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四章
69 愚者
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「まったく、愚かであることよ」
仰向けに倒れたレナードのかたわらで、仔猫の姿になったギルディラースがにやりと笑った。
俺とギルディラースは、監視役のイービルアイを通して事の顛末を見届けた。そしてアーサーが立ち去ったのを確認してから、〔テレポート〕を使って聖剣が祀られているダンジョンへやってきた。
アーサーは聖剣の入手も魔王討伐もあきらめた。帰ると言っていたから、行き先はミッドランドだろう。おそらく周囲には魔王を倒したと嘘をついて、レナードは戦死したとでも言うのだろう。
俺は動かなくなったレナードに近づいて、蒼白になった顔を覗き込んだ。紺色の瞳から光が失われ、視線は虚空に投げ出されている。
「本当に――愚かだよ」
俺は聖剣のレプリカを回収するためにここへやってきた。
――復讐のため、アーサーに聖剣を与えない。
この計画はうまく行った。
今俺たちがいるのは、もともとホワイトドラゴンが待ち構えていたはずの大広間だ。聖剣が安置されている部屋には大量の土砂を流し込んで埋め立てて、扉も岩で塞いだ。
それからこの大広間に仰々しい台座を作って、そこに偽の聖剣を置いた。〔武器制作〕のスキルを使って鍛えた、アルティメット・ドラゴンにそっくりな剣。
〔武器制作〕のスキルは素材を用意すれば任意の武器を作れる。材料のアダマンタイトやミスリルは魔境にいくらでも転がっている。そして使用者の制限なども細かく行える。職業によって装備者を限定することもたやすい。
俺が作った聖剣のレプリカは、「勇者には装備できない」という設定にした。勇者が触れると〔サンダーレイ〕が発動する。
聖剣に拒まれたなら、アーサーはやる気を削がれて魔王討伐のための冒険を投げ出すだろうと思っていた。案の定、アーサーは尻尾を巻いて国へ帰った。
もし聖剣なしで魔境に来たなら、強い魔物をけしかけて追い払うつもりでいた。レベル上げもできず、聖剣も手に入らない。ゲームとしては完全に詰みである。
アーサーに代わり、レナードが聖剣を手に入れて魔境に訪れたとしても、俺が作ったレプリカには本物のような効果はない。ゲームとして詰むのは同じだ。アルティメット・ドラゴンというゲームを破綻させることに成功したと言っていいだろう。
アーサーがレナードを殺したことについては計画したわけではないけれど、想定はしていた。
勇者が抜くことのできない聖剣に、レナードが手を伸ばす可能性。そして、本来自分が手に入れるはずだった聖剣を、他の人間が手にしているところを、あの残虐で根性の捻じ曲がった男が見たらどうするか。
内輪揉めをしてレナードと反目するようなら戦力を削げる。もし逆上してレナードを殺害するなら――やはり戦力を削ぐことができるから、俺にはメリットしかない。
「にゃはは、愉快愉快。今までのレナードたちには散々痛い目に遭わせられたからな」
生気を失ったレナードの頬にパシパシと猫パンチを繰り出すギルを抱っこして横にどかす。そうして俺はレナードに蘇生魔法〔リザレクション〕を使った。
レナードの体が淡く発光する。血溜まりが湧き立って、浄化されたのちにレナードの体に戻る。顔色に赤みがさす。成功だ。
「えっ!? なぜ蘇生を?」
ギルがニャアと叫ぶ。
レナードは王命とはいえ、自分の意思でアーサーと行動を共にしていた。本来仲間になるはずだった僧侶のエミリアも魔法使いのメイベルも、自分の判断でアーサーに同行しないという選択をした。
これまでの旅で、レナードはアーサーの残虐な姿をすぐ近くで見てきた。俺よりもアーサーの性格をよくわかっていたはず。
だから、レベルの低いアーサーにレナードが殺されたのは、レナード自身の油断が原因だ。俺が生き返らせてやる義理はない。
――でも。
「借りがあるから」
命を落としても、一度だけ蘇生できる魔法〔リバイバル〕が込められた、貴重な魔法石。本来ならレナードが身につけていたはずのペンダント。それさえあれば、油断したとしても即座に復活してアーサーを制圧できるはずだった。
そのペンダントを、本当はこの世界にいるはずのなかった俺に、くれたから。
「まあニール様がそう判断したなら仕方ない。念の為、利き腕をもいでおくか」
「あっ、ネズミだ」
「ニャッ! ネズミ! ふしゃー!」
広間の隅にいた野鼠を指さすと、猫のギルは一目散にかけていった。かさばるので仔猫の姿でいるように命じていたが、知能が下がりすぎてかわいそうだ。
「…………っ」
レナードの瞼がひくりと痙攣する。口元がかすかに動く。「ニール」と、声にならない声が漏れる。俺は開きかけたレナードの瞼に手を当てて、睡眠魔法〔スリープ〕を使った。
「さよなら、レナード。もう二度と会わないことを祈ってるよ」
ペンダントをレナードの胸の上に置く。
――特別な思い入れなんてない。預かっていたものを返した。ただそれだけ。
俺は仔猫のギルと聖剣のレプリカを回収して遺跡から立ち去った。
ここまでで一通り、すべきことを終えた。
人間の住む大陸から魔物の姿が消え、世間は平和を甘受している。知能の高い魔物はただの異種族として、友好関係を結ぶことが可能だとアピールした。アーサーの悪評については、俺が手を回さずとも各地で噂になっている。
この世界がゲームの筋書きから逃れられるか――この世界の神を引き摺り出すことができるかどうかは、まだ未知数ではあるが。
