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鬼ごっこ編

負けと勝ち

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 ヴォルフラムとバスティアンの戦い。それは高速の戦いだった。
 その敏捷性、常人にはヴォルフラムをヴォルフラムと認識出来ない程に高い。高速で繰り出される牙と爪。帝都の街を駆けながら攻撃を繰り出す。
 しかしだ。それに付いて来るバスティアンもまた普通ではない。
「たってくよぉ、こんなジジイをあんまり動かすんじゃねぇよ」
 攻防一体の金棒がヴォルフラムを絶え間なく狙う。
 バスティアンの一撃を牙で受け止めるヴォルフラム。金棒を噛み掴んだままバスティアンを振り回した。しかしバスティアンは体勢を整え、今度はヴォルフラムを振り回す。
 そのまま振り落とされたヴォルフラムは空中で回転して着地。バスティアンは着地の瞬間を狙うが、着地の次の瞬間にはヴォルフラムの姿が無い。
「速過ぎだろぉ!!」
 背後を振り向くバスティアンの眼前にヴォルフラムの大口が近付く……が、またしてもバスティアンはその攻撃を受け止めた。さらに反撃。
 空気を振るわせるような風切り音。金棒の攻撃を紙一重で避けるヴォルフラム。そしてまた駆けながらの戦い。
 凄まじい速さの中の戦いだった。

 その中、一瞬である。
 ヴォルフラムが一瞬だけ、完全に動きを止める。
 その動きにバスティアンは心の中で感嘆の声を上げる。
『あの速さを一瞬で完全に止められるのかよ』
 次の瞬間、バスティアンはビクッと背中を振るわせた。冷たい汗が噴き出し、一瞬で全身を冷やす。
 バスティアンは自身の動きを止められない。そのまま金棒を空振り。周囲の様子に視線を走らせ、左腕を防御の為に前へと突き出す。
 ヴォルフラムは急加速。
 大きく開いた口がバスティアンの左腕を……バグンッ、口は閉じられた。
 その左腕は一瞬にして噛み砕かれる。
 だがそのヴォルフラムは……
「ガハッ……」
 吐血と共に、バスティアンの左腕を離してしまう。
 金棒がヴォルフラムの腹部にめり込んでいた。
「心配すんな。殺しはしねぇよ。でもすぐ動けるのも困るからなぁ」
 バスティアンは金棒を振り上げた。そして……
 ドズンッ、ドズンッ、ガゴンッ

 横たわるヴォルフラム。
 意識はあるが動けない。
 周囲を見回すバスティアン。
「こんな大きな街なのに人の姿が見えねぇな。お仲間が上手く避難させてんだろ」
「……」
「お前さんの敗因は周囲を気にした事だな」
 最後、金棒を空振りした後にバスティアンはわざと周囲の様子に視線を走らせた。その様子を見てヴォルフラムは『逃げ遅れた人を巻き込む』可能性を考えてしまった。
 一瞬だけ、本当に一瞬だけ動きが遅れたのだ。
「あれが無かったら、勝ったのはそっちだったろうよ」
「……」
 そこでヴォルフラムは意識を失う。
 勝ったのはバスティアン、ヴォルフラムの負けである。

★★★

 図書館から少し離れると、そこには公園があった。
 芝生が敷かれた広い公園。そして公園には似つかわしくない轟音と土埃。
 アリエリが手を振り降ろす。その度にドパンッ、ドパンッと地面が爆発したようにめり込んだ。
 対して少年はアリエリの攻撃が見えているわけではない。ただ常にアリエリの視線から外れるように素早く移動していた。
 そして一瞬にして間合いを詰め、その巨大な棍棒でアリエリを殴り飛ばす。
 ゴロゴロと転がるアリエリを見て少年は言う。
「だから相手にならないっての」
 アリエリは何事も無かったように上半身を起こし右手を振る。
 ドンッ
「ぐわっ!!」
 見えない力で横薙ぎに殴り飛ばされる少年。
「誰が相手にならないの?」
 アリエリは立ち上がり、体の埃を払う。
「す、少しはやるみたいだな」
 少年も立ち上がり、金棒を構え直した。
「今度は君の番だよ」
「……我慢比べって事が……面白い」
 少年は大きく息を吸い込む。そして気合と共に金棒を振り抜いた。
 ドグンッ、と肉を打つ鈍い音。まるでオモチャのように殴り飛ばされるアリエリ。
「どうだ。これで終わ……っ!!?」
 しかしアリエリは立ち上がる。
「今度は私の番。良い?」
「……や、やってみろよ」
 アリエリが左手を振り抜く。肉を打つ鈍い音と共に少年も殴り飛ばされ、地面を転がった。
「どうする? まだする?」
「と、当然だ」
 お互いが交互に攻撃を繰り出し、お互いまともに攻撃を受ける。二人はその度に弾き飛ばされた。同じ事を何度も繰り返す。これはどちらが最初に倒れるかの我慢比べ……なのだが……

『その能力が凄いのは力が見えないトコだよね』
 それはシノブの言葉。
『でもね、攻撃する時に動く必要があるからね。避けるのは難しくないよ』
『いやいや、凄いのは防御の方だと思うんだよ。アリエリはさ、普段も見えない力で体を防御してるでしょ。強い人には気付かれるかも知れないけど、まともに攻撃を受けてるように見せ掛けるのって便利なんじゃないかな』

