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キャノンボール編

分断と遊び

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「俺はライトヒース。少し遊んでいけや」
 小枝のように振り回す長い柄の先端には鈍器。戦槌であるが、驚異的なのは鈍器の大きさ。大人が隠れてしまうくらい巨大だった。それを苦も無く振り回す。
「リコリス。化け物の類だ。油断するな」
 本能的に相手の強さを感じ取るドレミド。
「分かっていますわ」
「ベリー。相手の数は?」
 ユリアンは周囲を見回すが誰の姿も見えない。
「後ろに三人。右に二人、左に二人、離れた位置に二人。離れた二人は距離的に監視役、向こうだ。どうする?」
 タックルベリーは監視役がいるであろう方向を指差す。
「あのでかいの一人なのは自分に自信があるからだろ。だったら正面からブチ破る。それと並行して、監視役を狙う。ベリーは絶えず相手の位置を。シャーリー、監視役の狙撃を頼むからな。指示はベリーが出す」
「あたしがリーダーなんだけど!!」
 と、文句を言いつつもタックルベリーの隣に並ぶシャーリー。隠れている監視役も、何回かは必ず目視で確認しようとするはず。その隙を狙う。

 最初に突っ込むのは速さに長けたリコリス。
「オラァァァァァッッッ!!」
 タイミングを合わせて振り下ろされるライトヒースの戦槌。
 眼前に迫る戦槌が前髪に触れる程のタイミングでリコリスは横に飛ぶ。瞬時にライトヒースの側面、そして背後へと移動していた。
 ドゴォォォォォンッッッ
 戦槌が石畳を粉砕する。地響き、地形が変わるかのような一撃。戦槌が土砂に埋まる。
 その背中に迫るリコリスだったが。
 ライトヒースは地面に埋まった戦槌を、そのまま土砂ごと強引に背後へ振り抜いた。
 土砂の礫をリコリスは回避、今度は正面へと回る。そこから再びライトヒースの側面へと飛び込んだ。
「速ぇな!! リアーナやロザリンド以上だろ!!」
 そのリコリスへ繰り出されたのはライトヒースの蹴りだった。
 戦槌を警戒していた所への体術で攻撃。
 虚を突かれるリコリス。しかし……地面スレスレの態勢で蹴りを避ける。そこから爆発するかのような飛び込み。強く握り込んだ拳がライトヒースの身体にめり込んだ。一瞬のうちに何度も叩き込む。
 ライトヒースは後方へと叩き飛ばされるが、倒れはしない。
「このクソガキが、全く面白い奴……うおっ!!?」
 笑って顔を上げたライトヒースの眼前。ドレミドがいた。振り下ろされる剣での一撃。辛うじて戦槌の柄で受け止めるが……
「てやぁぁぁぁぁっっっ!!」
 気合と共にリコリスの飛び蹴り。空気が震えるような打撃音。
 ライトヒースは蹴り飛ばされ、地面に叩きつけられるようにしながら転がる。もちろんこれで終わる相手ではない。リコリスとドレミドは追撃に迫る。
 跳ね起きるライトヒース。戦槌をめったやたらに振り回した。

 そんな戦いを観察しながら、ユリアンは周囲の様子を探る。
 探索魔法は使い手のレベルがハッキリと現れる。タックルベリーの質は非常に高く、探索魔法に関しては他者が気付くのすら難しいレベルだった。
 しかしライトヒースは化け物の類だ。その仲間ならば何度も繰り返す探索魔法にも気付くだろう。
 つまりタックルベリーの探索魔法は気付かれ、相手はすでに自分達の位置取りや人数も把握されていると判断するはず。なのに動く気配が全く無い。
「……ベリー、俺もいく。もしかしたら一気に攻め込まれる可能性もあるから」
 そう言い残しユリアンもライトヒースへと突っ掛かる。

「ちょっとベリー、攻め込まれる可能性って何!!? リーダーであるあたしにも説明しろ!!」
「説明しろって、もうリーダーの発言じゃないだろ……誘い出してんだよ。こっちも向こうも人数や配置は分かっているのに、戦っているのはアイツ一人だろ? 何か不意打ちを考えているなら、相手は少ない方が良い。今、シャーリーと僕の二人だけの時とか」
「……死んでもあたしを守ってよ。このリーダー様を」
「このリーダー様、死んだ方が良いのでは」
 これでライトヒース達はどう出るのか……タックルベリーは周囲の警戒を怠らない。

 周囲の警戒は怠らない……だが足元は?

