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エピローグ
88 レオナルドというセレブ
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高級車に乗せられてたどり着いた先は、六本木のラグジュアリーなホテルだった。レオナルド一行はここに滞在しているそうだ。プライベートな内容なので部屋へどうぞ、と誘われたが当然断る。ロビー階にあるカフェで話すことになった。
頼み込まれて押し切られる形でここまでやってきたが、警戒していないわけではない。あまりに怪しい。それでもあのまま付きまとわれて周囲の注目を集めるのは嫌だったし、なぜ縁もゆかりもない観光客が俺の名前を知っていたのかも気になる。そう思って話だけでも聞いてみることにした。
そして今、話を聞いたことを後悔している。
通訳であるミロから語られた事情は、あまりにも荒唐無稽なものだった。
銀髪紺眼の青年の名は、レオナルド・ロンバルディ。伝説的デザイナー、ドナテッラ・ロンバルディのひ孫だという。
ロンバルディといえば世界最高峰のハイブランドのひとつ。ロンバルディの「L」をモチーフにしたロゴマークは、ファッションに疎い俺ですら知っている。
要するにレオナルドは超セレブのボンボン、しかもかなりの問題児だった。ネットで彼の名を検索すればいくらでもニュースが出てくる。複数女性との交際。慈善団体への暴言。飲酒運転。賭博。ゴシップまみれのお騒がせセレブ。
そんなレオナルドが激変したのは、今から一年前。パーティーモンスターだったレオナルドはついに薬物にまで手を出し、中毒で死にかけた。実際心臓が一度止まった。奇跡的に蘇生を果たすと、彼の容貌に変化が現れた。ライトブラウンだった髪は銀色になり、青かった瞳はより深い紺色になっていた。原因は不明。
そして、母国語であるイタリア語をまったく話せなくなっていた。そのくせなぜか学んだことがないはずの日本語を流暢に話す。
これだけでも相当の珍事である。レオナルドの身内は恐れ慄いたが、奇怪な出来事はまだ続いた。日本語の達者な者――ミロを雇い入れて通訳をさせると、レオナルドは「私はアルティメット・ドラゴンというゲームの世界からやってきたレナードです」と言い張った。
周囲は当然ながら頭がどうかしてしまったのだと思ったのだが、レオナルドはいたって健康だった。薬物も酒も断ち、今までの奔放な性格が嘘のように大人しくなった。
しばらくは療養に勤めていたが、回復するなり「この世界の日本という国にいるはずのイスミを探す」と言い出したので、こうしてはるばるイタリアからやってきた。
「ちょっと観光させればすぐに飽きると思ったんです。それがまさか本当にイスミ氏が実在して、出会えるとは」
「だから言っただろう? 神が私に力を貸してくださったのだから当然だ」
ミロとレオナルドのやり取りに、俺は深く頷いた。なるほどね。覚せい剤って本当にヤバいんだな。駄目絶対。
「ニール。いや、イスミ。また君に会うことができて、本当に嬉しいんだ」
「……うん、そうですか」
俺はレオナルドのまばゆい笑顔から顔を背けて、窓の外に目をやった。
レオナルドが言うには、俺とレオナルドはかつてゲームの中で出会ったらしい。俺がプレイヤーで、レオナルドはアルティメット・ドラゴンの登場人物であるレナードなのだという。
「それで、なんでアルドラのレナードがレオナルド・ロンバルディとしてこの世界にいるかというと」
「イスミに再び会いたいと願う私のために、神は死した者の肉体に私の魂を宿らせてくださった」
「…………そうですか。それで、レオナルドさんは」
「どうかレオと呼んでほしい」
「あ、はい。レオさんは、俺を探し出して、どうするつもりだったんですか?」
「これからは、ずっと君のそばにいて、守りたいと思う」
