聖女の騎士と不埒な獣

ましろはるき

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03 騎士になったのに

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 グラティア聖教会の本部と聖寵騎士団の本拠地は王国の北方、王都から馬車で十日ほどかかる辺境に位置している。
 小高い丘の頂に建つ教会を中心に街が広がり、周囲は頑丈な城壁で囲まれている。神聖であり堅牢なこの街は、聖女をはじめとした聖職者や騎士、使用人や職人たちが生活する場であり、魔獣から国を護る防衛拠点でもあった。
 聖寵騎士団への入団がかなったエアネストはそこで従騎士として騎士道を学び、半年後には正式に騎士の叙任を受けた。

 神と聖女に命を捧げると誓いを立てた騎士は、それが不当な要求でない限り、配属先の希望を申し出ることが可能である。
 高位貴族家出身の騎士たちは王都や主要都市にあるグラティア聖教会支部への配属を選択するが、幼い頃から勇敢な騎士に憧れていたエアネストは当然のようにグラティア聖教会本部への配属を願い出た。
 騎士として本部に配属されれば、必ず魔獣との戦いの最前線に赴くことになる。
 ――生誕祭の日に見た勇敢な騎士たちと共に戦える。
 胸を高鳴らせるエアネストだったが、待てど暮らせど出撃の命は下されなかった。


「なぜなのです! なぜ私だけが最前線に立つことがかなわぬのですか!」

 しびれを切らしたエアネストは聖寵騎士団総長の執務室に押し掛け、直談判していた。
 騎士の叙任を受けてから三か月。その間魔獣の襲撃があったのは七回。いずれもエアネストは街から一歩も出ることすらなく、ひたすら聖女の傍に侍るだけだった。
 若者の主張に困り果てた総長は、小さく咳払いをしてため息が出そうになるのをごまかした。

「おちつきなさい、エアネスト卿。お茶でもどうかね」
「お茶はもう結構!」

 感情を抑えきれないままに声を荒げる。礼節を重んじるべきだとわかっているとはいえ、我慢の限界だった。なにせエアネストは騎士になってからというもの、お茶ばかりの日々を送っていた。
 お気に入りの騎士を招いて行われるお茶会は、責務に追われる聖女たちのひと時の安らぎだった。容色に恵まれ、物腰の柔らかなエアネストは聖女たちからの人気を一身に集めていた。
 騎士として聖女のお茶会へ招待されることは大変な名誉で、日頃の働きをねぎらう褒賞の意味もある。いくら聖女の望みとはいえ、まだ何の結果も出していないエアネストばかりが招かれるのはえこひいきとしか思えず、いたたまれなかった。

「……申し訳ございません。少々興奮が過ぎました」

 怒り慣れていないエアネストはすぐに自制して非礼を詫びた。壮年の総長は「なんということはない」と示すように軽く肩を竦め、ゆったりとソファに腰かけた。エアネストにも正面の席を勧める。

「まずこれだけはわかってもらいたい。けしてエアネスト卿の技量を疑って討伐任務を下さないわけではない。適材適所、という言葉がある」
「私は侯爵家の者として一通りの作法は学んでおりますが、それよりも剣技や魔術の鍛錬に重きを置いてまいりました。模擬試合でもその成果は出ていると思います」
「そうだな……」

 エアネストは同時期に騎士の叙任を受けた者の中で突出した才能の持ち主だった。体格にはあまり恵まれていないが、魔術の扱いに優れている。訓練や模擬試合の際には熟練の騎士を苦戦させるほどだ。
 本人のやる気も充分。本来であれば貴重な戦力となるはずなのだが、エアネストの身分がそうさせなかった。
 多額の寄付金と共に送られたベルンシュタイン侯爵直筆の手紙には、聖寵騎士団総長の指揮能力と采配を信頼しているという内容がつづられていた。丁寧な文面ではあるが、貴族的に裏を読むと「かわいい息子にかすり傷でも負わせたらお前をぶっ潰してやるからな」という内容になるのだった。
 ベルンシュタイン侯爵家といえば古くから王家に仕え、代々要職に就いている重鎮である。敵に回していいことなど何ひとつない。