 タックルベリーが足元に感じたのは魔力だった。
 見下ろした自分の足が踏んでいたのは細い糸。目を凝らさなければ気付かない。
 次の瞬間、シャーリーとタックルベリーの目の前。地響きと共に地面が隆起し、土の壁が立ち上がる。さらに炎の壁も同時に立ち上がる。
 完全にユリアン達と分断された。
『魔法!!? 冗談だろ? この距離で、見えない位置からか!!?』
 周囲の魔力に対する感度も高いタックルベリー。相手から魔力を発せられるような様子は感じなかった。そして糸……これはハリエットが扱う技術そのもの……つまり罠。
「ちょっとベリー!! これどうなってんの?」
「……やられたわ。罠。僕達は完全にハメられたぞ」
 ライトヒースも、周囲のその仲間達も、意識を外に向ける為のもの。この罠を気付かせず、パーティーを分断させる作戦だったのだ。
 そして見事に分断されてしまった今、次は各個撃破。
 左右にいた二人ずつ、後方にいた三人、合計七人が一気にシャーリーとタックルベリーに襲い掛かる。
「シャーリー、相手が見えたら撃て!! とにかく連射で近付けるな!!」
「監視役の奴を狙うんじゃないの!!?」
「それどころじゃないんだよ!!」

★★★

 もちろんユリアンも状況を理解して、ライトヒースから距離を取る。その隣に並ぶリコリスとドレミド。
「クソッ……やられた……」
 悔し気に顔を歪めるユリアン。
 数的不利を作り、相手を誘い出すつもりだったが、この広い土地で完全に分断されるとは想定していなかった。
「最初から相手の狙いはこれだったんだな」
 ドレミドの言葉に、ユリアンは言葉を絞り出した。
「これがシノブだったら……『なんでこの場所なのか』まで考えたはず……」
 挟み撃ちだけが狙いならもっと適した地形だってある。別の狙いがあると考えるべきだった。シノブだったら、自分にシノブ程の能力があったら、この事態を回避できたのか? 色々な考えがユリアンの頭に過る。
「ユリアン」
 リコリスの声など聞こえてない。
「俺はバカだ」
「ユリアン!!」
「えっ、あ、何?」
「あなたはシノブじゃありませんわ。ユリアンなんですのよ。シノブにはできない事、ユリアンだからできる事、いっぱいあります。わたくしの好きなユリアンはきっとシノブとは違う方法で困難を乗り越える事ができる。そう信じていますわ」
「そうだぞ。シノブにだってできない事はいっぱいある。同じにならなくたって良いんだ。ユリアンはユリアンにできる事で困難を乗り越えれば良い」
「ちょっとドレミド、わたくしが良い事を言ったのに、同じような事をかぶせないでくださる?」
「すまない!!」
 そんなやり取りを見て、思わず笑ってしまうユリアンだった。

「さぁ、どうする? お仲間は壁の向こう側だ。助けに行ってやるか? それとも仲間を見捨てて俺一人を倒しにくるか? まぁ、俺一人でも負ける気はしねぇけどな!!」
 ライトヒースが迫る。
「……リコリス、ドレミド、アイツの相手を頼む」
 ユリアンの背から竜の翼が生える。
「任せなさい!!」
「何か思い付いたんだな?」
 ユリアンは頷き、その場から飛び立つ。

 離れた監視役。ユリアン達の動向を探るだけの存在だと思っていた。だが完全に分断されて分かった。
 ライトヒースと、タックルベリー達へと向かった相手。分断され、ここは連携して動けない。つまりここを連携するように指示を出すのは、全てが見える離れた位置にいる監視役。そこを崩せば勝ち筋が見えるはず。

 タックルベリーが示した方向、人より優れた視力や聴覚で探して倒す。ユリアンは体の中に流れる竜の力を解放していた。
 そのユリアンが捉えたのは、全力でその場から逃げ出す監視役の姿。
 そこでライトヒースの言葉を思い出す。

『少し遊んでいけや』

 これは遊びだ。

★★★

 ユリアンが戻ると土の壁は崩れ落ち、炎の壁は下火になっていた。
 監視役が逃げるのと同時に、他の仲間も退却していたのだ。ライトヒースも伝言を残して。
「『また遊ぼうぜ』……あの男はそう言っていたぞ」
 と、ドレミド。
「あれだけの仕掛けを用意しといて、退くべき時は一切の躊躇無く退く。侮れない奴等だな」
 と、タックルベリー。
「ふむ。つまりどういう事? 誰か説明」
「シャーリーはアホですわ。リーダーをユリアンに譲りなさい」
「リコリスは説明できんの?」
「わたくしの役割ではありませんわ」
「アホだ。アホの子がいる」
「……目的は罠を使って、自分達の安全を確保して参加者を減らそうとしたんだ。あのまま戦い続けたら、どっちが勝つか分からない。でもどっちが勝っても脱落者は出る。今この時点で脱落者が出たら競技の優勝が難しくなる。だから最初から勝負するつもりなんか無かったんだ」
 脱落者覚悟で戦うのは競技の後半。ライトヒースは、ユリアン達がシノブの仲間と知っていた。その実力もある程度は想定していたはず。それでもちょっかいを出したのはただの遊びだから。
 遊ばれた。ユリアンはそれが悔しい。
「まぁ、どうせまた後で会うんだろ。その時はボコボコにして足元に転がしてやればいいだろ」
 そう言って、タックルベリーは笑うのだった。
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