聖女の騎士と不埒な獣

ましろはるき

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05 距離感

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 初の討伐任務を終えたエアネストは、これまで通り聖女のお茶の相手や護衛任務にばかり割り振られた。
 内勤もまた大切な職務である。しっかりと勤めつつ、エアネストは総長へのアピールも怠らなかった。

「私の次の討伐任務はいつになりますでしょうか」
「……うむ」

 まったく懲りた様子のないエアネストに、総長は髭を撫でつけるふりをして渋面を隠した。

「前回の任務では、魔獣に肉迫したと報告にあったが」
「はい。私のような若輩があのような過酷な戦場で生き永らえることができたのは、神のお導きに他なりません」
「なればこそ、命は大事にせねばな」
「ええ! 神に捧げたこの身が朽ちるまで、魔獣の脅威から人々の命を救う為に役立てたいと思います!」
「……ううむ、見事な心掛けではあるが……」

 曇りなき眼を輝かせる若人から、総長はそっと目を逸らせた。
 正直に言えば、総長はエアネストの事を温室育ちのお坊ちゃんだと侮っていた。魔獣との過酷な戦闘を目の当たりにすれば、二度と戦場に出たいなどと思わないだろう。一度でも「魔獣と戦った」という実績ができれば自尊心が満たされて大人しくなるはず――。そんな総長の読みは見事に外れたのだった。

 エアネストだって魔獣が恐ろしくないわけではない。恐ろしいからこそ、人々を魔獣の脅威から守るために立ち向かわねばならない。それこそが持てるものの使命だ。
 初陣で自らの詰めの甘さを痛感したエアネストは、以前よりも一層熱心に訓練に打ち込むようになっていた。目先の事だけ考えて魔術を放てばいいというものではない。意識して敵対心を集め、魔獣の行動を先読みできるようにならなければ。それには何よりも実戦を重ねることが望ましい。

 それからエアネストは熟練の騎士たちの補佐官として討伐任務に赴くようになり、その傍にはいつもウォルフが控えていた。

 ウォルフはエアネストの従卒として、討伐任務以外でもよく仕えてくれた。装備の点検や整備、武器の手入れ、馬の世話に至るまで。戦闘時の豪胆な戦いぶりが嘘のように、細やかに手を尽くす。エアネストはウォルフに助けられ、何の憂いもなく職務に励み、やがて小隊を率いる立場に昇格した。

 小隊長といっても、エアネストはただ安全な場所から命令しているだけだった。不測の事態が起こってもウォルフをはじめとした従士たちが力でねじ伏せる。援護する隙もない。

 特にウォルフの活躍は目覚ましかった。身の丈よりも大きな敵を相手にしても決して怯まず、真っ先に切りかかる。ウォルフの大剣は圧倒的な速度と破壊力で魔獣を屠った。
 ウォルフはエアネストに従い、エアネストもまたウォルフの忠言をしっかりと守った。
 エアネストとて無駄死にするつもりはない。ただ、死ぬまで戦うつもりではあった。なので結局はウォルフに怒鳴られることになる。
 使命感に駆られて突出しすぎれば「あんたは下がってろ!」と咎められ、身を挺して怪我人を庇えば「死にてえのか!」と叱られた。

「……すいませんでした」

 戦闘が終わる度にウォルフは丁寧に頭を下げて暴言を謝罪する。エアネストに対してウォルフの言葉が雑になるのは余裕のない乱戦の時に限るし、そういう時は明らかにエアネストの行動の方に問題があるのだった。

「いや、私が至らぬせいで苦労をかける。いつも頼りにさせてもらっているよ」

 そう告げるエアネストに、ウォルフはほんのわずかに眉間にしわを寄せて再び頭を下げた。

 ウォルフはいつも必要以上には喋らず、エアネストと話す時には慎重に言葉を選んだ。
 一方で、ウォルフは他の騎士にはあまり敬語を使っていない。大隊長に向かって「クソジジイ」と言い放つ従士はウォルフぐらいのものである。聞くところによると、少年兵だったウォルフを一人前の従士に育て上げたのは大隊長なのだという。常に喧嘩腰なのは仲がいい証拠とも言えた。
 小隊の面々からもウォルフは慕われている。非番の時には連れたって街へ繰り出している様子だった。

 部下たちの個人的な付き合いに無理に入り込もうとは思わないが、エアネストは彼らともう少し打ち解けられたらと願っていた。
 貴族出身の騎士の中には、平民である従士をあからさまに見下す者もいる。しかし彼らは共に戦う仲間だ。日常から親しく心を通わせていれば、戦場での連携もうまくいくのではないだろうか。

 そんなことを考えながら、エアネストは私室の窓から中庭を見下ろした。中央に設えられた噴水の淵に、他の小隊の隊長が座っている。傍らに立つ従士が小隊長に何事か語り掛け、明るい表情で談笑している。よほどの信頼関係があるのか、身分差を感じさせない距離感だった。

 そのうち、ウォルフともあんな風に語らえるようになる日が来るだろうか。
 風に乗ってわずかに届く笑い声に耳を傾けながら、エアネストは無邪気に希望を抱いていた。
 ウォルフの本心を知ってしまうまでは。
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