青年、その姿に驚きお客さんが逃げていく。
「あの、営業の邪魔になりますからとりあえず剣はしまって」
「あ、はい、すみません」
「とりあえずお店の方の人手は足りているので、工房の方のお手伝いなら」
「いえ、そういうのじゃありません。俺はこの剣で大陸を救う手伝いがしたいんです」
俺の言葉を遮る青年。
「でしたら冒険者ギルドに登録してもらってから」
「シノブさんの下が良いんです!! 一緒に大陸を救いたいんです!!」
俺の言葉を遮る青年。
「でも、うちの本業は」
「それで俺も大陸中に名を馳せたいんです!!」
俺の言葉を遮る青年。
……クソ面倒臭い。
「じゃあ、アリエリ」
「ん。分かったよ」
……という感じで、またそのままご退店。
とにかくそんな来店が凄い増えてんのよね。それも有名税ってもんか。
まぁ、追い出せるだけマシなんだけどさ……
★★★
来客したのは男五人組の若者達。うん、明らかにうちの客層じゃないな……と、思ったのだが……
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「シノブさん。握手して頂けますか?」
「握手ですか? 大丈夫ですけど。はい」
差し出された手を俺は両手で握り返す。
「あっ、あっ、ああっ、ありがとうございます!!」
「いえいえ」
そして五人組の二人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「自分も握手をして欲しいんですけど、良いですか?」
「大丈夫ですよ。はい」
差し出された手を俺は両手で握り返す。
「ふぉ、ふぉ、ふぉぉ、ありがとうございます!!」
「いえいえ」
そして五人組の三人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「あの、ホーリーさんと握手をしたいんですけど」
「ホーリーと?」
俺はチラッとホーリーに視線を向ける。
「構いません」
「ありがとうございます!!」
若者と握手を交わすホーリー。
さらに五人組の四人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「はい、ありがとうございます」
「ドレミドさんと握手させてください!!」
「私か? もちろん良いぞ」
今度はドレミドと握手。
さらに五人組の五人目が。
「これ、一つください」
決して安くはないランタン。
「シャーリーちゃんと握手させてください!!」
だが当のシャーリーは。
「いやいや、お断りなんだけど。キモい」
「ちょっとシャーリー」
「シャーリーちゃんのそういう所がカワイイと思うんです!! あの、もっと罵ってください!!」
……まぁ、お客さんも喜んでるし良いか……
すると今度は最初の一人目が。
「これ、一つください」
今度はカップ一式。ランタンよりも高い商品だ。
そして握手二巡目。
それが済んだら、今度は別の商品を買って三巡目。
迷惑と言えば迷惑なんだが、商品購入はありがたいし、悪い人間にも見えない。そうしていっぱい買って五人組は帰っていく。満足そうに笑顔を浮かべてやがったぜ。
★★★
「そんな事があったので、考えてみました」
購入金額により握手や会話の特典を希望者に付けてみた。前世で行われていたアイドル商法である。
「これは好機なんだよ!! 私達自身の人気を利用して大金を稼ぐというね!!」
「反対致します。シノブ様の立場を考えますと命を狙われるような事に巻き込まれる可能性があります。その際に守る事が難しくなります」
ホーリーである。
ニコニコ顔のフレアもホーリーに同意。
「あたしも反対。知らん奴とそんな事すんの面倒。別にさぁ、今のままでもお店はやっていけてんだから必要無くない?」
シャーリーの言葉に、ヴォルフラムは呆れたように言う。
「シノブは金の亡者に」
「黙らっしゃい!! 人気を利用すれば売上がバンバン伸びるんだよ!! もうさ、握手券とか売り出そう。そうすれば商品無しでも利益が出るし。そんで毟り取れる所から毟り取る!! それが商売ってもんよ!! ドレミドとアリエリは?」
「私はどっちでも良いぞ」
「うん。私もね、シノブが言うなら何でもするよ」
「はい、反対3、賛成3、ヴォルは無効票。残りはベルベッティア、分かってるね!!?」
「大事な事だもの。他の意見も聞いてみたいわ。ね?」
そう言ってベルベッティアが振り向いた先。
「お、お母さん!!?」
「さっきから聞いていたけど、随分とまた酷い事を考えているようね。この間、散々お説教したのもう忘れちゃった?」
「だ、誰だ、裏切り者は!!?」
「まったく、この子はちょっと来なさい」
「ちょ、ま、待って、耳が、耳が千切れちゃうから、お、お母さん、ちょっと……」
そうして俺の計画は呆気なく頓挫するのである。
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