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「――ニール」
新宿の雑踏で。周囲は騒がしかったのに、その声はやけにはっきりと俺の耳に届いた。
なぜ足を止めたのか、自分でもわからない。知らないはずの「ニール」という言葉に反応して振り返った先。そこには長身の青年がいた。
キャップを目深に被り、目元はサングラスで隠されている。それでも青年が俺を見つめていることがよくわかった。
「ニール! やはりニールだ! ニール!」
ひたと俺を見つめていた青年が駆け出す。避けようもなく抱きしめられて、しばらく呆然としていた。
「ちょっと、レオ。落ち着いてください、相手の方も驚いてますよ」
青年には連れがいたらしい。連れに声をかけられても、青年が俺から離れようとする気配はない。俺は身じろぎして青年の胸を押し返した。
「あ、あの、すみません、人違いかと……」
「――ああ、そうか。本当の名はイスミだったな。会いたかった、イスミ……」
本名を言い当てられて、体がぎくりと強張る。
間近に接近した青年を見上げる。流暢に日本語を話してはいるが、肌の色が白い。体格もかなりいい。身に纏っているのはカジュアルだが明らかに高級そうなスーツ。
こんな知り合いはいない、はずなのだけれど。
「あの、どちら様ですか?」
「私はレオだよ。正式な名はレナード。アルティメット・ドラゴンで、君に出会い、共に時を過ごした……やはり、覚えてない?」
レオと名乗った青年は、被っていたキャップとサングラスを取り去った。そこから溢れ出たのは、豊かな銀色の髪と、深い紺色の瞳。輝かんばかりの美形だった。
「ああ、神よ、感謝いたします。こうして再びイスミに出会うことができて……私は幸せです」
青年は二重のくっきりとした目から涙を溢れさせ、両手を合わせて空を仰いだ。
――ええ。ええと。理解が追いつかない。謎の美青年が俺の名前を知っていて、アルティメット・ドラゴンがなんだって?
頭の上に疑問符を大量発生させている俺に、連れの男性が声をかけてきた。
「突然申し訳ありません、私たちは特に怪しい者ではないのです。イタリアからの旅行者で、こちらの青年はレオナルドといいます。私は通訳のミロです」
ミロと名乗った青年はそう説明しながら俺に向かって手を差し出したが、俺は握手を拒んだ。怪しい者ではないと言われても怪しすぎる。特に常識離れした美青年の方。俺が戸惑っている間にも、レオナルドと紹介された美青年はがっしりと俺の両手を取って握りしめた。そして地面に片膝をつく。
「今度こそ君のそばを離れない。必ずそばにいて、君を守ってみせる」
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようだった。――いや、いきなり守るとか言われても。俺は困惑しながらミロの方に視線を移した。ミロは肩をすくめて、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。
カシャ、という電子音が響いてきて、周囲に目が行く。俺たちの周りにはいつの間にか人だかりができていて、学生服の女の子たちがレオナルドにスマホを向けて無許可で撮影していた。褒められた行為ではないが、突然都会のど真ん中に孔雀が現れて羽を広げていたら撮影したくもなるだろう。レオナルドはそれほど異質な美しさを持つ青年だし、この奇行ぶりである。
何が何だかわからないが、俺はとりあえずレオナルドの手を振り払った。
「ええと……すいませんが、俺はこれから用事があるので……」
「それなら用事が済むまで待っている。よければその後で、改めて話をさせてくれないか」
手を振り払われたレオナルドはしゅんとした顔をしながらも食い下がった。そんなレオナルドにミロが助け舟を出す。
「まあ、ここはひとつ、ご用事が済んだ後でお茶でもいかがですか。レオナルドも様子はおかしいですが身元は確かです。パスポートもあります」
「は、はあ……」
そうして俺は半ば押し切られる形でお茶をする約束をして、予約の時間にやや遅れて心療内科にたどりついた。
俺はカウンセラーに事の顛末を相談した。
夢と現実が入り乱れているような感覚がずっと続いていること。ついさっき、見知らぬ人物に呼び止められたこと。その人物は初対面なのになぜか俺の名前を知っていたこと。
カウンセラーは親身になって俺の話を聞いてくれて、強めの安定剤を処方した。全部俺の妄想だと判断したのかもしれない。
俺も俺で自分の身に起こったことに確信がない。何しろ精神的に参っている。先程の出来事は全部俺の妄想だったのかもしれない。