 そう、殴り合いの我慢比べに見えるが、実はアリエリ、見えない力で防御してダメージ半減。対して少年はアリエリの攻撃を正直に受けている。どちらのダメージが大きいか、当然それは少年だ。
 若さか、経験の少なさか、少年はアリエリの秘密に気付かない。

「あっ……くっ、ううっ……こ、今度は俺だな……」
 少年はフラフラと立ち上がる。そして力なく横薙ぎにされた金棒はアリエリの体を打つ。力の入らない、子供に枯れ枝で叩かれたかのような弱い一撃。
「ねぇ、どうするの? 次は私の番だよ? 大丈夫?」
「あ、当たり前だ……」
「……君の名前は?」
「……ロエル」
「ロエル。もう勝負は着いたよ。それが分からない度に子供じゃないよね?」
「……」
「まだ続ける?」
「……」
「……」
「……まいった……俺の負けだ」
 その場にペタンと座り込むロエル。
「うん」
 アリエリの勝ちである。
 ロエルは黙って項垂れるのであった。

★★★

 痩躯の鬼、ラマート。金棒を回転させながら上から下から右から左から、四方から攻撃を繰り出す。常人には目で追う事も出来ない連続攻撃。
 対するドレミド。その剣も苛烈。
 図書館の中に響く連続した剣戟音。速いだけではない、火花が散るかのような重い攻撃。武器と武器とのぶつかり合い。その最中。
 ドレミドはラマートとの距離を一気に詰めた。
「ちっ!!」
 それは剣を持つドレミドの間合いではない。だからこそラマートには予想外だった。
 片手で、一瞬だけ金棒を押さえるドレミド。その一瞬で充分だった。
 ドンッ!!
 ドレミドの頭突きがラマートの胸部に叩き込まれる。
「ガハッ!!」
 心臓の辺りを強く殴打され、ラマートの動きが止まる。
 そのラマートに剣を振り下ろすドレミドだったが、途中で手を止めてその場から飛び退いた。そして手近にあった閲覧用の椅子を投げ付ける。
 椅子はラマートに当たる直前でバラバラに切断された。
「魔法だな」
「気付かれるとは……お前は剣の天才ではない」
「そ、そうなのか?」
 ラマートは笑みを浮かべてドレミドへと向き直る。
「戦いの天才だ」
「その通りだ!!」

 まさにドレミドは天才だった。
 武器での打ち合いの最中、ラマートが魔法を使おうとすれば、ドレミドはそれを察知して距離を取る。的確にラマートのやりたい事を潰してくるのだ。
『普通のやり方じゃ勝負がつかない。ならば……相手の想像を超えるしかない』
 ラマートは覚悟を決める。
 力を込めた金棒の一撃。ドレミドはその一撃を受け止める。そしてお互いに武器で押し合う。だがその最中でラマートは金棒を放した。自らの手でドレミドの両手を拘束する。ドレミドの手から剣が落ちる。
「相打ち覚悟なら、体の強さで俺が勝つ」
 近距離からの魔法攻撃。自らもダメージを受けるが、拘束した状態ならドレミドも逃げられない。鬼として体の強靭さがあれば勝機はある。そう考えたラマート、その魔法が発動される直前……

 トスッ

 小さな衝撃。
 ラマートは自分の体を見下ろす。その腹部、ドレミドの剣が下方向から突き刺さっていた。
「なっ……ま、まさか……そんな……」
 ラマートに両手を拘束された時、ドレミドは剣を落とした。そして落とした剣を蹴り上げた。
 その場に膝を付くラマート。
「そんなに深くないから致命傷ではないぞ。でも無理して動けば死ぬからな。私の勝ちで良いな?」
「ああ、そうだ……お前の勝ちだ……さすが天才」
 勝ったのはドレミドである。

★★★

 肥満の鬼、キーズ。その体格には見合わない程の速さだった。その体の動きも、繰り出される攻撃も、速く止まる事が無い。
 対するフレア。周りにいくつもの小さな魔法陣が浮かび上がっていた。それは防御魔法で生み出した小型の盾。それらを駆使して攻撃を受け止める。
 フレアのメイド服、そのスカートが捲れ上がった。防御魔法で堅めた上段蹴りがキーズの側頭部を蹴り抜く。同じく防御魔法で堅めた拳はキーズの腹部にめり込んだ。
 しかしキーズは攻撃を受けながらも反撃。金棒がフレアの体を掠める。
「凄い凄い、こっちの攻撃の合間に自分の攻撃を打ち込んでくるんだからねぇ」
 基本的にフレアは防御に徹するが、少しでも好機があると思えば攻撃に転じる。ただキーズの攻撃は速く、こちらの攻撃は一度に一、二発程度しか入らない。
 対するキーズの攻撃は入らない。それ程にフレアの防御は固い。戦いはフレア有利に見えるのだが……
 フレアはキーズを蹴り飛ばした勢いを利用して飛ぶ。空中で回転しながら間合いを取って着地。
「残念だけど、フレアさん。俺とは相性が悪いよ。このまま続けても決着しないと思うけど続けるのかい?」
「……」
 フレア自身も分かっている。
 その能力は防御力に特化し、攻撃力は低い。だからこそ防御を固め、細かい攻撃で少しずつ相手を削るのがフレアの戦い方だ。
 これが別の相手ならそれも通じただろう。しかし鬼は元々の体が強い。フレアの攻撃ではほとんどダメージを与えられないのだ。
 それが分かっていてもフレアはキーズへと向かっていく。
「そう、まだ続けるんだねぇ」
 フレアとキーズの戦い。それは簡単に決着しない、長期戦でもある。
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