「確かに私は若輩の身。なれど聖寵騎士団本部において魔獣との戦闘経験がないのは私だけです。私を口先だけの臆病者だと思っておられるのでなければ、どうか前線へ赴けとお命じください」

 侯爵家の圧力や貴族の闇になどまったく気づく様子もなく、エアネストは切々と総長に訴えた。
 これほどまでに敬虔の念が深く、誠実な若者に向かって「いやお前の父ちゃんが怖いから大人しくしててくれ」などと言えるはずがない。
 総長は苦々しい思いで窓辺に目をやった。日当たりの良い南の窓には、胸に抱きかかえられる程度の大きさの聖女像が安置されている。神と聖女グラティアがよい知恵を授けてくださるのではと期待したが、聖女像は楚々と陽の光を受けるのみだった。



 粘り強い交渉の結果、ようやく魔獣討伐の任を下されたエアネストには直属の部下が配された。
 平民出身の黒髪の従士、ウォルフ・シュヴァルツ。
 数多くの騎士や従士が常駐する聖寵騎士団にあって、彼の名はよく知られていた。
 年齢はエアネストと同じ十八歳だが、彼は幼い頃に故郷の村を魔獣に滅ぼされ、十二歳の時には既に聖寵騎士団の従士として戦場を駆けていたのだという。
 魔術を扱えないながらも大型魔獣を一人で仕留める程の剣の腕を持ち、単純な戦闘能力だけで言えば騎士団最強とも噂されるほどだった。
 ――若くして歴戦の勇士。騎士団きっての剛腕。魔獣の血に飢えた獣。
 血なまぐさい表現が混ざってはいるものの、誰もがウォルフの強さを称えていた。

「貴兄の勇名は聞いている。どうかよろしく頼む」

 内勤ばかりのエアネストにはウォルフとの接点がなく、評判を耳にするばかりだった。いずれ話をする機会があればと願っていたが、まさか自分の部下に配されるとは。ウォルフに引き合わされたエアネストが喜びを隠せぬまま握手を求めると、ウォルフは戸惑いを見せた。

「……よろしく、お願いします」

 逡巡した後に、ウォルフはおずおずと手を差し出した。儀礼的に触れただけの握手ともいえないものだったが、武骨な掌からは力強さを感じた。

 実戦での話を聞かせてほしい。ぜひ訓練で手合わせ願いたい。精進する為に心掛けている事は何か。親しげに話しかけるエアネストに、ウォルフは無礼な態度こそ取らないものの、言葉短に断りを入れるばかりだった。
 そっけなくあしらわれたエアネストは、ウォルフとの邂逅に舞い上がってなれなれしい態度を取ってしまった事を恥じた。これから彼の上官になるというのに、浮かれていては信頼を損ねるだけだ。

 騎士と従士の間には身分差が存在する。貴族出身者は騎士の叙任を受ける事ができるが、平民出身者は従士と呼ばれ、よほどの武功を上げない限り騎士になる事はできない。
 それでも平民から騎士になれる機会があるのは王国内で聖寵騎士団だけだ。腕に覚えのある従士たちは名を上げるため、果敢に魔獣へ立ち向かう。そんな従士たちの能力を十全に活かせるか否かは、騎士の指揮能力にかかっている。彼らの命を預かる者として責務を果たさねばならない。

 エアネストはぎゅっと拳を握りしめ、ふるりと震えた。怯えではなく、武者震いだった。
 ようやくこの時が来た。エアネストが鍛錬に励み、戦闘技術を磨いてきたのはこの日のためだ。魔獣相手であろうと後れを取るつもりはない。実戦経験を積めば、きっと聖女の騎士の名に恥じない働きができるだろう。

 ウォルフの戦いぶりを目の当たりにするまでは、そう信じていた。
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