しかし病院が入っているビルのロビーでは、レオナルドとミロがにこやかに待ち構えていた。
新宿の雑踏で。周囲は騒がしかったのに、その声はやけにはっきりと俺の耳に届いた。
なぜ足を止めたのか、自分でもわからない。知らないはずの「ニール」という言葉に反応して振り返った先。そこには長身の青年がいた。
キャップを目深に被り、目元はサングラスで隠されている。それでも青年が俺を見つめていることがよくわかった。
「ニール! やはりニールだ! ニール!」
ひたと俺を見つめていた青年が駆け出す。避けようもなく抱きしめられて、しばらく呆然としていた。
「ちょっと、レオ。落ち着いてください、相手の方も驚いてますよ」
青年には連れがいたらしい。連れに声をかけられても、青年が俺から離れようとする気配はない。俺は身じろぎして青年の胸を押し返した。
「あ、あの、すみません、人違いかと……」
「――ああ、そうか。本当の名はイスミだったな。会いたかった、イスミ……」
本名を言い当てられて、体がぎくりと強張る。
間近に接近した青年を見上げる。流暢に日本語を話してはいるが、肌の色が白い。体格もかなりいい。身に纏っているのはカジュアルだが明らかに高級そうなスーツ。
こんな知り合いはいない、はずなのだけれど。
「あの、どちら様ですか?」
「私はレオだよ。正式な名はレナード。アルティメット・ドラゴンで、君に出会い、共に時を過ごした……やはり、覚えてない?」
レオと名乗った青年は、被っていたキャップとサングラスを取り去った。そこから溢れ出たのは、豊かな銀色の髪と、深い紺色の瞳。輝かんばかりの美形だった。
「ああ、神よ、感謝いたします。こうして再びイスミに出会うことができて……私は幸せです」
青年は二重のくっきりとした目から涙を溢れさせ、両手を合わせて空を仰いだ。
――ええ。ええと。理解が追いつかない。謎の美青年が俺の名前を知っていて、アルティメット・ドラゴンがなんだって?
頭の上に疑問符を大量発生させている俺に、連れの男性が声をかけてきた。
「突然申し訳ありません、私たちは特に怪しい者ではないのです。イタリアからの旅行者で、こちらの青年はレオナルドといいます。私は通訳のミロです」
ミロと名乗った青年はそう説明しながら俺に向かって手を差し出したが、俺は握手を拒んだ。怪しい者ではないと言われても怪しすぎる。特に常識離れした美青年の方。俺が戸惑っている間にも、レオナルドと紹介された美青年はがっしりと俺の両手を取って握りしめた。そして地面に片膝をつく。
「今度こそ君のそばを離れない。必ずそばにいて、君を守ってみせる」
その仕草は、忠誠を誓う騎士のようだった。――いや、いきなり守るとか言われても。俺は困惑しながらミロの方に視線を移した。ミロは肩をすくめて、やれやれと言わんばかりに首を横に振った。
カシャ、という電子音が響いてきて、周囲に目が行く。俺たちの周りにはいつの間にか人だかりができていて、学生服の女の子たちがレオナルドにスマホを向けて無許可で撮影していた。褒められた行為ではないが、突然都会のど真ん中に孔雀が現れて羽を広げていたら撮影したくもなるだろう。レオナルドはそれほど異質な美しさを持つ青年だし、この奇行ぶりである。
何が何だかわからないが、俺はとりあえずレオナルドの手を振り払った。
「ええと……すいませんが、俺はこれから用事があるので……」
「それなら用事が済むまで待っている。よければその後で、改めて話をさせてくれないか」
手を振り払われたレオナルドはしゅんとした顔をしながらも食い下がった。そんなレオナルドにミロが助け舟を出す。
「まあ、ここはひとつ、ご用事が済んだ後でお茶でもいかがですか。レオナルドも様子はおかしいですが身元は確かです。パスポートもあります」
「は、はあ……」
そうして俺は半ば押し切られる形でお茶をする約束をして、予約の時間にやや遅れて心療内科にたどりついた。
俺はカウンセラーに事の顛末を相談した。
夢と現実が入り乱れているような感覚がずっと続いていること。ついさっき、見知らぬ人物に呼び止められたこと。その人物は初対面なのになぜか俺の名前を知っていたこと。
カウンセラーは親身になって俺の話を聞いてくれて、強めの安定剤を処方した。全部俺の妄想だと判断したのかもしれない。
俺も俺で自分の身に起こったことに確信がない。何しろ精神的に参っている。先程の出来事は全部俺の妄想だったのかもしれない。
しかし病院が入っているビルのロビーでは、レオナルドとミロがにこやかに待ち構えていた。
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