言葉を交わすほどに困惑が深まっていく。頭が痛い。俺は助けを求めるように視線をミロに送った。ミロは突拍子もないレオナルドの発言に慣れているらしく、平然としている。
「私は今のレオしか知りません。日本語を話せるので通訳として雇われました。付き人のようなこともしています。この一年ばかり一緒に過ごしていますが、まあ、悪い人間ではないですよ。真面目ですし、酒も煙草もやりません。もちろん犯罪的なことにも一切手を出していません」
真剣な顔をしているレオナルドとは対照的に、ミロは楽観的に語った。
「それに、イスミ氏は『アルティメット・ドラゴン』というゲームをご存知なのでしょう? レオもそのゲームに関心があるみたいだし、これを機にお友達になられては?」
「そんなこと言われても……」
百歩譲って、海外からの観光客が俺の名前を言い当てただけならば、ただの偶然で片付けてしまえなくもない。しかしアルドラというタイトル名が出てくるのが怪しさに拍車をかける。
正直言って怖い。アルドラの世界からやってきたというのは戯言だとしても、俺がアルドラをプレイしていたことを知っている人間はいないはず。世界的に名の知れているゲームとは違って、アルドラはマイナーなレトロゲームだ。もう少し年代が上の人ならともかく、知っている人間は限られる。偶然とは言い切れない不気味さがあった。
「友達になってくれたら、私は嬉しい。イスミのことを知りたいんだ。ありのままの君を」
「はあ……」
レオナルドは真剣な眼差しで俺を見つめている。セレブにお友達になりたいと言われて喜ぶ人間はいくらでもいるだろうが、俺はそうではない。精神的に不安定な今は、自分のことだけで精一杯だ。不安要素をこれ以上増やしたくない。
戸惑う俺に、レオナルドはなおも言い募る。
「友達じゃなくてもいい。たまに、こうしてお茶をしながら話すだけでも……」
食い下がるレオナルドの横で、ミロも両手を合わせて祈るような仕草をしている。俺は何度目かわからないため息をついた。
お断りしたい。でもきっぱりとお断りできるだけの精神力がもう残っていない。明らかにキャパオーバーだった。
「……それじゃあ、たまにお茶するぐらいなら」
根負けした俺に、レオナルドの美貌がさらに輝いた。
頼み込まれて押し切られる形でここまでやってきたが、警戒していないわけではない。あまりに怪しい。それでもあのまま付きまとわれて周囲の注目を集めるのは嫌だったし、なぜ縁もゆかりもない観光客が俺の名前を知っていたのかも気になる。そう思って話だけでも聞いてみることにした。
そして今、話を聞いたことを後悔している。
通訳であるミロから語られた事情は、あまりにも荒唐無稽なものだった。
銀髪紺眼の青年の名は、レオナルド・ロンバルディ。伝説的デザイナー、ドナテッラ・ロンバルディのひ孫だという。
ロンバルディといえば世界最高峰のハイブランドのひとつ。ロンバルディの「L」をモチーフにしたロゴマークは、ファッションに疎い俺ですら知っている。
要するにレオナルドは超セレブのボンボン、しかもかなりの問題児だった。ネットで彼の名を検索すればいくらでもニュースが出てくる。複数女性との交際。慈善団体への暴言。飲酒運転。賭博。ゴシップまみれのお騒がせセレブ。
そんなレオナルドが激変したのは、今から一年前。パーティーモンスターだったレオナルドはついに薬物にまで手を出し、中毒で死にかけた。実際心臓が一度止まった。奇跡的に蘇生を果たすと、彼の容貌に変化が現れた。ライトブラウンだった髪は銀色になり、青かった瞳はより深い紺色になっていた。原因は不明。
そして、母国語であるイタリア語をまったく話せなくなっていた。そのくせなぜか学んだことがないはずの日本語を流暢に話す。
これだけでも相当の珍事である。レオナルドの身内は恐れ慄いたが、奇怪な出来事はまだ続いた。日本語の達者な者――ミロを雇い入れて通訳をさせると、レオナルドは「私はアルティメット・ドラゴンというゲームの世界からやってきたレナードです」と言い張った。
