【本編完結】二度も殺されたくないので最強魔王になりました

ましろはるき

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二章

30 超ポジティブ

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 若い騎士とともに馬車に近づくと、待機していた御者が素早く扉を開いた。馬車の中にいたのは上品な老紳士――俺を助けてくれた老騎士だ。今は鎧姿ではなく軽装で、帯剣もしていない。それでも威厳がある。騎士という概念で武装しているような佇まいだ。
 膝を折ろうとする俺を若い騎士が止める。老騎士の「乗りなさい」という言葉に促され、俺は若い騎士にエスコートされて馬車に乗り込んだ。
 若い騎士は御者席へ乗り込み、馬車内は老騎士と俺の二人だけ。ゆるゆると馬車が動き出してから、老騎士は口を開いた。

「最後に顔を合わせてから数日であるが、息災であったか」
「はい、おかげさまで。お叱りは身に染みております」
「ンッ、んん……その件に関してはもうよい。過ぎたことだ」

 老騎士はしかめ面をして咳払いをした。閃光騎士団の男たちに嬲られたのは五日前のこと。従順だと思っていた平民が突然王族の前で無礼を働いて、さぞ肝を冷やしただろう。まだ叱り足りないという顔をしながらも用件を切り出した。

「お前さんはよい商いをしているようだな。マジックポーションの品質がよかったと兵站部の者たちが絶賛しておった。もし可能なら追加でいくつか頼みたい」
「それはそれは、ありがとうございます! まだ在庫がございますので、可能な限り手配させていただきます」
「うむ、後日正式な取引を行おう。その件については追って知らせる」
「よろしくお願いいたします」

 ありがたい依頼を受けて、俺は商人らしくもみ手する。
 ――で。当然それだけではないだろう。マジックポーションの発注なら使用人に任せればいい。わざわざ老騎士が俺の元にやってくる必要はない。
 この馬車は明らかにお忍び用だ。俺を探しに来た若い騎士も目立たないように地味なローブを身にまとっていた。
 わざわざ俺に会いに来て、何を話そうというのか。平民の俺から問うことはできない。
 やがて沈黙に背中を押されるように、老騎士は重たい口を動かした。

「その、だな。今回お前さんを呼び立てたのはだな……我が主が、お前さんにぜひとも会いたいと仰せでな」

 ――我が主。老騎士がそう呼ぶ相手はただひとり。

「まさか……」
「うむ……」

 老騎士は髭を撫で付けながら深々とうなずき、そのまま黙り込んでしまった。いや説明なしはおかしいだろ。俺は老騎士が帯剣していないのを再び確かめてからざっくりと切り込んだ。
 
「すみません、僕は無知で察しの悪い平民なので率直にお尋ねしますね。僕はクロヴィス閣下をお慰めする御用で呼ばれておりますか?」
「んんんッ! いや! 我が主はけっして権力や金銭にものを言わせて他人をいいように扱う御方ではない! というか間に合っておるわ! わざわざ平民など呼ばずともっ!」
「は、はい、ご無礼を申し上げました……」

 老騎士が声を荒げると、御者席と客席を隔てる壁がコンコンと叩かれた。多分若い騎士だ。彼は老騎士のブレーキ役でもあるらしい。老騎士ははっとして「すまない」と短く詫びた。

「――わしはな、閣下がご幼少のころからお仕えしておる」

 再び老騎士が口火を切る。

「幼いころから王弟という立場をわきまえ、自身のすべてを王家に捧げ、王家の利にならない選択はなさらなかった。今回ブルードラゴンの討伐などという危険な任務に就かれたのも、そのためだ」

 膝に置いた自身の手元に視線を落として、老騎士は静かに語った。
 
「これまで自分の感情を優先することなく、王家のために身を捧げてきた。決してわがままなど仰ることもなかった。そんな御方が、お前さんにもう一度会って、話をしてみたいと……。本来であれば身分差が許さぬ。それを押して、このわしに、お前さんを連れてきてほしいと願われたのだ」
「……では、この馬車は領主様の館に向かっているのですね」
「いや、貴族街の宿でお待ちになられている」

 騎士団員たちが詰めている領主館ではなく、俺と話すためだけに貴族街の宿をとっている。ということは。

「――あの。やっぱりそれって」
「違う! やましいことをお考えになるお方ではない! 立場を利用して平民をいたぶる輩とは断じて違う!」

 老騎士が吠える。再び御者席と客席を隔てる壁が叩かれる。平静を取り戻した老騎士は、ため息をつきながら髭を撫でつけた。

「正直に申すとな、我が主の本心は、わしにもわからんのだ……」

 風変わりな平民に興味を惹かれて、話をしてみたくなった。ただそれだけなのか――あるいは。
 
「無理強いをするなとの厳命を受けている。畏れ多いというなら断ってくれていい。決して咎めはしない。すぐにお前さんの宿に馬車を戻す。マジックポーションの取引も、もちろん別の話だ。お前さんの不利になることはないと誓う」

 戸惑う俺を真正面から見据えてそう言ってから、老騎士はがばりと頭を下げた。
 
「だがな、このじじいは、我が主の……クロヴィス様の願いを叶えて差し上げたいのだ。どうかこの通り、頼む」
「わ、わ! 僕なんかにそんな! 顔をあげてください!」

 俺がそう言っても老騎士は頭を下げたままだ。これは断りづらい。白髪交じりの老騎士の頭を眺めながら思案する。
 超ポジティブに考えてみよう。
 ――クロヴィスが俺に惚れた。楽しくお話して、あわよくば王族の能力をいただく大チャンス。
 超ネガティブに考えてみよう。
 ――王族にしかない特殊能力で俺の異常性を察知して、魔物として討伐しようとしている。これは罠だ。

 前者なら最良。後者なら俺はもうおしまい。でも若い騎士といい、この老騎士といい、嘘をつける性格でもなさそうだ。罠である確率は低い。ならば。
 
「では、僭越ながら。閣下のお話相手という名誉をいただきたいと思います」
「うむ! よくぞ応じてくれた!」

 俺がそう答えると、老騎士は顔を上げて笑みを浮かべた。
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