――復讐の舞台は整った。
仰向けに倒れたレナードのかたわらで、仔猫の姿になったギルディラースがにやりと笑った。
俺とギルディラースは、監視役のイービルアイを通して事の顛末を見届けた。そしてアーサーが立ち去ったのを確認してから、〔テレポート〕を使って聖剣が祀られているダンジョンへやってきた。
アーサーは聖剣の入手も魔王討伐もあきらめた。帰ると言っていたから、行き先はミッドランドだろう。おそらく周囲には魔王を倒したと嘘をついて、レナードは戦死したとでも言うのだろう。
俺は動かなくなったレナードに近づいて、蒼白になった顔を覗き込んだ。紺色の瞳から光が失われ、視線は虚空に投げ出されている。
「本当に――愚かだよ」
俺は聖剣のレプリカを回収するためにここへやってきた。
――復讐のため、アーサーに聖剣を与えない。
この計画はうまく行った。
今俺たちがいるのは、もともとホワイトドラゴンが待ち構えていたはずの大広間だ。聖剣が安置されている部屋には大量の土砂を流し込んで埋め立てて、扉も岩で塞いだ。
それからこの大広間に仰々しい台座を作って、そこに偽の聖剣を置いた。〔武器制作〕のスキルを使って鍛えた、アルティメット・ドラゴンにそっくりな剣。
〔武器制作〕のスキルは素材を用意すれば任意の武器を作れる。材料のアダマンタイトやミスリルは魔境にいくらでも転がっている。そして使用者の制限なども細かく行える。職業によって装備者を限定することもたやすい。
俺が作った聖剣のレプリカは、「勇者には装備できない」という設定にした。勇者が触れると〔サンダーレイ〕が発動する。
聖剣に拒まれたなら、アーサーはやる気を削がれて魔王討伐のための冒険を投げ出すだろうと思っていた。案の定、アーサーは尻尾を巻いて国へ帰った。
もし聖剣なしで魔境に来たなら、強い魔物をけしかけて追い払うつもりでいた。レベル上げもできず、聖剣も手に入らない。ゲームとしては完全に詰みである。
アーサーに代わり、レナードが聖剣を手に入れて魔境に訪れたとしても、俺が作ったレプリカには本物のような効果はない。ゲームとして詰むのは同じだ。アルティメット・ドラゴンというゲームを破綻させることに成功したと言っていいだろう。
アーサーがレナードを殺したことについては計画したわけではないけれど、想定はしていた。
勇者が抜くことのできない聖剣に、レナードが手を伸ばす可能性。そして、本来自分が手に入れるはずだった聖剣を、他の人間が手にしているところを、あの残虐で根性の捻じ曲がった男が見たらどうするか。
内輪揉めをしてレナードと反目するようなら戦力を削げる。もし逆上してレナードを殺害するなら――やはり戦力を削ぐことができるから、俺にはメリットしかない。
「にゃはは、愉快愉快。今までのレナードたちには散々痛い目に遭わせられたからな」
生気を失ったレナードの頬にパシパシと猫パンチを繰り出すギルを抱っこして横にどかす。そうして俺はレナードに蘇生魔法〔リザレクション〕を使った。
レナードの体が淡く発光する。血溜まりが湧き立って、浄化されたのちにレナードの体に戻る。顔色に赤みがさす。成功だ。
「えっ!? なぜ蘇生を?」
ギルがニャアと叫ぶ。
レナードは王命とはいえ、自分の意思でアーサーと行動を共にしていた。本来仲間になるはずだった僧侶のエミリアも魔法使いのメイベルも、自分の判断でアーサーに同行しないという選択をした。
これまでの旅で、レナードはアーサーの残虐な姿をすぐ近くで見てきた。俺よりもアーサーの性格をよくわかっていたはず。
だから、レベルの低いアーサーにレナードが殺されたのは、レナード自身の油断が原因だ。俺が生き返らせてやる義理はない。
――でも。
「借りがあるから」
命を落としても、一度だけ蘇生できる魔法〔リバイバル〕が込められた、貴重な魔法石。本来ならレナードが身につけていたはずのペンダント。それさえあれば、油断したとしても即座に復活してアーサーを制圧できるはずだった。
そのペンダントを、本当はこの世界にいるはずのなかった俺に、くれたから。
「まあニール様がそう判断したなら仕方ない。念の為、利き腕をもいでおくか」
「あっ、ネズミだ」
「ニャッ! ネズミ! ふしゃー!」
広間の隅にいた野鼠を指さすと、猫のギルは一目散にかけていった。かさばるので仔猫の姿でいるように命じていたが、知能が下がりすぎてかわいそうだ。
「…………っ」
レナードの瞼がひくりと痙攣する。口元がかすかに動く。「ニール」と、声にならない声が漏れる。俺は開きかけたレナードの瞼に手を当てて、睡眠魔法〔スリープ〕を使った。
「さよなら、レナード。もう二度と会わないことを祈ってるよ」
ペンダントをレナードの胸の上に置く。
――特別な思い入れなんてない。預かっていたものを返した。ただそれだけ。
俺は仔猫のギルと聖剣のレプリカを回収して遺跡から立ち去った。
ここまでで一通り、すべきことを終えた。
人間の住む大陸から魔物の姿が消え、世間は平和を甘受している。知能の高い魔物はただの異種族として、友好関係を結ぶことが可能だとアピールした。アーサーの悪評については、俺が手を回さずとも各地で噂になっている。
この世界がゲームの筋書きから逃れられるか――この世界の神を引き摺り出すことができるかどうかは、まだ未知数ではあるが。
――復讐の舞台は整った。
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