周囲は当然ながら頭がどうかしてしまったのだと思ったのだが、レオナルドはいたって健康だった。薬物も酒も断ち、今までの奔放な性格が嘘のように大人しくなった。
しばらくは療養に勤めていたが、回復するなり「この世界の日本という国にいるはずのイスミを探す」と言い出したので、こうしてはるばるイタリアからやってきた。
「ちょっと観光させればすぐに飽きると思ったんです。それがまさか本当にイスミ氏が実在して、出会えるとは」
「だから言っただろう? 神が私に力を貸してくださったのだから当然だ」
ミロとレオナルドのやり取りに、俺は深く頷いた。なるほどね。覚せい剤って本当にヤバいんだな。駄目絶対。
「ニール。いや、イスミ。また君に会うことができて、本当に嬉しいんだ」
「……うん、そうですか」
俺はレオナルドのまばゆい笑顔から顔を背けて、窓の外に目をやった。
レオナルドが言うには、俺とレオナルドはかつてゲームの中で出会ったらしい。俺がプレイヤーで、レオナルドはアルティメット・ドラゴンの登場人物であるレナードなのだという。
「それで、なんでアルドラのレナードがレオナルド・ロンバルディとしてこの世界にいるかというと」
「イスミに再び会いたいと願う私のために、神は死した者の肉体に私の魂を宿らせてくださった」
「…………そうですか。それで、レオナルドさんは」
「どうかレオと呼んでほしい」
「あ、はい。レオさんは、俺を探し出して、どうするつもりだったんですか?」
「これからは、ずっと君のそばにいて、守りたいと思う」
言葉を交わすほどに困惑が深まっていく。頭が痛い。俺は助けを求めるように視線をミロに送った。ミロは突拍子もないレオナルドの発言に慣れているらしく、平然としている。
「私は今のレオしか知りません。日本語を話せるので通訳として雇われました。付き人のようなこともしています。この一年ばかり一緒に過ごしていますが、まあ、悪い人間ではないですよ。真面目ですし、酒も煙草もやりません。もちろん犯罪的なことにも一切手を出していません」
真剣な顔をしているレオナルドとは対照的に、ミロは楽観的に語った。
「それに、イスミ氏は『アルティメット・ドラゴン』というゲームをご存知なのでしょう? レオもそのゲームに関心があるみたいだし、これを機にお友達になられては?」
「そんなこと言われても……」
百歩譲って、海外からの観光客が俺の名前を言い当てただけならば、ただの偶然で片付けてしまえなくもない。しかしアルドラというタイトル名が出てくるのが怪しさに拍車をかける。
正直言って怖い。アルドラの世界からやってきたというのは戯言だとしても、俺がアルドラをプレイしていたことを知っている人間はいないはず。世界的に名の知れているゲームとは違って、アルドラはマイナーなレトロゲームだ。もう少し年代が上の人ならともかく、知っている人間は限られる。偶然とは言い切れない不気味さがあった。
「友達になってくれたら、私は嬉しい。イスミのことを知りたいんだ。ありのままの君を」
「はあ……」
レオナルドは真剣な眼差しで俺を見つめている。セレブにお友達になりたいと言われて喜ぶ人間はいくらでもいるだろうが、俺はそうではない。精神的に不安定な今は、自分のことだけで精一杯だ。不安要素をこれ以上増やしたくない。
戸惑う俺に、レオナルドはなおも言い募る。
「友達じゃなくてもいい。たまに、こうしてお茶をしながら話すだけでも……」
食い下がるレオナルドの横で、ミロも両手を合わせて祈るような仕草をしている。俺は何度目かわからないため息をついた。
お断りしたい。でもきっぱりとお断りできるだけの精神力がもう残っていない。明らかにキャパオーバーだった。
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