聖女の騎士と不埒な獣

ましろはるき

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04 初陣

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 魔獣たちの領域はグラティア聖教会本部より更に北の方角。魔素の濃度が高く、人間には過酷で危険な僻地だ。
 弱い小型の魔獣は聖女が張り巡らせた結界を恐れて近寄りもしない。この結界の中では魔獣の能力は半減してしまうからだ。それでも執拗に人の領域に入り込んで来ようとするのは、おいしい人間エサの味を知ってしまった個体だ。

「まったく、余計なことしやがって」

 ひとりの従士の呟きに、周囲の団員たちも同意する。
 まともな人間なら魔獣が跋扈する土地に足を踏み入れようなどとは思わない。しかし人が立ち入らない分、貴重な薬草や鉱石が手つかずのまま眠っている。欲に目の眩んだ者たちによる盗採掘がしばしば行われていた。
 無事に人間の領域に戻れるのはほんの一握りで、ほとんどは魔獣に喰われるか大怪我を負い、聖女による治癒を求めてエーデルシュタイン王国側に逃げ込んでくる。魔獣に殺されるよりは盗採掘と不法入国を咎められる方がましなのだろう。
 盗採掘者の多くは隣国から魔獣の領域に入り込んでしまうので未然に防ぐことが難しい。現状、盗採掘者たちが連れてきた魔獣を聖寵騎士団が討つ、という悪循環を止められないでいた。
 今回の討伐任務も盗採掘者たちの尻ぬぐいだった。

鷲獅子グライフを確認! 大型が一体、中型が二体!」

 偵察を行っていた従士たちが戻ると、のんびりと構えていた団員たちの面構えが一気に変わった。
 もたらされた情報は事前調査と一致している。対空戦闘に特化した装備をまとった団員たちは大隊長の指示を受けて速やかに迎撃態勢に移った。

 エアネストに割り振られたのは後方の弩手の警護だった。
 ――待ちに待った初陣だ。
 乱戦になれば前方も後方もない。改めて装備を点検するエアネストに、影のように付き添っていたウォルフが静かに口を開く。

「鷲獅子のことは知ってますか」
「ああ。相対するのは初めてだが」

 鷲の翼と上半身に獅子の下半身を持つ魔獣。巨体をものともせず空を駆け、鋭い鉤爪と嘴で攻撃を仕掛けてくる厄介な相手なのだと座学で学んだ。

「奴らの嘴は鎧を簡単に貫通する。突かれるぐらいなら重傷で済むが、腸を引きずり出されたらおしまいだ。おまけに奴らは賢い。鉤爪で鷲掴みにした半殺しの人間を盾にして襲い掛かって来る。一度捕まったら楽に死ねない。けして捕まらないようにしてください」
「――心しておく」

 鷲獅子について淡々と注意を促すウォルフに、エアネストは神妙に頷いた。
 知識としては学んでいる。それでも戦場で、しかも歴戦の勇士であるウォルフの口から聞くと肝が冷えた。
 対人戦闘とは違い、魔獣との戦いは過酷を極める。少しの油断が死に直結し、腕や脚を欠損することもざらにある。怪我であれば聖女に癒してもらえるが、欠損した部位を再生することは不可能だし、死んでしまえば生き返らせる事は出来ない。人間相手なら白旗を上げることもできようものの、魔獣相手ではそれも通用しない。ただ食い殺されるだけだ。

 空を裂くように鷲獅子の咆哮が大気を震わせる。
 聖寵騎士団の騎士たちも負けてはいない。意気高く鬨の声をあげて魔獣を迎え撃つ。
 弩手たちは鷲獅子の翼目掛けて矢を放つ。中型の鷲獅子には深く突き刺さるが、大型の鷲獅子は翼で風を起こし、いとも簡単に矢を跳ね返してしまう。それでも空を覆うように矢が放たれ続ける。命中させる目的ではなく、魔獣の動きを牽制する為だ。
 士気が高く、一個の生き物のようによく統率された動きだった。間合いをよく読み、深入りせず、確実にダメージを与えていく。

 聖寵騎士団が優勢だが、少なからず怪我人も出る。よろめきながら後退してきた従士に、エアネストはすかさず肩を貸した。鎖帷子が裂けて腕から血を流している。頭部にも打撃を喰らったのか、兜もへこんでいる。

「大丈夫だ、我らには聖女様がついておられる」

 従士を支えながら励ます。従士は「おお、なんとお優しい騎士様……!」と呟いてエアネストの手を握りしめた。が、すぐにウォルフによって引きはがされた。

「自力で歩けるだろ、さっさと止血してこい」
「げっ。くっそウォルフ、なんでてめえが後方にいるんだよ」
「うるせえ、その程度で甘えてんじゃねえ。止血したらすぐ戻ってこい、まだやれるだろ」

 ウォルフは容赦なく怪我人の尻を蹴った。蹴り飛ばされた従士はウォルフに悪態をつきながらも、しっかりとした足取りで手当てを受けに行った。

「……容赦ないな」
「あの程度はいつものこと、です」

 ウォルフの言葉通り、怪我を負った従士はすぐに前線に戻っていった。

 団員の奮闘により中型の鷲獅子が二体とも倒れると、怒り猛った大型の鷲獅子が更に力を増した。
人間たちへの警戒を強め、攻撃手段を学習してより賢く立ち回る。騎士団と接近しすぎているために弩での援護ができず、騎士団は苦戦を強いられる。
 これで力が半減しているのなら、聖女の結界がなければどうなっているのか。改めて聖女の素晴らしさに感じ入りながらも、エアネストは後方から見守ることしかできない自身に歯噛みした。

