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第8話:全てを失ったと思っていた。でも…~アダム視点~

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俺の名前はアダム・オヴ・アペルピスィ。アペルピスィ王国の第一王子で、国王と王妃の間に産まれた。産まれてすぐに王太子となった俺は、次期国王になる為、厳しい教育を受けて来た。

そんな俺には3つ下の弟がいる。人懐っこい弟を溺愛する母上。俺には厳しい口調の母上も、弟には甘々だ。そんな弟が羨ましくも思っていた。でも俺は弟と違い次期国王になるのだから、泣き言なんて言っていられない。

そう思い、必死に勉学に励んだ。特に母上に認めてもらいたくて必死に努力した。でも…

「アダム、あなたは出来て当然です!次期国王になるのですからね。とにかく頑張りなさい!」

それが口癖で、どんなに頑張っても俺が認められる事は無かった。もちろん母上に抱きしめられた事も、笑顔を向けられた事も無い。でも弟にはギューッと抱きしめ、いつも笑っている母上。俺が求めているものを無条件で与えられる弟…

俺の心は、あの頃からずっと孤独だったのかもしれない…そんな俺も8歳の時、婚約者をそろそろ決めようという話が持ち上がった。最初はダィーサウ公爵家の令嬢をとの話だったが、ダィーサウ公爵が不正を働き失脚したため、フェザー公爵家のダリアが俺の婚約者として内定した。

ダリアは少し我が儘なところはあるが、それでも可愛らしい令嬢だった。これからずっと彼女と生きていくんだ。とにかく彼女を大切にしよう。そう思い、頻繁にお茶に誘い、彼女が欲しがるものは出来るだけ与える様にした。

ダリアも俺を慕ってくれている。そう思っていたのに…

ある日ダリアが、国の西のはずれにある森に、ピクニックに行きたいと言い出したのだ。正直驚いた。なぜならダリアは、森など虫や動物が出るような場所が苦手だからだ。それも移動するだけで3日も掛かる森だ。でも、彼女が行きたいと言うなら連れて行ってあげよう。そう思い、3日かけ森の近くの街へとやって来た。

そして翌日、早速森へと向かった。珍しく嬉しそうにしているダリアの姿を見て、俺も嬉しくてたまらなかった。つい長居してしまったせいで、辺りは薄暗くなってしまった。

「ダリア、夜の森は危険だ!そろそろ帰ろうか?」

そう声をかけ、再び馬車へと乗り込む。でも、なんだか様子がおかしいぞ。そう、明らかに宿泊しているホテルとは反対方向に進んでいる。

「おい!一体どこへ向かっているんだ!」

そう叫ぶが、一向に停まる気配はない。きっとダリアも不安に思っているはずだ!そう思ったのだが、なぜか不敵な笑みを浮かべていた。どれくらい馬車が進んだだろう。もう夜中だ!一体どこに向かっているんだ。その時だった、馬車が停まったのだ。

「ダリア、外の様子を見て来るから、少し待っていて欲しい!」

そう伝え急いで馬車を下り、辺りを見渡す。すると後ろから誰かが俺に切りかかって来た。

もちろん、剣で受け止める。自慢ではないが、剣の腕にはかなりの自信がある。ふと相手の顔を見た時、血の気が引いた。

「さすがだね、兄さん。でも、兄さんにはここで死んでもらうよ。大丈夫、次期国王には、僕がなるから」

そう、俺に切りかかって来たのは、弟のハリソンだったのだ。その時だった。右足に物凄い衝撃を受けた。見ると、ダリアが俺の右足を力いっぱい鉄の棒で叩いたのだ。痛みで倒れこむ。

「ごめんさないアダム様。でも私は、ハリソン様を心から愛しているのです。本当はハリソン様と婚約したかったのに、お父様がどうしてもあなたと婚約しろと言うから!私は最初からあなたなんて愛していなかったわ!それなのに、ずっとあなたの婚約者をしてあげていたのよ!だから最後ぐらい、私の願いを叶えて大人しくここで死んでくださいね」

そう言って不敵な笑みを浮かべるダリア。そうか…ダリアもハリソンを愛していたのか…母上も…ダリアも…俺の大切な人たちは皆ハリソンに奪われていく…

一気に絶望が俺を支配した。ふと護衛騎士たちを見ると、なぜか全員ハリソンの護衛騎士たちに代わっていた。そうか、俺の護衛騎士たちもグルだったのか…

正直その後どうしたのか、あまり覚えていない。ただハリソンの護衛騎士たち数人に何度も切り付けられながらも、激痛の走る足を引きずり、何とか暗闇に逃げ込んだ。

俺は結局誰からも愛されていなかったのだな…俺は何のために産まれてきたのだろう…このままこの暗い森の中で、誰にも悲しまれずひっそりと死ぬのか…それも悪くはない…

そう割り切ったものの、溢れる涙を止める事が出来ず、1人泣いた。そしてそのまま、意識を手放したのだった…


「う…ん」

ゆっくり瞼を上げると、美しい金髪に青い瞳をした女性が目に入って来た。

「目が覚められたのですね。良かった!」

嬉しそうに笑う女性。そうか、俺はこの女性に助けられたのか…女性にここは何処かと聞くと、ドミスティナ王国との事。どうやらあいつらは、隣国で俺を殺そうとした様だ…

きっと今頃、ハリソンとダリアの証言によって、俺は死んだことになっているのだろう…どうして俺は生き残ってしまったのだろう…あの場で死んでいれば、こんな惨めな思いはしなかったのに!

理不尽な怒りを、女性にぶつけた。
「どうして俺を助けた!俺はあの場で死にたかったのに!」

女性にそう叫ぶと、一瞬目を大きく開けた女性。でも次の瞬間、キッッと俺を睨むと

「あなた様がどんな辛い目に合ったのかは分かりません。でも、せっかく助かったこの命、無駄にしてはいけません!生きたくても生きる事が出来なかった者もいるのですから!」

そう言って涙を流し始めた。しまった!女性を泣かせるなんて!急いで謝罪をした。女性の名前はフローラと言い、この家で1人暮らしをしているらしい。

どう見ても15~16歳に見える。そんな女性がなぜ1人暮らしをしているのだろう…気になって聞いてみると、家族は随分昔に、育ててくれた人も半年前に亡くなったとの事。

こんなに若いのに、随分と苦労をしたんだな…そんな事を考えているうちに、彼女が食事の準備をしてくれた。

俺を起し、食べ物を口に運んでくれるフローラ嬢。それにしてもこの料理、初めて食べるが物凄く美味いな。その事を素直に伝えると、嬉しそうに笑っていた。

それにしてもこの子、美しい金髪、宝石の様な青い瞳、顔も整っていてかなりの美人だ。そんな事を考えながら、再び眠りに付いた。

次に目が覚めた時は、物凄く体が熱くて苦しい。そんな俺に気付き、すぐに水と薬を持って来てくれたフローラ嬢。まさか俺の為に薬まで準備してくれるなんて…

平民にとって薬は貴重だと聞いた事がある。それなのに、見ず知らずの俺為に…どうして俺の為にこんなに良くしてくれるのだろう。俺なんて、誰からも必要とされていないのに…

その後も献身的に看護してくれるフローラ嬢。彼女は一体何者なのだろう…
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