「俺も出る。エアネスト様は下がっていてください」

 戦況を見極め、ウォルフはエアネストの返事も待たずに猛然と前線へ向かって駆けて行った。
 前線が崩れつつある。忠言通り下がるべきだ、と理性ではわかっているが、エアネストは戦場の熱に浮かされていた。せめて戦いが見える位置にいたい。
 ウォルフはまるで黒い竜巻のようだった。死角に潜り込み、大剣を軽々と叩き込んで鷲獅子に痛撃を食らわせる。押され気味だった団員たちはウォルフに引っ張られるように態勢を整え、攻勢に転じていく。

「……すごい」

 知らぬうちにエアネストの口から感嘆が漏れる。
 太刀筋は大振りだが一切の隙がない。ただ魔獣の命を奪う事だけに特化した無駄のない剣技は、いっそ美しい。
 勇猛果敢なウォルフの姿は、エアネストが思い描いていた「聖女の騎士」そのものだった。

 劣勢を悟った鷲獅子は自棄になったかのように翼を広げ、強烈な風を巻き起こした。煽られて倒れた従士めがけ、鷲獅子が鉤爪を光らせる。
 ――捕まったら楽に死ねない。
 ウォルフの言葉が頭をよぎった時には、エアネストは戦場に向かって駆けだしていた。
 誰一人、死なせるものか。

「風よ! 我に加護を!」

 エアネストが最も得意とする風の魔術を放つ。突風で煽り返された鷲獅子はよたよたと地面に後脚をつき、その隙に倒れていた従士が起き上がって後退する。
 鷲獅子は憎悪に燃える眼をぎろりとエアネストに向けた。魔術を使うエアネストを脅威と定めたのだろう。姿勢を低くして突進してくる鷲獅子に向けて、エアネストは槍を構えた。
 ――さあ、来い。
 気合をみなぎらせて握り込んだエアネストの槍が突き刺さる直前、鷲獅子は真横に吹き飛んだ。
 横からもう一体、魔獣が現れたと勘違いするほどの勢いであった。しかしそれはよく見るまでもなくウォルフだった。

「今だ! とどめを刺せ!」
「心臓を潰すまでは油断するな! 頭を砕いても動くぞ!」

 横倒しになった鷲獅子はもはや抵抗する隙すら与えられず、槍や戦斧で叩きのめされる。やがてぴくりとも動かなくなり、騎士たちは勝鬨をあげた。

 勝利を確信し、ほっと息を吐いて槍を下ろしたエアネストの前に、返り血を浴びたウォルフがのっそりと立ちはだかる。

「ウォルフ……」
「馬鹿野郎! 下がってろって言っただろうが!」

 見事な戦いぶりだった、とウォルフに労いの言葉をかける前に、当のウォルフから正面切って怒鳴られる。
 ――馬鹿野郎などと初めて言われた。
 エアネストはあっけにとられてウォルフを見あげる。表情を怒りに歪ませていたウォルフは、自分を落ち着かせるようにがりがりと頭を掻いてから頭を下げた。

「……すんません」
「くらぁっ! 馬鹿野郎はお前だろうが! 騎士に向かってなんて口の利き方をしやがる!」

 エアネストに向けてぺこりとさげられたウォルフの頭に、横から大隊長の拳が振り下ろされる。がつんと鈍い音が響くほどであったが、ウォルフは大したダメージを受けた様子もなく大隊長に食って掛かった。

「だから今謝ってんだろうがよクソジジイ!」
「うるせえクソガキが! だがいい一撃だった! エアネスト卿も見事な援護でしたな」

 ウォルフと大隊長のやりとりに言葉を失っていたエアネストだったが、不意に褒められて我に返り、「恐れ入ります」と返事をした。
 鷲獅子の全滅を確認した団員たちが再び勝鬨を上げる。ようやく戦闘が終わったのだと息を吐きながら真横を見やれば、腹から臓物をこぼした鷲獅子が血だまりを作っていた。致命傷は明らかに腹の傷。ウォルフが食らわせた斬撃だった。

「……見事ではあったが、魔術の使いどころは慎重にせねばなりませんな。まずは命があってなにより」

 大隊長にぽんぽんと肩を叩かれて、エアネストは己の行動を振り返る。
 倒れた従士を守ろうとしたエアネストは鷲獅子の注意をひきつけ、囮の役目を果たした。結果的には勝利に貢献したといえるが、狙って作った状況ではなかった。
 あの巨体に真正面から向かい合って一撃を喰らわせたとして、エアネストも無事では済まなかったはずだ。ウォルフが一歩でも遅れていたら、地面に横たわって血だまりを作っていたのは鷲獅子ではなくエアネストの方だったのかもしれない。
 意識した瞬間に血なまぐさい臭いが鼻を突く。背筋に震えが走ったのは武者震いではなく、今更ながら恐怖がこみ上げてきたせいだった。
 馬鹿野郎、というウォルフの言葉が時間差で身に染みる。罵られても仕方のない、考えなしの無謀な行動だった。
 ――部下に怒鳴られるとは、あまりに不甲斐ない。

 エアネストの初陣は勝利に終わったが、自らの甘さを痛感することになった。
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